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マリヌとノワールの戦いを静かに見つめている影があった。
茶色の髪は左上で束ねており、足元までのびている。
艶めく宝石のような紫色の瞳は美しく、漆黒のドレスを着ている。
「あたしのベルが反応したのは、この二人のことだったのね」
マリヌと同じ背丈の少女はそう静かに告げ、戦いが終わったのを見届けると身を翻し、どこかへと消えた。
「で?あんたの言うマリオネットとはなんなの?あの黒い女の子といい、あんたといい、何体もいそうなんだけど」
結局家に来てしまったが、幸いにも母親は不在だった。
「少し落ちつくのですわ。それと、わたくしには夜想曲第2楽章『マリヌ』という名前がちゃんとありますのでそちらのほうで呼んでくださりませんこと?」
「どうやって呼べばいいのよ!…第二楽章とか言っているけど、それってどういう意味なの?」
混乱している夢羽はマリヌに疑問をぶつけ始める。
「マリヌと呼んでくだされば結構ですわ。まずマリオネットは全部で5体。その5体で一つの曲を演奏しますわ。その曲が夜想曲ですの。わたくしは夜想曲の第2楽章のソロを担当致しますので、夜想曲第2楽章『マリヌ』というのですわ」
「ふぅん…。まだよくわからない…」
人形が本当に楽器など弾けるのだろうか。
マリオネットは糸で操られる人形のことだ。
こうして目の前の少女は、およそ人形だとは考えられない。
「ゆっくりご理解なさればいいですわ。わたくしはヴィオラという楽器を弾いていますの。少しお聴きになって」
マリヌはそう言い左手を何もない空間に出した。
次の瞬間にはその手にはヴィオラが現れ、右手にはいつのまにか弓が握られていた。
マリヌが静かに弾きはじめる。
その音色はまるで夏のような爽やかさと清々しさを表しているようだった。
ヴィオラを巧みに操る彼女は、どこか楽しそうだった。
「すごいじゃん。マリヌのソロだけでも夜想曲は十分じゃないの?」
夢羽が思った感想をそのまま口にする。
するとマリヌは憂鬱な表情で言った。
「でもわたくし一人だけでは夜想曲は完成しませんわ。5人揃ってこそ夜想曲は一番輝くのですわ」
「そうなんだ…」
夜想曲は、きっと素敵な曲なんだろうと夢羽は心からそう思った。
それはマリヌがいかにその曲を大切にしているか、声色で読み取れる。
「けれど女王は夜想曲をわたくし達マリオネットに弾かせまいとしているのですわ。だから女王は夜想曲についての記憶をわたくし達から消そうとしていますの…。それを阻止するために、わたくし達は女王から逃げ、アリス───あなたに助けを求めにきましたの!」
「あの…私、アリスじゃないんだけど…。私は夢羽っていうの」
「どうして?アリスはアリスでしょう?」
何の悪気もなしにマリヌが首をかしげる。
夢羽は、ため息をついた。
この人形にこれ以上説明しても理解してくれないような気がする。
混乱した頭の中を整理しているうちに夢羽はある疑問にぶつかった。
「でもマリオネットって操り人形のことでしょ?その女王様とやらに糸をひっぱったりとかされてすぐ見つかるんじゃない?」
「それは第1楽章の子が糸の力を弱めているから大丈夫ですの。それでも細い糸が残ってつながりは完全に消えたわけではありませんわ。女王に捕まってしまったらあのノワールのように記憶が…」
そこまでマリヌが言ったあとに階段を上ってくる足音が聞こえた。
夢羽は目の前の奇妙な話に夢中で、玄関の扉の開いた音が聞こえなかったのだ。
「夢羽───?誰と話しているの───?」
母が夢羽に呼びかけた。
焦る夢羽に構わず、足音は近づいてくる。