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1 王子の条件

リオナルド曰く「アホ王子」の話です。

糖度はメインが王子なので、「低糖」というところでしょうか。

読んで頂ければ幸いです。

『王子』の条件とは何か。

「若い」「眉目秀麗」「凛々しい」「気品がある」「爽やかな笑顔(雰囲気)」

らしい。

 おとぎ話からこのような理想が定着したらしいが、実際王子とは

「王の子弟、あるいはさらにその子弟として出生し、王に即位してはいない男子のこと(王世子、皇太子に限らない)」

だ。つまり、王家の血脈の男児の総称で、当然老いた者も不器量な者も愚昧な者もいる。

 全くイメージだけ先行させないで欲しいものだ。


 にこやかな笑顔で他国の使者に応対する王太子の第一補佐官を横目で見てそう思う。

 金髪碧眼、容姿端麗、頭脳明晰、生まれながらに王子たる全てを手に入れていたのが彼、リオナルド・カストネル。

 彼こそが国中の女性の憧れであり、王子よりも王子らしいと噂の公爵子息だ。

 王の姉の子、そして王子の従兄であり、王位継承権第二位の麗しの君。


 もう王子でいいじゃん。


 そして、そんなことを心で思う黒髪碧眼の僕、フェリックス・レイ・グランツこそ、正しくこの国の王太子だ。

 おそらくリオ兄が傍にいなければ、僕も王子として十分な素質は持っているはずだ。

 金髪ではないが黒髪も王子としてはアリらしいし、容姿もリオ兄(の幼い頃)に似ていると言われるのだから整っているのだろう。何しろ王族。望めばどんな美女でも手に入れられる。余程、不美人を好む王がいない限りは美形が生まれてくるというものだ。

 たった一人の王子として、王族としての責務を熟す程度の悧巧さと適応力、敏捷性もあるよう育てられた。

 が。リオ兄が隣にいると一気に霞む気がする。

 リオ兄は幼い頃から『一教えれば十理解する』と教師に評される神童で、勉学だけでなく、全ての事においてコツさえ掴めばあっという間に師を超えるほどだった。それでいてリオ兄は相手を馬鹿にしたりはしない。『普通はその程度だよな』と達観していうようで個々の能力に応じた事しか望まない。……猶更嫌味かもしれない。

 対し、僕は教えられた事を教えられただけ、高度な事も教われば何とかできるというレベルだ。

 そもそも、四つ年上のリオ兄が僕の師なのだから仕方がない。

 学術、武術、その他教養もほぼこの従兄から倣った。

 彼は僕が失敗するたびに、「馬鹿め」と眉を寄せ小さく舌打ちしながらも、補佐役として根気よく様々な事に付き合ってくれた。

 そんな彼に勝れという方が無理だろう。


「殿下」

 リオ兄に涼やかな声で促され大使に向き合う。

「話はわかりました。検討しますので、帰国するまでごゆるりとお過ごし下さい」

 僕は賢く優しい王子を演じ、にこりと微笑んだ。


「お前 本当に聞いていたのか?」

 リオ兄は大使が部屋を下がると、大使の持って来た親書に目を通しながら鬱陶しげに僕に聞く。

「鉱石の関税引き下げでしょ。聞いてたよ」

「その後だ。遠回しに王女と婚約してくれって言ってたぞ」

「え!? そんなこと言ってた!?」

「だから遠回しにな。ぼんやりと下らないことを考えるのは眠る前だけにしろ」

「ごめん。それより、あの国の王女ってどんなだっけ?」

「栗毛に翠瞳のまあまあ美人だな。国益としては大したことない」

「……リオ兄に言わすとヴィアンカ嬢以外は皆そんなレベルだよね」

「俺からしたらヴィアンカ以上に麗しい女性がいるとは思え無いからな。休憩したら少しでも決裁書に判を押しておけよ。一時間後に次の謁見だ。俺は定時で帰るから遅らすなよ!」

