20服飾街と告げる声
「やあ、シーター」
ちょうど鬼ごっこが一区切りついた時、朗らかな声がぼくを振り向かせた。
とんとん
白蕾がまた、幾度目かの足踏みをする。
「リュカ!もう帰る?ヴィラたちは?」
「ラビと水の一族にイド様を呼びに行かせたから大丈夫だよ。イド様は僕たちの中で1番回復が得意だからね。火の一族の襲撃ってことで緑水とか水守様は動けないし、イドも治療についてもらいたいし。諸々あってカナンには悪いけど1週間くらいは水牢楼のお世話になることにしたから。」
「そっか、よかった…」
まだ白蕾とは全然意思疎通ができていないし、白露との連携も未熟だし、まだ藍水さんに教えてもらいたいというのが僕らの希望だった。
「あれ?なんか増えてるね。わ、可愛い…」
「白露の従属で、森馬の白蕾だよ。白蕾、こっちぼくの旅仲間のリュカ。」
ーr…カ、よ…si.k…
とことこと近づいていった白蕾は、リュカに頭を伸ばしても触れられないギリギリのところですん、と鼻を鳴らした。
「よろしくね、白蕾。」
屈んだリュカが、歯を見せず微笑むと白蕾の花が甘い芳香を放った。そして若干の困惑を含んだ瞳でぼくを見上げる。
「ねえシーター、森馬が後ろ足で地面を蹴ったら、警戒の証って知ってた?」
「え、知らなかったけど」
「んー、じゃあ、合成獣の特性は?気をつけなきゃいけないこと、武器や魔獣との相性、与えてはいけないものは?」
息を継ぐ間のないほどの連続の問いにぼくはおもわず唖然とした。噛み砕いて飲みくだし、そしてようやく質問の意味を理解して、もう一度唖然とした。
公爵家で習ったこと、体験したこと、気づいたこと、そのどれを使ってもリュカの問いに対する答えはなかった。
「明日、本の買取に一緒に行こうか。」
「え、教えてはくれないの?」
《声》はいつだって、問いとともに答えを用意していたのに。
《声》が答えを用意していなかったのは、ぼくが明日には死ぬとそう予告した時だけ。
「シーター。今まで君は、君の物語の届く範囲には、僕という存在しか、知りたいことに答えてくれる存在はなかった。だから僕は答えた。シーター、君は僕以外の可能性を知るべきだよ。」
《声》とぼくと苦痛。それだけの完結した世界はとても静かで、永遠の気配に包まれていた。
体には傷1つなく、蔑まれてきた色は磨き上げられ、優しく美しい人や物に囲まれる。
溺れそうだな、と、不意に思った。
かつて、問いはなく、答えはなかった。
喜びはなく、大きな苦痛と苦痛、その種類しか変化はなかった。
あの白い世界が、苦痛の時間が、
恋しくて、寂しくて
『んなぁぁぁ!あるじ、どの、いじめる、や!』
ーa るジ、sa mA、
「おー?なになに、リュカさんに遊んで欲しいのかー?」
にゃうにゃうとぼくにぴったりと体をくっつけて威嚇する白露と、心配そうに覗き込んでくれる白蕾。
可愛いな、二匹とも。可愛くて、優しくて、綺麗で、
『あるじどのー、やぁ、やー!はくろ、ぎゅ、して、らいも、りゅか、はくろたち、いじめるー!』
ひしと抱きついてきた白露と促されて体をこすりつけてくる白蕾。深い森の匂いと花の匂い。あの暗くて寂しい夜の森の匂い。
「ふふっ、白露、白蕾いい子だね。」
なんですか、あの甘えんぼの白露が、白蕾のことライって呼んでる。なにそれ可愛すぎます愛おしい。
そろそろ白露の賛美のための語彙力が尽きてきたぼくだけど白露の可愛さはとどまることを知らない。もう白露とかいて可愛いと呼んでもいいんじゃなかろうか。いや、でもそんな白露の言うことを聞く白蕾も可愛い
