表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/56

七話 街を往くスクルト

 いつも通り【魔法少女おんらいん】にログインした紅葉は、モニターの前でアイスコーヒーを飲みながら、今日これからの狩りの予定を考えていた。


(まぁ昨日はパーティ狩りで割と経験値稼いだし、ドロップ狙いつつ魔法レベル上げが妥当かな……、うんそうするか)


 魔法少女おんらいんでは、攻撃魔法と(スキル)にレベルの概念があり、使用し対象に当てる事で少しずつ上昇していく。

 レベルが上昇する事で、例えば魔法なら氷の飛礫が一つ飛んでいたものを、二つ飛ばす事が出来る様になったりするものがある。


 魔法と技で共通しているものは、どちらも上昇すると威力も微上昇する、という事だ。例えば本来1000のダメージを与えるものが1005になる、その程度の値だが、積重ねられる事で生まれる差は決して馬鹿にできるものではない。

 魔法レベルの上昇の恩恵は主にその二つだが、技レベルの場合もう一つあり、それが非常に大きな意味を持つ。


 それはクリーンヒット及びクリティカルヒット率の上昇だ。

 クリーンヒットの場合PCのPOW(力)、ATK(武器の攻撃力)、DAM(物理攻撃のダメージボーナス)、技レベル+αと、対象のAC(防御力)とサイズ補正などによって値が算出され、クリティカルヒットが発生した場合はその値が一.二倍になる。

 そのクリティカルヒットの確率を上昇させるにはDEX(器用さ)とHIT(命中)を上昇させればいいのだが、人斬り二号のクラスであるヴァルキュリエやパンツァー等にその余裕はあまりない。だからといってクリティカルを完全に捨てると今度は別の問題が発生する。


 それはかすりヒットと呼ばれるもので、与えダメージはクリーンヒット(通常)の五分の一にまで低下し、本来発揮する筈のダウンやノックバックやよろけも発生しない事もあるのだ。

 画面上では、例えハンマーでモンスターの頭に当たった画になっていたとしても、足りていなければかすりヒットとなる。

 これは技レベルを上昇させる事でだいぶ補う事ができ、対象にもよるがある程度クリティカルヒットが発生するようになる。こういった理由から魔法レベルより技レベルは重要だと言われている。


 その為パーティ狩りが中心のPCとソロプレイ中心のPCでは、同レベルでも殴った回数に圧倒的な差が生まれるので、パーティ狩り中心だとレベルの成長は早いが、敵のステータスが高い高レベル帯の狩り場では、ソロプレイ中心で成長したPCとのかすり、クリーン、クリティカルに歴然の差が生まれ、かすりヒットを連発するPCは役立たずと揶揄される事になるのだ。


 紅葉の操作するスクルトはネクロマンサー。魔法主体のクラスで前衛程拘る必要はない。


 では何故ソロ狩りが多いかというと理由は四つ。

 一つ目はドロップ品。ランダムで手に入れるPCが決まるパーティとは違い全て入手できる。割とお金の掛かるネクロマンサーなので必須とは言わないが重要だ。

 二つ目は単純に趣味。上げれるものがあるなら無理のない範囲で上げたいだけだったりする。

 三つ目は相手が居ない事。スクルトのフレンドリストに登録されている人数は、同じプレイヤーの別PCを除くと二十人程度で、それも自分からはあまり連絡は取らない。取れないともいう。よく連絡をくれるのは昨日もくれた人斬り二号だが、彼女もソロ主体なので別々の狩り場で狩りながら雑談のwisというパターンは多いが、狩りの誘いとなるとそれよりは減る。

 四つ目はゴーレムの調整。AIの調整したゴーレムを実際に狩りで動かしてみては調整を繰り返す。紅葉にとって魔法少女おんらいんはゴーレム育成ゲームとしての楽しみは大きいのだ。


