八話 いつの日にか皆どこかへ
ヴェネーディの北門を抜け走る事十五分。【流星の丘】の入口に到着した。
スクルトは門を出た直後に変身済み。フレッシュゴーレムのマチュピチュも召喚済みだ。
ゴーレムの召喚に消費されるMPはかなり多いが、スクルトのステータスの成長のさせかたはMEN(精神力)特化型。MPの最大値が大きく成長し、MPの自然回復速度、自然回復量共に大変優れている。その為MPは移動中に全回復していた。
念の為スクルトはマチュピチュに補助魔法を掛けてから突入する。
流星の丘は非常に広大な狩り場で、西部と南部、それと廃都の三つのエリアに分かれていて、スクルトの本日の狩り場はその中の南、【流星の丘 南部】である。
廃都は南部や西部に比べモンスターのレベルが高い、どころの話ではなく、フルパーティを組んで行くような場所だ。PCとプレイヤーによっては選別でソロ狩りも不可能ではないが、スクルトと紅葉にはかなり苦しい。
西部はモンスターのレベルこそ南部と変わりなく目当ての【ヒルジャイアント】も出現するのだが南部に比べると頻度は低い。加えて他のモンスターとスクルトとの相性が悪い。それらの理由から南部を狩り場に選んだのだった。
【流星の丘 南部】は二十近いエリア数が有り、しかも一つ一つが広い。その中から紅葉は厄介なエリアボスが出現しないエリアを選び、スクルトを進める。
選んだのは【流星の丘 南部12】他のパーティは見当たらずボスも出現しない。即決だった。
エリアボスを避ける理由は相手の自然回復量を上回る事がなかなか困難だからだ。補助魔法で自然回復速度は落とせるのだが、ここのエリアボスは体力が多く、回復量も非常に多い。二対一(スクルトとマチュピチュ対エリアボス)ならゆとりもある程度有るのだが、雑魚がいる状態で回避に追われながら自然回復量を超える事は、スクルトの火力では少々厳しい。
無理をすれば狩れるが、【気絶】のリスクは高くなるしアイテムの消耗も激しくなる。廃都ほどでないにしろ敵のレベルは高いのだ。そこまでリスクを負う場面でもないだろう。
(よし居た)
幸先よく単独のヒルジャイアントを発見したスクルトは、仕掛ける前に補助魔法を乱射していく。
起点指定型補助魔法、ペイン。
起点指定型補助魔法、ディジーズ。
起点指定型補助魔法、カース。
起点指定型補助魔法、エンセオンジェン。
自然回復速度にDAM、ACとMDAM(魔法ダメージボーナス)にMC(魔法防御力)にHITと次々に下げ、容赦なく弱体化させていく。
ネクロマンサーは仲間に強化する補助魔法はエンチャンターや巫女、ヴァルキュリエに遠く及ばない、どころかアンデッド用のものしかないのだが、敵を弱体化させるものなら質も量も上位に入る。
ペインによって自然回復速度を下げる代償に、効果が発揮している間スクルトのHPの自然回復が失われてしまうが、HPの自然回復はVITに依存し、スクルトのそれはほぼ初期値なので初めから有って無いようなもの。少なくとも紅葉は頼りにしておらず、素早く片付ける方を選んだ。
補助魔法を掛けられたヒルジャイアントはスクルトへ向かって来るが、マチュピチュが立ち塞がり拳を振るう。腹を殴られたヒルジャイアントはタゲをマチュピチュに移動させた。
その隙に地面に一つの魔法陣を設置し、マチュピチュを自身の元へと呼び戻す。そして魔法陣へヒルジャイアントを誘導して、踏ませた。次の瞬間魔法陣から黒い光が漏れる。
設置型状態異常魔法、呪いのイバラ。
魔法陣から発生した複数の黒いイバラがヒルジャイアントに巻き付き僅かなダメージを与えると、【バインドα】と【呪い】状態にした。
(両方きた。ラッキー!)
