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先生と飴と私  作者: rai
3/8

後編

 


 暫くそうしていると、涙で霞む視界に誰かの靴が足元に映り込んだ。


「橋本……」


 今は聞きたくない大好きな人の声。幻聴でも聴こえたのかなって顔を上げると、目の前にびしょ濡れになって眼鏡を外した先生が立ってた。


「せんせ……」

「お前、足、速いのな」


 肩で息をしながら、そんな事を言う。


「先生、……どうして?」

「もう全部ずぶ濡れだな〜。家近いから雨宿りしていきなさい」

「先生っ」


 私の質問には答えてくれなくて、ブランコから立ち上がらせようとする先生に首を振ってイヤって全身で拒絶した。


「ほら、風邪引くから行こう」

「ひゃっ、せんせ……っ!」

「嫌がっても駄目。このままじゃ本当に風邪引くから」


 膝の後ろに手を入れて腕を取られてグイって引っ張られると、私の身体が浮いて先生に包まれる。張り付くシャツ越しに体温を感じるまま、お姫様抱っこされながら先生のマンションまで運ばれてしまった。



「……お邪魔、します」

「ん、いらっしゃい。……あぁぁっ、散らかってるからちょっとそこで待っててっ!」


 慌てて私を玄関に降ろすと、髪の毛を搔き上げて部屋の中に消えていく先生。さっきまで近くにあった温もりが空気に溶け、その冷たさにふるりと身震いした。


「……っくしゅっ」

「ごめん、玄関じゃ寒かっただろ? もう少しで風呂沸くから待ってな」


 バスタオルを持ってきて私の頭を拭いてくれる。タオルから柔軟剤の匂いがして、さっきの女の人が洗濯したのかなって思うとズキズキ胸が痛んで、止まったはずの涙が溢れそうになる。


「先生も、濡れてますよ〜?」

「俺は後でいいよ。……橋本、目元が赤いけど泣いてた?」

「〜〜〜っふ」


 頭を拭いていた手が止まりクイって上を向かせられて、親指で目元を優しくなぞられながらそう言われて、先生の顔を見たら我慢していた涙がまた零れた。


「っ、橋本……?」


 すき、好きだよ。大好き。何度も何度も心の中で呟く。

 声に出せない心の声が涙になって溢れてくるみたいで、戸惑う先生のシャツの裾をぎゅって掴んでお風呂が沸くまで泣いてた。




 * * *




「あったかい……」

「橋本〜。制服クリーニング出してくるから適当に座ってて。後、俺ので悪いけど着替え置いとくな。洗濯するから濡れたヤツは洗濯機の中に入れといて」


 近くに聞こえた声にびっくりしながらも返事をすると気配が遠くなっていく。

 ドキドキする胸を手で押さえてお風呂から出ると、男物のパーカーとハーフパンツが置いてあった。


「〜〜〜〜〜〜!!」


 服の上に置いてあったコンビニの袋を覗いたら女性用の下着(パンツ)が入っていて叫びそうになった。確かに下着までびちょびちょだから助かったけど、けどっっ。


「恥ずかしい……」


 先生はいつもと変わらない声だったから、女性用の下着もあっさり用意してしまうくらい大人なんだと思いながら服を着ると、私には大きくてぶかぶかだった。



 落ち着かなくてしばらく先生の部屋をウロウロしてたけど、荷物の中のケータイがブルブル震えている事に気づいて電話に出る。


「……はい」

『もしもし、茉莉?』

「うん」

『大丈夫……じゃないよネ。今何処にいるの? そーちゃんがもの凄い勢いで茉莉の後を追いかけて行ったんだけど会えたかナ?』

「りょーちゃん、どうしよう……っ!」

『え? ちょっと、茉莉?』


 りょーちゃんに今までの事を説明したら、茉莉の家には連絡しとくから心配しないで私に任せてそのままそーちゃんの家にお泊まりだヨ! って興奮気味にまくし立てて電話を切られた。

(りょーちゃん……!)


