サンタってお父さんのことなんでしょ?
クリスマス、ということですので、サンタを題材にした慎ましいお話を書いてみました
「んー?なんですって?」
「だから、さ、クリスマスに、サンタさんがプレゼントをくれるなんていうけど、あれ本当はみんな、お父さんがこっそり入って置いてんだろ」
文研部の部室にイルミネーションを飾る二湖クルルたちの元にコータが訪ねてきて一声、口にしたのはそんな質問だった。横でそれを聞いていた倉内は困ってしまった。小学生のなんてことないひねくれた質問だと思えば可愛らしいものだが、彼に父親がおらず、お世辞にも裕福とは言えないことを文研部のメンバーは知っていて、嫌な推測を裏付けるようにコータの表情は年長者の揚げ足をとってやろうとかそういうものではなく、暗く思い詰めた真剣さを漂わせていたからだ。
「そういう風に言う子おおいわねー。それで、それがどうしたっての、よっ」
よっ、と脚立の上でジャンプしてツリーの上に星をつけるクルル部長。危ない。実に危ない。高校三年生とは思えない小柄な彼女には、ただのツリーへの飾り付けすらも軽く冒険なのであり、まるでバスケ漫画のグズな主人公が初めてダンクを決めた時のような感動が一瞬部室を支配した。
「って部長、そういうのは俺らがやりますから」
「クラウチこれつけたかったの?でもダメよ。ぶちょー特権ってやつだからね」
「いやそういうんじゃなくて危ないですから…先生も何か言ってくださいよ」
サンタ帽をつけたりはずしたりしていた先生は、今やっと気づいたようにこちらを見た。
「えっ?あー…うーん…何事もほどほどにね♪」
「はいはーい、わかってるってまりちゃーん」
「先生に聞いたオレがバカでした」
「倉内くんは成績いいわよ?これなら推薦も狙えるんじゃないかしら」
「そういう話じゃねえ!」
「ああっ、めがねがツリーのてっぺんにひっかかった!」
「……ずるいじゃないか」
「……え?」
一瞬いつもの部室に戻りかけたが、コータの絞り出すような一声が再び静寂をもたらした。
「ずるいじゃん、お父さんがいる子だけプレゼントがもらえるだなんて。みんなみんな、クリスマスの前になるとはしゃいじゃってさ……」
「……ねえコータ、お母さんに何かあった?」
「お母さん、クリスマスも仕事なんだ。もう今週はずっとだって。他の人たちが、休みをとりたいっていうから、お母さん断れないって」
「正美さん、ちょっと押しに弱いからねー」
「他の人たちはパーティーをするからって、それに、オレにごはんを食べさせるためにも、頑張らなきゃいけないから…」
「それはお母さんが言ったのかい?ごはんを食べさせるためっていうのは」
倉内の問いに首をふるコータ。
「でもわかるよ。オレにだってそのくらい。オレだって、母さんの前ではそんな話、しないけど」
倉内はたまらなかった。九歳の子どもが親の事情を理解し、気遣うという話には、美談より先に何かやりきれないものを感じたのである。しかも普段部長と共にいたずら放題なコータがそういう側面を見せるのだから、なおさらだ。
「それで拗ねて寂しくなってうちに来たってわけねー。バカねえ、今は冬休みよ。もし部室をパーティー用にあたしたちがかりてなかったら、どうしてたのよ」
「だって……」
「そしてさらに!あんたがバカなところは…」
やっとめがねを回収したクルルが、ツリーから華麗に飛び降りてコータの前に立った。再び部室に拍手が満ちる。
「先生」
「クルルちゃん上手。ウルトラC」
「おいてめえ」
「あんたのバカなところは、サンタがいないんだと信じこんじゃってるところよ!」
ビシッ、と自信満々に指を突き付けたクルルにコータが言い返す。
「……はっ!?お前、なにいってんだよ、サンタなんているわけないだろ!子どものオレだってそんなのわかってるよ…バカに、バカにするなよ!!」
「ノン!いるのよ。歴史がそれを証明している!」
「「れ、歴史…?」」
コータだけでなく倉内まで思わずつぶやいてしまった。もうすっかり作業を中断した。
「話してあげましょう、ファンタジックで涙涙なその歴史を!そもそもサンタの歴史は、古代トルコの聖人、聖ニコラウス様の行いが元祖なのよ」
「トルコ!?トルコなんですか!?北欧とかじゃないの!?」
「なあまりちゃん…トルコってどこら辺の国」
「えーと、トルコとはトルコ風呂の…」「土家くん先生を止めろ!!」「うす」「むぐむぐ」
「ニコラウス様は子ども想いの聖人だった。西に空腹で泣いてる子どもあらば食べ物を、東に貧乏に泣く女の子がいれば金塊を窓から投げ入れる、そんな人だったのよ!」
「後者なんか若干怖くて生々しいんですけど」
