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…
私が森を散歩していますと、女王様の兵隊さんが、たくさんの木の隙間から見えました。
何をしているのかと疑問に思い、こっそりと様子をみてみることにしました。
兵隊さんは、小さな宝箱を埋めている最中でした。
彼が去り、私はそこを掘り返してみることにしました。
予想通り、宝箱がありました。
私は恐る恐る、宝箱を開けました。
するとそこには硝子で造られた、小さな薔薇の蕾がありました。
私が薔薇の蕾に触れると、ふわっと蕾が開きました。
すると、私の頭に何かが流れ込んできました。
私は、女王とお話しているのかしら。
そう思いきや、私はその人物になりきっているのだと理解しました。
私がなりきっている人物が見てきたものを、私も見ているのです。
私がなりきっているのは一体、誰なのでしょう。
流れ込んできたものは、たくさんありました。
そして、しばらく見て私は気付きました。
これはアリスの記憶なのだと…。
…
再び、夢羽は地面に勢いよく落下した。
「痛…。また私、どこかから落ちたの…」
そこは森だった。
足元には名の知らない雑草が生えている。
また、変な所に来てしまったようだ。
「【猫】なんて、どこにもいないじゃない…」
「こんにちは、アリス」
どこかから声が聞こえた。
しかし、夢羽が辺りを見回しても声の主らしきものは見当たらない。
「ここですよ、アリス。上です、上」
夢羽が言われた通り上を見てみると、木の枝に青年が座っていた。
瞳の色は、黄色と桃色のオッドアイ。
その青年の頭には、猫耳が生えていた。
おまけに尻尾まで生えている。
「いやしかし、アリスが帰ってこれるとは思いませんでしたね。…これは奇跡です」
「あの…、あなたは誰?」
「僕のことを忘れてしまったんですか?」
「え…」
忘れたというよりも、そもそも知らない。
「僕は【猫】です。名前はアリスには教えたはずですが忘れてしまったのなら今度教えますね」
【猫】と名乗る青年は、そう言ってにっこり笑った。
てっきり、動物だと思っていたが、【猫】というのはどうやら呼び名のことだったようだ。
「私、イヴっていう人に言われてここに来たの」
「イヴ…?そのような人は、この国にはいないはずですが」
「え!?」
夢羽はぎょっとした。
同時に、寒気に身震いする。
彼女は、もしかすると幽霊だったのだろうか。
「それよりもアリス。貴女に頼みたいことがあるのですが」
今はどうしようもない。
もとの世界に帰る方法もわからないのだ。
夢羽は頼みごとを聞くことにした。
この周辺を散策してみたいという好奇心もあった。
「私にできることなら」
「【眠り鼠】さんが散歩したっきり帰ってこないのです。探しにいってくれませんか?僕も探しているのですが、なかなか見つからなくて」
【眠り鼠】というのも、呼び名のことなのだろう。
【猫】は苦笑する。
しかし、笑いながらも彼の声色からはもう余裕がないことが感じ取ることができた。
彼の瞳だけは、笑っていなかった。
だいぶ切羽詰っているようだ。
ならば早く探しに行かなければ、と夢羽が歩き出そうとしたとき。
「貴女のポケットになにかあるようですね」
「え?私のポケットにはなにも…」
ないはずだ、と続けようとして、夢羽は口をつぐむ。
あったのだ。
鍵以外の、何かが。
夢羽はゆっくりとそれをポケットから取り出した。
それは、金色の懐中時計だった。
「私…こんなもの入れた覚えないのに…。なんで…?」
気づけば、視界がぼやけていることに気がついた。
「【猫】さんがよく見えない…」
静かに優しく見つめる【猫】。
ああ、と夢羽は理解した。
私は泣いているのだ。
何故かわからない。
けれど、この金色の懐中時計は懐かしい感じがする。
「それは、きっと貴女の大切なもののはずです。決して失くしてはいけない。それを大事に貴女が持っていてください」
【猫】がようやく口を開いた。
夢羽を優しく包み込む声音だった。
夢羽は、何も聞かずに涙を手で拭う。
「【猫】さん、なんだかよくわからないけど、ありがとう。私、【眠り鼠】さん探してきます」
そして、夢羽は森を歩き出した。