表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

婚約破棄の現場でアクシデント

婚約破棄したくてもできない!~嘘吐き男の場合~

作者: Ash

「アガサ・パターソンだな?」


 持ち場に姿を現さない相棒を待っているアガサに女連れの若い男が声をかける。

 アガサは自分を呼び止めた人物の衣装から素早く相手の身分を推し量って恭順の意を表する。アガサは現在、トラヴィス王子の婚約者となっているが、それは何かの間違いだとアガサは考えているからだ。

 考える限り、アガサにトラヴィス王子との接点はない。

 その上、アガサは跡取り娘の身なので婿に来てくれそうな相手を探す為に近衛騎士団に所属していた。王族の婚約者になれるはずもない。

 それなのに、アガサはトラヴィス王子の婚約者という立場になっているらしい。

 何かの間違いかと何度確かめても、アガサがトラヴィス王子の婚約者という立場は間違いないそうだ。

 この婚約に関してアガサ自身、わけがわからない。見知らぬ王子の婚約者にどういった経緯でなってしまったのか、いつ見初められたのか、さっぱり心当たりがない。


「何か御用でしょうか、殿下?」

「ああ。俺は彼女を愛しているからお前とは結婚できない。すまないが、婚約は破棄させてもらう。このままではお前は婿探しにも苦労するだろうから、お前から婚約解消を申し出て欲しい。俺なりの気遣い、無駄にはしないだろうな」


 どうやら、トラヴィス王子は連れの女を愛していて、それを引き裂く為にアガサとの結婚話が決まったようだ。

 面倒臭いな、とアガサは思った。

 トラヴィス王子と婚約していることになっているが、アガサには恋人がいて、彼と結婚したいと考えていたのだ。

 それなのにトラヴィス王子のお相手がふさわしくないからと婚約は強引に決められてしまったらしい。確かにアガサは高位貴族なので、トラヴィス王子が婿入りできる家柄の持ち主だ。だからといって、自分を勝手に選ばないで欲しいとアガサは思った。


「それはおめでとうございます。私にも身に覚えのない婚約話で困惑しておりましたので、勿論――」

「それは駄目ッス」


 そう言うのは、赤毛に澄み渡るような青い目をした近衛騎士――遅れてやって来たアガサの相棒だ。

 軽いと言うか、お調子者と言うか、時間にルーズと言うか、欠点は多いものの憎めないタイプで、いざという時には役に立つ男である。時間稼ぎとか、深刻すぎる空気を和らげる時とかに。

 使い方は敢えて言うまい。

 本人の名誉の為にもアガサはそれ以上考えるのをやめた。


「ジェレミー! 遅かったじゃない。今日の警備のことは聞いている?」

「そっちは大丈夫ッスけど、王子との婚約は受け入れちゃ駄目ッス!」

「で、でも・・・私にはあなたという恋人がいるわけなのに、王子の婚約者になってしまっているのよ・・・? 私はあなたと将来を誓っているのに、このままではそれができなくなってしまうわ」

「大丈夫ッス。そこはなんとかうまくいってるッス。せっかく、アガサと結婚できるようにあちこちに説得したというのに、いい度胸ッスね。こんなことをしでかしていいと思ってるッスか?」

「どういう――」

「申し訳ございません!!」


 アガサがジェレミーに事の次第を聞こうとしたのを遮る大声を上げて土下座しているのは、先程、婚約破棄をしてきたトラヴィス王子だ。

 連れの女は何が起きているのかわからないらしく、その場で戸惑っている。


「・・・?」


 アガサは王子と相棒を交互に見る。

 いつもは締まりのなくヘラヘラ笑っている相棒は珍しく厳しい表情をして土下座している王子を見ていた。


「お役御免だってことはわかってるッスね、ルパート」


 ジェレミーの怒りで低くなった声に土下座している王子の肩が大きく跳ねる。


「ジェレミー?」


 アガサは恋人兼相棒がトラヴィス王子に偉そうな態度を取り出したことについていけなかった。


「恋人にいい恰好したいってのはわかるッス! けど、これはないッス! これをやっちゃいけなかったッス! かばいようがないッス!」

「申し訳ございません、トラヴィス様! つい、出来心で・・・」

「出来心でひとの婚約を壊されたら困るッス!! パターソン家の跡取りとの婚姻を大臣共に承諾させるのにどれほど苦労したのかわかってないッス! 大方、恋人に王子だって言っちゃったのかもしれないッスけど、正体を明かしていいかどうか俺に許可を貰えばどうにかなったことッス! 王子ではないとわかって別れるようなら、その程度の女だったってことッス、ルパート」

