8 服飾街と内緒ごと
「さて、イド殿」
「はい、カナン殿」
作り物めいた美しさを持つイド殿は、あの慈愛に満ちた微笑みをしまって、美しさより恐ろしさを感じる笑みを浮かべた。
「街に教会の人間が来ているらしいのだが、やはりあれ絡みだろうか?」
銀髪の麗人はじ、とこちらを見つめるだけで何も言わない。
イド殿が女性であるか、男性であるか、カナンは知らなかった。ただ、お美しい方とそういう認識だった。
だからこそ、その正体不明な美貌の前で、隠し事や嘘は何も意味がないような、そんな思いに襲われる。
「俺だって分かってる。フレザという名と色の罪深さを。」
この街は、そもそもが紅孔雀と絆を結んだ炎の使い手を守り育む鳥籠として生まれた。
ゆえに、街の人々は城主である炎を守ろうとしてその敵となる存在には牙を剥き、闇に葬ろうとする。自分たちを守る炎を、失わないために、逃がさないために。
「今度こそ、ルヴィスの過ちを正さなければならない。」
「ミカラナーン・ルヴィス・クロージア。その身に流れる物語は、変わらず同じ道をたどってきました。それを、あなたは変えられるのですか?」
ルヴィスは、炎の寵愛、紅孔雀の友として認められたクロージア家の子供に与えられるその人だけの苗字。苗字というよりは名前に似た苗字と、名前というよりは苗字に似た名前。それは、クロージア家の物語に由来する。
「俺は、いや、僕は14代目ルヴィス、ルヴィス・ミカラナーンとしてこの悲しい物語を変えたい。悲劇はもう怒ってしまって、舞台は跳ねた。それでもまた、悲劇が起ころうとするなら、せめてそれだけでもハッピーエンドへ導きたい。」
紅孔雀と契約するのは【ルヴィス】でなくてはならない。ゆえに、炎の力を持つ子は苗字に使われる名を名前に当てられる。
俺はもう、自分で物語を動かせるから。
それならば、物語屋に救われた先人として、あの青い少女を助けたい。
赤の少年、初代ルヴィス・クロージアの力を受け継いだ者として。ルヴィスの罪を贖いたい。
「だから、手伝ってくれないだろうか。かつて、俺を助けてくれたように」
微かに、イド殿が首を傾げた。肩から滑り落ちる銀糸に、物憂げな表情。目を奪われそうになりながら意識を確かに持つ。
飲まれたら、交渉はできない。
紅孔雀の騎士は、常に美しく、気高く、剣を正義に捧げた騎士なのだから。
「変わらないですね、カナン殿は。」
承諾でも拒絶でもないその言葉だけでも、十分だった。
物語屋が敵に回らない限り、カナンだけでも少し改善させることはできるから。
「ですが、カナン殿。その物語は断片的にはこちらの物です。それは頭の片隅に置いておいてください。」
「そ、れは」
イド殿がここにいるということはリュカが動くのか?
リュカが動くのは、リュカに関わった者の為か、リュカの琴線に触れた物語のためだけ。
今度の場合は…
「あの少年は、死んだおお「カナン殿、余計な詮索はなさいませんよう」
もしも、もしもリュカの動く理由が死んだ狼のためだとしたら。
あの呪われた少年が、もし、もし仮にリュカに願ったのだとしたら…!
