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3 カストネル公爵家のしきたり

糖度は「コーヒー牛乳に砂糖を入れよう」を目標にしましたが、甘いというよりは…いかがわしい…というような……。

ヴィアンカ視点なので、本編にそったノリで読んで頂けると思います。

私ヴィアンカ・カストネルは今、断首台に登った気分です。

もし、今日の使命が失敗したら……

たぶん待っているのは『死』です。

恥ずかしくて死ねます。死なせて下さい。


カストネル公爵家に嫁いで八ヶ月、まさかこんなしきたりがあったなんて。

わかった時には全力で拒否したかったけれど、嫁いだ以上、その家の決まりに従うのが嫁の務めというものです。

もと王女のリオ様のお母様も通ってきた道、自分だけが逃げるなんて出来ません。


カストネル家に嫁いだ者のしきたり

それは旦那様となった方の誕生日に行う事です。

私は夫婦の寝室で姿見に映る自分の姿をちらりと見ました。間違っても直視は出来ません。


ふわふわ ひらひら


ああ、やっぱりダメです!!

私は膝を抱え込みその場にしゃがみこみます。


今日はリオ様のお誕生日です。

リオ様は仕事も立て込んでいるし、まだ家督も継いでいない身なので祝宴等は不要だといつものように登城されました。ただ、夜はなるべく早く帰ってくると仰ったので、一緒に美味しいものでも食べようと準備をしていたところに、リオ様の妹君、リゼット様がいらっしゃって、綺麗に包装された箱を差し出してきたのです。

「ヴィアンカ様、これ、お兄様へのプレゼントなのですが」

「まあ、ご自分でお渡しにならないのですか?」

「これでは完全ではありませんの。これをヴィアンカ様がお召しになってお兄様を出迎えて欲しいのです。そしてこう言います。『お帰りなさい、あなた。ご飯にする? お風呂にする? それとも私?』」

「はあ?」

私は箱を手にしたまま首を傾げました。

「実はこれはカストネル家のしきたりですの。カストネル家に嫁いだ者は主人の誕生日にはこういったもてなしをしなくてはなりません。お願い致しますね」

リゼット様はリオ様によく似た面差しの美しい笑みを浮かべて帰っていかれました。


良くわからないまま、箱を開けてみれば

ふわふわ ひらひら

が出てきました。

私は平静を装いそれを箱に戻しました。

箱を静かに閉じ、両手を蓋が開かないように置きます。腕の間に顔を埋めます。

……もう耳が熱いです!!


ふわふわ ひらひら

は、(まだ)いいのです

すけすけ

ってなんですか!?


生地自体は柔らかく滑らかで

繊細な刺繍やレースがいかにも高級そう

けれども

華奢な肩紐

足の付け根迄しかない身頃

その身頃も胸元から大きく開いていて下腹部は丸見え

胸のリボンを一つ解けば全開

下半身用の小さな三角形は下着としてやる気があるのでしょうか

そして

なぜ肌全体を透かす様に薄いのですか!?


これは……ベビードール……といわれるものですよね……

こういったものは妖艶な方が着てこそ、というもので

私の様などちらかというと幼稚な者が着たのでは……

それなのに


これを私が着て?

リオ様をもてなす?

「それとも私?」ってなんですか?

どんなおもてなしですか!?


