17 服飾街と酒場襲撃 終
水亜竜たちが酒場から出て行く。
これでルヴィたちは安全だ。羅水が助かるかどうかは危ういところだが。
「それで、あんたはどうするんだ?カシラさん」
「…どうしましょうかね。」
それを黙って見送った卯元の周りに、黒衣の者たちがのそりと集まる。
水蛇たちは短剣使いに切り裂かれ、ただの水に戻っているし、魔力空腹を起こしてしまっているせいで力が入らない。
「なあ、カシラさん。諦めるのか?」
「卯元、もうやめませんか?」
私は、卯元がどうしても嫌いになれない。憎み切れないし、その命を奪いに行けない。
それは多分、卯元も同じ。何度刃を合わせても、何度敵対しても、互いに致命傷を負わせたことはない。
だからこそ、私はヴィアたちを逃した。
「そこまで憎いですか?赤の少年が、紅孔雀を許せないのですか?彼らとて、望んだわけではないでしょう。」
「カシラさん、むしろなぜあんたは許せる?なぜこの街の歪みを見過ごせる?水は悪で炎は正義。水の魔王が悪だなんて嘘の物語をなぜ見過ごせる?」
深く暗い紫の瞳に冷たい光が揺れる。
「水守様は間違っている。水の一族はなぜ虐げられ、色を偽り、陰で暮らし、黙して炎の一族に仕えなければならない?水の一族こそが、赤の少年を英雄たらしめるというのに?」
「それは危険な考えです、卯元。赤の少年は水の一族がいなくても英雄になり得ました。それに水の一族は、水守様と緑水様のおかげで陰で暮らせているんです。私たちは表では暮らせない。」
水の一族。水守様と緑水様に助けられ、水の一字を与えられ、水牢楼に住まう一族。水楼子の家名と水の一字は私たちの誇りであり、絆の証だった。
それでも、それは水牢楼の中でしか通じない誇りだった。水楼子のほとんどは生贄にされかけたり殺されかけたりした訳ありの人間。たとえ水の一族の始祖がフレザを救った少女の血を持っていたとしても、私たちが表に生きることはできない。
それがなぜ、分からないのか。
「ちがう、暮らせないんだ。なぜ分からない、カシラさん。赤の少年が忘れたから、水の一族は虐げられた!赤の少年の罪は、贖われなければならない!水の一族こそが火の一族の真の対であることを、化け物だった紅孔雀を守護に変えたんだ!」
「それは違う、赤の少年を救ったのは水の一族ではありません。確かに水の力はフレザを守りましたが、炎の力なくして水の力は振るわれませんでした。」
どう言葉を尽くせば卯元に届く?
真の物語はどう語れば根付く?
誤解と曲解が繰り返された炎と水の物語は
リュカ様、物語屋の残酷で優しいお姫さん
あなたなら、間違った道を正せるのでしょうか?
かつて私を救ってくれたように。
「水の一族は、認められなければならない…。水の一族の力こそが、炎の平安をもたらすことを…。そうすれば、そうすれば、」
卯元の顔がどんどん青ざめていく。
どこで間違ったのだろう
何が彼を誤らせてしまったのだろう
その先に破滅しかないことを、なぜ気づかないのだろう
「もう、やめませんか。戻ってきませんか。私たちの本当の故郷へ、あの静かな青へ、戻ってきませんか…卯水。」
深く暗い紫が、昏に堕ちる。
「その名で、その名で呼ぶなっ!」
卯元の蹴りが、鳩尾に突き刺さる。
それでもそれは致命傷になりえない。
「げほっ、卯…すい、っがはっ、」
HPが削られていく。卯元の嵐のような蹴りが、着実に私を傷つける。そして着実に、時間が稼がれる。
時間と共に、魔力もまた。
体力飢餓に襲われたところで、蹴りを防ぎ、笑ってみせる。
「殺せますか、私を。」
それは充分に卯元の猛攻を止めさせた。
「…捕らえろ。そいつは連れて行く」
卯元が攻撃をやめ、少し私から離れた。それこそが好機。
「《水龍》!!!」
『drrruuuuuuuuuraaaaah!!!!』
血のような紅の鱗に青い瞳、細長い体は卯元を、黒衣たちを吹き飛ばした。
MPがごっそり削られる感覚とともに、魔力飢餓によって体がずっしりと重くなる。魔力枯渇ギリギリだが、まだ魔力はある。気を失うほどではない。
水龍は爪に引っ掛けるように私を抱き、通りがけに化物を喰い殺しつつ酒場から泳ぎ出た。
あれだけ無茶苦茶に戦ったからだろう、酒場前の道には人っ子一人いなかった。水龍は道に出てすぐ、垂直に天へと駆け上がっていく。そして上空50メートルほどでまた泳ぎだす。目指すは、青い青い御方の住まい。
『頭、休んで。あとはあたしがどうにかするわ。』
柔らかく囁くその声に、微笑みがのぼる。やっと休める。もう、休んでいい。私の意識はゆっくりと、夢の中へ沈んでいった。
「水守様!緑水さん!だれか、誰か助けてください!!!」
水の門に飲み込まれたぼくたちは、水牢楼の庭先に放り出されてた。
全身に走る痛みを我慢し、力一杯叫ぶ。先ほどからルヴィはピクリとも動かず昏倒し、ラスイさんの顔は青白い。
「ヴィアに羅水⁈それに名水の水竜⁈いったい何が、いや違う、《治癒泉》!」
飛び出してきた水守様が治癒魔術をかけるとようやく、2人の表情に微かながらも赤みがさした。
「実水!城に連絡を!藍水、眞水、透水、庭水、隻水、ヴィアと羅水を湧水洞に運んで!」
