人喰いの森1-2突然の襲来
時刻はどれぐらいなんだろうか、日は完全に沈み切り、辺りは暗闇に包まれようとしていた。リリスとルナも口数少なくソナタは眠ったままだ。
夜の森の中に4人、何が出るかは予測不能、さらに何処かには”人喰い”までいると言うのだ。全く笑えない。
「なあ、焚き火でも起こさないか? 暗いと危険だし、獣よけにもなるだろ?」
暗いと余計に不安になるし、何より夜の獣が怖い。こう言う時は狼だの何だのに襲われるのが定番だと思った。
するとルナはむすっとした表情になり、鋭い眼光でこちらを睨む。
「こちら側の貴方はよほどお馬鹿さんのようですね。そんな事をしたら”人喰い”にこちらの位置を教えるようなものでしょう」
何だか凄く馬鹿にしたような言い方だった。
「なにっ? そうは言うが、もう場所は”人喰い”にばれてるんじゃないのか?」
ここで寝ていたリリスが飛び上がり口を挟んだ。
「なんですって?」
ルナまでもこの一言には意表を突かれたようで、さっきとは違う目でこちらに視線を寄せている。
「いや、この森の上を飛んでいた時に魔法陣が展開されてたんだ。こっちがどこに落ちたかぐらい分かるだろ。 ”人喰い”本人が見ていたんじゃないか? じゃないと俺達がこの森に来た事はどうやって知ったんだ?」
ってか良く考えると相手は一人なんだよな? すると一人で飛空挺一つ落とすぐらいの魔法陣を眼前の空一面に展開できるのか? どうやら本物の化け物が相手らしい。
もしそうなら、今すぐここに魔法陣が展開されて殺されてもおかしくはない。見た感じ半径100mは超えていた。逃げ切れたら奇跡だろう。
「待てよ、もう一人って言ったよな? じゃあ、お前らはもう一人の俺を知ってるのか?」
「貴方の意識が目覚める前に簡単にもう一人の貴方が説明してくれましたよ。全く、次に会った時は必ず……」
ルナが険悪な雰囲気を出しながらに腕を組み、説明してくれた。話し方的には相当根に持っているようだった。
そりゃそうかもしれない。異世界から現れた全く知らない少年に大敗した上、生かされたのだプライドに傷がつかない筈が無い。
だからこそ、もう一人の俺と戦って勝ちたいのかもしれない。
俺は少なくともあんな戦い方は出来ない。言葉遊び、先読み、明らかに格上の相手に勝り、圧勝した。
どうしてあそこまで強いのか、基本スペックは同じ筈だ。俺のスキルも使いこなしていたようだったし。
次に機会があるなら聞かなければならないな。
「あの時は油断しただけで……何か来ます」
突如、全員が戦闘体制に入る。ルナが銀色の耳を立てているからおそらく音が聞こえたのだろうか、少し経つとバキバキと奥の茂みから音が聞こえ始めた。
現れたのは巨大な二つの目
金色に光る目がこちらを確認すると同時、とんでもない速度でルナの方へとそれは動いた。
よくは見えなかった。が、キィンと金属音が聞こえたので恐らく無事だ。
リリスが炎の魔法を使い、森の一角が炎の光で照らされ、それの正体が分かった。ついでに言えば何故暗い中こちらを攻撃出来たかも。
現れたのは、巨大な大蛇だった。
真紅の鱗に覆われ、金色の、光る目を持っている。顔だけで3mはあり、俺の身体の何倍もある巨体。長さに至っては尻尾が見えない。
ちなみに暗闇の中、大蛇がこちらを攻撃出来た理由
それはピット器官である。
蛇と言うのはピット器官と言う特殊な器官を兼ね備えており、生物がまるでサーモグラフィーのように温度で見える。ルナがいなければ俺とリリスはやられていたかも知れない。
落ち着け……少なくともこちらは4人、勝ち目はある!
魔力は問題無い、俺はルナへ意識が向いている間に手に魔力を込め、胴体に向けて手刀を振り下ろす。
ザクッと音がして、大蛇に攻撃が通った。
切れる事には切れた。しかし、大蛇の鱗が硬いのか、俺のスキルが弱いせいか、薄皮一枚切った程度で蛇そのものにダメージは全く通っていない。
俺のスキルはルナの鎧ごと腕を切断するぐらいの傷を負わせたのに、この大蛇の鱗はあの鎧より硬いのかっ!