「ですから!あの少年をここに留めることは間違っていると申しているんです!あの少年は、いや、あれは【死んだ狼】キスツス・アルビドゥスにそっくりだったじゃないですか!!!教会に目をつけられているような奴を水牢楼に入れるなんて間違ってる!」
「…!………!………………?」
なにを言っているかはわからないまでも、藍水さんが言い返しているのは分かった。
白露と白蕾の可愛さに和んでいた空気な湯で雲散霧消して、リュカが困ったような笑みを浮かべる。
「あれのせいで俺たちの名水様と羅水様が怪我したんですよ⁈あれがいたから、あれのせいで、優しいお二人が死にかけたんですよ!!!!俺は、俺はそんなこと許せない!!!藍水さんだってそうでしょう!あのお二方はあなたの恩人だ!」
「やめなさい、」
「あの穢れた色が、美しい水牢楼に禍を持ち込んだんだ!!!」
「下りなさいと言っているのが分からないのですか!」
藍水さんの怒声から逃れるように、1人の青年が転がり込んできた。
暗くて濁っていて、それでいて、燃え盛るような生きることへの執着の見える瞳。
それが、一瞬で肉薄した。胸倉を掴まれ、床に叩きつけられる
「出てけよ…出てけよ出てけよ出てけよ出てけよ!俺たちの幸せを奪うなよ!やっと見つけたんだ、やっと憩えたんだ、もう、もうなにも奪われたくないんだよ!!!」
白露と白蕾は、青年の発する力に跳ね飛ばされていた。
多分、この人は瞳玉使い。
ギラギラと澱み蠢く鋭い眼光は確かに魔力の光を湛えている。
力が強いなぁ、と、呑気にそう思った。
「教会に求められてるなら、世界に求められてるならそっちに行けばいいだろ!勇者を導くなんて予言があるなら、それらしく生きればいいだろ!なんで俺たちに絡む、なんで俺たちに関わる、なんで俺たちから奪おうとする!」
悲痛なことを叫ぶ怒声、しかしそれは悲痛というにはあまりにも熱く、どろどろとしていて、醜悪だった。
「きょう、かい、?」
「ああそうだよ、【死んだ狼】。教会がお前を探してる、勇者を導く鍵として。出てけよ、世界でもなんでも救いに行けよ、だから、だから!」
青年の腕が軽々とぼくを持ち上げる。
首が締まり、耳鳴りがする中で、
「だから、やっと見つけた居場所を、奪わないで」
鮮明なその声は、真っ白な世界を退けるほどに、
ぼくの心に欠片も響かなかった。
「あの、嫌です」
「…は?」
「勇者なんていません。勇者なんて信じません。勇者なんていりません。」
だってさ、ほら。
ぼくを助けてくれたのは勇者じゃなかったからさ。
びっくりするほど綺麗な人と、
陽気で優しい狼と、
不思議な物語屋の少年。
「ぼくは物語屋のシーターです。ぼくの居場所は物語屋で、ぼくを助けるのは物語屋で、ぼくが働いているのは物語屋です。教会なんて、どうでもいいですから。ぼくは、いや、」
ねえ、リュカ。ぼくを助けてくれた、掬い上げてくれた物語屋。
これでしょう?これこそがぼくの権利、ぼくの物語
「ぼくの物語に、教会も勇者も魔王だって、どうでもいい。ぼくを救わない、ぼくを見ない、ぼくを救おうとするその他大勢なんて、この世界なんてどうでもいい。でも、ぼくは助けたいんです。」
あなただってそうなんでしょ。
名前も知らないあなただって。
そんなに必死で、叫ぶのは、大切な人を大切なものを助けたくて守りたくて取られたくなくて、それらを経験したことがあって怖いから。
他のなにを差し置いてでも、いや、他のことなんてどうでもいいのに、それだけが心を揺さぶる。
「友達のヴィアと、ぼくを助けてくれた名水さんと羅水さんを。助けたいんです。それに、あなたの許可はいりません。ーどいてください」
た、たた!たた、たたん!