水守様の呼び声に水牢楼の人たちが集まり、ヴィアと羅水さんは運ばれていった。
ぼくと白露は水守様の部屋に連れて行かれた。
「それで、何があった?」
いつにも増してきつい目つきの緑水さんに顔がこわばる。
それでも、ちゃんと伝えなければ。
ぼくの話が進むほどに、緑水さんは冷え冷えとした雰囲気になる。
「ー、それで、まだナスイさんは酒場で…白露?」
白露がピクンと耳を揺らした。
銀の双眸が庭先を見つめる。
遠くが騒がしい、そして慌ただしい足音が近づいてきた。
「水守様!名水様がお戻りになられました!湧水洞に運び、今は回復の最中です!3人とも、間に合いました!」
ナスイ、様?伝えに来た男の人はすぐに身を翻してどこかへ行ってしまった。
なんにせよ、無事でよかった。
水守様も心配げに強張っていた表情を緩める。
「水牢楼には、4種の水の一族がいてね。1,000年前より仕えてくれておる始祖の一族、外から助けを求めてきた、あるいは助けられてきて水牢楼で勤めてくれる楼の一族、外に出ることで水牢楼を助けてくれる街の一族、そして」
水守様が唇を噛んだ。幼い姿に、普段の言動に似つかわしくない、深い悔恨を滲ませ、水守様は顔を上げた。
「始祖を妄信し、水牢楼を表に出そうと赤の少年に贖罪を望む火の一族。名水は街の一族の長。そしてシーターたちを襲ったのは、火の一族の長、卯火だよ。」
見て、と水守様の纏う蛇と数匹が文様を形作る。
《水》と《火》
「妾の名付け与えた《水》を、火の一族は《火》に変えて名乗ってる。もしも名前に《火》が入っている人がいたら、気をつけて。彼らの憎しみは根深く、肥大しすぎた憎悪と敵意は今、"虐げられていない"というだけで無関係の人間まで巻き込みかねないから。」
『るゔぃも、いいこ、ふあふあ、』
「…ウカという男の人は、なぜルヴィを狙うの」
ルヴィは、水の魔王と同じ色というだけで、街の人から虐げられていた。そんなルヴィは…ルヴィ?
「ルヴィは、なぜルヴィなんですか?なぜ水が、水の一族である証がない?なぜ…、なぜ同じ青である水守様は尊敬されてルヴィは虐げられる?」
そう、おかしい、ルヴィのM Cardはスイロウシだった。なのにルヴィには水の文字が入ってない。皆に崇められる水守様とルヴィは同じ青い目青い髪なのにルヴィだけが火の一族に狙われる…それは、明らかな違和感。
「その物語を、君はまだ知るべきではないよ。シーター。」
朗らかで、楽しげで、明るくて、どこか険を含んだ声。
「「っ、リュカ(さま)⁈」」
散歩中に偶然見つけた、そんな気軽さで声をかけてきたリュカはにこにこと縁側に腰掛けた。もちろん庭にはラビがいる。
「お疲れ様、シーター。ちゃんとM Cardを手に入れられたようで何よりだよ。」
「…なんで」
「ほら、M Cardがあれば君は白露の力をちゃんとー」
「そうじゃない!なんでルヴィの話をぼくに教えてくれない?リュカは物語屋だろっ!」
「だって、弱いもん。」
見た目相応の幼い口調、それがひどくシーターを怯えさせた。なんだ、なんだこのイキモノは?
「君は弱すぎるよシーター。君は君自身が生き抜く力はあっても、他を守る力が圧倒的に欠けてる。君の物語の力の及ぶ範囲に、ヴィアの物語がないだけだ。ね、簡単でしょ?」
「っ、」
ぼくは、弱い。短剣使いを倒すことも、短剣使いの攻撃を防ぐこともできなかった。魔術使いだって完封することはできず、結果ナスイさんは怪我をした。
慰めるように白露が鳴く。白露は頑張った。だけど、だけどぼくが弱いから、白露は力を出し切れなかった。白露の本来の姿は大樹霊。もしぼくが強ければ、白露の力を取り戻せていれば、誰も怪我せずに済んだかもしれない。
リュカの言葉はどこまでも正論で、どうしようもなくどうしようもなかった。
「シーター、物語があるんだ。」
リュカが微笑む。
「あの子が知りたい?あの子を助けたい?あの子の物語を、受け止める覚悟は、見て見ぬ振りをせず手を差し伸べる覚悟はある?」
リュカの新緑の瞳が輝く。
「物語に呑まれず、物語の先導をし、紡ぐ覚悟が、君にはある?物語屋、シーター」
眩いその新緑の奥に、強い何かを感じた。
物語に呑まれない強さ、なのだろうか。
その輝きが、ぼくにも欲しいと、そう思った。
青の少女の話を聞いた時と同じように。いや、それよりももっと、強く。
「今度こそ、ぼくは助けたい。あの子でも青の少女でもなく、ルヴィを。」
「じゃあシーター、強くなって?物語の道は、君を待とう。」
そして、リュカが居住まいを正す。
微笑むその瞳の新緑の輝きは、目を逸らしたいほどに明るく、鋭く、ぼくを射抜く。
「まずは、1つの物語があるんだ。」
聞くか聞かぬか、そんな問いは待つまでもなく。
「教えて、いや、語って。ぼくの知るべき物語を。」
「物語屋リュカ、畏まりました。」
退出しようとした水守様と緑水さんを止め、リュカは語りだす。
「これは数百年前、水牢楼ができて300年ほどが経った頃の話。2人の正義溢れる少年と、青の少女の物語。題名を、【火の始祖富火】と言います。どうか、ご清聴あれ。」




