16 服飾街と酒場襲撃 始
前半が名水視点、後半がシーター視点です。
「すみません、羅水。」
人気のない酒場のカウンターで私は目を見て謝った。
頭は下げない、それは羅水が私に求めていることではないから。
旅の組合を出てすぐ、覚えのある気配がつけてきているのを感じた。それが城にも楼にも迷惑をかけられない類のものであると察した時、考えついたのはここしかなかった。
「天下の頭のご命令とありゃあ個室の1つや2つ逃げ場に貸すことくらい造作もねえよ。」
頭。確か最初に呼んだのは羅水だった。久々の緊張感に心が躍る。
フレザでも1、2を争う規模の酒場を切り盛りする彼は以前にも増して涼しげになった頭に冷や汗を浮かべているが、その口には苦笑が乗っていた。
「やはり、狙いは」
「まあ、嬢ちゃんの方だろうな。あの坊主、物語屋殿の新たな拾い物か?多分だけどよ、こりゃあ道だ、それも特大の、おそらくはとんでもねえ規模の、それこそ頭の物語くれえのさ、」
《斧槍Ⅰ》ー召喚
2人して喋りながら、その手には水が渦巻く。
そして、水は形をとり、手にしっくりと馴染む獲物を作り出す。
名水が持つのは槍と斧をくっつけたような代物。その柄は紫紺、そして刃は目の覚めるような紅。
本来の長さは3メートルにもなる巨大な獲物だが、ここは屋内。約3分の2ほどの大きさまで縮めてある。
そもそも今回この斧槍を振り回すつもりはない。個室の並ぶ廊下へと続く道を塞ぐように立て、祈る。
《水護門》ー召喚ー残180
透明な水の魔力が噴き出し、ゆっくりと廊下を水没させていく。
「頭の水護門をまた見られるたあ、思ってなかったな。それほどにあの坊ちゃんは重要いや、嬢ちゃんか。俺らの希望で、絶望。俺たちが裏切った、裏切り者の女の子…」
羅水の周りにはすでに線を越える水滴が浮かんでいる。冷や汗はまだ、出続けている。
「羅水、敵は10、手練れですね。1指揮9足。獲れますか?」
笑う、羅水は笑う。
相も変わらず、いつもの緊張した面持ちで。
「ーーー!」
「ーーーーーーーー!」
音にならない音が聞こえる。幾千もの水滴が、敵の動きの全てを教えてくれる。
《斧槍Ⅰ》ー分離ー完了
斧槍の斧の部分だけが外れ、右手に収まる。それを確認したところで、敵が、雪崩れ込んできた。
どこの国ともとれぬ黒の異装に身を包んだ3人組。
それぞれが持つのは、黒い刃の短刀。
「面倒ですねえ、相棒は室内戦が得意ではないのに。」
名水の方に1人、羅水の方に2人。
残りはおそらく裏手から壊しに来ているか魔術式の構築をしているか。
斧の分の悪さを知ってか知らずか一瞬で間合いを詰めてきた相手の足元を狙って足を払うように振る。
ほんの少しステップを踏むだけでそれを回避した相手は瞠目する。
この時が1番楽しい。私の手から離れた斧は羅水の相手をしていた敵を柄の部分で打ち倒し、私自身は敵へと肉薄していた。相手が斧を見た、そのほんの隙をついて。
それこそ、短剣でさえ振ることのできない超至近距離。短剣を持っていた腕の肘を掴み取り、耳に唇を触れるようにして囁く。
「剣を収めてくださいませんか?」
《魅了》ー発動ー成功
がくんと膝を折った敵はすぐさま入ってきた扉へと駆け戻り…
がっしやぁあぁぁぁん
突如現れた氷壁の棘に貫かれて絶命した。それに巻き添えを食らう形で酒場の椅子や机がバラバラになる。
「おいおい、なんだよありゃあ」
ちょうど敵を倒したらしい羅水が引き攣った顔でそれらを見た。
敵の血を吸った氷壁は、トゲトゲした姿から殺した男の姿へと変わっていく。
氷は触手のように他の2人を取り込み、やがて1人の化け物を作り出す。
見た目は醜悪。顔は小さく笑みを形作り、体はそれ自体が臓器のように滑り脈動し、所構わず無作為に生えた触手は氷にもかかわらずうねりしなやかに振るわれる。
「剣を収めてくださいませんか?」
《魅了》ー不可
「…どうだ?」
「生命体じゃないですね。あれは物体です。」
「…まあ、だろうなあ」
少し、面倒。いや、かなり面倒なことになってきました。
こちらが攻めあぐねているのを察したのか残りの7人が姿を現した。皆一様に黒の異相に身を包み、3人が短剣、1人が弓、2人が杖、そして1人が徒手。
「これはこれは、裏切り者の一族の方々ではないですか。」
徒手の男が笑う。楽しそうに、嬉しそうに、目には残虐な光を浮かべて。
「裏切り者は貴方でしょう、卯元」
「…私は卯火ですよ、カシラさん」
バカにした口調に羅水の方に力が入る。
止める間などない、卯火の顔を覆う布が細切れに切り裂かれ、素顔が露わになる。
「っつ、あんたは本当カシラさん命なんだな?雲使いの羅水。」
どこにでもいるような没個性としか言えない容姿の男、卯元。こいつがいるということは、やはり私の予想は間違っていたなかった。
彼らの狙いは、ヴィア。