 さらっと惚気てリオ兄は謁見部屋を後にした。


 リオ兄は先月、長年の想い人ヴィアンカ嬢と婚姻した。

 ヴィアンカ嬢は『芍薬姫』と呼ばれる国一番と評判の美姫だ。

 確かにとんでもなく愛らしい顔をしているし、更に性格も可愛らしい。

 リオ兄の妻でさえなければ、彼女が王子妃となっていたはずだ。

 ―――つまり、僕はヴィアンカ嬢が好きだ。


 四年先に生まれただけで、先に彼女に会い、彼女の婚約者として認められるなんて

 狡い

としか思えない。

 僕の方が先に出会っていたならば、彼女は僕を選んでくれたのではないだろうか。


 なんて思ったこともあるけれど、そもそも彼女はリオ兄しか見ていなかった。

 城の夜会でベルトワーズ伯爵に伴われて来たときも、その視線はいつもリオ兄を追っていた。

 リオ兄は第一補佐官としてまだ成人したばかりの僕の傍に控えていなければならないことが多い。それは夜会でも同様で、誰かが僕に話しかけてくれば出来るだけ一緒にいて話を聞く。その間、ヴィアンカ嬢は壁際に座り、じっとリオ兄を視線で追いかける。(いず)れかの子息とダンスでもすればいいのに、彼女を誘いたそうな男達の視線に気付くこともなく只管(ひたすら)にリオ兄だけを見詰めているのだ。男達もリオ兄の牽制からか彼女に進んで声をかける者はいない。

 僕が令嬢とダンスを始めると、リオ兄は漸くヴィアンカ嬢の元へと脚を運ぶ。

 手を差し出せば、花綻ぶように微笑んで華奢な手を重ねる。

 その笑顔を自分に向けてくれ!

 会場にいる男逹の心の声が僕の心の内で調和する。

 リオ兄は自分のものだと警告する様に周りを冷たい笑顔で一瞥し、ヴィアンカ嬢をホールへと連れ出すのだ。

 一度リオ兄の了承の元、ヴィアンカ嬢とダンスを踊ったことがあるが、視線が刺さるという表現は本当だったと身に染みた。リオ兄の視線が一番痛いが、会場中の男達の視線が刺さった。

 怖かった。

 ダンスが終わって礼を済ませば、ヴィアンカ嬢はいそいそとリオ兄の元だ。

 リオ兄はもう少し踊っていろというように、次のダンスの相手を僕に宛がってヴィアンカ嬢を伴い露台へと姿を消した。

 ヴィアンカ嬢のリオ兄を見詰める瞳はこれ以上ないほどの信頼と慕情が見て取れる。

 それは、この人でなければ駄目だと雄弁に物語っていて。

 諦めるしかないのだと、受諾するしかなかったのだ。


「フェリックス、婚約者を決める気になったか?」

 執務の間のちょっとした休憩時間にリオ兄に訊ねられる。

 僕も十五。世継ぎの王子がこれまで決まった相手がいないというのも珍しいことで、周りからも散々その手の話が寄せられていた。

「ああ~……。はっきり言うとね、誰でもいいや」

 僕は飲んでいた紅茶のカップをソーサーに戻して答える。

 好きな相手と一緒になれないのならば誰でもいい。

「ヴィアンカに似た相手を探すか?」

「似てたって本人じゃなきゃ意味ないよ」

「まあな」

 リオ兄は僕の想いを知っている。まあ、この聡い人にばれないという方が無理なので僕も隠さない。リオ兄も僕が相手にされないだろうと思ってか、ろくに意見したこともない。


「俺はお前の相手にはリゼットがいいと思うがな」

 リゼット!? 

 リゼット!!?? 

 リゼット!!!???

