12 服飾街と少しの真
「スキル【ーー】」
透明な、水のような何かが片眼鏡を形作り、水守様の右目に装着された。ぐるぐると波紋を描き歪み揺蕩うそれは、見ていると引きずり込まれるような感覚に襲われる。
「…っ、スキル【ーー】、スキル【ーー】」
そして出来上がったのは、揺れる文字の並ぶ薄い紙。
「気をつけて、あまり持たないから5分くらいで崩れちゃうからの。」
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【魔具】
〈大樹霊ノ双葉 〉lv1
種 :草 水 土 夜
銘:【葉椿】
姿:深緑の瞳玉
銀沙の輝き
術:雛形召喚 MP300(任意の形で呼び出し)
草木の知人MP50(草操作 極小)
稜明国で炎の精霊を喰らい、草、水、土の小精霊たちを守っていた精霊喰らいの守護樹霊。
旅の方々や、商いの方々、神まで喰らったため、時の大巫女が瞳玉に封じた。
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「これって…?」
「■■、本来12歳、若人になる誕生日に贈られるV cardを一時的に作り出す術じゃ。■■スキルだけじゃとスキルの名前だけしか分からんが、■■と■■を組み合わせることによって本人だけが読み取れるようになっておる。妾が作り出した魔術の中でも1、2を誇る便利魔術なのじゃ!」
えへん、と胸を張った水守様からもう一度文を読む。
「瞳玉のもつ力と物語を知ることができる、っていう認識であってる?」
「うむ!■■じゃと対象の品しか解析できぬがVCardを持っていると己の全てのステータスを見ることができるようになるからの、実はあまり使う機会がなくて悔しかったのじゃ!」
お役に立てて光栄です()
だが果たして使う機会のあまり無い魔術を便利魔術と言っていいのだろうか。
まあ、助かったし突っ込んだりはしないけど。
「このMPっていうのは?」
「うむ、気合いじゃ!」
「…えーと?」
「じゃから、魔術を使う気力じゃ!魔術の術式を想像して意志の力で創造したのちにその術式を稼働するために払う対価のための気力じゃ!」
そんなもの持っていないのだが。
僕は腕力とか器用さとかあまり高くないんだけど、多分そういう力じゃないし…
「Magic Point、魔力量のことだ。」
ラビが口を挟んできた。器用に5枚の葉っぱを吹き抜けの廊下に並べる。
「この5枚がオレの持ってるMPだとして、例えばさっきみたいに翼を作るためには1枚、葉っぱを燃料にする必要があるんだ。」
ぴ、と葉っぱを爪で引っ掛けてピリピリと引き裂く。
「こうして使ったMPはもう使えない。で、全部使ってすっからかんになるともう何にも魔法は使えなくなる。ただし、回復薬とかを使えばMPは回復する。」
4枚の葉っぱの隣に一回り大きい葉っぱを置く。
「でもそれぞれためておける葉っぱ、MPは決まっているから」
ちょうど同じ大きさになるように大きい葉っぱを裂き、余った部分はぺいっと捨てられた
「この5枚分の容量を超えることは原則としてないな。」
「原則?」
「種としてのレベルが上がったり、魔具、聖具についている加護とかで増えることがあるんだ。」
わかったか?と首をかしげるラビに頷き、ほうほうと納得している水守様に冷たい目線を差し上げる。
「なっ、なんじゃ!」
「いや、魔獣に魔術について教わる瞳玉屋の若作りさんがいるなと思って」
「きぅ、わっ、妾が■■を使わなければ瞳玉を十全に使うことすらできなかったくせにっ!」
「商品をお客様が十全に使えないような杜撰な説明をするようなお店って今後やっていけるか心配になりますよね!」
「くっ、仕方ないのじゃ!妾の仕事に説明は入っておらぬ!緑水がいないのが悪いのじゃ!」
駄々をこねる水守様の髪はうねうねと中に広がり、瞳玉がくるくるとその周りを自由自在に動き回る。
「ねえ、その状態が《雛形召喚》な」
《雛形召喚》ー成功
Level up ー成功ーlv 2
《雛獣召喚》ー変換ー獲得
一気に虚脱感に襲われ、草を編んだような床、タタミに顔から盛大なダイブをかました。
「っごっ」
「わふっ、シーター⁈」
