辛い方
押忍!!男の中の漢なのか自信消失中。三十六歳。名は学。夢はハーレムを作る事。異世界のご飯はマズいと思われるかもしれんが、この異世界はかなり美味いです。
現在、宿屋に戻って遅めの朝飯を食べている。
サラはリスのように頬をいっぱいにしてモキュモキュと食べていてとても可愛い。写メは頂きました。ご馳走様でした。
「フーフ。フフフフッフッフ?」
サラが俺に何かを訴えている。
「サラ。お行儀が悪いから口に食べ物が入ったまま喋っちゃダメだよ?」
サラは急いで飲み込もうとしている。
「サラ、そんなに慌てると……」
「ゴホ!!ゲホゲホ!!」
やっぱり咽てる。
まぁ、可愛いから良いんだけどね?
「はい。飲み物」
ガバ!! っと取って一気に飲み干す。
首が細くてキレイだな~。なんて思って眺める。
「ハァハァ。死ぬかと思いました」
「臨死体験お疲れ様です」
死ぬほど苦しかったのか。大変だね。
「ガクさん、飲み物ありがとうございます。助かりました。命を救われました」
「どういたしまして。俺はそんな大層な事はしてないよ」
命は俺が救ってもらってばっかりだからな。
「ダメです!ガクさん!」
「サラ、フォークを人に向けない」
「はい。すいませんでした」
「いえいえ。何が駄目なの?」
一瞬「え?何の事」みたいな顔してから思い出したようだ。
「人から感謝されたら素直に受けるべきです!」
「でも俺はそんな大層な事はしてないよ?」
「それでも感謝するのです」
命令に変わってんじゃねーか。
「か、感謝します」
サラはニッコリとしてまた食事を開始した。
一体何なんだ?
そんな事を考えながら食事を終えて食器を下げて部屋に戻ろうとしたら宿屋の店主のお豆さんに声を掛けられた。
「ちょいと男手が必要なんだが、ちょいとその男を借りていいかい?」
サラは目で「どうしますか?」と訴えてきた。
俺はサラに笑顔を見せた。
サラは俺の意図を察し、一人で部屋に戻った。
「それで何をすればいいんですか?」
「男手が必要なのは嘘じゃよ」
なんと!!
「あの娘さんは気づいてた様子だったな。感のいい子だね」
お豆さんアンタ一体何者だ!! さては妖怪だな!!
「長年こんな商売してると何となく分かるんだよ」
「そうなんですか」
ですよね~。
「で、何の用なんですか?」
お豆さんはため息をして俺をテーブルに誘導した。
「お前さんらトラブルをしでかしたね?」
「そ、それは……」
何で知ってんだよ。
「あの装備を見たら誰だって分かるよ。娘さんの方は死を覚悟したような目をしてたしね」
そこまで分かるのか。
「さっきも言ったがこれでも人生経験は長い。戦争だって経験してるからね。そのぐらいは分かる」
流石です。お豆さん。
「アンタ。出て行くときは良い目をしてたが今は何か迷ってる目をしている。何があった?」
……。
本当にアンタ何者だよ。
「警戒するな。ただの世話焼きだよ。若い者が道を拱いているのが、もどかしくてね」
相談に乗ってくれるのか?
「えっと……」
「話してごらん。話すだけでも楽になるさ」
優しいお豆さんの表情に何か肩の力が抜けたような気がした。
それからポツリポツリと喋る俺の話を優しく聞いてくれた。
話したらドンドン言葉が出てきて、結局何を言いたいのか分からなくなってしまった。自分でも何を言ってんのか分からないし、何を言ったのか分からない。
最後には結局泣いてしまっていた。
「……なるほどね」
アレが理解できたのか?
「ヒック。大変なすよ~~。プレッシャーも半端ないし~~。あんまり余裕ないんすよ~~」
「そうか。そうか」
おぉ。あなたは神か!
「一つ。……いいかい?」
「何ですか?……グスン」
「今が楽しいかい?」
「え?」
涙が引っ込んでしまった。
「いろいろと話を聞いていたが、どれも私からしたら楽しそうな事ばかりだったからね」
「何を……」
「あぁ。すまん。怒らせる気はないんだ。ただ単純にお前さんを羨ましいと思っただけだよ」
俺を羨ましい?
