人食いの森1-5 一撃に掛ける
いつ攻撃されたのか? 何も見えなかったし何も聞こえなかった。
砂煙で少女の所在はわからない。もしかすると寸前で致命傷を避けたのか。
だとしたらどうやって攻撃した?
そんな事を考えていたのも束の間、鎧に空いた穴から血が吹き出しルナは地面に崩れ落ちた。
「ルナっ! お前しっかりしろよ! 早く回復魔法を……」
そう言ってルナを揺するが、その身体はゆさゆさと揺さぶられるがままで力が入っていない。
ルナは目が虚ろになりかけながら俺の腕を掴み、
「……ダメだ……私のレベルでは……臓器の回復までは……出来ない……ここまでだ」
傷口から溢れる血の量は止まらず、俺のズボンが真っ赤に染まる。
「馬鹿な事言うなよ! 第一残ったソナタはどうなるんだ? あんな 化け物相手にどうやって俺一人で戦うんだよ!」
「……すまない……少年……私が時間を作る。その間……に……逃げろ」
ルナは最後の力を振り絞り、立ち上がった。今にも倒れそうになりながら鮮血に染まった剣で何とか身体を支えて立つのがやっとだ。
「出来るかよ……そんな事。ここであいつを二人で倒して……」
続きを話そうとするとルナに胸元を急に引きよけられる。
「まだわからないのかっ! 貴方にも分かる筈だ! この実力差がっ!」
その手に込められる力は先ほどまでのルナとは違い、がっちりと力が込められていた。
ルナが死ぬと言っている。そして恐らく本当だろう。こいつは敵だ。ここで死なれても問題は無いしかえって好都合だとも考えられる。
けれど、目の前で一緒に戦っているのにその敵を見殺しに出来るほどまだ俺はこの世界に慣れていない。
どうするか考える中、辺りに黒い煙が急に巻き起こった。無論、その中心は少女を吹き飛ばした砂煙の中。
煙の中に立つ少女の姿はさっきまでとは違った。目が赤く光り、身体全身から先ほどまでとは比べものにならないぐらいの黒い煙をまとい、背中からは巨大な3本の尻尾のような物が生えている。
「やってくれるじゃない……よくもこの私に傷を……」
その目に赤く映る意思は先ほどのような笑みではなく、単純な敵意と憎悪であった。見ると少女の体腹部に横一本に線が刻まれ、そこから血が流れていた。
「遊びはお終い。さて、私は単純に殺すだけじゃつまらないと思うのよね。最もお前らに苦痛を与えて殺す方法はなんでしょうか?」
思わず背筋に悪寒が走った。圧倒的な威圧感と怒り。少女のそれを体現したかのように纏っている黒雲が激しく揺れる。
『王喰帝王』
少女がそう呟いた次の瞬間、辺り一面が、火の海に変わる。
「全力を持って潰してあげるわ」
炎の魔法か? それともスキルなのか?
「あ、ちなみに守っていると思ってる後ろに居たお二人、どうなってると思います?」
振り返ると、先ほどまで何とも無かったのにリリスが倒れていた。
いつ攻撃されたのか、その腹部からは血が流れているようで倒れている地面が赤く染まっている。
その横でソナタが涙を目に浮かべながら棒立ちになっていた。
「ねぇ? ルナ、大丈夫だよね? そんな傷すぐに良くなるよね?」
耐えきれず溜まっていた大粒の涙を流しながらソナタは真っ直ぐにルナの方を見ていた。
「ええ、大丈夫です。ソナタ様は心配なさらずに逃げて下さい」
ルナは最後の力を振り絞り、剣を握る。
「少年……一度きりの技だ……この機を使って逃げるか攻撃するかは任せる」
ルナも分かっているのだろう。俺がこの機に逃げた所で無事に帰れないのだと。
そしてルナは剣を構える。
その目に先ほどまでの弱々しさは無い。ソナタを守る為、ルナが剣に魔力を込める。それは魔力が何なのかよく分からない俺でも分かるほどソナタの剣が赤く染まりだす。
「新王の風、仁風の弓、百万もの大群をも蹴散らす一撃結殺の力、震えよ、大気よ、何人たりとも止められぬ風の剣」
呪文のような物を唱えるルナの剣が赤く光る。その光は赤から橙に、橙から白に、白き剣から眩しいまでもの光が放たれる。
『神聖皇風』
剣が振り下ろされると同時、目の前の、気が全て吹き飛んだ。と同時に目が見えくなるほどの閃光と共にルナの身体が見えなくなる。
地面が割れ、天までもが二つに割れる。強力な光で何も見えない中、俺は風によって後ろへ飛ばされた。
何も見えず、何も分からない中、あったのはあの感覚。
意識が薄れ、視界がだんだんと暗くなり次に目の前に入ってきたのはあの真っ暗な空間ともう一人の俺の姿だった。