「いっ⁈」
駆け足の音とともに、男が吹っ飛んだ。
たん!
ー七竃ー《跳び蹴り》ー獲得
ー七竃ーLevelupー成功ーlevel5
ー葉椿ー《草守護》ー獲得
ノイズが走る、そのノイズが、少し癪に触った…いや、かなり。
ぼくの葉椿と七竃のこと、勝手に呼ばないで。
ー訂正
ー白蕾ー《跳び蹴り》ー獲得
ー白蕾ーLevelupー成功ーlevel5
ー白露ー《草守護》ー獲得
ん、いい子
「申し訳ございません、リュカ様、シーターくん。」
錯乱していた男の人は白蕾に蹴り飛ばされて気絶したところを騒ぎを聞きつけた水の一族の人に連れて行かれた。
最初に来た時よりも、彼らの目線に警戒が混じっていた。
「…ああ、藍水さん。そんな焦らなくて大丈夫ですよ?おかげさまで白露も白蕾も新しい術を覚えましたから。」
部屋までお連れしますと、手を差し伸べてくれた藍水さんに甘え、引き起こしてもらう。せわしなく足踏みをする白蕾はどこか不安げな色を浮かべてぼくを見上げた。
…気のせいだろうか、白蕾がちょっと大きくなってる気がする。中型犬サイズが、大型犬サイズに。
「藍水、あとは僕が見ておくからあの新入りくんのとこ行ってきなよ。ね?」
「…いえ、止めきれなかった私が「藍水、いいから、ね?」
申し訳ございませんでした、藍水さんはもう一度そう言って深々と頭を下げて去っていった。
リュカの時とは違って、白露も白蕾も、何も言わずにぼくにはりついていた。
それだけ二匹を心配させてしまったのは、藍水さんを謝らせてしまって、あの男の人を誤らせてしまったのは、やはりぼくのせいなのだろう。
ぼくは、弱い。
「ねー、リュカ」
「ん、なんだい、シーター」
「ぼく自身も強くなりたい。ぼくの物語を、導いてくれないかな」
ぱあっと、リュカが破顔する。
「もちろんだよ、シーター!僕は物語屋だからね!おまかせあれ!」
リュカは、頼られるのが好きみたいだ。
新緑が、くるくると、くるくると、色を変えてゆく
緑のはずなのに、深くて、透明で、濃くて、爽やかなのに凝っていて、
ぼくの美しいだけの緑とは、全く違った。
深い森の、重なった鬱蒼とした、白露とも
明るい草原の、寄り集まった、白蕾とも
ぼくの瞳と色は、忘れるべくもない
その夜、白蕾はぼくの腕の中で寝た
白露はそれを止めずに
黙って、見つめていた
ぼくを、そして空の彼方を
「生まれてきたことがお前の罪、生きていることがお前の罪、死なないことがお前への罰よ、【死んだ狼】」
ああ、笑っている
真っ赤な唇を歪めて
目を細めて
ぼくの主人が
ぼくを貶め辱める
ぼくの主人が
笑っている
ぼくを目に写して
ぼくの目を見て
笑っている
楽しそうに
愉しそうに
タノシソウニ
ぼくは、
ーーーーーー、ーーーーーー、ーーー。
ーあるじどの。
ぼくは、
ーーーーーーーー
ーあるじどの、聞いてください
ぼくは、
ーーーーーーーーー?
ーあるじどの、どうか、聞いてください
ぼくを、
ーぼくは、
ひとりに
ーひとりに
しないで
ーしませんから
ーぼくだけは
ーだから、きづいて、ぼくは、あなたのそばに
やっと予言をシーターが知りました
題名詐欺が長かったです…
夢終わり多すぎなきがするのはきっと気のせいじゃない




