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先生と飴と私  作者: rai
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蒼視点2

 


 


 そんな日々が続いた夏休み前の暑い日。体育教師でもある松岡先生が風邪を引いて休み、その日の体育の授業は俺が見る事になった。

 だが暑い日に生徒達が声を上げて喜ぶはずのプールは、水を出す水道管の水漏れ修理の為に使えず、体育館での授業だ。


「じゃ、今日はバドミントンだからペア組んで、ネット準備しろな〜」

「「「はーい」」」


 それぞれ友人達とペアを組み、軽くシャトルで打ち合ったり、早くもネットを張り終えた生徒達は試合を始めていたりした。

 体育館の中を見渡していると三人組の一人、清水稜子(しみず りょうこ)がこっちに来いと目で訴えているのが見えて向かう。


「そーちゃん先生が茉莉ちゃんと組む?」

「お、やるか?」


 俺が入っても問題ないならいいかと思い、倉田の提案に乗った。

 これでも学生の頃はスポーツ万能と言われいたからな。若いヤツには負けられるかと意気込んだが、倉田がテニス部である事を試合開始と同時に思い出した俺は、手厚い歓迎(もてなし)を受けた。


「マジか……!」

「ふふ、大丈夫ですか〜? そーちゃん先生?」


 ラケットも打ち返すボールすらもテニスのそれとは違うはずなのに、俺や橋本がギリギリ届かない微妙なラインどりをして右へ左へと遊ばれた。

 クスクス笑う倉田の嬉しそうな表情に、今年のテニス部は異例の一年生が主将になったと前代未聞の出来事で、教員の中でも話題となっていたのだ。

 しかも、年功序列に厳しい部の中で揉める事なく主将をやっているという。何とも言えない恐ろしさが背中を走ったのを覚えていた。


 テニス部顧問でもある松岡先生がラケットを持つと性格が変わる生徒がどうたらこうたらと言っていたが、アレは倉田の事だったのかと妙に納得してしまった。



「橋本っ、そっちいった!」

「あぁ、無理だってばー!」


 倉田が容赦なく打ち込んでくるシャトルを橋本が追いかける。


「お前っ、ちょっとは手加減しろって」

「そーちゃん先生、勝負事に何を言っているんですか〜?」

「ドSかっ」

「失礼ですよ〜?」


 他の生徒には聞こえないように小声で倉田へ文句を言うが、サラッとかわされてしまった。おっとりしているように見せかけ、油断させておきながらトドメを刺すとか鬼畜の所業だろう。倉田の将来が少し不安になった瞬間だった。



 汗だくの体を引きずり、少し休憩を入れて生徒達にも水分を取らせようと時計を確認した。


「ふっふっふ、茉莉ちゃん? 勝負の世界に手抜きなんてあり得ないんだよ〜?」

「彩ー、ほどほどに……っ、茉莉!?」


 授業の前にシャワーを借りてサッパリしようなんて考えていれば、清水の悲鳴に驚いて振り向くとゆっくり傾いていく彼女が見え、頭で理解する前には勝手に体が動いていた。


「橋本っ!」


 床へ激突する前に体を滑り込ませて抱きとめた。真っ青な顔で目を閉じている彼女の横顔に、何故か胸が苦しくなる。


「茉莉、具合悪そうだったの気づいてたのに……っ」

「やだっ、茉莉ちゃん茉莉っ! ……っ、私が無理させたからっ」

「落ち着け倉田。清水もお前達のせいじゃないからな。保健室へ連れて行くから、時間になったら片付けて教室へ戻れ」


 何事かと騒つく生徒達に指示を出してから橋本を背負って保健室に向かった。歩く度に彼女の髪から香るシャンプーの匂いに鼻をくすぐられ、だんだん落ち着かなくなっていく。


「具合悪いなら最初に言わなきゃ駄目だろ……。全く、心配かけんな」


 ブツブツそんな事を言っていると背中の橋本が身動ぐ気配がして、思っていたよりも軽い症状で良かったと胸をなで下ろした。


「気がついたか?」

「えっ、何っ? 先生!?」


 状況が飲み込めないのか、暴れそうになる彼女を窘めて大人しくさせた。わざと落としそうにすると必死にしがみついてきて、より強く彼女の柔らかさを感じてしまい、危うく本当に落としそうになる。墓穴を掘ったと後悔しても遅い。

 落ち着きがなかった心臓が余計に激しさを増し、挙動不審になりそうになっているとも知らずに、更に橋本がグッと体を押し付けてきた。


「ぐえっ!」

「っは、あはは! ぐえって……! せんせ……、ぐえって」


 これ以上は不味いと思い、わざと変な声を出すと思いっきり橋本が笑う。その笑い声を聞いたら、もう変に意識し過ぎていた気持ちは何処かへいってしまった。

 締め過ぎだと言うと、今度は優しく腕に力を込める。


「……歩くぞ」

「はい」


 甘さを含んでいる、なんて錯覚しそうなほど柔らかな彼女の声に、より一層高鳴った胸の鼓動には気づかない振りをして急ぎ足で保健室へと向かった。




 その日から少しずつ彼女に対する気持ちが変わっていったようにも思える。

 だが、教師と生徒という枠組みから出てはいけないと自身に言い聞かせ……きれずに、手伝ってくれる彼女につい甘えてしまったと思う。



『先生もひとつどうぞ!』



 差し出された白い手のひらの上にコロンと転がった飴玉と、満遍な笑みを浮かべる彼女に俺は、恋をした。



 



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