表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マリオネットの夜想曲  作者: 小丹 雪雷
9/61

 *


 クレマン家は裕福ではあったが、質素な生活を送っていた。

 家には今は亡き祖父が遺した稀有な遺品がたくさん飾られており、この豪邸も祖父の遺品の一つだった。

 クレマン家は、周りからの評判がとても良かった。

 兄はリオネルという名で、しっかりしていてとても賢く。

 妹はシャルロットという名で、淑やかで、笑顔を絶やさない少女だった。

 しかし、とある日から、妹のシャルロットに鼠の耳と尻尾が生えてしまったのだ。

 シャルロットは、いつそれが周囲に気づかれてしまうか恐怖を感じ、必死に隠した。

 リオネルは、シャルロットから相談を受け、せめてもの手助けをしていた。

 ところが、二人の両親はシャルロットの異変に気づいても、いつもと変わらない態度で接した。

 周りの人たちも、最初こそは同情のまなざしを向けていたが、それもいつしかなくなり、シャルロットが普通に街を笑顔で出歩けるようになった。

 そんな平和なある夜、事件は起こったのだった。

「おやすみ、お兄ちゃん」

「うん、おやすみ」

 兄妹は就寝の支度を済ませ、自分の寝室へと向かっていく。

 リオネルは自分のベッドに入り、目を閉じる。

 明日も目が覚めたら朝になっていて、平和な日々を送るのだと思いながら。

 だが、リオネルが目を覚ますと朝にはなっていなかった。

 時計を確認すると午前二時。

 どうやら目が覚めるのが早すぎたようだ。

 リオネルがもう一度寝ようと目を閉じかけたとき、悲鳴が聞こえ、次に焦げくさいような匂いが鼻についた。

 慌てて部屋を飛び出すと廊下には煙がたくさん漂っていた。

 リオネルは煙の中にシャルロットの姿を見つけた。

「お兄ちゃん、何だろうこれ…。火事…?」

 寝間着の袖で口と鼻を覆いながら、シャルロットが不安げに問いかける。

「わからない…。けど、このままここにいては危険だ。裏口から家を出よう」

 シャルロットを裏口の外に残し、リオネルは再び家に入る。

 両親の安否を確かめ、助けるためだ。

 家の中は完全に火の海になっていた。

 こんなに家に異変が起こっているというのに、両親の姿が見当たらないのはおかしい。

 二階の両親の寝室を覗いてみるが、ベッドは空っぽだ。

 階段を途中まで降りると、エントランスホールが見える。

 そのエントランスホールを目にして、リオネルは愕然とした。

 人が二人倒れていた。

 それは、紛れもなくリオネルとシャルロットの両親だった。

 二人の腹の辺りには刺し傷があり、血の海になっていた。

 吐き気を催しつつも、両親の近くに駆け寄ってみるが、二人とも息絶えていた。

 玄関に人の気配を感じ、はっと玄関を凝視する。

 そこにはリオネルもシャルロットもよく知った人が立っていた。

 彼の手には、まだ乾いていない血のついたナイフが握られていた―――。


 *


「えっ、妹!?」

「そうだ。で、アリス。シャルロットがどうかしたのか?」

 リオネルが、眼鏡のブリッジを押し上げながら言う。

 夢羽はアリスではありません、と口にしたくなる衝動を抑えた。

 リオネルの神経質そうな性格からすると、またくどくどと何か言われそうな気がしたからだ。

 先ほどは、説教が始まる直前でジゼルが現れて助かった。

「えっと、散歩したっきり帰ってこないって【猫】さんが…」

「それなんだが、僕もシャルロットをずっと探していたんだ。しかし、シャルロットはまだあんな奴と会っていたのか…」

 リオネルが苛立ちをあらわにした。

「【猫】さんは、それほど悪い人じゃなさそうですけど」

 夢羽は、リオネルの【猫】に対する怒りの意味がわからなかった。

 彼の素性はわからない。

 だが、優しい声音の彼は、あんな奴と呼ばれるほど悪人ではないはずだ。

「あれは、罪を犯した。およそ人ではない」

「まぁまぁリオネルさん落ち着いてください。彼もきっと今頃シャルロットさんを探していますよ。それに私もシャルロットさんをお探しいたしますわ」

 ジゼルがリオネルの手をとってなだめる。

 すると、リオネルは頬を少し赤くして押し黙ってしまった。

「アリスお姉ちゃん!私もいっしょに探すわ!ね、ドルダム!」

 ドルディーのポニーテールにした薄めの栗色の長い髪が少し揺れる。

「もちろん!」

 ドルダムが頷く。

 夢羽があたりを見回すともうすっかり夕暮れになっていた。

「あらあら。もう夕暮れですね、ドルディー、ドルダムそろそろ帰りますよ。アリスさんはどちらにお住まいですか?よろしければ、近くまでお送りいたします」

 ジゼルが夢羽に尋ねる。

 しかし、夢羽はここに住んでいない。

 住む家も泊まるところもない。

「あの、私、家を知らなくて…」

「まぁ!では私たちの所にいらしてくださいな」

 ジゼルのオレンジの瞳が優しく和む。

「うん。アリスお姉ちゃんおいでよ」

 ドルダムが嬉しそうに言う。

 それから、ジゼルはリオネルに微笑んだ。

「それではリオネルさん、お気をつけて」

「ジゼルさんも、お、お気をつけて」

 リオネルは、やはり、ジゼルと話すときだけすこし頬が赤い。

「ばいばい、リオネルさーん!」

「頑張ってね、リオネルさーん!応援してるよー!」

 最後にドルディーが叫ぶ。

「ねぇねぇ、ドルディー。頑張ってねとか応援してるよとかってどういう意味?」

 夢羽が尋ねると、ドルディーは顔を夢羽の耳に近づける。

「あのね、リオネルさんはお姉ちゃんのこと…あっと、これはリオネルさんとの秘密だった…」

 ドルディーは、小さなその手で口を押さえ、夢羽の耳から顔を遠ざけた。

 その仕草は、とても愛らしかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