「ほー…」
強打した鼻のあまりの痛さに転がって悶絶する。
これくらいじゃ折れたりしないのは経験済みだが鼻血が出ることもある。血の匂いは慣れているとはいえ好きではないし、痛くないに越したことはない。
『あーるじーどのー、だじょうぶー?』
ぽふぽふと肉球が頭を撫でる。
うん、やっぱり獣の肉球っていいよね。ラビは触らしてくれないけど…
「えっ?」
『ふぁあー』
急に頭をあげたせいか、頭をポフポフしていたなにかが転がっていく。
深緑の毛玉のようなそれは、水腫様の足元まで転がり…
『あるじどのひどいー』
自分でポテポテと戻ってきた。
全体は深緑色。瞳は銀色。丸い耳と猫のような顔、背には特に濃い深緑色の小さい翼がつき、尻尾は馬の尾のように長くさらさらしている。尻尾の先と胸元だけが白でそのもふもふの胸元には銀色の珠が一つ嵌め込まれている。
「…えっ?」
ちょっと情報が理解できない。
『なー?』
こてんと首を傾げたそれは、子猫サイズの獣。
「ふむ、随分と移り気じゃの。こんなにごった混ぜの雛形はなかなかおらぬ。やはり無意識のうちに発動した魔術はうまく発動せなんだな。」
水守様に首の後ろをひょいっと掴み上げられぶらぶらと揺すられているその獣に焦りの色はない。
『なぁぁ〜、め〜まわるぅぅ〜あるじどのぅ〜』
独特の口調に、ふと思い出す。
昼に来たときにも聞いた声だ。
「もしかして葉椿?」
『んなぅっ?きづいてなかったですかぁ…』
しょぼんと耳と尻尾を垂らした葉椿に手を伸ばせば
水守様の手からパタパタと飛んできた。
胸元と尻尾はもふもふで、他は滑らか。
「そろそろ愛称を付けてやれ、シーター。お前の今呼んでいる名前はオレ達には認識できない。」
真名みたいなものか。本人が伝えようとしないと伝わらない認識阻害。
深緑に銀。
「…白露」
「おっ、今度は認識できたぞ。ハクロか、羽が黒い、か?」
「ううん、白い露で白露。…きにいった?」
『きにたー!』
きゃっきゃとご機嫌な葉椿改め白露は滑らかな頬を擦り付けてきた。ひんやりとしたその周りには森の静かで冷たい朝の冷気を纏っているかのようだった。
「失礼します。道場の準備ができました。」
「ありがとう緑水」
「…そちらは、瞳玉の?」
『なー、はくろですー』
コロンと転がってお腹を見せた白露はうにゃうにゃと足をばたつかせる。撫でて欲しいのか、抱き上げて欲しいのか、見ているべきか。
悩んでいる間に道場へ移動することになり、移動する水守様たちに従って白露を抱き上げる。すると器用にボタンを足場にして胸元を這い登り肩に乗ってきた。
『はく、ここ〜』
なーなーと鳴く白露の顎をくすぐってやれば嬉しそうに喉を鳴らす。やっぱりさっきのは撫でて欲しかったのだろう。
にしても、もふもふ可愛い…
「あっ、シーター。見てみて!記述が変わってると思うよ!」
先ほどの楼主らしい物言いから見た目相応の仕草に変わった水守様に促されてもう一度紙を確認する。
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【魔具】
〈大樹霊ノ双葉 〉lv2
種 :草 水 土 夜
銘:【葉椿】ー白露
姿:深緑の瞳玉
銀沙の輝き
合成獣(豹の体、鳥の翼、馬の尾)
術:雛獣召喚 MP100(合成獣)
草木の知人MP50(草操作 極小)
稜明国で炎の精霊を喰らい、草、水、土の小精霊たちを守っていた精霊喰らいの守護樹霊。
旅の方々や、商いの方々、神まで喰らったため、時の大巫女が瞳玉に封じた。
3種の動物の混ぜられた合成獣の姿を取る。それらの動物はかつて大樹霊の友であった者たちの一部である。
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「内容が変わってる…!《雛んぐっ」
「みだりに魔術を口にするな。魔具は意思がなくてもその言葉だけで発動する。特にVCardを持っていないシーターはどれくらいでを魔力枯渇起こすかわからないからな。」
爪で引っかけば口を覆っていた藍色が霧散する。
「えほっ、魔力枯渇ってなに?」
「字面の通り魔力がなくて飢えることだ。モノにはHPっていう物理的エネルギーとMPっていう魔術的エネルギーがある。