「やがて子どもたちへの慈善行為がニコラウスさまにより組織化され、以後非公式に受け継がれていった、それがサンタクロースのはじまりなのよ」
「おー!なんかすげー!」
まあ確かに、ほらばなしとは言えよくぞまあ一気にここまでしゃべれるもんだと、ツッコミを入れながらも倉内は感心した。捲し立てたクルル部長はそこで拳を握る。
「しかっし!その歴史は平坦なものではなく、最初の頃はトナカイではなく豚に橇を引かせ、帰ったらその豚を食べるほどだったというわ」
「おいあんた子どもに何話してんだ!いらんそんななんか切ない部分は!」
感心したのを一瞬で取り消した。
「それでも全ての子どもたちのために奉仕をしようと一身に働いたサンタたちに協力したのが、当時キリスト教会に追われていた北欧の神や精霊たちだったのよ!以後サンタたちは拠点を北欧に移し、今のみんなが知るあの姿に、そしてキリスト教に限らず異教徒のこどもたちにもプレゼントを配るようになったのよ!」
「北欧ってオーディンとかいるんだろ!?それいいな!」
「ああっ、部長の口からでまか…いや、えーと、熱意がファンタジー好きな少年の心に火をつけたぞっ!」
「しかし私はリヴァイアサン派よ!」「黙れよ先生!」
「しかしそれをきっかけに教会からサンタたちは冷たい目で見られるようになり、処刑されかかったこともあるわ。そして現代、一人のサンタの某コーラ社との提携で資本主義に魂を売ったと万国の労働者から睨まれ、またその赤服が共産主義の象徴だとマッカーシズム吹き荒れる時代には迫害を受ける原因ともなったのよっ!」
「き、強酸…?しほ…」
「いかんっ!部長が話に身を入れすぎて小学生にわかるはずもない社会派ななにかを導入しはじめた!」
「だがこの勢いもう止められんぞ!」
「そんな…サンタさんがそんな苦労を…」「先生、マジに取ってなかんでください」
「だがサンタたちはいかなる偏見迫害にも負けず、屈しなかったわ!彼らは善を行うときは必ず最初に人から笑われるのを知っていたし、そういう人たちは心が盲目だとも知っていたからよ!そう!例え不法侵入だと陰口を叩かれても動じなかったし、実在自体を疑われてもこどもたちにさえプレゼントをあげられたらなんでもよかったから!」
「じゃあ、サンタがお父さんだっていうのは……」
「そういう風にしておいた方が親子円満になるから、あえてデマを放置しておいたんでしょうね」
「オレのとこにもサンタさん、来るかな……」
「もちろん、生まれも環境も関係なく、プレゼントがほしいと願えばね……サンタの誇りは、孤独に悲しむ子どもが存在することを見過ごさない!だって、クリスマスってのは、みんなが笑っていられる、そんな日なんでしょ」
「あんがと、クルルねーちゃん。バカみたいだけど、でもオレ、ちょっとだけ元気出たよ」
恐らくコータにもクルル部長の話が他愛もないデタラメだと言うのはわかっていただろう。しかし、大袈裟な身振りを交えて自分一人のために言葉を尽くす部長の姿に、少しだけ心が温まったのもたしかではないだろうか。倉内たちはそう思った。
「コータくん、よければ今年は、俺たちと一緒にクリスマスパーティーを過ごさないか」
倉内の言葉にコータはパッと笑みを浮かべた。「いいのか!?」「もちろん。いいですよね、先生」
それに先生は笑顔で「ほどほどにね」と応えた。
・・・
「ただいまー」
クリスマスパーティーが終わり、クルルが帰宅したのはもう夜に近づいてからだった。全くもって、準備の段階からあれだけ賑やかで楽しいクリスマスは今までになかった。充実感を感じる日々だった。
「お帰りマイルナクルル!友達との交流は楽しかったかね!」
「もちろん。ってか、マイルナって言い方やめてよ〜」
「息子がマイサンなら娘はマイルナと、相場が決まっている!」「その相場、多分前提から何かを間違えまくってるわよ」
「それに、私たちのような仕事には、太陽よりも月の方が美しく感じるものなのだからね」
そういうやいなや、赤い服と帽子を着こなしたクルルの父は、立派な角を持つトナカイがいななく橇にまたがった。
「わお、今年の袋なんか妙におっきくない?」
「協会が大奮発したからね。子どもたちが喜んでくれるといいのだが」
「だいじょーぶじゃない?だって、クリスマスってのは」
ニヤリ、と父が笑みを見せる。
「みんなが笑って過ごす日なのだから、か。クルルも父の仕事を継ぐ心構えができてきたようだな!」
そしてなんと不思議なことかトナカイは宙をひた走り、サンタクロースは娘に見送られながら、贈り物で子どもたちを微笑ませにいったのだった。
本編でクルル部長が話したサンタ史は、実際に私がクリスマスになると話しているほらをアレンジしたものです。