「リオ兄が本当の兄になってしまう」

 リゼットはカストネル公爵家の長女、つまりリオ兄の妹だ。

「そんな理由で嫌がるならこの話は無しだな」

「いや、その、考えたことが無かった」

「お前は視野が狭いからな。リゼットも兄の欲目なしに美人だぞ。よく見てみろ。さて、無駄話は終わりだ。この書類全て目を通しておけよ」

 リオ兄がポンと手を置いたのは二山分の書類。

「全部!? 今日中は無理だよ!」

「お前は出来る。今日中に出来る分しか持ってきていないから大丈夫だ」

「今日中って日付が変わるまで?」

「お前の頑張り次第だな。俺は帰る」

 リオ兄に綺麗な顔でにっこりと微笑まれ、『お前なら出来る』と言われれば、そんな気がしてしまうから不思議だ。

 リオ兄は特別な事がない限り、定時で妻の元へと帰っていく。人並み以上の仕事を短時間で、(勿論さっき僕にしたように人を巧く使いながらだが)熟しているので、誰も文句は言えない。

 文句を言って、「ではやってみろ」と言われ、リオ兄と同等に仕事が出来る者はいないのだ。彼の抜けた穴は熟達者三人でようやく埋めることが出来るほどだ。それでも、執務に支障が出るのだから恐ろしい。

 そんなことより書類だ。僕は山積みの書類に向き合った。


 王城の定例夜会。

 僕はヴィアンカ嬢と一つのテーブルについていた。

 リオ兄が外せない用事ができて、その間の虫除けに命じられたわけだ。

「殿下は意中の方はいらっしゃらないのですか?」

 ヴィアンカ嬢は果汁の入ったグラスを手にして、小首を傾げる。

 可愛い

 とても人妻とは思えない初々しさだ。

 ヴィアンカ嬢の纏う淡い青色に金糸の刺繍の施されたドレスはいかにも彼女が誰のものかを物語っているようで、更には(ヴィアンカ嬢は気付いていないようだが)後れ毛の残る白い項に所有の徴まできっちりある。

「失恋しちゃったんだ」

「ええ!? 殿下がですか!? お相手は見る目がないのですね!」

「ないというか、あるというか……」

 僕の好きな貴女は僕よりも出来のいいリオ兄と婚姻したのだから見る目はありすぎるのだろうが。

「うう~ん。王子の身分に惑わされないのは流石と言えますけれど」

「そうだね」

 王子より王子らしいって言われているけれどね。

「殿下は」

「ん?」

「殿下はまだ十五歳ですものね。あと三年もしたらきっとリオ様に負けない美青年になるのでしょうね」

「……そうかな」

「はい! 面差しもやはり似てらっしゃいますし、お二人が並び立つと本当に眼福ですもの!」

 ヴィアンカ嬢……その言い方はどうだろうか。

「リオ兄に負けないか。……本当にそうなるかな」

「ええ。勿論です!」

 ヴィアンカ嬢、そんなに無防備な笑顔を人に向けるものじゃない。

 本当にそう思うのなら、僕でもいいじゃないか。


「ヴィアンカ嬢、少し移動しない?」

「そこにリオ様がいますか?」

「……いないけれど、僕がいるよ」

「? そうですね」

 伝わらない……

「お前は一体何をしているんだ?」

 低い声に背後から剣で一突きにされたような心地がした。

「リオ様!」

 ヴィアンカ嬢は待っていましたとばかりに立ち上がり、リオ兄の腕を絡めとる。リオ兄もリオ兄で彼女を愛おしげに見て、待たせたなと額に口付ける。それを又頬を染めて嬉しそうに見上げるヴィアンカ嬢。ヴィアンカ嬢の耳に唇を寄せ「続きは後でな」と囁くリオ兄。耳まで赤くしてリオ兄の腕に顔を隠すヴィアンカ嬢。

