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ある日の学校の帰り道、夢羽は疑問を抱きながら歩いていた。
───どうして今日はいつもある「あれ」がないのだろう。
いつもある「あれ」とは、不幸な出来事のことだ。
───まぁ、いっか。そろそろ私も不幸から解放されたのかも。
夢羽はそう呑気に考えることにした。
いちいち気にしていたらやってられない。
と、その時。
「え?」
夢羽の頬を何かがかすめた。
そして夢羽の頬からは一筋の傷ができて、血がすぅ、と流れてくる。
「な、に…?」
そのとき夢羽は電柱のてっぺんに小さな人影を見つけた。
その人影は夢羽のすぐそばにとん、と軽やかに着地した。
「私は夜想曲第3楽章『ノワール』。女王様の命令によりお前を排除する」
その人影───夢羽の腰ぐらいまでしかない小さな人は言った。
外見は少女なのに口調はとても大人びている。
その小さな人の容姿は黒色の髪は肩ぐらいまでしかなく、同じく黒を基調とし、レースやフリルがふんだんにあしらわれた服を纏っている。
こちらを見る漆黒の瞳は感情がなく冷たい。
手には大きな鋏を持っていた。
その鋏で夢羽を切りつけたのだろう。
「よく、わかんない…。なんで…」
突如襲う事態に、頭が追い付かない。
女王様、とは一体誰なのだろう。
夢羽が言い終わらないうちに、その小さな人が大きな鋏で夢羽に襲いかかろうとする。
心の中で誰かに助けを求めた。
このままでは死んでしまう。死にたくない。恐怖のあまり、ぎゅっと目を瞑った。
次の瞬間。
何かがぶつかりあう音がした。
そろそろと夢羽が目を開けると、そこには、夢羽を襲った少女と同じぐらいの背丈の少女が凛と立っていた。
二つに結った髪の毛は肩ぐらいまで。その毛先はゆるく巻かれている。
淡い桃色のドレスを着ていた。
しかし、彼女は外見にそぐわない剣を手にしていた。
「アリスに手出しはさせませんわ」
鳥が囀ったような綺麗な声だと夢羽は思った。
対する黒の少女は小さく舌打ちをした。
「マリヌ…。邪魔をしないで。女王様を裏切ったマリオネット」
「ノワールこそ目を覚ますのですわ。我儘な女王様の命令なんか聞いて…。ブランシュがどれだけ悲しんでるのかご存じ?」
「そんなのは知らない。…女王様が呼んでいる。今日はここまでだ」
そしてノワールとよばれた少女は、姿を消した。
まるで最初からそこには何もいなかったかのように。
「ノワール…。逃げましたわね」
舌打ちをした少女がすっと夢羽のほうへ視線を向けるとそのまま続けた。
「あら…自己紹介が遅れましたわね。わたくしは夜想曲第2楽章『マリヌ』ですわ。どうぞお見知り置きを」
そこまで言われて夢羽はさらに混乱した。
「あの…。よくわからないんだけど…。あなたたちは一体なんなの!?」
詰め寄る夢羽にマリヌという小さな人は戸惑う。
「なにやら色々と聞きたいことがあるようですわね。どこかゆっくりとお話できるところでお話しいたしますわ。案内していただけます?」
どこかゆっくりできるところなど、自宅ぐらいだろうか。
しかし、家には母親がいる。
こんな奇怪な少女など連れて入れるだろうか。
どうしよう。
夢羽は途方にくれるのだった。