5 美しくも可愛い人
時間が随分と空きましたが、感想で頂いた『フェリックスのその後』を書いてみました。
甘さ控えめ、でしょうか。いや、甘いかな?
【隣の花は赤い】
他人のものはなんでもよく見えることのたとえ。
と言うけれど、僕の場合はそれ以上に
【灯台下暗し】
灯台の真下が暗いように、身近なことがかえって気づきにくいことのたとえ。
だったようだ。
リゼットと婚約をしてからというもの、漸く彼女が人の目を引く美しさをしていることに気づいた。
リゼットを女性として意識する前、僕の女神はヴィアンカ嬢ただ一人だった。勿論、彼女は今でも国一番の美女の地位にいるのは間違いない。
けれど、リゼットもヴィアンカ嬢に負けず劣らずの美貌をしている。
では二人の差は何か。
男から見て“可愛い”と“美しい”のどちらが好きかと言うと七割が“可愛い”を選ぶと言う。しかもヴィアンカ嬢は可愛いだけでなく、可愛らしさの中にも凛とした聡明さと美しさを覗かせる。対してリゼットは常に高潔な美しさを見せるのみだ。ヴィアンカ嬢は愛らしさと美貌で万人受けをし、リゼットの冴えた美しさは冷たいとも見えるが一部の男性にとっては熱狂的な愛を捧げてしまいそうなもの。その差だ。
ヴィアンカ嬢が国一番の美女と言われるのはそういうわけだ。
とにかく類を見ない愛らしさと美しさを並び持つヴィアンカ嬢と醒めるような輝きを持つリゼットが我が国の二代美女と言っていいだろう。
その二人が並んでいれば、当然誰もが目を奪われる訳で。
「あちらの美しいご令嬢方を紹介していただけませんか」
さっそく外遊に来ていた隣国の王子に目をつけられた。
リオ兄が二人を呼んで、王子に礼をとる彼女たちを紹介する。
「こちらはヴィアンカ・カストネル。私の妻です」
「妻!?」
王子は驚きの声を上げ、明らかに落胆した。そうだろう。ヴィアンカ嬢は人妻にはとても見えない初々しさと可愛らしさだ。
「そしてこちらがリゼット・カストネル。私の妹です」
「妹……」
妹という言葉に王子の瞳がキラリと光る。
ちょっと待て! リオ兄、間違いではないが紹介の仕方が違うだろう!
「私の婚約者です」
にっこりと笑顔を取り繕い付け加えれば、王子は再びありありと落胆の色を見せた。
「フェリックス殿下のご婚約者ですか……」
リオ兄からは余裕がないなとでも言いたげな笑みが向けられる。自分だってヴィアンカ嬢の事となると容赦なくなるくせに。
しかし、そうか。本当に好きな相手、しかもそれが美女と言われる人と結婚するというのはこういうことなのか。
常に周りの男を警戒し、妻の関心を自分に向けておく必要がある。
手に入ったからと安堵など出来ない。いつまでも自分も彼女にとって一番でなければならないのだ。
*****
回廊の先に男と談笑するリゼットの姿がある。
こうして、時折、リゼットが男と親しげに話しているのを見かけることがある。
今までは特に気にしたこともなかったけれど、好きな相手となってみれば本当に嫌なものだ。
僕の存在に気付いて、男と別れると何事もなかったかのように僕のもとに歩み寄る。
僕は壁に手をつけリゼットを閉じ込めた。
突然僕がこんなことをするとは思っていなかったのだろう。リゼットは驚いたような顔をしている。その彼女にずいっと顔を近付けた。
「リゼット、何処を見ている」
「貴方しか見ていませんわ」
その返答にがくりと肩が落ちた。
「フェリックス様、なんですの?」
「いや、返事が凛々しすぎて……ちょっと僕にも格好つけさせてくれない?」
「格好などつけなくとも充分です。私が子供の頃からお慕いしている方ですもの。誰よりも素敵です」
リゼットは誇らしげな顔をする。僕の事をそんな風に思ってくれていたのは嬉しい。だけどそう思っているのならば……。
「だったら他の男と仲良くするな!」
僕の命令口調にリゼットは今度こそ本当に驚いた顔をした。
「他の……というのは先程のエミリオ様のことですか?」
「僕以外の男、……リオ兄以外だ!」
「フェリックス様、誤解は解いておきます。彼はこの国の反発組織と通じている可能性があるそうです。それを探れないかと思いました」
