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島流し




 抜け殻のような、そんな日々が続いた。


 こんなに軽太子と離れていたことは、かつて一度もなかった。


 軽大郎女は部屋に閉じ込められ、出ることを禁じられた。


 というのも、一通の文から、二人の関係がばれてしまったからである。




 珍しく兄の穴穂皇子が薄ら笑いを浮かべて部屋に入ってきた。兄をこんなに憎らしく感じたことはない。

 目を合わせず外を眺めていると、穴穂皇子はからかうような口調で口火を切った。



 軽の乙女よ。


 そんなにひどく泣いていると、人々は我らの事を知ってしまうだろう。


 だから、波佐山の山鳩のように、


 こっそりと、泣けるだけ泣くといい。




 最初は何が何だか分からずにいた。

 呆けている軽大郎女に、穴穂皇子は不愉快そうに唇のはしを曲げると、文を放り投げた。目の前にぽとりと落ちる木簡を軽大郎女はしばらく眺めてから手に取った。字を見てから、それが軽太子のものだと気付く。


「知らなかったな。お前と軽太子がそんな関係だったとは」


 ちらりと一瞥すると、壁にもたれかかってしげしげと妹の姿を眺めた。


「衣通王だとか呼ばれているゆえんか、お前は確かに人より見目はよい。だが、妹に手を出す軽太子の人間性は疑わしいものがあるな」


 声を出すこともできなかった。


 木簡を抱きしめ、泣き出した軽大郎女を見て、穴穂皇子はつまらないと言った風に大げさに肩を上下させた。


 大粒の涙があふれ、畳を濡らしていく。

 文はもう軽大郎女の心だけにしまっておく事はできないのか。

 文にある通り、ひとめを偲んで泣けるものなら、こっそりと泣きたい。

 しかし、それはもうできなくなってしまった。文を裏返すと、続きがあった。



 軽の乙女よ。


 ひそかに忍んで来て、わたしに寄り添い、眠るといい。


 軽の乙女よ。




 そうする事ができるなら――。


 軽大郎女は視線を泳がせながら、ぼんやりと壁に背中を押し付けた。



 吾は空を飛んで、おあにぃ様の元へと行きます。

 

 その時は、おあにぃ様の腕にしがみつき、これまでにない悲しみを一気に打ち明け、二度と離れまいと誓うでしょう。



 再び泣きだした軽大郎女を白い目で見ていた穴穂皇子は、くるりと背中を向けた。


「軽太子は島流しにした」

「今、何と?」

「話せるのか、てっきり口が聞けなくなったのかと思ったぞ」


 軽大郎女は、穴穂皇子に近づくとその絹の衣をつかんだ。


「今、何とおっしゃったの」


 揺さぶると、穴穂皇子はうんざりしたようにその手を払いのけた。


「軽太子を伊予に流したのだ」

「伊予とは、伊予とはどこです」

「遠くにある島国だ。朝廷が早くから支配下に置いていた」

「吾も、吾もそこへ流してください」


 震える手をもう一度、伸ばした。しかし、穴穂皇子に振り払われる。


「少しは考える事を覚えるんだな。お前のそのせっかちなところは誰に似たんだ」


 吐き棄てるように言って、皇子は立ち上がった。

 軽大郎女はぐっと目を吊り上げて、兄を睨みつけた。

 穴穂皇子はその姿を見下ろした。


「その目は父と同じだな」


 不意打ちであった。


 穴穂皇子の冷たい目ほど、父である男浅おあさ津間つま若子わくご宿禰のすくね皇子のみことによく似ていると思っていたのに、彼に言われたことがよけいに衝撃を与えた。


「我は、お前が妹でよかったと思うぞ」


 軽大郎女が眉をひそめると、穴穂皇子がすっと手を差し出した。


「軽太子からだ」




 こちらは目を通しておらん。




 軽大郎女がはっとして顔を上げると、音も立てずに穴穂皇子はその場を立ち去った。




 大空を舞う鳥もわたしとお前の使いなのだ。


 鶴の鳴き声が聞こえたら、


 わたしのことを鶴に聞いてくれ。




 軽太子が、本当に遠くへ行ってしまった事を証明する木簡であった。






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