 紅葉にとってソロ狩りは趣味と実益を兼ねたものと言えた。


(んー、なんのドロップ狙うかなぁ……。できれば昨日でた右腕のレアに合う左腕が欲しいところだけれど……)

 具体的に狙うものはまだ決まっていないが、ゴーレムの素材を狙う事は決定していた。

 紅葉は一旦魔法少女おんらいんを放置してブラウザを開き、登録してあるブックマークをクリックした。

【魔法少女おんらいんの秘密】という名前のファンサイトで、多数のプレイヤーたちからの情報を元に作られた巨大なデータベースのある、魔法少女おんらいん最大のファンサイトだ。

 紅葉も多くのプレイヤーたちと同様に、情報を求めよくアクセスしている。


(ネクロマンサーゴーレム素材一覧……、フレッシュゴーレム……、Rare、と)

 メニューバーの中から項目を選び開く。フレッシュゴーレムの他にボーンゴーレムもあるが、今回はそちらは見ない。

 スクルトは昨日使用していたマチュピチュ(フレッシュゴーレム)の他にボーンゴーレムも持っているが、やはり昨日入手した分、右腕の相棒となる素材への興味が強い。単純にマチュピチュの使用頻度が高いという理由もあるが。


(腕の数が増えるタイプ、を狙うべきかなぁ。外見のバランス考えると。でもアシンメトリーも悪くないよねぇ……)

 マウスのホイールを、フレッシュゴーレムのレア素材一覧の載ってページを上から下へ、下から上へと操作する。

 その表情は実に楽しそうなのだが、死体の弄り方を考えていると思うと残念なのかも知れない。


(んー、これは悩むな……)

 多数の候補の中から絞っていこうとするが、紅葉にはどれも魅力的に見え即決とはいかない。

 ちなみに現段階で大量の素材が載っているページだが、これで全てというわけではない。まだ発見されていないものもあるし、報告されていないものもある。報告に義務などないのだから当然だ。

 そしてこれからまだアップデートによって増える事だろう。

 素材一覧が完成する日はいつになるのか、そもそも完成するのかどうかも分からない。


「あ……」

 マウスホイールの消耗を始めてから約五分。紅葉の口から呟きが漏れる。机の横に置いてある通学鞄の中から、今日真希から貰ったクッキーを取り出した。


(これで後一時間は戦えるわね)

 どうも長期戦を決めたらしい。紅葉は取り出したクッキーをゆっくりと囓ると、再びモニターへと視線を移すのだった。



(うん、決定という事で)

 素材一覧を見始めてから三十分後。漸く狙う素材を決定した。

 紅葉はブラウザを閉じるとゲームへと戻る。

 本日ログインしてから拠点な部屋から出ていないどころか、一歩も動いていないスクルトが部屋の中心付近でぼーっと立ち続けているが、紅葉は気にせずキーボードを叩きゲーム内の掲示板を開く。更にその中から取り引きに限定した掲示板である【取り引き掲示板】というそのまんまの名前の掲示板を開いた。


 ここには『○○1200万で売ります』や『△△募集』といったスレッドが乱立している。プレイヤーはその中から自分の条件に合うものを選び、スレッドを立てたPCへと連絡を取って取り引き、もしくは自分で募集を掛けるという使い方だ。

 紅葉は掲示板に 書き込むという行為が苦手なので、ほとんど書き込む事はないのだが、偶にはこうやって覗き、売り物の中に欲しいものがないか探す事はある。

 尤も、ゴーレム素材といった買い手がかなり限られるものは出辛いのだが。


(まぁないよね)

 予想通りなかった。有ればラッキーくらいに思っていたので、紅葉は気にせず掲示板を閉じ、漸くスクルトを歩かせた。


(次はフリマ巡りかな)

 紅葉は拠点のゴーストタウン――、イイーヴの露店広場へと向かう。

 魔法レベルの上昇を兼ねた狩りの予定ではあるが、目的の素材がフリーマーケットなどで入手可能ならそれはそれでいいと考えている。勿論懐事情にもよるのだが、ゴーレム素材はよっぽどの物でない限り高額にはならない。