 聞えているぞ、リオ兄。いや、聞かせているのか。

 少しは人目を気にしてくれ。いや、わざと見せつけるのは止めてくれ。

 僕以外にも心で泣いた男は多いのだから。


「おい。覚悟してやっているんだろうな」

「大丈夫だよ。だって、何度口説いても気付いてくれないもん。それにリオ兄だって僕じゃダメだって思ってるから二人にさせるんだろ」

「珍しく卑屈だな。俺はお前を信用しているんだ」

「は?」

「お前もいい加減自分の相手を見極めろ。お前は王太子だ」


 王太子ならば欲しいと思った令嬢を思う儘にわが手に出来るのではないだろうか。

 無理やりに手に入れて。

 ………泣くんだろうなぁ……。

 嫌だなあ。

 好きな子には笑っていて欲しいな。

 ……つくづく僕は馬鹿だと思う。


「そんな物欲しそうな顔をしていないで奪ってしまえばよろしいでしょう」

 寄り添い去っていく後ろ姿をぼんやりと見ていると冷ややかな声がする。振り返り見れば、リオ兄と同じ金髪に碧眼の少女が腕を組んで立っていた。

「リゼット……」

 リオ兄の妹、リゼット・カルトネル公爵令嬢。同い年の僕の従妹だ。

 従妹という(ちかし)さからか、特に意識したことがなかったが、改めて見れば確かにリオ兄の言うように美人だな。

 ヴィアンカ嬢のような愛らしさとは違う澄んだ美しさだ。

「明朝、僕に堀に浮かべと言うのか……」

「酒に酔って高い塔から転落死もありですわね……」

「わかっているなら言うな」


 そもそも、奪うとか、逆らうとかリオ兄にしたいと思えない。

 あれは僕が十一の時、年の近い侍従見習いと仲良くなった事があった。彼は裕福な商家の出で、貴族子息しか知らなかった僕は、ものの見方の違う彼といるのが楽しくて友人だと思っていた。けれど。

「人を視る目をつけろ」

リオ兄に冷たく咎められ

「友人くらい自分で選べる」

と珍しく反抗した。

結果、彼は間者だった。

「何か学べたか?」

 彼に招き入れられた賊を斬り伏せ、リオ兄は僕に静かに言いはなった。

「僕に視る目が無いことが」

「では培え」

「わかった。でも、もしまた間違えたらリオ兄が助けてくれるんでしょ」

 リオ兄は血で汚れた剣の切っ先を僕に向けた。

「俺すら疑うようになるんだ」

 僕はその剣を普通に掌で剃らした。

「無理。リオ兄がその気なら僕はとっくに死んでる。リオ兄信じられなかったら他に信じられる人なんか出来ないよ」

 その時のリオ兄の呆れ果てた顔は忘れられない。

 僕だって彼に対する信頼が刷り込みに似たものだと理解している。それでも、それ以上にリオ兄を信じたいんだ。


「ご存じです? 結婚してからヴィアンカ様が起き出す時間は毎日昼近くになってからだということを。そして毎朝お兄さまの御機嫌が異様にいいことを」

「リゼット…。追い討ちを掛けて楽しいか?」

 今、君のお兄さんのすごくいい話の回想中だったのに台無しだよ……。

「現実を見つめろと言っているのです」

「見つめすぎて胃が痛い」

「馬鹿ですわね! もっと視野を広げるべきですわ!! ごきげんよう!!」


 王子に向かって馬鹿とか、容赦ないな。

 ヴィアンカ嬢は絶対に言わないだろう。

 それに視野を広げろって何故兄と同じことを言う。

「リゼット」

 彼女はピタリと脚を止め金の髪を流して振り返る。

「僕の妃になる気はある?」

 瞬時、かっと音がしそうなほどにリゼットは真っ赤になった。

「戯れでそんなことを仰らないで下さいませ!! 失礼致します」

 言い捨てて、かつかつと靴音を鳴らし去っていく。

「なんだ。あの顔は」

 リゼットは気位の高さからか普段澄ました顔をしていることが多い。それがあんな顔をするなんて……。

 つられてこちらまで顔が赤くなりそうだ。僕は額に手を置いて俯いた。

 リゼットを初めて可愛いと思ったことは内緒だ。


「リゼットと何かあったか?」

 二人しかいない執務室で稟議書にサインしながらリオ兄は話しかけてくる。

 リオ兄は忙しければ、人と会話しながらや指示を与えながら同時に別の事をする。雑談ならともかく込み入った話にも的確に返事をするし、これで頭の中が混乱しないのだから不思議だ。

「……妃になる気があるかと聞いたら怒られた」

「ふうん」

 ん?