HPの場合は全ての行動でも削れるし、攻撃を受けても削れる。MPは魔法を使うと削れる。
5割を切ると体力空腹、3割を切ると体力飢餓、全部なくなると体力枯渇、動けなくなる。
MPの場合は体力を魔力に変えれば同義だ。そんで魔力枯渇を起こすと動けなくなるついでに魔術式が暴走したり魔具聖具が暴発したりすることもあるんだ。それで命を落とした者は決して少なくない。」
ちょっと怒り気味なラビに謝れば、なぜか悲しそうな顔をした。
狼のラビの感情だから読み間違えてるかもしれないけどどことなくしょんぼりしているように見えたのだ。
「魔力空腹になっただけですし、ちゃんと彼も次からは気をつけるでしょう。…こちらを飲んでください。MPが回復しますので」
先を行っていた緑水さんがコップに入った水を渡してきた。
「ありがとうございます。んくっ、んっ⁈」
程よい冷たさが水守様との舌戦で熱くなった喉を冷まし、かすかに香る甘みが体に染み渡る。決してくどくなく、ともすれば消えてしまいそうにすら思える自然本来の甘みとでもいうべきそれは病みつきになりそうだった。
要するに、水とは思えないほど美味い。
「零すなよ、シーター。水神の清水なんぞそうそう飲めるもんじゃないからな」
「んぐっほっ、げほげほっ、げほっ、なっ、はっ⁈」
危い。危うくこぼしかけ、盛大に噎せたせいで思わず涙目になる。そのまま睨めば巨体がぐるぐるとご機嫌に喉を鳴らした。
「一星分の食費代っていうあれか⁈」
「それ一杯で一般庶民の一月分の食費が飛びますよ。」
さらりととんでもない事実を教えてくれた緑水さんの目は笑っていない。ぼく、この人に嫌われるようなことなんかしたっけな…
「むっ、緑水!妾も水飲みたい!」
緑水さんの袖を引く水守様は甘えるように身を寄せる。
水守と緑水。どちらも水の一字が入っているし、もしかして兄妹なのだろうか。
「どうぞ、水守様」
どこからともなく取り出したコップには、水が並々と注がれている。
「ありがと!」
こくこくと飲む水守様の髪が淡い翠色を帯びた。まるで緑水さんの力を纏っているかのように。
そうこうしているうちに渡り廊下が終わり、竹に囲まれた離れについた。屋根と柱と床だけで吹き抜けのそこに入ると、薄い膜を通ったような感触を感じた。
『あるじどの、みるー?』
肩から飛び立った白露が眼前に迫り、反射的に目を瞑る。すると僕の額にすべすべの額が押し付けられた。
『きょーゆー』
《視界共有》ー獲得
頭にノイズが走る。
視界共有、その意味を頭が理解する前に、世界が広がった。
本来壁があるはずの場所には水の膜があり、竹林の中を足と角の生えた小さな蛇が泳ぎ回っている。柱、床、天井には青と緑で精緻な文様が描かれ、何より1番変わったのは水守様と緑水さんの姿だった。
「っ!」
『なぁ…?くくっ』
それはもう、おびただしい数の小蛇が一つ一つの瞳玉を首からぶら下げて水守様の後ろに集っていた。そして水守様の額には、ナニカがある。
そして緑水さんから感じるのは底知れない深さと、送り狼に似た警戒。そんな緑水さんに僕は、何やらよくわからない、圧倒的な恐怖と怒りと渇望を感じた。
《■■■》ー失敗ー解印にはlv upしてください
《■■■》ー失敗ー解印にはlv upしてください
《■■■■》ー失敗ー解印にはlv upしてください
《■■■■》ーしっぱいー解印にはlv upしてく
《■■■■》ーしっぱいー解印にはlv upし
《■■■■》ーしっぱイー解イんにハlv u
ノイズが頭を切り裂き、呪いの唄のように駆け巡る
「なに、これ…!」
乾く、渇く、飢く、餓く
聞き覚えのあるようでない、男の声
「やめっ、」
まずいまずいまずいまずい
繰り返される覚えのない認識できない術式の失敗
百撃ちゃ当たると言わんばかりの声が、なにか、危険な術式を、
《■■
『カワイタ…』
■■
ばっしゃぁあぁあん
「ごふっ、ごぼっ、こぽぽぽ」
流れ込んでくるのは、さっきのと同じ水。
もがいてももがいても、空気だけが失われ、水が身体中から流れ込んでくる。
それでも、あのノイズも、男の声も聞こえない…
のはいいけど死ぬっ!
