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崩御





 何かがぜる音に目が覚めた。

 あられが窓を叩き割るかのような勢いで降っている。一筋の冷たい風がふとんの中にもぐりこんできた。


 身震いをすると、外を眺めていた軽太子と目が合った。



「もう少し寄るといい」

 肩を抱き寄せられ、ふうと息をつく。


 夜が明けたのか分からない。

 灰色に染まった空からは絶えることなく霰が降り注ぐ。




 笹葉に打つやあられのたしだしに――。




 不意に、軽太子が口ずさむ。

 彼女は兄の手のひらに自分の手のひらを乗せた。小さな楓のような手のひらは、すっぽりと覆われてしまう。

 軽太子は外をじっと眺めながら、もう一度、口ずさんだ。

 小さな囁くような声であった。




 笹の葉に霰が打つと、タタッと弾ける音がするように、


 確かに、我らが一緒に寝た後で、


 わたしが百官もものつかさから罵られ、罪に落とされたとしても、


 愛しい妹よ、お前に対する気持ちは変わらない。


 あんなに楽しい時を過ごせるならば、心も世の中も乱れるがいい、


 あんなに楽しい時を過ごせるならば。




 どこか遠い目をしているようであった。


「おあにぃ様」


 軽大郎女はのどからしぼり出すように兄を呼んだ。


「何をおっしゃいます」


 妹の肩を撫でていた軽太子は、黙ってほほ笑んだ。


「さあ、風邪を引くとお前がかわいそうだ。部屋まで送ろう」


 するりと交わされ、どこか物憂げな兄の心が見えなくなった。

 まだ薄暗い回廊を静かに歩いた。



 静かすぎる。



 相変わらず霰が地面を叩いている音がするのだが、それとは別に宮の中は風が動いていないのだ。

 静けさに耳が痛かった。

 軽大郎女は肌で何かを感じ取り横を見上げると、兄も険しい顔で口を閉じていた。




 軽大郎女を部屋まで送った後、軽太子はすそをなびかせ、早々と見えなくなった。姿が見えなくなるや否や、彼女は胸を塞ぐような嫌な気分が腹からのどもとまでせり上がってきた。


 部屋の中を行ったり来たりと往復した後、数名の侍女の衣擦れの音がはっきりと近づいてきた。


「軽大郎女様」

「何ごとです」

「天皇が崩御されました」



 瞬間、軽大郎女は崩れるようにしゃがみこんだ。







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