 スクルトが三十秒程走ると空き地に着いた。プレイヤーが自分で値を決め店を出している。ゲームの公称でフリーマーケットというシステムで、プレイヤーたちからは露店や露店広場と呼ばれている。

 それなりに人は居るが、割と広い場所なので他のPCが移動の邪魔になる程ではない。


(ない……)

 実は紅葉、ここの露店には割りと期待していたのだ。それはこの町がネクロマンサーの町だからである。ただ、町の特性上集まって来るのはNINJA(忍者にあらず)のようなクラスばかりなのだが。

 とはいえネクロマンサーの町には違いない。ゴーレム素材を売っている可能性は首都のルネツェンのような桁違いの都市を除けば一番高いと考えていたし、実際目当ての素材は売っていなかったが、幾つか置いてあった。


(よし次だね。どっちから行くか……、まぁルネツェンかな)

 少し落胆したが、スクルトは転移スクロールを使用しルネツェンへと飛んだ。



 到着したスクルトは早速露店広場を目指す。幸い転移場所は露店広場の直ぐ隣り、エリアを切り換えるポータル(門)へと入った。

 広さはイイーヴの広場の四倍以上。それほどの大きさがあるのに中は多くのPCでひしめき合っていて、密度は非常に濃い。紅葉の本命がここなのもよく分かる光景が広がっている。


(端から回りますか……)

 紅葉は見落としがないように、一店一店確認しながらスクルトを移動させていく。


「あ……」

 目当てのゴーレム素材発見、という訳ではない。五分に一枚ペースで食べていたクッキーがついに最後の一枚になり、思わず声が漏れたのだ。

 残念に思うも紅葉は最後の一枚を口へ放り込んだ。とその時wisが飛んで来る。


《スクルトちゃんやーい》

 直ぐに立ち止まり返信する。


《はーい》

《わたしリリオ。いまあなたのうしろにいるの》

《え》

 現実でも声が出そうになった紅葉は、モニターを覗き込みながらスクルトを反転させた。

 そこには黒く長い髪をポニーテールした、比較的背の低いPCの多い魔法少女おんらいんにしてはやや背の高いPCが、シートの上に座って露店をしていた。

 自分でも言っていたが、彼女のIDはリリオ。スクルトとは偶にパーティを組む仲だが、ここ最近はタイミングが合っていなかった。


《全然気付かなかった》

《露店はアイテムの名前は見るけど、売り子の名前なんて見んよね》

 PCの頭上にはIDが表情されているが、彼女の言う通りいちいち売り子のIDを確認して回るプレイヤーは珍しいだろう。


《お久しぶりー》

《そだね。一月振りくらいかな?》

《たぶんそれくらいかな?》

 wisはあったがこうして顔をあわせるのは久しぶりの事だった。


《リリオさんは露店放置?》

《うん、実はさ借りとうDVD明日で一週間っち事に気付いたんよ》

《あらら》

《そんで朝まで放置っちゅーわけ》

《なるほど》

 自称ド田舎在住の専業主婦のリリオ。

 数少ない娯楽の一つであるDVDを返却に行く度にまた借りてくるのだが、惰性で借りて時間が経ち気付くと期限ギリギリという事が多い。

 引っ越して来た当初はよかったらしいが、現在は旦那は単身赴任中。子どもも居らずこちらには友だちも居ない為、昼夜を問わずログイン率の高く、実力はトッププレイヤーに近い。


《なんか捜しとーと?》

《うん、ヒルジャイアントの左腕のレア》

《おおう、ゴーレム素材かー》

《ですです。まぁダメ元で》

【ヒルジャイアントの左腕LL(R)】――、サイズはLLと、マチュピチュのLサイズと異なり通常は使えないのだが、レアの特性が『Lサイズのゴーレムに使用できる』というものなのである。これが今回紅葉の狙うゴーレム素材だ。

