13 服飾街と2つのCard
目が覚めると、目の前に豹がいた。
「…はく、ろ?」
『あるじどのー』
なーなーと鳴きながらすべすべした額を擦り付けてくる白露を落とさないように胸に抱き込みながら体をもたげる。
「ここは…」
落ち着いた燕脂の内装にところどころポイントとしてあしらわれる金の飾り。
フレザ城に与えられた客室に相違なかった。
ずくん、鈍い痛みを無視してベッドから降りる。
どっ
『んなぁぅっ』
「っと…」
どうやらかなり衰弱していたらしい。膝から崩れ落ち、横に倒れてしまった。突然視界が落ちたためか、僕を心配してのことか、白露が鳴く。
「どうしたの、白、っシーター!」
開いた扉から駆け寄ってきたのはリュカ。すぐさま侍従の人が駆けつけ、ぼくはベッドに逆戻りとなった。
「おはよう、シーター。君は3日も寝てたんだ、急に動いちゃダメだよ。どこか不調は?痛いところ…変なところはない?」
3日も。それならここまで衰弱していることも頷ける。
痛いところ…頭が痛いような気がするけど、どうだろう?変な感じというのはわかる。
「あたま、かな」
「カナン様!」
「■■■■」
赤いナニカが僕を包み、ふわりと溶け込んだ。歪んでいた視界が綺麗になり、思考が明瞭になる。
「お前な、瞳玉を手に入れたその日に魔力枯渇起こすとかバカか?自分の力を過小評価するなとは言ったが過信しすぎるのも問題だ。今回はイド様がいたからよかったものを、普通なら死んだたぞ。」
相変わらず忌々しそうな、嫌なものを見たとでも言いたそうな顔のカナン様。最近のぼくはしょっちゅう初見の男の人に嫌われてる気がする。気絶回数ほどではないけど。
「リュカ、やはり今日話したほうがいい。仕事に連れて行くかどうかは別として、自分の客観的能力は知っていて損にはならない。むしろこいつの場合今の状態の方が危険だ」
「そう、だね。イド様、ラビを連れて来てくれる?」
「はい。」
連れてくるって、どうするのだろうか。
白露を撫でつつ待つこと数分、イド様が戻ってきた。その後ろには普通サイズの狼。
『ゔぉんっ』
「お待たせしました。」
「ラビ、なの?」
藍色の毛皮、深紫の瞳。確かにラビの色は纏っていたが大きさが段違いだ。
てしてしと軽い足取りでリュカに駆け寄った狼はくるんと尻尾を体にそわせつつおすわりした。
「うん。ーーーというスキルなんだけど、幼い姿に変わる代わりにーーー以外のその当時持っていなかったスキルを使えなくなるんだ。だから、今のラビはこちらの言葉を理解できても話すことはできない。獣と話すスキルを持っている人は例外だけどね。」
さて、とリュカは笑った。
イド様が慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、心なしかラビが真剣な目になった。
そしてカナン様の瞳から、剣呑な光が和らいだように思えた。
「分かっているとは思うけど、シーターは瞳玉白露の暴走によって魔力枯渇を起こした。これは白露のもつ物語の縁の悪戯ではあるけど、そもそもシーターが自分の総MP量を知らないことには白露を抑えることもままならない。」
反省してるというアピールなのか、白露がしっとりと冷たく潤った鼻をほおに擦り付けてきた。
すべすべの背をなでればご機嫌そうに喉を鳴らす。
「旅の組合というものがあるんだけど、知ってる?」
「旅の人々の旅を手助けする組合、だよね?1つの街に1つはあって、街の情報とかを聞ける」
「そう。でも最たる特徴は臨時のV Card発行ができるってとこだね。」
「昨日も言ってたけどV cardって?」
「うーん、この世界に存在する形ある脅威というべきものをあげてみて。」
「魔王、魔獣、亜人、戦争、盗賊、人売り、魔力嵐…」
「うん、そんな感じだよね。シーターは野良の魔獣を見たことはある?あるいは魔力嵐を。」
自然界に元から満ちている魔力が暴走することによって不規則無差別に魔術的事象を起こす魔力嵐。そういえば屋敷の近くで起こったという話は聞いたことはあれど見たことはなかった。
「ない、かな。」
「うん、じゃあなんで盗賊や人売り等の常にある危険と同列に数えられてるんだと思う?」
「それは…」
魔王や亜人、戦争はそれぞれ数が少なくても一度起これば凶悪な災禍をもたらす。だが魔力嵐は進路にいた者の髪が全部ピンク色になったとか、水が果汁水になったとか危険というより面白いと思う事例も少なくない。
「なんでだろ?」
「簡単だよ。成人以下の子供は、魔力に類する物が見えないんだ。」
見え、ない?
走馬灯もかくやという速度で記憶が蘇る。
ヤンガードルシュタインの家で虐待されていた時、リュカたちと山を歩いていた時、フレザにいた時。
確かに一度も魔力や魔術が具現しているところは見なかった…
いや、違う。
「でも、ラビの夜色とか、あとは、白露が暴走した時に水守様と緑水さんがなんか、水、を、」
波打つ水色、影の落ちる水色、うねる水色、薄い水色、足と角のある蛇、そして、額にある、
ナニカ《・・・》…?
