エルフの国1-5 大臣さんと姫様は過去に色々あったようですが
フィリアはユグドラシルを避け、一人城への通路を進む。その姿を、城の中枢にて遠隔魔法で監視する人物がいた。銀髪の長髪。エルフの大臣ヤルゲイである。
「……どうなっている! 何故ユグドラシルが発動した?!」
青筋を立てヤルゲイは叫ぶ。部下達も想定外の事態に誰一人として返事を返せる者はいなかった。
しばしの静寂の後、側近の男が口を開く。
「お言葉ですが……今はそれより反乱軍の方をどうにかしなければ……幸いユグドラシルはこちらへの攻撃意識は今の所無いようなので……」
「それより、姫の部屋はどうなっている? 早く衛兵を向かわせろ!」
「あそこはユグドラシルがいる上、一階の階段を敵兵が一人で守っています! ドワーフだと思われますが……規格外の強さです。第三部隊はすでに全滅……敵がどこに潜んでいるか分かりません」
「くそっ……どけっ!」
ヤルゲイはそう言って部屋から出ようとする。
「ヤルゲイ様……どちらへ?」
「監視魔法を全て消せ。私は姫の元へ向かう」
そう言い残しヤルゲイは部屋を去った。
くそっ、賊などに姫を触れさせるものかっ! 待っていろよ……
ーーヤルゲイは貴族の裕福な家庭に生まれた。地位もそこそこあり、家の将来を担う存在として期待され大切に育てられた。
だか、10歳を過ぎた時、状況は一変する。ヤルゲイには魔法の素質が無かったのだ。
それも、あらゆる魔法全てに適正が無く、固有スキルすら無かった。自分の才能の無さ、周りとの劣等感への悩み。ヤルゲイは魔法へ精通する全ての事を止めた。
家族からも、友人からも見放され憂鬱な毎日を送っていたある日、彼は城へ繋がる抜け道を見つける。
特に考えず、それが王家の者のみが知る隠し通路だという事も知らず。進み続ける。
暗闇を手探りで進むこと数時間。ようやく明かりが見え、一つの部屋に出た。
とても小さな部屋に、一つだけのベッド。その上に一人の女の子。金髪の長髪に弱々しい四肢で、エルフの王女レイナはそこに居た。
目が合い、数秒の沈黙。先に口を開いたのはヤルゲイであった。
「お前……誰だ?」
この時、ヤルゲイはまさか、これが城への抜け道とは知らず、その上王女の部屋に繋がっているとも考えていない。変な道を進むと、自分と同じくらいの女の子の部屋についた。ただそれだけである。
「お前が誰とはっ……人に会った時は自分から名乗るものですよぉ!」
なんだこの生意気な女。
「俺様は貴族だぞ!」
「私は姫なのですよっ!」
「嘘つけっ! バーカバーカっ!」
「ううっ……バカって言う方がバカなのですよっ!」
気が強い者同士、出会ってすぐにケンカになった。その後、散々言い合い。
「はぁ……はぁ……くそーっ、俺をここまで口で追い詰めるとは……」
「貴方、一体なんなんですぅ? いきなり壁から出てきたと思えば……今回は特別に許しますがぁ、姫に対してその口の利き方、本来なら死刑なのですよぉ?」
(はいはい、姫様気取りはもういいっての。)
ヤルゲイは腰を上げ、来た道を戻ろうとする。
「じゃあな。俺は帰る」
「えっ……もう帰るのですかぁ?」
「もう随分遅いしな。面倒だか、仕方ない。悪かったな。まさか女の子の部屋に繋がってるとは思わなかったんだ。じゃ、」
部屋から出ようとした、ヤルゲイのその手を姫は弱々しく掴む。
「あのっ……また、また明日もお話しませんかっ!?」
上目使いのその言葉は、先ほどまでの強気な少女からは打って変ったものだった。何となくモヤモヤとした感情がヤルゲイの胸に渦巻く。こんなに口喧嘩した後なのに、何故か嫌いにはならなかった。
「……分かったよ。どうせ暇だしな。明日もこの時間にここに来る」
姫はそれを聞くと顔を上げ、嬉しそうに笑う。
「じゃあ、約束ですよぉ!」
「ああ、約束だ」
そう言って、今度こそヤルゲイは部屋を出て家に帰った。
次の日も、また次の日も二人は会った。そして、一年が過ぎた時、ようやくその少女が本物の姫である事に気づく。
「なっ! マジで姫様だったのかよっ!」
「だから、最初からそう言ってるのですよっ! 何故気づくのに一年もかかるのですかっ?! お馬鹿すぎなのですよぉ!」
「だって、全然そんな感じしないから……」
「私でなければ死刑なのですよっ! 感謝するのですよぉー」
得意気に、フフンといった感じで、姫は踏ん反り返る。
「……それ、貧乳がすると全く萌えない」
「死刑ですっ! 今すぐ執行人の元へ送ってやるのですよぉ!!」
顔を真っ赤に、姫は怒るが、ヤルゲイは、はいはいと宥める。
「あーっ、羨ましいな。姫なんて、生まれた時から贅沢な飯食って、将来はどこぞの王子様と結婚。一生困る事なく生きていけるって訳だ」
「……どこがいいのです?」
姫は俯いて、静かに呟く。
「えっ、何だって?」
「……何が……何がっ!」
その声は段々と大きくなる。姫が目を合わせた時、その目には涙と、怒りが灯っていた。
「何が良いと言うのですかっ!! こんな、城の一室でっ! 外に出る事すら許されずにっ、結婚する相手すら選ばしてもらえないっ! 何一つの自由も無い……こんな人生のどこがいいと言うのですかぁっ……」
姫の目から、大粒の涙が落ちる。その手はヤルゲイの服の袖を、震えながら強く握り、今まで溜め込んでいた、孤独の悲しみが頬を伝う。
