[とある水楼子の独白]
「初めまして、物語屋シーターです。」
とても綺麗で美しい少年は、私を見てそう笑いかけてくれました。
「お早うございます、シーターくん。」
時間になり、シーターくんを揺すり起こすと彼はパチリと、黄色い目をのぞかせ、
「ひっ、あっ、ぁっ、コナイデ!!!」
こぼしそうな程にまるくまるく目を見開いて悲痛な声で叫びました。
「コナイデやめて触らないで逃げて早く!あいつが来る前にっ、早く逃げて!ぼくに関わってはいけない、早く逃げて!」
異様な狂乱状態は、瞳玉の記憶に飲まれた子達と同じように見えて、私はシーターくんの肩に手を触れようとしました。
私を認識できていないのか、振り払おうとしたシーターくんが逆に倒れてしまい、私はそのまま彼を助けおこうとしました。
それは、間違いだったのに。
「触れないで!助けないで!あなた様まで汚してしまう!壊してしまう!殺してしまう!ぼくは、ぼくは死んだ狼だから!!!ぼくに、触れないでっ!!!」
「シーター!!!」
限界まで見開かれた瞳は、どこまでものっぺりとした黄色で、美しく可愛らしい美少年が狂っているのが不快でならなくて。
私は最悪の間違いを犯しました。
「っひ、ごっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさっ、ぁ、」
強引にうわ向かせたその瞳は、焦点を失い、その蒼白の顔には歪な笑みが張り付いていて
僕を見た瞬間、ギリギリのとこで保たれていた正気の均衡が、
「いっ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぃぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!!」
一気に崩れ去りました。
そのまま気絶したシーターくんが目覚めた時、私は、私だけが彼の記憶から消されていました。
私は水楼子藍水。始祖の一族の獣使いの師をやらせていただいています。
瞳玉を使う者には
精霊として顕現させる精霊使い
獣として顕現させる獣使い
武器道具として顕現させる器具使い
ステータスをアップさせる瞳使い
の4種類がいます。
瞳玉を与えられた水楼子の中には強い獣や精霊を顕現させ、その記憶や力に呑み込まれて発狂してしまう子が時々います。そんな子達を救うのが私たち師の役割であり使命です。
木の精霊使いは炎に怯えますし、炎の精霊使いは水を嫌います。水の精霊使いは木を厭い、かつて封印された獣を顕現させた獣使い達は封印の原因となった武器や力を壊そうとします。
樹霊王、かつて凌明王国で猛威を振るった魔王であったかの大樹霊は水の力を持つ時の大巫女に封じられました。しかし樹霊王は水の力に満ちたここにいて1度も敵意を見せることなく、あまつさえシーターくんが眠る前は寝ていました。
獣の姿をとるものは大抵警戒心が強く、危険と判断した場所では消して寝ません。しかもあの樹霊王です。主人であるシーターくんが危険かもしれない場所で眠るわけがない。
シーターくんが起きた時、樹霊王はいませんでした。
シーターくんは綺麗で美しい。それは紛れも無い事実です。
なのに、悲痛な声で私を拒絶したシーターくんの瞳は、総毛立つほどに禍々しい、のっぺりとした黄色でした。
ただただ、醜悪なその瞳に、私はある言葉を思い出したほどです。
悪魔の愛子
数多いる魔王の中でも最悪と恐れられる彼ら悪魔の愛子の種族は魔王の中では最弱…と言っても普通の街なら1日で壊滅させられます…最弱のに当たる愛子です。
そんな愛子の中で事実上の最高位の魔王、神の種族よりも恐れられているのが彼ら悪魔の愛子です。
悪魔に愛された子供はその悪魔が司る現象を元にした力と凶悪なまでのステータスを与えられます。
そして彼らがその力に溺れた時、彼らの全てが暗い昏い、闇の色に染まるというのです。
シーターくんの瞳は黄色でした。しかし光のないその色は、どんな色よりも闇に近く思えて、
私はシーターくんを恐れました。
実は、シーターくんが最初に水牢楼を訪れた時から、私は緑水様の命令でシーターくんの後を追い、樹霊王が暴走しないか様子を伺っていました。樹霊王は自分の庇護下においたものを絶対に守ろうとします。シーターくんが危険にさらされたとき大人しくしている可能性なんてかけらもありません。あの物語屋の皆様がそばにいるとはいえ、シーターくんが危険にさらされないという確証があるわけではありませんから。
私が見ている間に、シーターくんは数回、どこか違うところを見ているような、そんな目をしました。その度に物語屋様や狼様、楼主様や緑水様が話しかけたり触れたりしてシーターくんを引き戻していました。樹霊王が獣の姿をとってからはシーターくんが少し意識を離れさせかけるたびに何か行動を取っていました。
つまり、シーターくんがどこか違うところを見るような目をした時、意識をこちらからどこかへそらした時というのはシーターくんが危ない状況ということです。
樹霊王が必死で気を引いていた、その事実はかなり重い。
普段から、シーターくんは樹霊王が必死にならざるを得ないほどに危ない状態だった。
にも関わらずシーターくんが起きた時、樹霊王はいなかった。それは、樹霊王がシーターくんを守りきれずに力尽きて瞳玉に戻ったという事実に他なりません。
シーターくんに合わせて外に発する力こそ弱体化しているとはいえ防御力やHPなどは大樹霊だった頃のままのはず。かの大巫女ですら緑水様を含めた何柱もの神や魔王の助けを借りてどうにか樹霊王を封印した。
つまり物理的に負けたというのはありえない。
精神的な攻防に負けたとしか思えないのです。
シーターくんは大樹霊すら耐えられないほどの何か大きな闇を抱えている。
それが私の出した結論です。
近づいてはいけない、触れてはいけない、助けてはいけない
悲痛な叫びがまだ、頭の中で反響しているように思えます。
汚してしまう、穢してしまう、殺してしまう
胸を引き裂くような悲しすぎる懇願が、未だに耳を離れません
あんなに幼い子供が、どんな環境にいればそんなことを叫ぶようになるのでしょう、思うようになるのでしょう
幼い瘦せぎすの少年に、殺させないでくれと、助けないでくれと、叫ばせるほどのことを
私は知りません。
外からくる水の一族は、皆傷つき恐れ、あるいは感情を喪っています。
それでも、あれほど悲痛な子はいませんでした。
私は何も知らない、私は何もできない
理解せざるをえませんでした。
私に、シーターくんは救えない、と。
とあると言っておきながら名乗ってしまう藍水さん。




