飛空挺にて1-1連れ去られたんですが
「タ……ンタ…… アンタ! ねえ起きてよ!」
あれから、部屋で気を失いなった後、目を覚まして初めて目に入って来たのは泣き顔で、俺の体を揺さぶるリリスであった。
「っ! 痛ってぇ……ここは何処なんだ? 俺はあれから部屋に行って……」
体には痛みが残っている。覚えているのは倒れているリリスを部屋で見た所までだ。そこからは全く記憶が無い。
「アンタも私も捕まってるのよ。手に手錠が嵌められてるでしょ。此処はソナタの飛空挺の中よ」
よく見ると、周りは暗くて良く見えないが、木で作られた地面に鉄格子が見えた。確かに此処は飛空挺の中なのだろう。プロペラの回転音とエンジン音のような音が聞こえる。そして、リリスと俺の手にはしっかりと手錠がついていた。
「けど、何でだよ? あいつら、サタンに話があっただけだろ? 何で俺らが捕まってんだよ?」
あいつらはサタンに話があっただけであって、俺らには用事は無いと、本人も語っていた。
「私にも分からない。けれど、これはどう見てもヤバイわよね」
ヤバイ何てもんで済むのか。異世界来て2日目で誘拐されるとか、どんだけハードなんだよ。
「とりあえず、此処を脱出しましょう。幸い、この手錠も鉄格子も魔法は掛かってない。アンタのスキルで切れる筈よ」
確かに、見た所唯の鉄である。鉄なら俺のスキルで切ることはできる。
「よし!じゃあとっとと逃げ……」
「その前に、念の為ちょっとアンタ目瞑ってくれない?」
「は? 何で? 今直ぐ逃げなきゃいけないのにそんな事…」
「いいから、早くしなさい!」
さっきから俺の発言は遮られる。はいはい、分かりましたよ。何故か赤くなるリリスの言う通り、俺は素直に目を閉じた。
その瞬間、何か、柔らかい物が唇に当たりって口の中に何か入ってきた。飴玉のような感覚だったんだが、無味無臭のそれは口の中に入ると即座に溶けた。
目を開けてリリスの顔が思いの外近いと感じたのだが、
「なあ、一体何したんだ?」
リリスは少し顔が赤くなってるか、暗いのでよく見えない。リリスは少し俯く。
「アンタに簡単な魔法を使えるようにしたの。それは衝撃って言う、超低級魔法よ。」
「おお! マジか!」
始めての魔法である。低級でも何でも何か嬉しい。ってかさっきの質問の答えは??
「使おうと思えば、両掌から衝撃が発せられる筈よ。っても少しの衝撃しか使えないからアンタのスキルの方がまだ強いわ。私がアンタに最初の夜使った魔法だから」
あ、だから気絶してた訳ですねー俺。ってか、何でそんな弱い魔法を俺に?けど、口の中に入ってきた奴が原因なら、どうやって入れたんだ?手は塞がってるしさっきの感触は最初サタンに会った時のキスと……え?
