飛空挺にて1-5決着は突然なんですが
全方位から俺を囲む風の壁はどんどん範囲を狭めて行く。脱出の手段は無い。
ここまで風を操れるとは予想していなかった。相当の風速が出ているのか風の吹き荒れる音以外は何も聴こえない。
”衝撃”を放つが、あくまで効果があるのは物質。風の壁のように流動的な物には効果が無かった。
「くそっ突破できない!」
風の壁との距離はもう1mも無く壁で作られた部屋のようになってしまった。風の壁に体が触れる。
その瞬間触れた部分が切り刻まれたように吹き飛ぶ。肩の服と肉が弾け飛び、そこから血が溢れる。
「ぐぅああああっっっっっ!」
激しい痛み。先ほどの斬られた時の痛みとはまた別、肉をそのままえぐられると言うような風の攻撃が全身を襲いだす。
嫌だっ!痛い痛い痛いっ!まだ、まだ死にたくないのにこんな所で、まだ……
ここで俺の目の前の映像は途切れた。
次に目に入ってきたのは暗い空間。そこには何も無く、何処までも続いていそうなそんな空間。ふと、体を見ると体には傷一つついていない状態で浮いている……
(あれ? なんだここ、ああやっぱり俺しんだのかな)
それにしては心地いい。体は宙に浮いているように寝ていてとても暖かく心地良い。
そんは事を考えていると、何処からともなく声が聞こえてきた。
(だらしないな。お前はやっぱり)
はあ? 何なんだ一体、お前、誰だよ……いや、こいつの声って……俺の声……
(あんな女一人相手に死にかけじゃねぇか。まあ、こんな所でお前に死なれては困る。一応俺の体なんだからな)
俺の体? お前何言って……くそっ……意識が遠くなる……
心地良く暖かい謎の空間で眠くなって行く俺に、声の主は最後にこう告げた。
(少し助けてやるよ。この世界で死にたくないって所はお前と同意見だ。まあ、お前はゆっくり寝てな)
そこで完全に俺の意識は闇に落ちた。
ーーーーーーーーーー
甲板の上ではルナがソナタの元へ向かおうとしていた。最早、あの少年は完全に風の壁によってズタズタに引き裂かれる所であろう。
全てが終わり、風の攻撃を解除しようとした所、風の壁が突如、消滅した。
ルナが驚く中、そこから聞こえてきた声は何者でも無い、あの少年の声だ。
「なるほど。高速での風圧で壁を作り、相手を閉じ込めてバラバラにする技か、強力だな」
そう告げる少年の体は無傷とはいかなくとも目立ったダメージは無い。
「悪くは無いが、お前は一つ誤算をしている」
先ほどの自分の話し方を真似して話す少年。そして、先ほどまでは雰囲気が何処か違った。透き通った殺意が無くなり、何処か楽しげに不気味な表情を浮かべ、
「あっちの俺は気付いていなかったが、俺のスキルは”切れ味を上昇させるだけのスキルでは無い。そして、魔力の通った物ならば切断出来る。だからお前の風の壁を切ることが出来た」
馬鹿な、そんな簡単なものでは無い。とルナは思った。実際、あの中は完全な風の密封空間で風速は200km/h。木が根こそぎ倒れ初め、建物の全壊が始まる”暴風”と呼ばれる風でも風速110km/hである。その約二倍の威力の爆風をあの少年は切ったと言った。肩の傷以外は風を食らった様子は無い。
「じゃあ、とっととやろうか。遺言があるなら一応聞いてやるが」
少年は余裕だとでも言うのか、人が変わったように笑顏を浮かべながらに話す。
ルナは何か危険だと思った。この余裕、ブラフでは無い。何度か目にしたことがある、圧倒的強者が弱者を見下す目……
「馬鹿にするなっ!」
そう言って少年に向かって突進するルナ。剣に直接風を巻き付け、少年の周りも風が吹き荒れる。
「私の風を切断出来る? なら切断出来ないタイミングで攻撃すれば良いだけの事です!」
横から風の槍、正面からはルナ自身が迫る。
少年が横からの風壁を手刀で消した瞬間、ルナの剣が少年の首筋へと振り下ろされる。が、
剣は少年の皮膚へ当たったが、首が飛ぶことは無く、剣はそのまま地面へ滑り落ちた。
それもまるでゼリーにでも触れたかのように、軽やかに剣が滑り落ちた為、剣先が甲板へ突き刺さり、その衝撃でルナは完全に体制を崩す。
「浅はかだな。自分の自慢の攻撃を防がれ、挑発に乗り敵の領域へ簡単に踏み込む」
そして、ルナの目の前、1メートルもない距離の前には何もかもを切断する手刀が振り下ろされる。
回避しなければ致命傷、ルナは回避しようとするが、その足は全く動かず、避けようにも足が甲板へ張り付いてしまったかのように動かすことが出来ない。
(何故っ?)