 りょーちゃんの言動に頭を抱えているとガチャって扉が開く音と足音とビニールが擦れる音がする。


「ただいま」

「お帰りなさい、です」


 ただいまと言われてつい返事をしてしまうと、先生が落ち着いた? って聞いてきた。


「はい……。もう大丈夫です」

「本当に?」


 コクリと頷いて、外を伺いながら話を逸らす。


「雨、止みませんよね」

「外はまだ凄い雨だから。あー、冷えてきた。風呂貰うな」

「は、はい。ここは先生の家ですからっ」

「そうだった」


 二人でクスリと笑い合って、お風呂に向かう先生。

 時々聞こえてくるシャワーの音にまた心臓がドキドキ暴れ出した。


 あんなに苦しくて泣いてたのにもう笑えてる……。

 先生の気配がするだけでドキドキして、笑ってくれると嬉しくて、何て単純なんだろうと思う。



 ソファーに膝を抱えて座ると、ふわりと先生の匂いがした。


「っ、……おち、落ち着かないっ」

「ん〜? 何がないって?」

「ひゃぅっ」


 お風呂から出た先生が頭を拭きながらこっちに来て首を傾げている。


「ななななんでもないですっ」

「それならいいけどな。さっき、外出た時にコンビニですぐ食べれる物を買ってきたんだけど、橋本は嫌いな物あるか?」

「いえ、好き嫌いはないです」

「ん、偉いな〜」


 と微笑みながら頭を撫でてくる先生。……すごく子供扱いをされている気がする!


「せ、先生は好き嫌いあるんですか?」

「俺? ん〜、何でも食べるかな?」

「そうなんですね〜。エライ、エライ」


 さっきのお返しとばかりに先生の乾ききっていない頭を撫でた。


「こ、こらっ。子供扱いするなって」

「先生が先にしたんですよ?」

「悪かったって!」


 先生が両手を上げて降参のポーズをしたので離れると少し遅い夜ご飯を二人で食べ、一週間の終わりだからって缶ビールを飲んでいる先生。私は歯も磨いちゃったからお茶をちびちび飲んでる。


「そう言えば先生」

「ん?」

「眼鏡、かけないんですか?」

「あぁ。俺、伊達眼鏡だから」

「えぇぇぇぇっ!」

「そんなに驚く事か?」


 だって、外した所なんて見たことないし、ずーっと眼鏡だったしっっ。なんて思っていたら、眼鏡かけてたほうがいい?って聞いてきた。


「いえ、何で学校では眼鏡なんですか?」

「知りたい?」

「は、はいっ」

「ん〜……内緒」


 目を細めて唇に人差し指を押し付けながらそう言った先生がいつもの雰囲気とは違っていて、気怠げに髪を搔き上げる仕草がすごく色っぽくて、私は熱に浮かされる。


「橋本……? 顔、真っ赤」

「っ!」

「ね、何でそんなに赤いの?」


 耳元でそう聞こえたかと思うと先生の両腕に捕らわれて、お姫様抱っこされた。


「せん……、ひゃっ」

「冗談だ。ほら、もう寝る時間だぞ〜」

「え、ちょ、せんせっ!」


 問答無用で隣の部屋のベッドに運ばれて布団をかけられると、ベルガモットの香りが私を包み込む。コロンじゃなくてルームフレグランスだったんだ。


「おやすみ。橋本」


 その言葉を残して、先生は部屋を出て行った。



 結局、私はお昼過ぎまでグッスリ寝てしまい、寝る子は育つからなってからかわれた。

 先生がクリーニングに出した制服も取りに行ってくれて,お昼ご飯までご馳走になってしまった。


 それからあの女の人の事は先生に聞けずじまいだったけど、好きなものは好きだからと気にしないようにする事にした。

 先生の家に泊まった次の日、りょーちゃんが家に遊びに来てあれやこれやと問い詰められたのは言うまでもないけど。




 * * *



 穏やかな日常が過ぎていく。

 相変わらず先生のお手伝いはしたし、誕生日に渡した飴が無くなるとまた作ってあげてた。変わったのは飴のお礼にって先生が使っているベルガモットのルームフレグランスをくれて、お揃いの香りを纏うようになった事。



 かたく身を閉じた蕾が、やわらかに淡く薄づく花びらをみせ始める頃ーーー



 私の卒業式の日。



「ーー代表、橋本茉莉」

「はい」

「卒業、おめでとう」


 両手で卒業証書を受け取り、お辞儀をする。

 もう、これで卒業なんだと思うと涙が滲んだ。



 式が終わって、最後の教室でみんなで写真を撮った。


「茉莉、今日告白するんでショ?」

「うん……。生徒代表で卒業証書を受け取るよりも緊張するっ。気持ち悪いよぅ」

「茉莉ちゃん、頑張れ!」

「そうそう、ふぁいとだヨ!」

「ありがとう、二人とも。卒業しても友達でいてねっ」


 応援してくれる二人をギュって抱き締めると、当たり前だよって返ってきた。




 先生はもう居るだろうか?


 高鳴る鼓動を抑えて呼び出した場所へ走っていく。



「あなたが、好きです」




 ずっと胸に抱えていた想いを打ち明けよう




 風に揺らめくピンク色の木の下でーーー









 了







これで一応、完結となります。

また、その後の話や先生視点が書けたら連載しようと思います。


誤字、脱字などございましたらご指摘くださいませ。

お付き合い下さり、ありがとうございました☆



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