「あなたはまだ、血なんかにこだわってヴィアから全てを奪うつもりですか。」
「っナスイさん、」
「やはりここにいたのか、盗人。」
小さな声と、卯元の言葉。慌てて振り向けば、そこにはヴィアとシーターくん。
彼らがいるのは、水護門の外。
「っ、守れ羅水!!!」
「奪い取れ!!!」
炎の礫が6、
《水弾》ー6発ー完了
《水纏》ー完了
炎の礫を水弾で迎え撃ち、立ち上る水蒸気に紛れて襲ってきた触手を水を纏わせた斧で砕き潰す。
氷の化け物の触手をいなしつつ見れば、羅水が短剣3人を水壁でなんとか止めていた。
羅水が操るのは雲、小さな水滴の集まり。本来補助役の羅水に前衛の短剣使いは相性が悪すぎる。
「水護門に戻りなさいヴィア!」
「頭!坊ちゃんはダメだ!」
思わず舌打ちが漏れかける。
水護門はその名の通り水を護る。水使いが水使いを守るためのこの術は、一度でも草使いが通り抜けると効力を失ってしまう。
「余所見なんて余裕だな?」
「っ、」
《水壁》ー完了
《水壁》ー完了
《水壁》《水壁》《水壁》ーーー完了
卯元の足払いを触手を砕く反動で避け、水壁で化け物を抑えつつ後退する。卯元の拳は重く、足は素早く、言葉は鋭い。斧でいなし、飛んで避け、意識を術に集中する。それは次第に舞のようになり、考えるよりも先に体が動く。少しでも意識をそらせば崩れる、危うい闘舞。
《V Cardー改号》ー認証ー変換ー完了
《水楼子 名水》ー認証ー変換
《子水牢》ー精製…
「羅水!」
「っぐ、」
ヴィアの悲鳴に一瞬意識を取られたその瞬間、均衡が崩れ卯元の蹴りが、肩をかすった。
体勢が崩れ、制御を失った合間をついて後方の魔術師の炎弾が斧に命中、
がっしゃぁっん
「っがはっ」
激突した棚から落ちた酒瓶が、体を打ち据える。
それでも、2ついいことがある。
1つはヴィアたちに近づけたこと
もう1つは
《子水牢》ー準備完了
「封ぜ、《子水牢》!!!」
化け物を囚う檻が完成したこと。
『KYYYYYYYYYAAAAAAAAAAA!!!!!!!』
音が、化け物から発せられる。
水柱が立ち上り、暴れる化け物を飲み込んでゆく。
「さすがだねえ、カシラさん?あんたはいいっつも、あんたを慕う者を使いつぶして殺すんだ。あんたのせいで、また人が死ぬ、あんたを匿ったせいで、あの男は死ぬんだよ」
「《水鞭》!」
ゆっくりと近づいてきていた卯元を水の無知が襲い、それらは全て炎の壁に阻まれる。
ヴィアたちの方を見れば、ヴィアの水壁を短剣使い達が壊しては精製し、壊しては精製しの体力勝負にもつれ込んでいた。
このままでは、負ける。羅水も胸元を真っ赤に染め上げて動かない。
「ヴィア!逃げなさい!」
《水蛇》ー召喚ー完了
《水蛇》ー召喚ー完了
《水蛇》《水蛇》《水蛇》《水蛇》《水亜竜》《水亜竜》《水亜竜》《水亜竜》ー召喚ー完了
6匹の水ヘビが2匹ずつ短剣使いを襲い、3匹の水亜竜がヴィア、シーターくん、羅水をひっつかんで空を泳ぎ1匹が魔術師たちを水球に封じ込める。
「いやっ、名水!!!」
「名水さん!」
「行きなさい!《水護》!」
更に水亜竜ごと水の加護を重ねがけすれば亜竜たちは魔術師を突破して外へ泳ぎ出て行った。
個室から出ると、廊下には水の魔力が満ちていた。
諍いの声と武器のぶつかる音が絶えず聞こえ、飛び出したヴィアを追ったぼくは、戦場を見た。
氷の怪物と、黒衣の男たち。
『あるじどのっ、だめ、でない!』
ぼくは、白露の言葉を無視して、水の魔力の満ちた廊下を、自立する槍の脇を、抜けた。抜けてしまった。
ばぎんっ
水の魔力の膜が砕け散り、槍が倒れる。
そんなことよりも、ぼくはナスイさんと対峙する男の後ろの男が炎を練り上げたことが気になってしまった。
「っナスイさん、」
そこでぼくは、3度目の間違いを犯した。
1度目は部屋を出たこと。
2度目は水の魔力の膜から出たこと。
3度目は、声を出してしまったこと。
「やはりここにいたのか、盗人。」
濃く暗い紫色の瞳の男の人が、にやりと唇を歪ませた。
なにかが、来る、
「っ、守れ羅水!」
「奪い取れ!!!」
ナスイさんの姿が水蒸気に包まれ、ぼくたちの方へは3人の黒衣がかけて来た。
「《水壁》!」
毛根が死滅していそうな頭の男の人が、ぼくらの前に立場だかり水の壁を生み出す。それは黒衣の男の人たちの剣戟を退けた。
「っ、ダメか⁈」
しかしそれも2度、3度と切りつけられると水へと戻ってしまう。
「《水壁》!」
ナスイさんは巨大な斧で化け物と対峙し、おそらくはラスイさんという名前の男の人はだらだらと冷や汗をかきながら水壁を張っていた。
「羅水、私が!」
「嬢ちゃんは逃げるために魔力温存しときな!ここはおじちゃんが守るから…《水壁》!」
『あるじどの、おじちゃん、まもる、にがて、ながくない、だめ!』
どうすればいい、何ができる、ぼくにできるのは、ぼくができることは、なんだ?