【バインドα】は一定時間、攻撃と魔法、及びアイテムを封じる。時間は元々短い上にINT(知力)依存なのでスクルトだと十秒程だが、その間強引に仕掛ける事ができる。
【呪い】はAVD(回避)が激減し、被クリーン、被クリティカル率が上昇するというもので、どちらもエグい状態異常だ。
ただ、今回の様に両方が掛かる事は稀である。成功率はMENに大きく依存する為スクルトの場合どちらか一方が発生する確率はかなり高いが、同時に二つ以上は発生確率が減少するようになっているのだ。尚、一つ掛かっている状態で追加で別のものを掛ける場合は減少しない。
ちなみに発生したダメージは僅かだったが、本来はそこまで弱くはない。ダメージがINT依存な為装備の補正がなければ一桁、初期から一切振っていないスクルトだと、手に持った杖で殴るのと殆ど変わらないダメージになるのだ。
もう移動以外できなくなったヒルジャイアントをマチュピチュで猛攻を仕掛けさせる。呪いの影響から二発に一発は余裕でクリティカルが発生している。
ここまで来るとスクルトのこれ以上のサポートは不要なのだが、魔法レベル上昇を兼ね射撃魔法を撃つ。
呪いのイバラに掛かってから十秒足らずでヒルジャイアントは沈む事となった。
◆
(…………)
スクルトは黙々とヒルジャイアントとその他のモンスター等を狩り続けていた。ヒルジャイアントの左腕LL(R)は比較的出易い筈だが、それでも一応レアに分類される事に違いなく、未だ入手出来ていない。
なので黙々と狩る。一時間やそこいらで諦めていてはMMOは続けられない。割と気力と根気がものを言う。
(…………)
跳び掛かってきた銀色の狼【シルバーウルフ】をバックステップして回避、カウンター気味に射撃魔法を撃つ。
射撃型攻撃魔法、ダークボルト。
黒属性の魔法の矢を飛ばしてダメージを与える魔法で、登録されているショートカットを押すだけでPCの正面に撃つ事ができるが、長押しする事で約一秒毎に一発ずつ術者の周囲に待機させる事ができ、待機させてある全ての魔法の矢が一斉に放つ事ができる。
待機させる事のできるの数はダークボルトの場合、魔法レベル十毎に一つ増加していく。スクルトの場合は最大で五発、つまりダークボルトの魔法レベルは四十以上という事だ。
射撃型にしてはそこそこ珍しいMEN依存型で、スクルトが最も使用する魔法でもあった。
消費されるMPは、魔法の矢が一つ増える事に一発分ずつ増加される。つまり五発発射すれば五倍なのだが、元々燃費の良い魔法でスクルト自身のMPもかなり多いので全く問題ない。シルバーウルフが跳び掛かって来る度に余裕を持って五発飛ばし続けられる程には。
そうやって危なげなくシルバーウルフを狩り、続け様にマチュピチュと戦っているヒルジャイアントにも撃ち素早く沈めた。
《こん》
その時wisが届いた。人斬り二号からだ。
《こんばんは》
丁度片付いたところだったので紅葉は直ぐに返事をした。
《今だいぜうぶ?》
《うん、ソロしてるけど流星の南だから余裕ある》
《あー にゃるほろ》
モンスターのレベル的な余裕ではなく湧きの意味でだ。各エリア広過ぎるので、流星の丘ではソロをしていて一度に大量のモンスターを同時に相手をする確率は低い。但し廃都は除く。
《んー という事は文字通り ドロップ 狙い?》
《んーん、ゴーレム素材》
《なるほ そっちか》
二号の言うドロップとは通常遣われている意味のものではく、ウィッチとウォーロックの投下型攻撃魔法【スターダスト・ドロップ】の事で、ここ流星の丘で入手可能な魔法スクロールだ。
現在紅葉が狙っている素材より遥かにドロップ率は低く、かなり高額で取り引きされる為狙うプレイヤーは少なくない。が、南部や西部より廃都の方が幾らか確率は高いのでPCは分散している。
