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「な、なぁに?お母さんっ」
慌てて夢羽は、部屋のドアから飛び出して答える。
「どうしたの?夢羽…?息が少しあがってるけど…」
怪訝そうに夢羽の母が聞く。
夢羽の呼吸が乱れているのは、もちろん、焦っていたせいである。
「そうかな…?何か用?」
必死に取り繕う夢羽。
優雅にドアの隙間から顔をのぞかせるマリヌ。
それを笑顔のままで夢羽はそっと閉める。
「美桜ちゃんが遊びにきてるわよ?」
まさか。今日は美桜と遊ぶ約束はしていないのに。
夢羽は、必死に頭を働かせて、どう現状を切り抜けるか考える。
「えっと…。ちょっと部屋の片づけしとくから先にあがってもらって?」
マリヌを隠さねば。
彼女をどこに隠すか、自分の部屋の構図を頭の中に描く。
「わかったわ。早くしてね」
「うん」
そして慌てて部屋に引き返す。
「マリヌ、ちょっと隠れて!」
夢羽はそう言いながら、押入れの中にマリヌを押し込み、押入れの扉を閉める。
小さな身体のマリヌを閉じ込めるのは容易だった。
「ちょっと、いきなり何ですの!?暗いし、狭いですわ…!」
「いいから、黙っててね!?」
マリヌには我慢してもらうしかない。
夢羽はマリヌにそう言い残し、一階へ向かった。
「美桜!おまたせ」
笑顔を取り繕って美桜に微笑む。あがる息を抑えるのがしんどい。
「いいよ。気にしてないから」
美桜の様子を見たとたん夢羽は違和感を覚えた。
何かがおかしかった。
どこか、美桜の瞳は虚ろな印象を受けた。
「とりあえず、私の部屋においでよ」
「うん」
美桜を部屋に招き入れた夢羽はマリヌのひそむ押入れの近くに座った。
なにかあっては困るからだ。
「アリスのご友人、何かおかしいですわ」
背後から、夢羽にしか聞こえないぐらいの大きさの声でマリヌが囁きかけた。
「だから、アリスじゃないってば」
小声でひそひそとやりとりをする。
やっぱり、何かおかしい。
普段の美桜は、観察力が鋭い。
誰かと小声で喋っても、これぐらいの距離ならすぐ気付く。
学校で夢羽が困っていたときもすぐに「どうしたの?」と声をかけてくれていた。
それなのに。
「ねぇ夢羽…。窓、開けてもいいかな」
「うん、いいよ」
唐突な言動に首を傾げる。
美桜が窓を開けるのを黙って見つめる。
───と次の瞬間。
美桜はばたり、と床にくずおれる。
「美桜!?」
慌てて夢羽は彼女に駆け寄った。
窓からあの黒い少女が飛び込んでくる。
また切りかかられると思い、夢羽は身を固くさせた。
だが、ノワールは大きな鋏の刃を、何もない空間に振り下ろした。
そして、その空間にぽっかりと穴のようなものが開く。
「───っ!」
夢羽は穴に吸い込まれるような感覚に襲われた。
「アリス!」
マリヌが叫び、夢羽が吸い込まれた穴に飛び込もうとするが、もう手遅れだった。
穴はもう、閉じてしまったのだ。