マジかよ婆さん。病院に行った方が良いぞ。
「旅が出来る者は少ないんだよ。それを知らないんだね」
「そうなんですか?」
初耳だ。
異世界って旅する人が一杯いるイメージだけど。
「人は弱者が大半だ。それはお前さんも分かるだろう?」
「はい」
その大半の弱者の中に俺がいるからな。
「では強者はどのくらいいるのか考えた事があるかい?」
……ない。
「ある書物に書かれていたんだが、『十人の村人は大きな街の門番の下っ端一人と同列。小さな村と大きな街の門番一人は同列。一般的な規模の町と騎士一人は同列。大きな街と帝都の王の直轄一部隊は同列』ってのがあるんだ」
門番って強くね? とか思ってしまった。
「つまり?」
お前さんは笑って答えた。
「考えるだけ無駄なんだよ」
「は?」
アッレレ~?おかしいぞ~?
ここはいい感じの言葉を聞いて感動する場面じゃないの?
「楽しむ事が大事なんだよ。死んでから楽しむ事は出来ないよ?旅に出るの者が少ないのはその為だ。弱いから外に出たがらないんだ。楽しいよりも怖いが先になってしまうからね」
死んでから楽しむ事は出来ない……か。
確かにな。
「強い者と弱い者がいるのは普通の事だよ。ただ、現状で満足するか上を目指すかの違いだね。お前さんはどっちだい?」
「俺は……」
日本にいた頃の俺なら現状で満足しただろうな。
現状でかなり満足してるのは確かだ。
サラがいると俺に安心と安らぎを与えてくれる。
前にハーレムの夢を諦めようかと迷った事があったっけど結局あやふやにしてしまったんだよな。
「俺は上を目指します!」
そうだ。異世界に来たからには強くなってハーレムを作るぞ!!
「そうかい。元気が出たようだね」
「はい。迷いは無くなりませんけど、少しやる気が出てきました」
今なら空を飛ぶのも可能だ。
「だ、そうだよ?よかったね。娘さん」
ん? 娘さん?
俺は階段がある後ろを振り向くと、真後ろにサラがいた。
「ビックリした!!……ング?」
サラがいきなり抱きしめてきた。
またしてもビックリ。
「おアツいね~」
お豆さんいつからサラがいたのを気づいていたんだ?
「ありがとうございます」
サラが店主にお礼を言った。
あれ? 俺ってそこまでサラに心配かけてた?
「年寄りのお節介だ。気にしなくていいよ」
ねぇ。サラっていつからいたの?
返答次第だと、俺はあんたを井戸に投げ込まないといけないんだけど?
「お前さん怖い顔してるが、その子はついさっき降りて来たんだ」
「ガクさんのお戻りが遅いので降りて来てしまいました。すいません」
「あ、えっと。大丈夫!!うん。問題ないよ!」
よかった。お豆さんを井戸にダンクしなくて済む。
しないけどね。
「強くなるのは辛くて苦しいだろう。だけどね、見てる方も辛いんだよ。それを分かってあげなよ」
そう言って奥に行ってしまったお豆さん。
辛いのは見てる人も同じ。
「サラ」
「何ですか?」
「俺が強くなろうとするのを見てて辛かった?」
「楽しかったです。とは、とても言えませんね」
「そうなの?」
「はい」
そうなのか?
「視点を変えて考えてみて下さい。私の強さをガクさんが持っていて私が強くなる為に頑張ってるのを近くから見ていて楽しいですか?」
う~ん。
サラが弱い普通の美少女で強くなる為に泣きながら頑張ってるのを見て、俺が楽しいって事だよな?
……あえて言おう。それはどんなドSだ!!
ドン引きだよ!!
「楽しくない。逆に頑張り過ぎないでって言っちゃうな」
「そう言う事です」
「理解できました」
そうだよ。
お豆さんは『同じ辛さ』とは言ってなかった。
『見てる方も辛い』と言ったんだ。
お豆さんが『楽しく』って言ってたのは俺の為でもあり、サラの為でもあったんだ。
そうか。
楽しくか。
考えてもみなかったな。
「俺は俺のままでいいのか……」
俺は心の声が口に出てしまった。
「ガクさんは別の人になるんですか?」
俺の言葉を素でそう返したサラ。
「フフ。クックック。アッハッハッハッハ!!」
「あ、え、えぇ?何で笑うんですか!?」
お腹が痛い!!
「お、お腹がアッハッハッハ!!」
「もう!!笑い過ぎですよ~!!」
俺は何を考えていたんだろうか、俺が俺以外の人物になれる訳ないんだよ。
俺は俺だ!
ゆっくり確実に強くなろう。サラと一緒に。
その方が楽しいしね。
戦闘の話は次です!!
絶対に次です!!