最も、 あの傷は一瞬で治癒されてしまい、ルナは何事もなく、切られた腕を使って剣を振るっている。
(落ち着きな、お前のスキルは単純に切れ味を上げるだけのスキルでは無い)
頭の中に突如聞こえた声
忘れる筈もない、もう1人の俺の声だ。だが、今はそんな声に耳を傾ける余裕は無い。
大蛇の意識がこちらへ向けられ、凄い速度で向かって来たのだ。
どこで読んだかは忘れたが、蛇は全身が筋肉の塊、その筋肉から放たれる噛みつき速度は秒速5m、簡単に言えば人間が見てから避けれる速度では無い。
しかも、その柔軟な身体は獲物が多少動こうとも簡単にコースを変更しておって来る。追尾性能付きの弾丸と言ってもいいだろう。
大蛇が向かって来るのは見えた。しかし、それだけ次の瞬間目の前には巨大な牙がみえた。避けようとするが、既に遅い。
しかし、大蛇は俺の2.3m横に突進し、噛み付いた。しかし、俺が動いたわけでは無い。大蛇が狙いを外した?
「アンタッ! 怪我は無い?」
危なかった。完全に反応出来ていなかった。
「ああ、大丈夫だっ!」
リリスの助けが無かったら死んでいただろう。
リリスのスキル、認識阻害
確か効果は対処の意識をコントロールする。簡単に言えば気配を消したり認識されにくくする。その逆も可能だ。簡単に言うならミスディレクションのような力。
大蛇はそれにより、俺の居場所を間違えたようだった。
思わず背筋が凍りつく。蛇の顔は今も俺のすぐ横、いつ襲われてもおかしくない。
急いで俺は距離をとったが、幸いにも大蛇は急いで追撃してくる事は無かった。
蛇の高速の噛みつきは全身の筋肉の溜めを必要とする為、すぐに連続しての攻撃は出来ない。 弓矢のように一度放てば溜める必要がある。
しかし大蛇は直ぐにとぐろを巻き直し、次の攻撃に備えている。
「ルナ! ”颶風高原”を使ってくれ!あれならこいつの鱗も貫通出来る筈だ!」
ルナはソナタの前に立ちながら大蛇の出方をうかがっている。
「簡単にいってくれる! 私は今魔力切れでスキルが使えないのだ!」
くそっ! こちらで一番攻撃力が強いのは間違いなくルナだろう。けれど、彼女はスキルを使えず、果敢に大蛇に挑もうとはしない。
分かっている。ルナは勿論、ソナタの安全が第一なんだろう。スキルが使えないなら後手に回るしかない。こちらから攻めればソナタを危険に晒す事になるからだ。
だから、この大蛇は俺とリリスで倒さねばならない。
(違う。思い出せ。俺がどのようにスキルを使っていたか、あの時の戦いであったはずだ。明らかにスキルを、切れ味以外を使った瞬間が)
まただ、もう1人の声が聞こえる。
何を言ってる? 俺のスキルは切れ味を上げるだけで、それ以外には使い方を知らない。
現にもう一人の俺だって、そうやってルナを……
待て、落ち着いて思い出せ……あの戦いを、意識だけで中から見ていたんだ……
時間は無い、その中で俺は一つ一つの場面を思い出して行く。
そして、俺は一つの戦闘シーンを思い出した。
あった。明らかに一度だけ違う使い方が、ルナも予想できず、俺自身も把握していなかった使い方が。
問題は、出来るか?
出来る保証は無い。しかし、身体には不思議と使い方が分かっているような気がした。
行ける、これならっ!大蛇の攻撃を止めれる!
大蛇が舌を出して辺りの匂いを伺う。視覚が駄目なら嗅覚で仕留めるつもりか。
来るならこい! 問題はタイミング。奴が全力でこっちに向かい、かつ、こちらに辿りつくまでの一秒に満たない時間
予測しろ、見ろ……奴の体を、動きを……必ず予備動作が発生する筈だっ!
大蛇が体をくねらせ、こちらを狙いを定め、身体が少し大きくなったかと思うと、次の瞬間、俺に向かって突進を繰り出してきた。
それは、不可避の攻撃
の筈だった。
だか、突然ここで大蛇の動きが止まる。
いや、正確には”止めた”
ルナとリリスは困惑しているようだった。
理由は何故大蛇が止まったかと言う所もあるだろうが、問題はその止まり方の方だろう。
その止まり方はまるで、地面に張り付いたような急停止。言い換えれば見えない壁にぶつかったようだった。
そして、そんな急停止をすれば、巨大な体から放たれたエネルギー、言い換えればその巨大な力は何処にかかるか。
答えは大蛇の背骨である。
バキッと何かが折れる音がして、大蛇はその場に倒れこみ、それっきり動かなかった。