そう考えていた所、足跡が暗闇に響く。 鉄格子の奥から少しづつ光が見え、2つの人影が見える。
その二人は、あのソナタと言う貴族の子供と、長身の女であった。
「二人ともー目が覚めた見たいねーっ! 気分はどう?」
ソナタは可愛気に笑って見せた。横にいる長身の女性は真顔である。和服では無く銀の鎧を纏っている。
「あまり良くないわ。ソナタ公、どういうつもりか説明してもらえます?」
リリスが引きつった笑顔で訪ねる。
「そうね。結論から言うと”サタンを王座から叩き落す”のよ。あんた達はその為の道具」
「なっ! ……それがどう言う事か分かっておいで? 魔族と戦争するおつもりですか? その為の人質などに私達二人を使うおつもりなら無理がありませんこと?」
リリスも俺も驚愕である。確かに、俺達2人だけを使ってサタンを王座から降ろすのは無理ではないのか? 普通に考えても、二人の人質で王の座をサタンが降りるとは考えられない。
「全く……本当に才能のないクズ共よねぇー。誰も人質に使うなんて言ってないのにー。あんた達をスパイに仕立てあげるのよ」
全く話が見えてこない。一体、俺達をスパイに仕立て上げて、どうなるのか。
「お前達はスパイでサタンの命によって、この飛空挺に忍び込んだ。同盟国に対しての裏切り。これを受けて、我が国、シルバリト王国は魔族に対して戦争を申し出る」
「それでー、魔族側に居るこちらのお仲間によってー、この戦争は、そちらからサタンの身柄を得る事で不問にすると言うこちらの申し出をー魔族側は確定! 魔族側の協力者は、新しい魔族の王となるー、こちらはサタンの身柄を得るー、お互いwinーwinよ。分かるー? クズ共」
最後はソナタが笑顔で語る。ニャッとした子供の無邪気な笑い方がとても醜く見えた。
恐ろしく順調なシナリオである。俺の世界の戦争でも良くある、責任者の首を取って一件落着。それに、こちらの内部に裏切り者がいれば何ら不可能では無い。
「何故?! 貴方はサタン様の事を気に入っていた筈でしょう?。」
リリスが叫ぶ。サタンの身にどれほどの価値があると言うのか。
「やっぱークズはクズね。サタンは確かにお気に入りよー。だから……私の手で壊したいの」
今度こそ、さっきまでの可愛気のある笑いではなく、醜い策士のが罠に掛かった獲物を見るように、幼い少女の顔が変わる。
「どうしようかなぁー、サタンを手に入れたらぁー。洗脳魔法で自我を壊してロボットにしちゃうかー、こいつらの始末を殺らたりぃー、フフフ楽しみー」
「ちょっと! アンタ! そんなに簡単にはサタン様を失脚させれる裏切り者なんか、そう簡単にいる訳ないでしょ!」
最早、完全な敵と判断してなのか、リリスはさっきまでの口調とは打って変ってそう叫ぶ。
「……そこのクズ……私にそんな口の聞き方……クズの分際でぇ……」
ソナタは顔に憤怒の表情を見せる。
「まあ、今はいいわ……裏切り者は”七大罪”の一人、”怠惰”の大悪魔、ベルフェゴールよ」
「そ、そんなっ……! ”七大罪”が裏切るなんて……そんな事は……」
俺が状況が全く飲み込めない中、リリスとカナタの会話は進んで行く。
「ストップ! リリス、”七大罪”ってのは何なんだ?」
ヒートアップしていたリリスはハッとして、息をつく。
「”七大罪”ってのは、魔族の頂点である七人の魔族で、それぞれが絶大な権力を持ち、全員が序列内に入っている魔族の最大戦力……その一番であるサタン様がその頂点なんだけど……」
「まさか裏切るとはねぇー、魔族も最早、一枚岩では無いのよー。他の”七大罪”も裏切り者が混じってたりしてねー」
ソナタはさっきまでの感じを取り戻し、俺達を嘲笑う。こいつらの方がよっぽど悪魔らしい。緻密に練られた策略。サタンもそれほどの裏切り者がいるなら、この状況をひっくり返すのは難しいだろう。
「とりあえずー、アタシに楯突いたそこのクズねぇー、まだ殺せないけど、別に五体満足で持って帰る必要も無いのよねー」
ソナタは不気味に笑う。こいつは本当は幾つなのだろうか。どう考えても14.5歳の発想ではない。
「そこの女の悪魔を甲板に連れて来なさいー。死なない程度に、国に帰るまでのオモチャにしてやるわぁー」
「なっ……てめ……」
そう叫ぼうとする俺を遮り自ら連れられて行くリリスは、最後に俺に耳打ちした。
「私が時間を稼ぐ。 アンタは逃げて」
ーー薄暗い部屋の中、ランプの光に照らされる美しく整った顔。緑色の腰まであろうかという髪。7大罪の一人、ベルフェゴールである。その視線の先にもう一人。
「それで、手筈は十分なのですか?」
フードで顔を隠す、透き通った女性の声。
「勿論〜♪ 全ては手筈通り。サタンを失脚させる準備は出来てるわ。約束の物は準備してあるのよね?」
「分かりました。それではまた」
魔法陣に入り、フードの人物は消えた。
その人物が消え、ベルフェゴールは体を伸ばす。
「フフッ、ごめんなさいね。サタン」
魔法陣を新たに展開し、ベルフェゴールもまた、その部屋から姿を消した。
「最後には私が全て頂くわ」