「それだけ?」

「なんと言って欲しいんだ?」

「え? いや、別に?」

「なんで俺が弟や妹の恋愛話に口を出す必要があるんだ。勝手にしろ」

「弟……弟かぁ」

「なんだ? 無礼だとでも言いたいか?」

「まさか。血の濃さだけならリオ兄の方が上だし、僕はリオ兄の事も尊敬しているんだ」

「……本当に馬鹿だな」

「なんで?」

「俺はお前の実直さが羨ましいよ。お前は寛大で人の痛みのわかる王になるだろうな」

「人生に痛みしかないもので」

「……少し考えていた事があるんだが」

 リオ兄は持っていた書類の束を机にばさりと置いて、至極真剣な表情をして僕に向き直った。

「なに?」

「もし俺がお前の傍を離れた方がいいならば、俺はそうしてもいいと思っている」

「は?」

 リオ兄が傍を離れる?

 第一補佐を離れるという事か?

 もしかして国外に出るとか!?

「いや! いやいや! 無理だから!! リオ兄いないと仕事が捌き切れないから!」

「それくらいは人員を補充すればなんとかなるはずだ」

「いや! 無理!! 過労死する! 他国に行かれても困るから!! 侵略されそうだ!」

「馬鹿か。するか、そんなこと。面倒くさい」

 面倒でなければするのか。

「裏方に廻ってもいいという話だ」

「裏方……。ベルトワーズ伯爵のように?」

「まあ、そんなとこか」

「……出来た時間でヴィアンカ嬢と過ごすつもり?」

「まあ、そうなるな」

 それは狡いだろう!

「いや、今更リオ兄が裏方なんて無理だよ。顔が売れすぎてるし」

「……そう思うなら受け入れろ。王子はお前で、王位を継ぐのもお前だ。俺はお前以外に仕える気はない」

「……つ、仕えてるの……?」

「他になんと言うんだ?」

 僕が使われているのかと……

「いや、うん、ありがとう……」


 僕こそずっと思っていたんだ。僕は単に王の子であるだけで、リオ兄は王の姉と王の血筋の公爵の子で王族としての血はリオ兄の方が濃い。全ての能力に於いてもリオ兄の方が上で。

 いっそ、王位はリオ兄が継いだ方がいいんじゃないかと。


「何を呆けていますの?」

 少し頭を冷やそうと園庭に出れば、高く澄んだ声が掛かる。

「リゼット。何でここに?」

「四阿でお茶会ですわ」

 ああ、王妃である母の主催するお茶会か。

「ヴィアンカ嬢もいるの?」

「ええ。先程お開きになったので戻る前にお兄様に会いにいきましたわ」

「そう」

 公爵邸で会えるだろうに、それでも顔が見たいとか羨ましいな。

 僕にもそういう相手が欲しいな。

 ……ん?……ヴィアンカ嬢ではなくて?

「で、何があったのですか?」

 なんだか自分の感情がいつもと少しずれているような気がするが、僕は幾つもの事を同時に出来るほど器用ではない。目の前のリゼットに向き合った。

「リオ兄が『僕以外に仕える気がない』って」

「それが?」

「いや、リオ兄が臣下とは思えなくて」

「それはそうでしょう。お兄様偉そうですし、権力も才能も負けていませんもの」

「そうなんだよ」

「でも、お兄様はフェリックス様のことを認めていらっしゃいます。『柔軟さと実直さは俺にはないものだ。あいつは心から人の幸せを願えるどうしようもないお人好しだ。あいつの寛大さには頭が下がる思いがする。俺がこうだから、あいつがああだと丁度いい』と、仰っていましたわ」