あれ《・・》は、
『あるじどのっ!』
「っくふぁっ」
視界が真っ白に染まり、もふもふが顔全体に押し付けられる。柔らかい…
じゃなくて!
「ふぃひゃひふぃひゃひ!」
爪が!爪が頭えぐってる!ついでに髪引っ張るなぁぁぁ!
『ウォンッ!』
『なひゅぅっつ、』
「あ、ありがと、ラビ、」
鶴の一声ならぬ狼の一吠えで白露は僕の膝の上に落下した。豹と狼って狼の方が強いのか…
「物語に飲まれかけた…?僕じゃないなら…」
「リュカ?」
何やら小声でブツブツ言っているリュカに声をかければ影の落ちていた瞳がふっと輝きを取り戻す。
「ん?いや、何でもないよ。えっと、V Cardの話だったよね。あまりにも強い個体の場合にはそれが見えることもあるし、見させることもある。ほら、急に物が浮き出したりしたら怖いでしょ?」
確かに、昨晩ラビの作ったあの籠が透明だったらと思うと…笑えない。
「でも本来は魔獣や魔術は見えないし、魔獣や魔術の方も若人以下の子供は認識しない。だから、そういう脅威を若人以下の子供は知らないし、害されない。
でもさすがに若人以上になってくるとそういう認識阻害が効きにくくなってくるし、そもそも不便でしょ?だから、保護者は子供が若人になった時自分の能力や魔力を認識するために魔導具を贈るんだ。」
「…魔導具?魔具じゃなく?」
「魔を導く道具、つまり魔術の使い方とかを導いてくれる道具だからね。V Cardだけだよ、魔導具と呼ばれるのは。あ、ちなみに正式名称は 【Vizard Card】。英雄侯爵のうちの1つが作ってるんだ。って、ちょっと本筋から離れすぎたね。」
うん、ぼくもV Cardの説明がこんなに長いとは思わなかった。
あまりにも長すぎて白露がちょっとうとうとしてきてる…わけではなくちょっとラビに怯えてるみたい。怒られるのってあんまり楽しくないもんね。
「さて、そんなステータスが確認できる便利魔導具V Cardなんだけど、これはある街に行かなきゃ買えないんだ。値段も高いし、あの街はちょっとくせがありすぎて本物を買いに行ける人ってあんまりいないんだ。だから、結構大人までは旅の組合が発行してくれるM Card、Magic Cardで代用する人が多い。」
「要するに、ステータスを確認するために旅の組合にM Cardを発行してもらいに行きましょう、ということですね。」
この上もなくあっさりバッサリとイド様が結論を言ってくれた。麗しさに騙されそうになるけど、目が語っている。もう飽きたと。
「…イド様、僕がちゃんと説明できたのに」
「長々と細々と説明する必要はなかったと思いますよ。聞く方だって大変なんです。」
「…はーい」
『あるじどの、おはなし、おわたー?』
見上げてくる白露は膝に丸まっていた関係上上目遣いになっている。やはり眠たかったのか、目がちょっとうるうるしていて…
『んなぅっ⁈』
もふっと抱きしめれば体に溜まっていた熱が落ち着いていく。いつでもひんやりな白露は熱さましにちょうどいい。
「で、誰が連れて行くんだ?」
「それはもう、決めてあります。」
リュカとカナン様は顔を見合わせて、それはもう、いい表情で微笑んだ。
「で、いつ伝えるんだ?」
「んー?何を?」
2人になったところでリュカに聞く…いや、ミーンと視界共有しているし、ラビもいるから完全に2人きりというわけではないが。
先ほどまでシーターの寝ていた寝台に腰掛け、膝にラビの顎を乗せさせて撫ぜるリュカはどこか心ここに在らずだ。
「予言のことだ。【光を持たぬ狼が勇者となりうる者を導く】。教会はヤンガードルシュタインの令息キスツス・アルビドゥス・ヤンガードルシュタインを【死んだ狼】ではなく【光持たぬ狼】と考えているらしいが。」
「あー、それね。うん、まだだよ。」
「まだってリュカ、俺は英雄侯爵だから勇者に関してはこちらの領分とか言って誤魔化せばなんとかなるが、物語屋は」
「カナン。うるさいよ」
口を尖らせたリュカが足をばたつかせる。置き心地が悪くなったのかラビまでも不機嫌そうに俺を睨む。
「これは僕の領分だ。炎と剣はお呼びじゃない。」
「…すまない。」
「ねえ、ラビ。予言の勇者だよ、どうしようか、嬉しいねえ。」
リュカは笑う、クスクスと、楽しげに。
瞳を黒々と影に落として。
「もしかしたら、やっと、なのかなあ?」
狼を撫でながら、リュカはただ、笑っていた。
「っ、ーーーーー…」
声にならない声が漏れる。
身を食らう炎が、一層燃えたって、
『…』
紅孔雀は、決してその言葉には答えなかった。
説明回です。どうしても説明っぽくなっちゃいます。
次回は結構頭空っぽ目に…!
更新遅れすぎました。すみません。