その為選別のし易い狩り場で大抵のプレイヤーはスターダスト・ドロップを落とす【なきむしうさぎ】を選別して回るので、シルバーウルフなどの足の速いモンスターはついでに狩られやすいが、ヒルジャイアントは足が遅く投石に気を付けていれば無視できる。
ヒルジャイアントのゴーレム素材が露店に並びにくいのは買い手が少ない事だけでなく、そういった事情もあった。
《あー それでさ》
《うん》
《昨日のアレ 割りと上手くいきました?》
《あはは、なんで疑問系なの》
《うへへ》
おそらく本題であろう昨日の相談の報告を聞く。やっぱり照れがあって可愛いな、と紅葉は思った。
《クラスも知らなかったから探して 時間は短かったけど 自己紹介もできたし 次からは見掛けたら挨拶くらいは 行けそう カナ》
《ふむふむ》
スクルトは白いサイのような外見の、こちらから仕掛けない限り襲って来ない、ノンアクティブのモンスターに遠距離から魔法を撃ちながら会話を続ける。
《おめでとう。でいいのかな?》
《うん 結構満足してる ありがとう》
《そっか。なら良かったよ》
《話は以上デス!》
話を聞いた限り、友だちになったという訳ではない様だが、本人は満足していると言っているので、なら自分がどうこう口を挟む事はないだろうと紅葉は考えた。
これから先人斬り二号とその相手がどうなるかは分からないが、今はただ祝福するのだった。
《そういえば一時間くらい前だったかな。二号さんルネの露店に居なかった?》
《いたいた て言っても拠点に行くのに通り抜けただけだけど スクルたん居たの?》
《露店の準備してたリリオさんと話してたの。私も二号さんに気付かなかったんだけどね、リリオさんが今走り抜けていったって》
《ほほーう》
そして人斬り二号本人がハッキリとこの話は以上、と切ったから紅葉も話題を変えた。リアルの話は本人がここまでと言えば終了、それがマナー。
それからは十分程狩りをしながらいつも通りゲームの話をして二人はwisを終えたのだった。
(そういえば、ルウさんはどうだったんだろう)
人斬り二号が上手くいった様で一安心の紅葉。そうなるともう一人の相談者のルウの事が頭に思い浮かぶ。
(……、まだログインしてないか。今日はしないのかな)
フレンドリストを開き、ルウのIDが灰色で表示されている事を確認する。ログインしたからといってwisを飛ばす訳ではないのだが、なんとなく確認してしまう。
紅葉に自分から尋ねる気はない……。ないが気になっている事は確かだった。
(なんでこんなに気になるんだろう……)
自分でも少し気にし過ぎじゃないか。そう思う紅葉だが、なんとなく胸にもやもやとしたものがありスッキリしない。
自分の感情に首を傾げ、その後も三十分程フレンドリストを確認しながら狩りを続けた。
そして零時前。結局ヒルジャイアントの左腕LL(R)は入手できずスクルトはログアウトする事となる。
その日、ルウがログインする事はなかった。
◇
翌日、紅葉は昨日程ではなかったが、これまでとは比べれば少しだけ違った一日を過ごした。
とはいっても真希が朝の挨拶のあと、「今日も天気が良いですね」と言ったのに対し、「そうね。暫くは良い天気が続きそう」と返した。それだけの事だが、それでも紅葉という事を考慮するとかなりの進歩といえるのではないだろうか。
紅葉はまだ『違った1日』と認識しているが、これが『いつも通りの1日』と認識するようになると、友だち作りは一歩前進したと言えるだろう。