カストネル家の嫁の務め……

本当なのでしょうか。

いえ、あの清く正しくが代名詞のリゼット様を疑うのではありませんが。

務め…。として。

これをリオ様が望んでくれるのでしょうか。

男の人全てがこういうものを好むとは思えません。

リオ様から望まれたこともありません。

もし、万が一、趣味嗜好に合わず

蔑んだ眼でみられようものなら…

嫌われようものなら…

生きていけません……。

あら、おかしいです。なんだか辺りがぼやけて見えます。


夕刻に連絡があって、リオ様は帰りが遅くなるそうで、食事も先に済ませるようにとのことでした。だからもう入浴も済ませ、後は眠るだけです。

せっかくのリオ様の誕生日だというのに

いっそ、今日はもうお帰りにならなければいい、なんて思ってしまいます。

いつもはお帰りが待ち遠しいというのに、なんという薄情な嫁でしょうか。

自分の不甲斐なさに自己嫌悪です。


「随分と扇情的な格好だな」


「ひっ!! いやああああっっ!!」

思考の渦に嵌まっていたところで、背後から突然の声です。叫び声を上げるなと言う方が無理と言うものです。

私は慌てて身を起こし、普段ではあり得ない俊敏さで分厚いカーテンに隠れます。

「おい、なんだ、その反応」

カーテンから顔だけ覗かせて確認すれば、声だけでもわかっていましたが、そこには当然夫である大好きなリオ様です。

「おか、お帰りは遅くなると……」

「そんな連絡はしていない」

なぜ!? 頭の中が疑問符でいっぱいです。

「何で隠れる?」

カーテンでぐるぐる巻きの私にリオ様が怪訝な顔をします。

「うう……見ないで下さい……」

「俺に見せないで誰に見せる気だ」

「……嫌いになりませんか?」

「それで涙目になっているのか。だったら早く出てこい」

くっと短く笑うリオ様。蔑まれはしないようです。

「あの、じゃあ目を瞑って下さい……」

「お前の身体で見ていないところなんてないぞ」

「そ、それでも、です」

「仕方がないな」

リオ様は瞳を閉じて両手を広げてくれました。

私は意を決してその腕に飛び込みます。そして

「ご、ご飯にする?お風呂にする?それとも私!?」

一気に捲し立てました。

「ヴィアンカ、誰に教わった?」

リオ様の手が背中からその下まで滑り、柔らかさを確かめるように動きます。

「あ、やぁ…、リゼット様がカストネル家のしきたりだと……」

「成る程、そういうことか。実はな、帰った途端にリゼットに捕まって、食事と風呂は済ませたんだ。残るはお前しかないな」

リオ様はくつくつと笑いながらくるりと私の身体を反転させました。

「や、いや…」

そこにあったのは姿見に映る自分の姿。そしてそれを鏡越しに見詰めるリオ様の熱のこもった眼差し。

肌を透かす薄布の上をリオ様の大きな手、長く綺麗な指が動いていきます。

「直接見せてくれないのだから仕方がない」

首筋に唇を這わせながらリオ様はとても楽しそうです。

「っあ! あぁ…見ていいです! 見ていいですから…鏡、嫌です……」

ふわり。途端に身体が浮かび上がります。リオ様がいたずらっぽく微笑んでいます。ちゅっと鼻先に口付けが一つ落ちました。

「ヴィアンカ。可愛い。良く似合っている」

とさりと、柔らかな寝台が僅かに揺れます。

「……リオ様、こういうのお好きなんですか…?」

「お前のような清純な娘が着ると堪らないものがあるな。裸より余程厭らしい。ほら、隠すな」

胸元を隠すようにしていた腕がシーツの上に縫い付けられます。

「は、恥ずかしいのですが……」

「だから、恥じらうのがいいんだろう。そんなに煽って、今夜は眠れると思うなよ」

にこりと笑うリオ様は殊更魅惑的です。

「……いいです。喜んで頂けたのなら……」

そう、リオ様が喜んでくれるのなら大丈夫。

「これも、その、プレゼント、ですから……中身ごと受け取って下さい……」

「可愛い事を言うな」

「リオ様、お誕生日おめでとうございます」

私はリオ様の首に腕を回し、彼の身体を自分の元へと招きました。




「ヴィアンカ……」

耳元で囁かれる優しい声に徐々に意識が浮かび上がります。

「ん、あさ、ですか……?」

「もう、昼近い」

私は俯せで眠っていたようで、リオ様の唇が首筋から背中へと戯れのように触れていきます。

「や、くすぐったい…んん、ひ、る…? お昼? え!? リオ様、お仕事は!?」

意識が覚醒し、くるんと仰向けになると、大きな手で頬を撫でられます。

「今日一日休みでいいそうだ。まあ、急なことなので執務の指示は届けるようにしたが」

「おや、すみ…」

「ああ、フェリックスからの誕生日プレゼントらしい」

「まあ! では今日は一日一緒にいられますね! 実はリオ様に食べて頂こうと昨日料理の下ごしらえをしてあって」

「そうか。ヴィアンカ、ありがとう。だが、今回はその仕上げは料理長にさせて一緒に食べような」

頬を包んだまま親指が私の唇をなぞります。

「え? あの?」

「妹と弟からの贈り物だ。まずはこっちを心ゆくまで味あわないとならないだろう?」

昨夜と同じように両手を縫い付けられ、唇が触れそうな距離で低く艶のある声で囁かれます。

「ゆ、昨夜、あんなに……」

「足りないな」

「あの、私、少しお腹が空いていて……」

「一度してからでいいだろう?」

「え、っと…ちゃんとしたプレゼントもあるんですよ」

「ああ、後で貰う。ヴィアンカ、こっちのプレゼントをもう一度貰ってもいいだろう?」

「でも、もうお昼で……」

「時間なんて関係ないのは充分知っているはずだ。 ヴィアンカ、これはカストネル家のしきたりだろう?」

「お誕生日は昨日です……」

「嫌、なのか?」

「ずるいです」

「っはは。言い方を変えよう。しきたりなど関係なく、お前が欲しい。駄目か?」

「だから、ずるいです!」

そう言われてしまえば、私が断れる訳もないのに。

でも、私だって欲しいものがあります。

「あ、愛してるって言ってくれなきゃ嫌です」

「昨夜、あれだけ言っても足りないか?」

「全然足りません」

「まさかプレゼントを受けとるのに合言葉が必要とはな。いいだろう」

きしり、と豪奢な寝台が小さな音をたて、僅かに沈みます。

「ヴィアンカ、愛してる」

耳元で熱のこもった声で囁かれれば、身体がふるりと震えてしまいます。

「は、ぁ……リオ様の声大好きです」

「声だけか?」

「いいえ。リオ様の全て、愛しています」

いい子だと言うように微笑まれ、啄むような口付けを何度ももらいます。

もうどちらがプレゼントをもらっているのかわかりません。

「あ……んぁ、リオ様…私、ちゃんとしきたりが守れました、か…?」

「ふっ……、カストネルのしきたりか……」

「リオ様?」

「いや、何でもない。上手にできた。来年も楽しみだ」

その言葉にはっとします。

そう、誕生日は毎年来るのです。

その度にあんな恥ずかしい思いをするのでしょうか。

でも、もうこれ以上は考えられません。

リオ様の手の動きも唇の動きも何のかもが私の思考を塞いでしまうから。

「リオ様、大好き……」

「俺の方が愛している」

「ずっとずっと、お誕生日、一緒にお祝いしましょうね」


それが夫婦になって初めての旦那様のお誕生日でした。


そして



私がカストネル家のしきたりが嘘だと知るのは、二十数年後のことなのでした。


リオナルドがフェリックスのことを「弟」と言っていますが、リゼットとはまだ結婚はしていません。婚約中です。

二十数年後、ヴィアンカ達の子供が結婚するときに、リゼットに「カストネル家のしきたり」を教えた方がいいのか相談したら、「え!? 本気で、そして未だに信じていたんですの!?」とか言われ、ヴィアンカはクローゼットなどの狭いところに閉じこもりそうです。

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