朝の水は冷たいぜ……
押忍!!男の中の漢。名は学。三十六歳。異世界に来て本当に良かったって思ったのは昨日の寝る前だよ。なんせ、朝早くにパンツを洗うハメになるんだもん。嫌になっちゃうよ~!
バシャバシャ!!
あぁ。チクショウ。
何で俺は早朝から自分のパンツを人の目を気にしながら洗わないといけないんだよ。
バシャバシャ!!
いつか我慢の限界が来るとは思ってたけど、キスした日の晩は止めてよ~。
せめて夢を見させてよ~。
バシャバシャ!!
爆睡から目覚めたらパンツがグッショリ。俺のテンションマジでゲンナリ。
朝の水の冷たさが、大人の一歩を俺に教えてくれてるようだよ。
パンッ!パンッ!
……チッ。
ジャバジャバ!!
宿の裏に井戸があるが、ここは基本的にお客さんは使わないらしいし、道からは完全に死角。
サラも俺は走り込みに行ってるって思ってるだろうし、しばらくここにいてもバレないだろう。
クソ!!
落ちない!!
「今日は、冷えるな~~」
心臓がマジで止まると思うほど驚いた。
まさか、裏口にある井戸に人が来るなんて!!ヤバイ!!俺の黒歴史がまた一つ出来てしまう!!
この声は店主のおばさんだ。
こっちに来るか?
「あ~厨房の水は昨日汲んだばかりだし、今日の朝は足りるだろう~」
ばあさん。独り言大きくないかな?
とうとう頭もイッタかな?
「そうだ。井戸の横にある木の箱の中に石鹸があったな~。あれは頑固な汚れもキレイに落とせるんだよね~。あれは便利だよね~。使ったら汚れの落ちないパン……ゴホン。衣類の汚れも一発で落ちる代物だ。まぁこれは独り言なんだがね~。太陽も拝んだし、厨房へと行くか」
おばさんが裏口の扉を閉めた音がした。
「バレバレじゃねーかよ……」
穴があったら入りたいってのはこの状況なのだろう。
目の前に大きな穴があるけど、そこに入ったら出れないし溺れて死んじゃうから入れないよ。
おばさんが言っていたように井戸の横に三十センチの正方形をした木の箱があった。
すいません。借ります。
ん?泡は出ないのか。
ヌルヌルするな。
イヤイヤ、俺のじゃないよ?……何を言わせんだよ!!
バシャバシャ!!
パンッ!パンッ!
キレイに落ちた!!
やったー!!
「ハァ~~。おばさんには後で、礼を言わないとな。……言いづれ~」
パンツは風の魔法で乾かして、〈アイテム収納アプリ〉にぶち込む。
そして俺は井戸の近くにあるベンチに腰掛ける。
ベンチって言うよりはイスだけど。
今日は、修理工場に行くのか。
よし。頑張ろう!!
その前に、ひとっ走り行こうかな。
――――――――――――――――
「お疲れ様です。ガクさん」
「ハァーー。ハァーー。ゴメ、ハァーー。ん。ちょっと。ハァーー。待って!ハァーー」
「だ、大丈夫ですよ!!ゆっくりと呼吸を落ち着かせて下さい!!」
宿屋の前の到着したらサラが待っていてくれた。マジで天使!
ちょっと今日はペースが速かったな。
横っ腹がメッチャ痛い。
32.195キロ走ったみたい。……『みたい』だからね? 実際に走ったのはかなり少ないよ? あくまで、俺の気持ち的な距離を言っただけだからね?
サラの顔を見るとホッとする。
「フ~~~。ただいま、サラ。待っててくれたの?」
「フフフ、お帰りなさい。もうそろそろかな~?と思って外に出たら丁度いい時にガクさんの姿が見えました」
「そうなんだ。俺もサラがいるような気がしたんだよね。ありがとう」
「いえいえ。そろそろ朝食の時間です。行きましょう」
「分かった」
俺はサラの近くに行く。
別に汗まみれの俺の姿を至近距離で見せようとか、臭いを嗅がせようとか思ってないよ?
「〈浄化〉。どうですか?」
「うん。スッキリしたよ!!ありがとう」
「フフフ。お安い御用です」
サラが使ったのは生活魔法の〈浄化〉だ。簡単に言うと汚れを落とすスキルだ。
そして、サラは指輪型武器を付けているのでスキルで魔法が使える。
この世界では武器が無ければ、攻撃魔法が使えないのだ。
剣士なら、剣士系のスキルが使えない。でも、肉体強化系スキルは武器を必要とはしない。
俺の〈鑑定スキル〉もそれに入る。身体が武器って事だね。
魔法も杖やサラの持ってる指輪のような物が無ければ発動は無理だ。以前、俺が手のひらから『ファイヤー』と言って、己の黒歴史の一ページを増やしたのは記憶に新しいな。
媒介が必要って事だな。
やっぱり、スキルは奥が深いな~。
「おや?おはようさん。朝食にするかい?」
「おはようございます。お願いします」
「お前さんは?」
「あ、俺もお願いします!」
「あいよ。少し待ってな。ここで食べるかい?部屋で?」
「こちらで食べます」
「好きな席にどうぞ~」
「ありがとうございます」
「ど、どうも」
ばあさんが妙に優しい。
今朝、俺が井戸でパンツを洗っていた事は知らないふりをするようだ。なんと言う神対応!!いろいろ悪口とか言ってゴメンね!!緑の緑龍って宿名はとても良いと思うよ!!