「ごめん……」
自分の腕に縋り付き、泣く姫にヤルゲイはそれ以外何も言えなかった。
そう、自分には姫に掛けれる言葉など無いのだ。才能の無さを理由に、全てを投げ出し遊び惚けている怠け者に。ただ寄り添ってやる事しか出来ない。
努力したくても出来ない姫に。全て決められたレールを行くだけの姫に、抗う事も許されない運命を背負う姫に。何も出来ない自分の無力さに、ヤルゲイはぶつけようのない怒りが湧き上がっていた。
その後、ヤルゲイは泣き止んだ姫に、声を掛けることなく部屋を後にした。家に戻り。ベッドに横になって考える。
自分には何があるのか、姫の為にしてやれる事はないのか。その日はそればかり考え、気付けば夜が明けていた。
結局、答えは浮かばぬままで、今日も姫に会う事にした。変な別れ方をしてしまったことが何処か気になってしまっていた事もあり、何故か合わなければならない気がしたのだ。
足取りは重かった。けれど姫ならば、またいつものように、何も無かったかの様に笑っていてくれると。そう自分に言い聞かせると、少し気が軽くなった。
隠し通路から部屋に入ると、ベッドの上に姫は静かに座っていた。
「今日も来てくれたのですねぇ……待っていたのですよぉ……」
いつもの元気が無いのは昨日のせいか。やはり、ちゃんと謝らなければならない。ヤルゲイは胸に籠るその言葉を口にする。
「あのっ……昨日はっ……」
「昨日の事はもういいのですよぉ……私の方こそ大泣きしてしまって……姫だと言うのに情けない話なのですよぉ……」
ヤルゲイの謝罪は、姫に遮られてしまう。それに、姫の言葉にいつもの元気は無かった。始めて姫を見た時の、悲しげな表情に戻ってしまったようだった。
「やっぱり……元気ないぞ……昨日は本当に……」
「結婚が決まったのですよ」
突然の言葉に、自分でも驚くほどヤルゲイは混乱した。
「正式では無いのですが。先日にその話を侍女達が話していたのを聞いたのですよぉ……それでもあと、1年以内には確実なのですよぉ」
「一年……」
そしたら、もう姫はこの国から居なくなり、会えなくなる。ほぼ毎日、話して、遊んで、この小さな部屋だけの関係が。もう終わる。
そう思うと、酷く寂しく思えた。気づかないうちに、彼女はこんなにも大切な人になっていた事に。今になって気づいた。
「だから……今日で会うのは終わりにするのですよぉ」
「なっ……何でだよっ!? まだ一年もあるんだろう?」
「他の国に嫁ぐと言う事は色々と準備があるのですよぉ。だから……っっ!……」
反射的、何故か分からない。ヤルゲイは姫を口づけで黙らせた。
数秒の沈黙の後、ヤルゲイが離れる。
「一年だ。一年だけ、待っていてくれ」
「何を……貴方……」
姫は何があったのか、まだ信じられない様子で、虚ろにヤルゲイを見る。
「必ず、ここから出してやる。自由にしてやる! だから、一年だけ待っていてくれ!」
ヤルゲイは力強く、姫の手を握る。
「そんな事、一市民の貴方が出来る筈も無いのですよぉ」
そう、姫の立場は国の最高権力者、大臣によって決められている。如何に貴族のヤルゲイが動こうとも、その法律を変える事は出来ない。だが、ヤルゲイの出した答えは単純、かつ明解であった。
「俺はこの国の大臣になる。この一年で必ずだ。だから、それまで待っていてくれ」
ヤルゲイはそう言って姫の手を離す。ゆっくり立ち上がり部屋から出て行く。姫は何も言わなかった。彼の目が全てを語っていたから。
「待つのですよぉ。貴方が待てと言うなら」
それからの半年、ヤルゲイは政治、経済、法律などありとあらゆる知識を学んだ。魔法の才能は無かったが、政治の事に関しては天才的なセンスがあった。
それから一年、彼は歴代最速で国家最高権力者の大臣の座に就く。しかし、そのやり方は非常に危うい物だった。
正攻法では一年間で大臣の座に就くのは不可能。これは早くにヤルゲイの出した結論だった。その上、姫の結婚、城に縛り付ける法律を改正するとなると時間は全く足りない。
だからこそ、利用出来る最善の手段を使った。汚職、ワイロ、内部告発。その他もろもろを死人の出ない範囲であらゆる事をした。
古株の老人議員達も濡れ着を着せ、バラバラにした後にその権限を剥奪。その他にもうらまれても仕方ない事は沢山してきた。
いずれこのような反乱分子が出る事も計算してはいた。しかし、これほどの速度で進軍される事は完全に予想外。これほどの勢力が反乱軍にあるとは。姫の結婚を取り消す最後の外交に気を使っていたあまりに国の内状を甘く見ていた。
だか、それは自分一人の問題である。
殺されるなら自分一人でいい。裁かられるならば自分一人でいい。責任を取らさせるなら自分一人でいい。姫は関係無い。どんなことがあってもそれは絶対だ。
自分に姫を守る力がある訳では無い。けれど考える前に体は動いていた。
(姫だけは、どんな事があっても守り抜くっ!)
そうして、ヤルゲイは姫の部屋へと向かう。今だけは、大臣では無い、一人の女性を守る騎士になる為に。
(注)全然関係ない話なんで飛ばしちゃって問題無いです。
コトミネです。これを書いてる時はバレンタインです。嬉しいですよねーやっぱり。クラス全員に配られる義理チョコってのは。うん。