人喰いの森1-1相手は人喰い
ソウタ自身、つまり俺自身は暗い空間で全てを見ていた。
自分の体を使って、何者かがルナを倒したのも、リリスを助けたのも、
自分の体を誰かに乗っ取られる。とても怖い、不思議な感覚がした。
「誰なんだよあれ……ってかここは?」
暗い空間には巨大な映画のように外の光景が写し出されるだけでそれ以外は何も無い。
体の感覚も無く、出口も無い。
そんな空間の静寂は突如破られた。何処からか足音が聞こえる。
しかし、姿はよく見えなかった。見えない者へ近づこうとするが、体は動かない。しかし、声は出せる。
「おい、お前は一体何者なんだ? 何故俺の体の中にいる?」
「そんな事を言うなよ。俺はお前から生まれた。”多重人格”だ」
見えない者は俺と同じ声で、けれど明らかに違う口調。
多重人格だと?そんなものが実際にあるのか?
定義は知っている。本人が多大なストレスを受けた時、もう一つの人格を作ることにより、心の痛みを回避する手段。
確かに多大なストレスは以前受けていた。ここに来る前の家庭の状況なら辻褄は会う。だが、自分の中にもう一つの人格があるなど気づきもしなかった。問題は、
「問題は何故あのタイミングでもう一つの人格が目覚めたか。だろ?」
図星だ、見えない者は俺の考えていた事を簡単に言い当てた。
自分の考えは読まれているのか、人格とは考えまで共有しているのか? なら何故こいつの考えは読めない?
疑問で頭が埋まる中、見えない者は続ける。
「安心しろ。別にこれは単純な推理、お前の考えが分かるわけでは無い。お前の体を奪うつもりも無いから安心してくれ」
そこまで話して俺の意識がだんだんと薄れて始めた。ここに来た時と同じ感覚だ。例えるなら、深海から浮上して行くような、そんな感覚。
「時間切れだ。ここまでは何とか持ってこれたが……ここからは……まかせるぞ……また……俺が……」
だんだんと見えない者の声が薄れ、次に目の前にあったのはリリスの顔。
「うぉっ!」
「きゃっ!」
同時に俺とリリスは叫んだ。顔が凄い近かったからだ。
「ビックリしたじゃない! 起きるなら起きるって言いなさいよっ! 馬鹿!」
「寝てるのに言えるわけ無いだろ」
いつもの調子、いつものリリスだった。
まだこれがいつもとは言えるほどの時間は経ってはいない。けれど、俺の中で一番失いたく無かった事。またリリスの笑顔が見れた。それだけで嬉しかった。
「そういえば、ここはっ?」
記憶に、少なくとも俺が見ていた中では飛び降りた所までだ。
気づいて辺りを見回す。一面木で囲まれており、森の中に着地したことは分かった。空はすでに暗くなり始めている。
「こんな所に降りるとは、運が悪い」
後ろから聞こえた女性の声
振り返った時、そこにいたのはルナだった。膝の上にはソナタが可愛らしく眠っている。
もっとも、あんな一面を見た後では可愛いのは寝顔ぐらいのものたが。
状況が変化しすぎて忘れていたが、こいつらのしたことは許せる事では無い。俺もリリスも殺されかけたのだ。そして、こんな目にあってる原因もこいつらにある。
「お前……なんでここにっ!」
体は無事だ。問題は無いと確認し、叩き切る為、立とうとした所、割って入ったのはリリスだった。
「やめてっ! 今は争ってる場合ではないの!」
「何言ってんだリリス!? こいつらに殺されかけたんだぞ? 」
リリスは何より、ソナタの事が大嫌いだった筈だ。サタンのことも気になる。一刻も早く帰らねばならない状況で、何を言ってるんだ?
「あの時の争いの決着、お望みとあらばつけましょう。しかし、少なくともこの森を抜けてからにして欲しい」
ルナが口を挟む中、リリスが立ち上がろうとしていた俺を座らせた。リリスの口から放たれた言葉は、まだこの世界を理解出来ない俺でも分かる恐ろしい言葉だった。
「場所が問題なの。ここは”人喰い”ヨガルの森、魔族からも、獣人族からも警戒される化け物の住む森」
人喰い?だと?
「我々獣人族からも何万人と死者が出ている。奴には魔族だろうが、人間だろうが関係は無い。等しく唯の食物だ」
「なんだよ? そいつはそんなに強いのか? 」
疑問だらけの中で選出した質問から返された答えは絶望、
ルナは頭についている耳を小さく揺らしながら返答した。
「かつて、1万の討伐隊相手にたった一人で勝ち、生存者は0、奴の名は”人喰い”序列53位ヨガル・アルフォード。この森での生存率は0だ」
「0だと?」
全く笑えない数字だ。序列内?それも50番台ってのは1万人相手に一人勝ちするほどの戦力。それに対してこちらは4人。
勝ち目がないのは明白
「じゃあ、早く逃げよう! 幸いまだ奴は現れてないんだろ? 戦っても勝てないなら戦わなければいいんだろ?」
先ほどいきなり多重人格だの人喰いだの聞かされ混乱する俺は正常な判断が出来てないらしい。それを察して二人は目を伏せる。
逃げれる筈がないのだ
だからこの二人は先ほどまで殺し合いをした仲だと言うのに、ここまで冷静に会話出来るんだろう。
圧倒的恐怖故にだ。
どれほど危険な場所なのかがようやく理解できた気がした。
「夜の森は危険です。明日の朝、ここを脱出しましょう。いざこざはそれからです」
ーーーようやく飛空挺編が終わりました。これからも宜しくお願いします。