「サラ、緑の緑龍って宿名が素晴らしいって事にやっと気が付いたよ!」
「本当ですか!流石はガクさんです。いつかは理解してくれると信じていました!!」
「あぁ!どこが良いってのは分からないし言えないけど素晴らしいってのは分かったよ」
「私も一緒です!!」
「そう思うなら頭を治療してもらいな。お待ち!」
「「えぇ……」」
俺とサラが朝食を運んでくれたおばさんに二人してドン引きしちゃったよ。
「緑って最初に付くのか分からんし、その後の言葉が緑龍。緑色入ってんのに何でこんな名前にしたんだがね~。私には分からんよ。黒龍とか白竜でもいいと思うだがね」
うわ~。俺が以前に思った事をすべて言われてしまったよ。
「付けたのはおばあさんじゃないんですか?」
「私じゃないよ。旦那だよ」
サラの質問に答えるおばさん。
旦那さんって見た事無いな~。
「旦那さんは厨房ですか?」
「いないよ」
「あ!!す、すいません!!」
「あ、大丈夫だよ。そういうのじゃないからね」
「あぁ。そうですか。良かった」
うん。
俺を蚊帳の外でおばさんとサラで話が盛り上がる。俺は黙々と朝食を食べてる。美味いな。この魚介のスープ。
パンもフワフワでサクサク。サラダは新鮮。飲み物は柑橘系の果汁を薄く入れた水だが、この水は口に残った味を消し、爽快感をもたらしてドンドン食が進むよ~。
メインの魚の料理。これは良い煮込み料理だ。
この魚は多分、細かい骨が多い魚なのだろう。でも、長時間煮込む事で骨を柔らかくして食べやすくなっている。神朝食だね。
あぁ。女性の雑談は長いって都市伝説を聞いてたけど、本当だったんだね。
俺が食べ終わる時にはサラも食べ終わってたけど、話が止まる事は無かった。……マジでスゲー。どうしてそこまで話題をコロコロ変えても付いて行けるんだろうか……。
おばさんも店主。俺とサラのお皿が空いたと確認したら回収して厨房に戻った。
おばさんのあだ名は豆のように小さいおばさんって事で、お豆さんと呼ぼう。
サラとまったりタイム。
あ、昨日の事をサラに話さないと!
「サラ、ちょっといい?」
「何ですか?」
「これ、って分かる?」
「手紙ですか?」
「そう」
昨日、助けようとしたけど、メッチャ強かったあのおじさんが俺に渡した手紙をサラに渡した。
帰る途中に中を見たけど真っ白な紙が一枚だけ。
何も書いてないのでこれは俺があのおじさんに一杯食わされたって事かね?
「……この紙は魔紙だね」
「お豆さん!!」
「誰だい?それは?」
マズった!!
つい、あだ名ね読んでしまった!!
「あ、すいません」
「構わないよ。マメさんでいいさ」
「ありがとうございます」
豆さん。中々心が広い方の様だ!!
「それで、これの紙を分かるんですか?」
「分かるよ。それは魔紙だよ」
「魔紙ですか!?」
「増し?マシ?」
どういう事?
「この紙は魔法で造られた紙って事だよ」
「えぇ!!魔法で紙って作れるの?」
「作れるよ。火も水も作ってんだ。何を不思議がる」
それを言われると納得しちゃうね。
「納得」
「それは大事に持ってた方がいいね」
「そ、そうですね」
サラが肯定した。
何故だ?
「どうしてですか?」
「魔紙ってのは暗号や人に読まれたくない内容を記す物なんだよ。しかもこの魔紙は質がかなり高い」
「質が高いとどうなるんですか?」
「それだけ読まれたくない物か解除の仕方も複雑って事だ」
「??」
「魔紙は相手に渡して何かしらの手順を踏まなければ読む事が出来ないんだ。無理に読もうとすると……」
「すると?」
「燃えちまう」
「コワ!!」
何なのこの紙!!
「ガクさん、この紙を誰からもらったんですか?」
俺はサラと豆さんに昨日の爺さんについて話した。
「『スキルを使わないでスキルを使う』流派ですか……」
「悪いが聞いた事無いね~」
「名前も聞けなかったよ」
「多分だが、何かの流派の師範階級の者だろうね」
「私もそう思いますね」
「そうか。大事にしまっておくか」
「それが良いね」
「ですね」
「はい」
魔紙か。何が書いてあるんだろう? 気になるな~
「では、ガクさん。ギルド本部に行きますか」
「分かった」
よし。
クエストクリアーだね。
アレ? 修理工場じゃなかったっけ……。
「サラ?」
「はい?」
「船の修理工場だよね?」
「ガクさん!!」
「は、はい!!」
「ギルドの洋服に新しい……」
「ダメ」
「ガクさん!?」
「ダメです」
「ダメ……ですか?」
だから上目使いで目をウルウルさせないでよ!!
「だ、ダメです」
「クッ!」
「サラ?」
「分かりました。行きましょう」
「ガガとペルモッツの手綱は私が握っている。間違ったフリしてギルドに行ってしまおう。とか考えた?」
「なぜ!!……ゴホン。や、ヤダな~。わ、私がそんな事、するはずがないでごわすよ~」
なぜって言っちゃってるし。
噛み噛みだし、語尾も変わってるし。そんな子にはお仕置きだべ~。
「ギルドに入る事を禁止にしよう」
「すいません。私が悪かったです。どうか、それだけは」
「さすがに冗談だけどね。大丈夫?疲れ取れてないの?」
「そ、それは大丈夫です!!ですが、私の中の小惑星が光を放ってしまって……」
そうか。彼女のコスモがバーニングしてるんだね。
「うん。その気持ちは分かるけど、今回は修理工場が先ね」
「はい。すいません」
サラって時々、俺の世界の事について知ってるんじゃないと思う発言するけど、たぶん偶然なんだろう。
面白い一致だね。