エミリオのことは知っている。リオ兄にも気を付けろと言われている。だからと言ってリゼットが探る必要が何処にある。
「どうして君が!」
「彼に言い寄られた事があるので使えるかと」
「猶更 君がすべきことじゃない!」
「わたくしは王子妃になるんです! ヴィアンカ様は兄の援けになれる方。わたくしだって貴方の役に立ちたいのです」
どうやらヴィアンカ嬢の占いの力の事も少しは聞いているようだ。もしかしたら以前の襲撃の話を聞いたのかも知れない。でも、今はそんな事は問題ではない。
僕の役に立ちたいと言う彼女の清廉さは称賛すべきものだ。だが。
「駄目だ。危険なことはするな」
「わたくしにもこれくらいは出来ます!」
「僕が駄目だと言っている!」
「何故ですの!?」
リゼットはあのリオ兄の妹。リオ兄のことだ、リゼットに男を絡繰る術くらい仕込み、何があっても上手く立ち回ることが出来る女性にしているはずだ。彼女の器量からも“出来る”と言い張るのも頷ける。だが、王子として男として女性を危険なことに晒す気にはなれないし、それに。
「自分の好きな女が自分以外の男といて心中穏やかでいられないのは当然だろう!」
こっちの方が本心だ。
リゼットはリオ兄と同じ天色の瞳を大きく見開く。
「……本気で言っていますの?」
「冗談で言ってどうする!」
苛ついてキツい言い方をしてしまえばリゼットの頬に涙が流れた。ぎょっとした。まさか泣くなんて。
「リゼット!? ごめん!」
「違うんです……嬉しいのです……」
「は? 嬉しい?」
「嫉妬してくれるのが嬉しいのです」
リゼットは綺麗な顔で微笑みながら涙を零す。
なんと言うか……こういうのを毒気が抜けると言うのだろうか。怒りの炎が一気に鎮火させられた。
「あのさ……僕、君に好きって言ったよね?」
「言われましたけど……ヴィアンカ様の次かと……」
「ヴィアンカ嬢の事は今でも好きだよ。初恋の人だし、きっとそれは生涯変わらないと思う」
「正直ですわね……」
「嘘を吐くことじゃないからさ。でも、今、僕が一番好きなのは君だよ、リゼット」
頬を伝う涙を拭ってやれば、その手に自分の手を添えてくる。
瞳を潤ませ見上げてくる顔は頼りなげで
可愛い……本当に可愛い。
「“想いに決着をつけてから”と言ったのは君だ。僕はその時から君しか見ていないよ」
「私は出会ったときから貴方しか見ていません」
美しい顔が涙を湛え、嬉しいとばかりに微笑む。
なんて可愛らしいのか。
ああ、もう!
この顔は自分だけのものだ!!
「リゼット!」
「あっ……」
リゼットを壁に押し付け一方的に口付けた。
理性なんて好きな相手の前では風前の灯火だ。
しかも吹き消してしまうのは彼女なのだから。
「んっ……」
強引とも言える口付けに、それでもリゼットは瞳を閉じて健気に応えようとする。
その朱に染まった顔も
僕の服を握りしめる美しい手も
全部 可愛い。
可愛いリゼットは自分だけのものだ!
「リゼット、可愛い……他の男なんて見るな」
「貴方以外見えません」
美しさの中に可愛さを隠し持つ僕の婚約者。
この可愛さは生涯僕だけが見ればいい。
子供の頃から僕を慕っていたと言ってくれる。そしてそれは僕がヴィアンカ嬢に傾倒していた姿を見てきたことに他ならない。きっと悲しい思いをさせてきたはずだ。もう二度とそんな思いはさせない。
この命ある限り僕の愛はリゼットだけのもの。
【美女は命を断つ斧】
美女の色香に溺れると、不摂生を招いて寿命を縮めたり、身を滅ぼしたりすることになる。つまり、美女は男の寿命を縮め、身を滅ぼす恐ろしい凶器である。
という格言がある。
だが、愛する女性を凶器などと呼ばせるなど男の恥だ。
胸に止めてこの美しくも可愛い人に溺れることにする。
時間が空きすぎて、おそらく感想を下さった方も忘れているだろうものです。こんな話に『続きを』のように言って下さったのですから、いつか文に出来たらいいなと思っていました。でも、作者としては本編も短編として書きましたし、フェリックスもリゼットもその場限りの登場人物だったので、とても難しかったです。今回はあと二話投稿できればと思っています。読んで下さりありがとうございました。