また、他に違った事といえば、三限目別室での授業だった為教室を移動していた際、廊下ですれ違った巴と挨拶を交した事だろう。互いに気付いた二人が軽く頭を下げ、ほんの少しだけ微笑んだ程度で言葉は交さなかったが、これまで他クラスとの交流などまるでない鎖国状態の紅葉には、小さくない変化といえる。
あと紅葉と巴の関係についての噂は収束していないらしく、紅葉はなんとなく視線を感じる一日を過ごした。
しかし紅葉には思い当たる節はなく、どうしたんだろう? とは思うものの深く考える事はなかった。
巴とすれ違った時、周りが少々盛り上がったのだが、紅葉は自分たちの事とは思わず、視線と結びつける事はなかったのだ。
という感じの、本当に『少しだけ』違った一日であった。
現在紅葉は夕食を食べ終え、いつも通り自室へと戻ってネトゲ――、とはいかずにリビングで楓と食事のデザートを食べながら話をしていた。
話題は共通の趣味の、魔法少女おんらいんの事。元々紅葉が魔法少女おんらいんを始めたのはクローズβに参加してしていた楓が、オープンβの際に誘ったのが理由だったりする。
「――そういえば昨日久しぶりにリリオさんと会ったよ。露店放置の準備しているところに偶々だったけど」
紅葉がコーヒーゼリーのフィルムを剥しながら呟いた。
「久しぶり? 殆ど毎日インしてるけどなぁ。三日に一度のペースで一緒狩りしてるし……。あー、でも最近セカンドとサード育ててるから気付かなかったとか?」
「ううん、セカンドとサードも知っててフレンド登録はしてるよ。ただ、最近タイミング合わなくってwisで話はしてたんだけど、会ったのは久しぶりだったんだー。あれ、お姉ちゃんとリリオさんってそんなに一緒に狩りしてたんだ?」
「あー……、えっとね……」
楓は生クリームと数種のフルーツの乗ってプリンを食べながら、少しだけ考えように沈黙し、再び話し出す。
「紅葉ちゃんって、ねねねさんって知ってる?」
「うん、確かファイターの人だよね。二三回一緒に狩りした事有るよ」
コーヒーゼリーにミルクを掛ける。
「そそ、んで、ねねねさんとリリオさんってすごく仲良くって狩りパートナーなんだけど、最近インしなくってさ」
「……うん」
「確か二ヶ月くらい前だったかな……、ぱったり途絶えたらしくって。それから殆どソロだったみたいだけど、一ヶ月くらい前にうちの同盟に誘ったっていう感じかな……」
「そっかー……」
声のトーンが落ちていく。
「こういうのって言いたくないけど、ネットの人間関係って希薄だから……、昨日まで毎日インしていた人が急に来なくなって、連絡も取れなくなる事って珍しくないからねぇ……」
「うん……」
大きな同盟に参加している楓には良くある事なのだろう。紅葉にも経験はあるが、慣れる程ではない。たった一日とはいえログインしなかったルウの事が頭にちらつき、杞憂だとは思うものの少し不安を感じていた。
楓は、そんな妹を元気づける様に明るい声を出す。
「まぁ、リリオさんはうちで元気にやってるし、ねねねさんだってきっと元気にやってるよ。それに戻って来ないって決まった訳じゃないんだしね。ほれっ、あーん」
そう言ってスプーンにプリンと生クリームを乗せ紅葉に差し出した。
「うん、あーんっ」
紅葉は差し出されたスプーンを咥えて微笑んだ。その顔を見て楓は、やっぱり紅葉を元気にするには甘いモノだね、と思った。
姉の貫禄というものだろうか。とその時、紅葉の手元を見た楓が驚きの声を上げた。
「あぁっ、紅葉ちゃん汚いよっ!」
「え? あ……」
容器に入っているのは細切れになったコーヒーゼリー。話をしている間、無意識の内にスプーンでグシャグシャに掻き混ぜてしまったのだ。
ミルクは大変よく混ざっている様だが、絵的にはあまりよろしくはない。
「えへへ……」
紅葉は誤魔化す様に笑うと、随分と細かくなったコーヒーゼリーにスプーンを付けるのだった。