【ヒルジャイアント】とは巨人族の中では小柄なのだがそれでも四メートル近く、昨日の【トロール】の巨体を軽く上回る。

 トロール系と同じく、棍棒を振り回し襲いかかってくるが、リーチは当然トロール以上。手足の短いトロールとは違って長いので余計にだ。

 ただ、トロールより足は遅いので、投石に気を付けながら距離を取って魔法で戦えば割と狩りやすい相手と言える。上位ジャイアントはまた別だが。



《なかったら狩り?》

《うん。ここにくる前にイイーヴチェックしたけどなくって。一応狩り場に近いヴェネもチェックする予定だけど、あそこは期待できないし……》

《ヴェネはね》

 言ってリリオは苦笑いする。水路の街ヴェネーディ。

 広場のサイズもだがPCの数もお察し下さいといった感じなので期待は薄い。


《まぁ見掛けたら連絡するっちゃん》

《よろしくお願いします》

《あ》

《どうしたの?》

《いや、今二号ちゃんが走り抜けていったけんね。露店見てなかったから単にショートカットに使っただけだと思う。こっちにも100ぱー気付いてないね》

《まあこの人数だもんね》

 相変わらずPCの数は多い。頭上のIDはPC同士重なりよく読めない状態だ。同じ同盟に所属していればIDが違う色で表示されるので知り合いが居る事には気付き易いが、生憎と人斬り二号は無所属でそれもない。リリオが気付いたのは視界に偶然入ったらだ。


《それじゃあ、私はそろそろ行きますー》

《はいよー。近いうち一緒狩り行こーね》

《是非》

 そういうとwisを終え、スクルトは再び露店を回り出した。


(二号さんといえば今日どうだったのかな……)

 露店を回りながら先程居たらしい人斬り二号の事から昨日の二人の事を考え、フレンドリストを開いて見る。人斬り二号のIDは白で表情されているが、ルウは灰色――、まだログインしていない。

 だが仮に二人がログインしていたとしても、紅葉からwisを飛ばして結果を聞くことはないだろう。

 もしダメだったら気まずいという理由も多々あるが、何よりリアルの事を突っ込んで聞くのはマナー違反という考えも強い。

 正直気にはなるが、言える事ならその内さらりと報告もあるだろう、と紅葉は待つ事にして今は露店を見る事にした。



(ないか……)

 隅から隅まで見て回ったが、結果目当てのものは売ってなかった。

 見て回る内に露店は増えたり減ったりしているのだから、もう一周すればある可能性はゼロではないが切りがない。有ればラッキーというものなのだから気にせず、スクルトは転移スクロールを使いヴェネーディへ転移した。



(ん、露店どこだっけ?)

 転移してきた場所は街の南側の橋の上。さて移動、と紅葉は思ったが殆ど利用した事のない広場なので、場所を覚えていない。


「……」

 もう行かなくていいんじゃないかな。一瞬考えるも折角なので予定通り動く事にし、街の全体MAPを開いた。


(んー……、中央からやや右上、か)

 全体MAPといっても詳細なものではなく、可愛らしいイラストで重要施設が大体どの辺りなのか分かる程度のものだ。

 他の街ならそれで大した問題はないのだが、ここは通称迷路の街ヴェネーディ。ここだけは細かい地図が欲しい。そう願う紅葉だった。


(なんというか予想通りね)

 都会の余った土地に無理矢理作った公園――、とまでは言わないが狭い。イイーヴと比べても三分の二程度しかない。がしかし、PCの数は更に少なく密度は薄い。歩き易いのだが露店広場としては微妙だろう。


(そしてなし、と。まぁ仕方ないか)

 結果も悪い意味で予想を裏切らなかった。

 ここにはもう用はなし、とスクルトは北門へと向かって走り出した。


 目的地はヒルジャイアントが多数出現する【流星の丘 南部】だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