もしも、リュカがあの少年に心を砕くなら、俺は【死んだ狼】を完全に殺さなければならない。
俺の正義を、貫き通すために。
「カナン殿?」
「…いえ、なんでもな「失礼いたしますミカ様お時間よろしいですね?」
「ああ。」
執事のナタが突然入ってきた。相変わらず所作は完璧で、使用人の鏡のような男だがこれまた相変わらず口から流れ出る言葉は無礼とか常識知らずとかそういう問題を通り越してる。
現に、今もその周りを浮遊する投影魔法には城下の原石たちが映っている。
「ついに、例のブツが用意できました。見つけるのに1年、加工するのに1年、そしてようやく、ようやくリュカ様の魅力を余すことなくお引き立てできると言ってもいえ例のブツですらリュカ様の魅力全てを引き出すことなど無理ではございますが他の追随を許さない程度にはリュカ様の魅力を引き出す我らフレザの技術を結集した例のブツが出来上がったのでございますよっ!」
「そうか、ついに例のブツが!」
「それは喜ばしい…!」
机を挟んで3人の手ががっちりとにぎり合う。
「最初に着ていただくときは」
「俺たち3人がきちんと揃った場所で」
「もちろん最高の画家を派遣してもらいましょう」
「「「犬姫様にお仕えし隊、始動です」」」
ナタが手を一つ叩けばメイドたちがガラガラと黒板を持ってくる。
そして続々と集まる使用人たち、メイド、侍従、庭師、料理人、洗濯係、厩番、衛兵、商いの方々組合フレザ支部長…
多種多様な大勢の人間があっという間に食堂を埋め尽くした。
上座に座るのはミカラナーン、イド、ナタ、フレザ支部長と旅人ギルド長。
「よく集まってくれた、同胞よ」
「「「犬姫様のためならば!」」」
立ち上がり、皆を見回す。その色とりどりの瞳には喜びが踊っている。
「すでに連絡は回っている思う。ついに、例のブツが、いや、もう正式に呼ぼうか」
緊張で掠れそうな喉を、メイド長が差し出してくれた水で潤し、もう一度見回し、宣言する。
「犬姫様のお召し物〜稜明国姫君風〜がついに、我らの手元に届いた!」
「「「「うわぁぁぁぉぉぁぉぁぁ!」」」」
感極まって泣き始める者、顔を真っ赤にして嚙みしめる者、呆然とする者に、叫ぶ者。
阿鼻叫喚と化していたが、カナンは止めなかった。彼らの興奮は痛いほど分かっているし、ここで完全燃焼させるとあとあと暴発する恐れがあったからだ。
あ、そういえばさっき何か重要なことを話してた気が…うん、まあいいや。
「さて、そこで一つ問題が発生した。ナタ」
「はっ」
ナタの投影魔法が巨大な窓を作り、一人の少年を映し出す。紅孔雀の木の下で、狼に背を預けて座る少年は、柔らかい光を孕む髪と銀沙の散る深緑の瞳。白石の美貌に、ため息が漏れた。
邪道だと顔をしかめる者も一部いたが。
ちなみに俺は原石は磨きたいし、綺麗なものはなんでも眺めていたい人。
「彼は物語屋の新しい従者、シーターです。」
その存在は知っていても名前は知らなかったものが多いのか、かすかにざわめいた。
そのざわめきが収まるのを待ってナタが投影魔法を切り替える。投影魔法は投影魔法でもこちらは動かない。正式ではないが、投画魔法とも呼ばれる。
「な、犬姫様の後ろに、だと?」
「私たちの可愛い犬姫様に男が近くなんて…!」
「幼子が狼のうえに…!死ねる!」
「くっそ、狼その場所変われぇ…」
「うふっ、うふふふふふふふふ」
『……』
体内の炎がかすかに揺らめいた。
どうやら紅孔雀が視界共有を切ったらしい。
ミーンは犬姫様にお仕えし隊の会合があると、いつも途中で見るのをやめてしまう。ヤキモチを妬いてくれているのかと思うとちょっと嬉しい。
「狼のラビ殿や少年シーター殿に何かある方は少なくないかとは思いますが、我々の目的を、覚えていらっしゃるでしょうか?ひとつ!」
「「「「犬姫様に陰に日向にお仕えしたい」」」
規定通りに声を張る
「ふたつ!」
「「「「犬姫様を陰に日向に愛でていたい」」」」
次はイド殿
「みっつ」
「「「「犬姫様を煩わせない」」」」
だん、と机を叩く、フリをして小さな汚れを摘まみ取ったナタがきらんと見渡す。
「ゆえに、犬姫様に快く衣装をまとって頂くにはラビ殿、シーター殿とお揃いにしてはどうだろうかと思うのです。」
もちろんできたらイド様にも、という言葉に一部が目をキラリと輝かせた。
かくいう俺もその1人だ。イド様の長い髪は稜明国の民族衣装によく合う。男装でも女装でも映えそうだ。豪奢に結い上げるか緩く結ぶか、それともすべて流すか…
「では、物語屋様一同の衣装を揃えるということで異論はありませんかな?」
「「「「なし」」」」
と、どうやら全員分用意することになったようだ。他の物語屋親衛隊との連絡員は旅人組合が、衣装の用意は商業ギルドが受け持つことになった。
旅人組合は独自の連絡網があるし、商業ギルドには人脈と資金がある。一大行事となりそうな今回は、他の街の親衛隊にも連絡が行くことになった。
「…一層の事、街の祭りとして客を呼び込むか…」
「それは珍しく素晴らしい考えですねミカ様採用ですでは我々城の幹部はフレザ主体の祭りとして仮装祭を提案しようと思いますが異論は?」
「「「「なし!」」」」
そして、約1名を除いた物語屋が知らぬ間に、巨大な計画は針を走らせ始めたのであった。
ちょっと短いですが、時間的にはリュカ達が買い物してる間です。
時系列わかりにくくてすみません
ちなみにミカラナーンの騎獣は紅孔雀のミーンです。
そろそろ人物紹介書こうかなって