突然に変わった相手の戦闘スタイルに対応出来ずに困惑するが、ルナには考える時間も無い。
少年からの手刀が振り下ろされ、当たるその瞬間、ルナはとっさに自分自身の地面の甲板ごと体を”颶風高原”の風を使い、下から吹き飛ばした。
避けた、と思ったその刹那ザクっと 背中へ綺麗な切断音。
ルナが痛みを感じ後ろの傷口を確認する。
しかしそこには背中の辺りに深い傷口、鎧の隙間からの流血はあるものの、攻撃された武器の類は見当たらない。
(落ち着け、先ずは背中の傷がかなり深い。回復魔法を……⁈)
ルナは着地し、回復魔法を唱えようとした所で体の異変に気づいた。
回復魔法が唱えられない事に。
と、言うより傷より下の下半身が動かなかった。感覚が無く、立っている事が出来なくなり、その場へ座り込む。
(一体、何が……)
「脊椎損傷」
少年がこちらへ向かい歩きながらに語る。
「背中に通っている脊髄、その中の神経に強い損傷を負うと脳からの神経信号が送られ無くなり、簡単に言えば麻痺する」
一歩づつ少年は距離を詰める
「お前は先ほどの回復の時に傷口へ手をかざして魔法をかけていた。自己修復では無いのなら”回復魔法を使えなく”すればいい。脊髄の神経が魔力に影響する確証は無かったが、仮説通りで助かった」
先ほどの背中への痛みは脊髄の神経系を攻撃する為のものか。
ルナは思うが、最早、下半身は動かず魔法、スキルの使用も不可能。
事実、魔法と言うのは全身を伝う神経回路からの信号から成る魔力回路が存在し、魔力回路への影響が出ると魔法を使うことは出来なくなる。
「まあ、俺のスキルは単純に魔力の通った物なら切れ味をコントロールする事が出来るようなんでな。お前の起こした風の背中部分へと触れる部分の一部の切れ味を増加させた。あそこならもう一人の俺のアイディアを使うと思ったんでな」
そこまで計算されていた。ルナが正気に戻り落ち着いたものの、最早遅かった。この少年がどうなったかは分からないが今は自分以上の戦闘技術を持っている。
相手を煽り、挑発させ罠にハめる。しかもそこからは自分自身のスキルまで利用された。先読みし、敵の技までも利用する。この少年の圧倒的戦略はどれほどなのか?
いずれにせよ、勝敗は決した。自分は仲間含め10人近くいたと言うのにたった一人の、異世界人によって敗北した。それもたった数手の攻防で自分は戦闘不能へされた。
「私の負けだ。殺してくれ」
ルナは諦めたように目を閉じて言った。
「お前の狙い通り私はもう戦えない。お前の好きにしてくれて構わない」
「だが、どうかっ!我が主君のソナタ様だけはっ!」
下半身の自由がない今精一杯座りながらにこちらへ頭を下げるルナ。
勝ち目がない事を悟り、敵の情けに頼る。そんなことしかルナは出来なかった。どの道殺される事に変わりはない。
すると少年は深くため息をつき、
「ふう、これが異世界での魔法か……仮説道理ならこのスキルはかなりの汎用性があるな」
いきなり一人ごとを喋り出した。
それも先ほどまで殺すと言っていた相手を目の前に、まるで興味が無いかのように自己分析を始める少年。
(この少年、一体何なのだ?)
ルナがそう考えていると少年がこちらへ向き直り、少年はこちらへ手を向ける
終わりだ。そう思い目を閉じたルナだった。
しかし、次の瞬間、さっきまで殺し合いをしていたはずの少年は凶器の筈の手を優しくルナの肩へかけ、こう言った。
「心配するな。何も今すぐお前を殺すつもりは無い」
それはさっきまでと違いとても優しく、穏やかな声だった。