「リオ兄がそんなことを?」

 途中変なところがあったけど、何か正直に嬉しいんだけど。

「ええ。『あいつの実直さはバカと紙一重だが』とも言ってましたけど」

 あ、そう……。

「だから、いいんじゃありません? ゆくゆくはフェリックス様が王、お兄様が宰相。立場は立場。変えようがありませんもの。お兄様はあれで自分の懐に入れた相手に関しては面倒見のいい人ですから、フェリックス様を見捨てる事はありませんわ。安心して従兄弟同士仲良く国を治めればいいでしょう」

「……………」

「なんですの?」

 僕が驚いた顔をしたからだろう、リゼットは訝しげに眉を寄せた。

「眼から鱗が落ちた」

「はい?」

「そうか。立場か。僕の方が立場が上なんだから臣下であるリオ兄に迷惑かけてもいいんだよな」

「………いいということはないでしょうけれど、そんなことを悩んでいたんですの?」

「悩んでいたと言うか、いっそ王位を譲った方がいいんじゃないかと」

「馬鹿ですわね! お兄様が受けるわけがないでしょう! 王になんてなったらヴィアンカ様といられる時間が益々減るではありませんか」

「理由はそれなのか……」

「いいえ。お兄様は貴方を王子として、そして王の器として認めているのですよ」

 これまでと一転、彼女は優しく微笑んだ。

 彼女はいつもこうだ。間違いを正し、正しいことを正しいと教えてくれる。

「リゼット……。君はいい女だな」

「戯れは止めて下さい!!」

 本心からだが、褒めれば瞬時に赤くなる。

 なんだろうな。この反応。

 可愛いな。

「本当にそう思っているよ。可愛い。改めて訊くけど、妃になる気はないの?」

 考えるより先に出てしまったけれど、そうか。いいな。リゼットが妃なら。

「………ヴィアンカ様への想いに決着をつけてから、もう一度仰って下さいませ! 失礼します!」

 前回同様、リゼットは踵を返す。あれって照れ隠しだよね。本当に可愛いな。


 執務室に戻る回廊の先で馴染んだ声が聞こえてきた。

何時も(いつ)と同じ時間に帰る」

 この通りは割合人通りも少ないし、二人は奥まった人目にはつかないところにいる。たぶん リオ兄が連れていったのだろうけど。

「じゃあ、夕餉待ってます」

 ヴィアンカ嬢が瞳を閉じて上向けば、リオ兄は触れるだけの口付けを落とす。離れるとヴィアンカ嬢は剥れた顔をした。

「誰もいません。もっとちゃんとして下さい」

 リオ兄はその言葉を言わせたかったのだろう、満足げに微笑むと、ヴィアンカ嬢の頬を包み深く唇を合わせた。


 二人からは死角になる柱の影に背を預け考える。

 いいな。僕もしたい。

 誰と?