ギブ!ほんとにギブ!息がっ、息ができないっ!
『ゃぁだっ!』
ばしゃんっ
「っげほっ、ごほっ、げっっぼっ」
盛大に噎せ、口の中に入り込んでいた水を吐き出す。
ちなみにお腹の中の物はぶちまけていない。
「っ、なにするんですか!死ぬかと思いまっ」
鳥肌が立つ。動物としての本能が、逃げろと喚き散らす
こちらを見る緑水さんの瞳は爛々と翠色に輝く
明確な敵意、
そして、
殺意
ああ、ぼくは、
溺れる…!
「緑水!やめて!」
緑水さんに水守さまが抱きつき、微かに翠が揺れる。
そして、
『やめろ』
緑水さんのそれとは比にもならないくらいの恐怖が、叩きつけられた。
慣れた暗闇が眼前を覆い、ぼくはまた、
意識を落とした。
『白露』
こわいかみさまのちからをもつモノが、ぼくをみつめる
これは、神じゃない。
神だ。
『ごめん、なさい」
ふくじゅうのいをしめしてころがってみせれば、またべつのさついがぼくをおそう
でも、あれはこわくない
めのまえの獣の殺意は死がにおうけど、
あっちの獣の殺意はぼくがくってしまえるくらい。
どんなにちからがつよくても、殺意のしつがちがう
『それはお前の物ではない。我が主人の物だ。』
獣のことばにうなづいてみせる
あっちの獣はたぶん、ちからをとりもどせばくえるけど、こっちはむりだ。
ぼくをしたがえる、さいこうい。
おうのかくをもつ、したがわなきゃいけないもの
『もう、がまんする』
『お前に悪気がないのは分かってる。それを守るのは構わないが、彼我の実力差を少しは考えろ。お前の力がそれの身に余るものであると、理解しろ』
『…くぅん』
なさけないこえがもれる
ぼくはかつて、まもるべきものをまもりきれなかった
だからこんどこそ、かなしいこのこを、まもりたくて
けっきょくぼくはまた、まちがえてしまった
『今日はもう帰るが、明日、ここで訓練をする。守る力がないなら鍛えればいい。今度こそ守れ、』
獣は嗤う、言葉にならない空気が、僕の目には見えた
〔我が眷属よ〕
ぼくはだまって、おなかをみせつづけた。
新たなもふもふ勢、唐突のご乱心。
ちなみに名前は
キスツス・アルビドゥス・シーナー・ヤンガードルシュタイン
白露・樹霊王・葉椿・死狼
です。
所属を表す最後が死んだ狼ではなく死狼なのは白露が稜明国の精霊で、稜明国の名付けのルールとして漢字しか使っちゃダメという物があるからです。
精霊は基本的に生まれた国、正確には土地の影響を強く受けるので、別の国で術者に従属しても生まれた土地の名前をつけられます。




