蒼視点1
二年越しの先生視点です。
先生のイメージを壊したくない方は戻るでお戻りくださいませw
よろしくお願いしますm(_ _)m
俺の名前は桐生蒼。高校の担任を受け持つしがない教師だ。学生の頃、お世話になった恩師の背中を追いかけ教職の道を選んだ。
この高校に配属されてから特に大きな問題もなく、まぁ……多少の苦労はあれど生徒達と和気藹々と楽しく過ごしていた。
ーー彼女が入学してくるまでは。
入学式を終え、教室に入ると一斉に見つめられる。
真新しい制服に身を包み、少しの不安と緊張と期待に満ちた眼差しに初々しさが残る表情。他の生徒も同じ顔をしていたのに、何故か彼女に惹きつけられた。
今にして思えば、その時からすでに何かしらの好意を持っていたのだと思う。
『先生。なにかお手伝いするコト、ありますか?』
屈託のない顔で笑って駆け寄ってくる彼女に俺はーー
* * *
「蒼ちゃ〜ん! サッカー人数足りないから入って!」
「あ、それいいね! そーちゃん頼むよー!」
「ずりぃ! それならオレらのチームにハンデよこせよなっ」
食事を終えて廊下を歩いていると、複数の男子生徒に呼び止められた。どうやら昼休みにサッカーをする事にしたらしい彼らは、人数合わせの為に俺を誘ったようだった。
「おー、十五分だけでもいいなら構わないぞ」
「やっりぃ!」
「えー。短くない?」
「蒼ちゃん暇っしょ?」
「お前らな、俺を何だと思ってんだっての」
「「先生?」」
「それしかないじゃんね?」
笑いながらそういうと、早く行こうと言わんばかりに腕を引っ張られて急がされる。
生徒達とこうして走り回るのも好きだから、誘われるとつい乗ってしまう。例え人数合わせだとしても慕われているんだと思えば悪い気はしないしな。
今はまだ二年生の彼らも来年には三年生になり卒業してしまうが、長い人生の思い出の中に俺という教師の存在を端にでも置いてくれれば、これ以上に教師として冥利につきる事はないと思うんだ。
「蒼ちゃん! 早くパスパス!」
「だぁ、年寄りを走らせんな」
「そーちゃん年寄りって、アハハ」
生徒の笑い声に釣られて声を上げて笑った。
ふと何気なく校舎の方を向いた時、女子生徒三人組が見えた。よく見れば、俺が担任を受け持つクラスの子達だ。何の話で盛り上がっているかは聞こえないが、楽しそうに笑い、じゃれ合っているという言葉がピッタリなほどはしゃいでいた。
その中の一人の笑顔にドキッと心拍数が上がる。窓から吹いた風が彼女の艶やかな髪を攫い、細くて白い手が風に遊ばれる髪をまとめた。
彼女の髪に、触れたい。
「っ、」
突如湧いた欲を振り払うように頭を左右に振る。脳を揺さぶり少し落ち着いた俺は、歩きだそうとしていた“何でも係”の彼女を何事もなかったかのような顔をして呼び止める。
「おーい、橋本ー。戻るから職員室まで来てくれー」
「……はーい!」
涼やかな彼女の声がこちらへ届くと、近くにいた男子生徒達が彼女達の方へ振り返って話に花を咲かせはじめた。
「あの三人、可愛いよな」
「やっぱそう思う?」
「思う!」
「俺は倉田がいいなぁ」
「えー。オレは清水かな。姐さん女房って感じでさ!」
「アハハ、お前尻に敷かれたいの?」
年頃の男が揃うと誰が可愛いここがいいとか、俺も学生の頃は友人達と話したものだと、感慨に耽りながらも時計を見れば、もうすでにタイムリミットだった。
職員室へ戻って準備に取り掛からなければ次の授業に間に合わないだろう。男子生徒達に声を掛け、職員室へ向かうかと歩き出そうとしたーーが、できなかった。
「おれは橋本、かな」
さっき自分が口にした名前が出てきて、今度は別の意味でドクリと心臓が大きく脈打つ。足がその場所に縫い付けられたように動かなくなる。
「マジか。そんな素振り全然なかったじゃんお前」
「なんか笑顔が可愛いなってさ」
「うわ、それ本気って事?」
「うん。今度告白しようかなって」
「えぇぇぇっ!?」
頰を赤くして友人達に弄り回されている彼を見つめ、いつの間にか手を白くなるまで握り締めていた。胸の奥がムカムカして舌打ちをしそうになった。
「蒼ちゃん?」
「そーちゃんどうしたの?」
「あ、いや……。じゃあ俺は戻るから、遅刻しないで授業に来いよ」
「はーい」
一本一本伸ばすように手を広げ力を抜く。誰が誰を好きになろうが構わない。それこそ俺が口を出す謂れはないだろう。
生徒達が自由に恋愛を楽しむのは成長する上で良い事だ。じゃんじゃん恋愛して青春を謳歌しろよと声を上げて応援する。だがその対象が彼女でないなら、の話だ。
先ほどまでの穏やかな気持ちは搔き消え、モヤモヤとスッキリしないまま職員室の扉をくぐった。
「先生、遅いですよ〜。どうしたんですか?」
「あ、あぁ。いや……悪い」
そうだ、彼女を呼び止めていたのだった。前もって準備しておいたプリントを机の上から拾い上げて彼女に渡すと、歯切れが悪く誤魔化しきれなかったせいで彼女が頭を傾げていた。
「ん、んー。肩凝ってんのかなぁ」
「先生おじさんくさい」
「おじさん言うなっ」
無防備そのものな仕草に、危うく伸ばしそうになった腕で自分の肩を叩いた。彼女には先に教室へ行ってもらい、俺は慌てて授業に必要な物を準備して職員室を出たのだった。
* * *
新入生が入学してから最初のHRで係を決める時、クラスの人数が奇数の為に一人だけあぶれてしまう事に気が付いた時には、一人の女子生徒……橋本茉莉が困ったように立ち尽くしていた。
「ん〜。じゃあ、橋本は“何でも係”な!」
「なんでも、係……?」
「先生の手伝い頑張れよ!」
咄嗟に出てきたものの何をしてもらうか全く決めていなかった名前だけの係に息を吹き込んだのは、授業で使う資料を運び出す時に人手が欲しいと思って橋本の存在を思い出してからだ。
手を貸してもらったのがきっかけで色々と手伝って貰うようになった。始めは戸惑っていた彼女も、回数をこなすにつれて積極的に手伝ってくれるようになった。
それから数ヶ月が経ち、春の陽気から茹だるような暑い夏が近づく頃には一生懸命手伝いをしてくれる彼女と冗談を言い合ったり、更には頭を撫でる事を許してもらえるまで仲良くなった。