人食いの森1-3襲来せし圧倒的な敵
大蛇は倒れ動かず、その金色の目から光は消えている。
ルナが確認した所、心臓の音も止まっているらしいので完全に死んだらしい。ソナタを抱きかかえながらルナが大蛇を離れる。
「何故大蛇はいきなり死んだのですか? いえ、何故あんな所で止まったのか、貴方が何かしたのでしょう?」
「ああ、よく分からないんだが俺のスキルは単純に切れ味を上げるだけじゃないってもう一人の俺が教えてくれた」
こちらから呼びかける事は出来ないのか、今は頭の中には何の声も聞こえない。
「そういえば私と戦った時にも言っていましたね。明らかに切れ味以外の効果が、たしか……」
「例えば急に足が地面から動かせなくなったり?」
「え、ええ確かにありました。他にも斬りつけた剣が貴方に当たっているのに斬れずに滑り落ちたり」
どういう事だ?
サタンにスキルの事を説明された時に言われたのは”切れ味を上げるスキル”だったか。
確かに切れ味が上げるだけのスキルとは言われていない。この事にサタンは気づいていたのか?
俺のスキルの本当の使い方に。
もう一人の俺はいつ気づいたのか、単純に俺は思い出しただけだ。ルナとの戦いで一度、地面とルナの足元を固定し動けなくする事が俺のスキルで出来ると言う事に。
どうやったのか、自分でも原理は全く分からない。やろうと思えば出来た。ただそれだけだった。
考えても真実はわからない。ここを脱出し、サタンの無実を証明しなければならないのだ。考えるのは後にしよう。
「リリス、こいつは何なんだ? 馬鹿強い大蛇だったが」
「ええと、ニシキヘビの一種だけど……ここまで巨大な物は初めて見たわ」
こんな凶暴な魔物が徘徊しているのか……”人喰い”だけに気をつければいい訳ではなさそうだな。
「んっ……う〜ん、あれ? ルナ此処はどこ? 何故あいつらと一緒にいるの?」
戦闘で大きな音がしたからなのか、眠っていたソナタがここで起きた。寝顔だけ見れば可愛い少女なのだが。
「ソナタ様、申し訳ありません。不覚にも此奴らに遅れを取り船は落とされました。ここはあの”人食い”の森の中です」
ルナが頭を下げながらに説明する。
「”人食い”ですって? しかもこのクズ共と一緒なんてあり得ないわ! ルナ! 早くこのクズ共を殺しなさい!」
「お言葉ながら……ここは”人食い”の森故に、私一人ではソナタ様を御守り出来ません。どうか森を出るまでは我慢して下さい」
この場でやはり叩き切ってやろうかこのロリ娘。目の前でこんなガキにクズクズ言われて聞き流せるほど俺は大人ではない。
「そうそう。皆殺しにされる前に精々頑張ってよ、こちとらお仕事で忙しいんだから」
は?
いつからか、リリスの横には獣の毛皮で編んだような服を着た少女が居た。肩まで掛かっているリリスと同じ色の赤髪、背丈も160程度だろうか。
突然リリス、ルナ、が距離を取り、臨戦態勢を取る。
ソナタまでもがその小さい体に似合わない動作で素早く動き、鋭い眼光で赤毛の少女を睨みながらその場を離れる。
「少年! 今すぐそこを離れろ!」
刹那、腹部にとんでもない衝撃が走った。と同時に目の前の景色が凄い速度で周り、体が吹き飛んだ。
訳の分からない中、何処かの木に思いっきり身体をぶつけ、俺は倒れ込んだ。
(なっ……一体、何がっ……)
あたまを打ったからか、朦朧とする意識の中、視界に入ったのはぼんやりと写る赤髪。
肩を掴まれ、持ち上げられた所ではっきりして来た視界に入ったのはリリスの赤髪では無く、もう一人の少女の物だった。
「なっ……お前、い、一体……」
上手く息が吸えない。呼吸が浅くなり声を上げようにもヒューヒューと言うかすれた声しか出ない。
そんな中で少女が俺に向け、満面の笑みを零しながら言った。
「いただきまぁーす」
肩に歯が当たる感触、そして生々しい唾液が肩に垂れたと分かった次の瞬間、激痛が走った。
「ぐあぁぁぁーー!」
肩の肉がえぐり取られ、噛みちぎられる。切れた血管から血が溢れ出し、地面と服が鮮血で染まった。
「ああぁぁぁー! 美味しい! 人間なのにこいつは当たりね。とても質のいい肉だわぁー。柔らかくて豊潤な味……やっぱり若い肉は違うわぁーもっと、もっとよぉー」
再び満面の笑みを零す少女。
口を真っ赤に染めている赤髪の少女はそう言ってもう一度、俺の肩を握る腕に力を込め、顔を近づける。
「ぐっ、止め……」
手を剥がそうとするが、尋常な力では無い。全力で力を込めているのに全く動かせない。
喰われるーー本能がそう告げていた。逃げろと、こいつは見た目通りの少女などでは無い、捕食者だと。逃げ出そうとするが動かせない体、再び肩を少女が貪ろうとする。
が、突然に吹いた暴風により、少女が吹き飛んだ。と言っても3.4m程度だ。
何とか少女から距離を取り、ルナ達と共に構える。
「くっ、貴方、一体何者ですか?」
風の正体はルナの颶風高原だろう。しかし、当たれば常人なら引き裂かれる筈の烈風が命中したと言うのに効果が見えない。
少女は平気で立ち上がり、不機嫌そうにルナに睨みつける。
「アンタが先に飯になりたいわけ? いいわ、お望み通りミンチにしてやるわ」
突如、少女の身体から黒い煙のような物が吹き出す。不気味に風に揺れる。
「な、なんだよあれ……」
「どうやら本気ですね。目に見えるまでに体内の魔力が高まっているのです。どういう訳か分かりませんが、あれは”人食い”では無い。けれど、恐ろしく強い」
ルナと俺の後ろではリリスとソナタが共に構えているが、明らかにその顔には恐怖の色が見えた。
「少年、あれは私が引き受けます。だからその間に逃げなさい。悔しながら……このままでは確実に全滅です」
ルナはここで死ぬつもりだ。自分が囮になるからその間に逃げろと。
「早く行きなさい! せめてソナタ様の身だけでも……」
必死でそう言うルナの頭を、とりあえず俺は叩いた。
「なっ、貴方一体……こんな時に何をしているのですかっ!」
「お前こそ何してんだよっ! どの道あんな化け物から逃げ切れる訳無いだろうがっ! あいつはここで倒す」
「お喋りはお終い?」
禍々しいまでの、人間の俺でも分かるぐらいの殺気と魔力を放つ少女。
「分かってんだろ? あいつは二人でやんなきゃならない。これが終わったら甲板でのケジメつけてもらうからな」
「全く、私が可能性を期待してるのはもう一人の貴方ぐらいです。今度はしっかりと悪魔族の少女を守りなさいよ」
そこまで喋り、俺とルナは敵に備え、構え直した。