「本当に申し訳ございません、トラヴィス様」


 ちょっと特殊なこの国では、跡取り娘は結婚相手を探さなくても子どもさえ産めば良い立場だった。

 逆に爵位を継承する際に跡取りをもうけていなければ、男側に不備があるとして国が婚姻を解消してしまうのだ。この制度は王族が相手でも変わらない。

 婚約も爵位を継承する際に国によって破棄されてしまう為、トラヴィス王子がアガサと婚約したということは気の遠くなるような手続きや根回しをして国の上層部からの承認をとる必要がある。

 そんな婚約を解消するということは、七面倒臭い手続きやらそれに費やされた膨大な時間を無駄にするということなのだ。この婚約の手続きに関わった人間でも、自分の苦労を無駄にする婚約解消は止めたくなるぐらい面倒臭かった。


「ええと・・・、ジェレミーがトラヴィス殿下ってことなのかしら?」


 ジェレミーとトラヴィス王子の遣り取りを聞いて、ようやくアガサにもわかってきた。

 どうやら、ジェレミーはトラヴィス王子が身分を隠して騎士として働いている仮の姿だったらしい。その間、トラヴィス王子を演じていた人物に恋人ができてこのようなことが起こったと。

 恋人に婚約者がいたら気分が悪いと、恋人がいるのにトラヴィス王子と婚約していることになっていたアガサは影武者の恋人に同情した。そして、真剣に付き合っていたのに、正体を隠し、別の男と婚約しているように見せかけた恋人に腹が立った。

 軽いところはあっても信じていたのに裏切られた。その思いがアガサを傷付けた。

 恋人でもあり、相棒でもあった男への気持ちがサッと冷える。

 アガサは姿勢を正すと、元恋人に向かって王族に対する礼をした。


「申し訳ございませんが、トラヴィス殿下。実は自分が本当の王子だと言われても、私はあなたのことが信じられなくなりました。婚約も白紙にして別れて下さい」


 表情を消してそう告げるアガサにジェレミーは取り乱した。


「そうッス! 黙ってて悪かったッス! アガサが王子よりも俺を選んでくれたのが嬉しくて言い出せなかったッス! 本当に悪かったッス!」


 王子との婚約に悩んでいたのを喜んでいたと聞いてアガサの気持ちは更に冷えた。嫌悪で顔が歪む。


「私が王子との婚約で悩んでいたのを見て楽しかったの? 打ち明けてくれていたら、こんな思いしなくてすんだのに、この悪趣味な嘘吐き男!! 王子だろうが何だろうが関係ないわ! 婚約解消を申し出ます! それと、二度と私の目の前に表れないで! ジェレミーとして仕事場に出てきたら、あなたが王子だってことをみんなに教えてあげるわ!」


 アガサの口調はもう、素に戻っていた。


「待ってくれっス! そんなのひどいッス~!!!」



 そんなアガサとトラヴィス王子の裏では、こちらも愁嘆場が引き起こされていた。

 恋人が王子ではないことを知った女が別れを告げているのである。


「ごめんなさい、偽王子様。私も嘘吐きはちょっと・・・」

「待ってくれ、ジャーメイン! 愛しているんだ! 王子じゃなくて爵位もない貴族の俺なんか、お前の目に入らないんじゃないかと思ってつい、王子だと名乗ってしまったんだ!」


 だからといって、他人の婚約を勝手に解消しようと動いた事実は変わらない。

 アガサと本物のトラヴィス王子との間は二人の問題なのでジャーメインは放置することにしたが、問題はそんな二人の間を自分勝手に引き裂こうとした恋人のことだ。

 影武者なら影武者だと、本当のことを言ってくれればいいのに、本物が出てきて嘘が露見するまで騙していたのだ。

 愛してると言われても、真実を話すほど信じてくれていない恋人にジャーメインもアガサ同様に幻滅していた。


「それでも、無理よ。嘘を吐いていたんだもん。・・・さようなら」

「ジャーメイン!」



 女たちが去った後には嘘吐き男たちの互いに罵り合う醜い姿が残った。


「元はと言えば、トラヴィス様が身分を隠して働くからでしょう?!」

「王子たるもの下々の仕事も知っとかなきゃいけないッス!」

「何くだけきった口調になっているんですか?!」

「こっちのほうが楽ッス! 硬苦しいッス、あの喋り方」

「その口調、イラっとするから止めてください!」


 後々、王子は土下座しまくって結婚したらしい。その隣でアガサは呆れて笑っているしかなかったとか・・・。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] まさかアガサの恋人があの方だったとは・・・ それとジェレミーの口調が面白かったです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