ナスイさんを見れば徒手空拳の男の人と目視できない速度で攻防を続けている。
ラスイさんは探検使いたちの相手で手がいっぱい、ヴィアは魔力を温存している、
『あるじどの、まじゅつ、うしろ、きけん、はくろ、つかう!』
魔術使いが、フリー、ここで魔術を使われたらまずいね。
「《M Card》」
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【魔具】
〈大樹霊ノ双葉 〉lv3
種 :草 水 土 夜
銘:【葉椿】ー白露
姿:深緑の瞳玉
銀沙の輝き
合成獣(豹の体、鳥の翼、馬の尾)
術:雛獣召喚 MP100(合成獣)
草木の知人MP50(草操作 極小)
創芽 MP10(草生成 極小)
稜明国で炎の精霊を喰らい、草、水、土の小精霊たちを守っていた精霊喰らいの守護樹霊。
旅の方々や、商いの方々、神まで喰らったため、時の大巫女が瞳玉に封じた。
3種の動物の混ぜられた合成獣の姿を取る。それらの動物はかつて大樹霊の友であった者たちの一部である。
また、かつて時の大巫女をまでをも苦しめた魔力を食らう植物を生成する能力が今ゆっくりと目覚めようとしている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
っ、これだ。
「白露、《創芽》!」
『なぁあっ』
ぽんっ
魔術師の男の人の目の前に、ちっちゃい緑が咲くのが見えた。それが魔力を少し喰らい、術式が崩れるのもまた、確認できる。
「白露、任せたら自分でできる?」
『なー!』
《創芽》ー生成ー完了
ノイズが走り、魔術使いたちの魔術が完成する前に壊されていく。
これなら…!
「いい、はたらきだ、坊ちゃん、だが、すまん、《水衣》」
ひやりと、冷たい膜が体を覆ったのがわかった。
そして、無防備なラスイさんの体を、短剣が切り裂いた。
赤く、赤く、空中に軌跡が走る、
「羅水!」
ヴィアの悲鳴は空気を切り裂くように響き、それは白露と名水さんの意識を奪ってしまった。
がっしゃぁぁぁあっん
創芽を上回る速度で構築された炎の魔術がナスイさんを吹き飛ばし、我に返ったルヴィの水壁がなんとか短剣使い達を阻む。
「ごめんなさい、ごめんなさい名水、また、また私が、私があっ」
「っ、ルヴィ、落ち着いて!ルヴィ!」
水壁が揺らぎ、生成と破壊の速度が早まる。
創芽の速度を早めた白露は言葉もなく魔術の妨害を続け、ぼくのMPはもうすぐ半分を切る。
「どうすればっ、」
「ヴィア、逃げなさい!」
鋭く通る、その声とともに、水の蛇が黒衣たちに巻きついた。
そしてトカゲに似た翼持つ水の竜の爪がぼくたちを浚う。
ナスイさんは、ぼくたちだけを逃すつもりだ。
「いやっ、名水!!」
「ナスイさん!」
嫌だと、水の竜を引っかこうとしても叩こうとしても、水が跳ねるだけでつかめない。
なんとか白露を抱き寄せ、ぼくたちは酒場から外へ連れ出されてしまった。
「名水っ、名水っ、名水っ!いやっ、もどって、戻りなさい!」
ルヴィが泣き叫ぶのもおかまいなしに竜は空を飛ぶ。
「ルヴィ、落ち着いて、落ち着いてルヴィ!癒しの魔術は使える⁈ラスイさんの失血量と傷の大きさはまずいよ!」
多分、技術《生存本能》の力だろう。このままではラスイさんは死ぬ。それが明確に理解できる。
「っ、ぃやぁぁぁぁぃぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!』
どぷんっ
ルヴィの叫びとともに、巨大な水の門が中空に浮かび上がり、ぼくたちはそれに飲み込まれた。