 ―――リゼットと。


「少しは考えが纏まったか?」

「うわ!! 脅かすの止めてよ」

 いつの間にかリオ兄が柱の反対側にいた。多分、さっきも僕が見ていたことは気付いていたはずだ。

 纏まったとは何についてだろうか、僕とリオ兄の関係か。それとも。

「あれ? ヴィアンカ嬢は?」

「帰ったよ」

 リオ兄はほら、という様に分厚いファイルを差し出してきた。

「何?」

「妃候補の絵姿と釣書、の一部だ」

「ああ~…その事だけど…、僕はリゼットがいいんだけど」

「……伴侶くらいは自分で選んでもらいたかったが」

 リオ兄は溜め息混じりに髪を掻き上げる。

 なんなんだ。自分が進めたんじゃないか。

「別にリオ兄に言われたからじゃないよ、自分で選んだよ」

「そう思っているならそれでいい。リゼットには?」

「これから」

「まあ、問題ないだろ。頑張れ」

 ポンと肩を叩いて横を通りすぎる。僕の腕には重いファイルが残ったままだ。

「ちょ! これは!?」

「要らないなら処分だ」

 処分を王子にさせるとか……。

 リオ兄は何処までもリオ兄だ。

 きっと一生変わらない。

 僕もリオ兄に寄せる信頼を変えることはないだろう。

 まあ、それでいいか。この状況が居心地のいいことは間違いない。



「御婚約おめでとうございます」

 僕の婚約披露の夜会。中の活気からやや離れた夜風の心地よい露台。ヴィアンカ嬢の晴れやかな笑顔。やっぱり可愛いと思うが、触れたいと思う気持ちは減ったように感じる。

「ありがとう」

「恐れ多いですけれど、私たち姉弟になるんですね」

 普通なら、好きな相手に他の女性との婚約を祝われて、姉弟だと言われ、こんなに穏やかでいられるわけがない。

「リゼット様は殿下を幸せにして下さいますよ」

「逆じゃなくて?」

「勿論逆もですけれど。私、そういうのわかるんです!」

 ふわふわとしたヴィアンカ嬢とは反対の毅然としたリゼット。僕は彼女を幸せにしたいと思う。

 そして、その彼女は「お兄様が来るまでヴィアンカ様を頼みます!」と彼女の父に伴われ挨拶に行ってしまった。

 王子に遠慮なく物事を頼むとは。

「兄弟と言えばさ、やっぱりリオ兄とリゼットは似てるよね」

「はい! お二人とも眩いくらいに美しいです!」

「いや、美しさならヴィアンカ嬢の方が「そういえば…あ、すみません。なんですか?」

 言葉が被さったことを謝られてけれど、綺麗だとか可愛いとか、僕が言うよりリオ兄に言われた方が嬉しいだろうから。

「いや、いいよ。何?」

「リオ様が仰っていたんですけれど」

「うん」

「殿下と私は似ているそうですよ」

「は?」

 僕とヴィアンカ嬢が? どこが? 

「ええと。『ヴィアンカとフェリックスは良く似ている。何でも俺の言ったことを鵜呑みにして信じすぎる。単純すぎて洗脳できるんじゃないかと思うことがある。放っておくのが怖い』だそうです。リオ様って心配性ですよね!」

「……………」

 にっこり笑っているけれど……ちょっと違うだろう、ヴィアンカ嬢……。

 それは置いておいて。

 ふと振り返る。

 僕の初恋のこのヴィアンカ嬢は元からリオ兄のものだった。彼が可愛いと、好きだと言っていたから気になったのだろうか。

 そして、リゼット。気にした切っ掛けはリオ兄の『美人だぞ』の一言だ。


 ……洗脳……

 はは。まさかね………


「あ、殿下。リオ様とリゼット様が戻られましたよ!」

 ぱっと顔を輝かせ立ち上がるヴィアンカ嬢。リオ兄が微笑めば躊躇わずに走り寄る。リオ兄は彼女の腰に手を廻して引き寄せると当たり前のように頬に口付ける。


「何を物欲しそうにしていますの?」

 横を見れば訝しげなリゼット。嫉妬だろうか。だといいな。

「僕もリゼットとしたいと思っただけだよ」

 小さく笑えば顔を朱に染める。

「婚前交渉はお兄様が認めないと……!」

 そこまでは言っていないが。意識されるのは悪くない。

「リオ兄か……残念。忘れているかも知れないけど、僕の方が立場が上なんだ」

「こんなときだけ…! では、はっきり言います。私が嫌です!!」

「何で?」

「あ、飽きられたら嫌ですもの……」

 更に深く赤く染まった顔で眉を寄せ、視線を反らすリゼット。

「ああ、もう、なんかさ~……、本当に僕は視野が狭かったんだなって思うよ」

「なんですの?」


 洗脳でももういいや。

 こう思ってしまったのだから仕方がない。

 それほどまでに


「リゼットが可愛いってこと」


 僕は空いた距離を一気に詰めた。



 後でリゼットが言っていたんだけれど、王子の条件として

「女の子の嫌がることをしない」

 というのもあるらしい。


 王子様って大変だよね。


書き終わって、ヴィアンカもリゼットも父親と似た人を好きになったんだなと思いました。たぶんカストネル公爵はフェリックス王子っぽい感じがします。

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