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五十四話 場違いな三悪魔

『うん。できた』

“zhivagoさんをフレンド登録しました。”というポップアップ表示を確認して紅葉が千鶴に告げる。


『ああ』

『ふふっ……』

 久し振りのフレンド登録、それも相手が千鶴という事でつい浮かれしまう。

 メッセージを消すとフレンドリストを開き、当たり前に表示されたzhivagoのIDを見ながらニヤけ、誰にも聞こえないくらい小さな笑い声を零した。

 ……けれど昨今随分と性能の良いマイク。しっかりとその喜びの声を拾っていたりする。


『千鶴、皆登録終わった?』 だがいろはは聴かなかった事にして千鶴に問う。その声は妙に優しい。


『おう――』

『おっと、忘れてた』

 返事をしようとした千鶴に突如楓が割って入る。


『どったの?』

『あ、ごめん。千鶴、これあげる』

『ん、これは?』

『さっきここに来る途中突っ掛かって来たウルフのドロップ』

『あー、言ってたね』

 謝りながらキャロルはzhivagoに、とあるアイテムを放り込んだ。

 それは一枚のスクロール。キャロルをここまで連れて来る際に退けたグレイウルフのドロップだ。

 フレンド登録を済ませ、インベントリを整理していて思い出した。


『偶々出たの。私使わないし、レアでもないだろうし貰ってよ』

『そうか。ありがと』

 最初期のモンスターであるグレイウルフからのドロップ。四人で一時間以上狩っても落とさなかったが、楓の言う通りそうレアという事はないだろう。

 千鶴も素直に受け取った。


『これはどうすれば?』

『インベントリ開いて、アイテムのアイコンをカチカチっとダブルクリックっ』

 明るい声で使い方を簡単に解説するいろはに従い、マウスのカーソルを古い羊皮紙のようなアイコンに合わせてダブルクリックした。


 ソーダ水みたい。紅葉はzhivagoの身体から現れ端から消えてゆく無数の光の粒子を見て、自身には少々刺激的であまり飲んだ事のない、炭酸水から発生する無数の気泡を連想した。

 使用条件を満たした状態で魔法やスキルのスクロールを使用すると、アイテムは失われて使用者は魔法を覚える。そして補助魔法だった場合その場で効果を発揮する。

 zhivagoが使用したスクロールは補助魔法のもの。今彼女には何らかの力が働いているはずだ。


『四分ちょいか。これってどうなんだ?』

 自身に掛けられた補助魔法のアイコンはモニター上に表示される。そのアイコンにマウスのポインタを重ねると名称と簡単な解説がなされる。

 千鶴は刻々と減っていく残り時間を見ながら三人に尋ねた。


『そんなものじゃあないかな。まあ、継続時間はINT依存だからzhivagoはこれから延びるよ。少ーしずつだけどね』

『INT型はそれがねー、正直羨ましい』

 しみじみと語るいろは。メインPCのエンチャンターのかるたはMEN型だ。

 補助魔法の成否や一部の射撃魔法と円型の範囲攻撃魔法は、MENに大きく依存し、INTも若干補正が掛かる。そしてその他多くの攻撃魔法はINTに大きく依存し、MENは少しの補正が掛かるようになっている。

 一部の魔法に例外はあるものの、この様にINTとMENのどちらかに特化しても、もう一方で得られる補正も少ないとはいえ入る。

 しかし効果時間は完全にINT依存だ。MENは幾ら上げても変わる事はない。装備で幾らか補強しているとはいえINT型に比べれば度々掛け直す必要があるのだ。

 尤も、その分MEN型には潤沢なMPがあるのだが。


『ああ、魔法ごとに時間はまちまち。中にはすごーく短いものもあるよ』

 話のついでに楓が少しだけ補足すると紅葉はコクコクとモニターの前で頷いた。

 白属性を含まない攻撃を無効化する魔法【イモータル】首都防衛戦でも活躍したスクルトの切り札の一つで、短いものの代表格だ。あれは約十秒前後と段違いに短い。


『ふうん……。HIT上がるのはいいな』

 zhivagoが覚えた補助魔法は【集中】で、一定時間術者のHITを上昇させる効果がある。

 遠近共にクリティカルの概念があるマジックガンナーには有り難い魔法だった。



『っと千鶴、来たよ』

 紅葉も一緒になって二人の基本的な解説を黙って聴いていると、突然楓が三人に警告を飛ばした。

 スクルトに杖を構えさせながら、レーダーにギリギリ映った光点の方角に視点を動かす。

 そこにはこちらに小走りで駆けて来るアックスウルフ。更にその後方、十数メートルの距離を空けもう一匹確認できる。二匹目も遅れて走り出す。


 こちらにはフレッシュゴーレムを含め五人。その内スクルトとキャロルとかるたは純正の後衛クラスだ。

 通常、ターゲットが誰に向くかハッキリとはしないが、今この場には圧倒的にレベルの低いPCが一人居る。二匹の狼は迷う事なくzhivagoを目指し進んで行く。


『私たちも一応援護してみるから、一体ずつ倒して』

『わかった』

 楓に返事して銃を構えるzhivagoにかるたが補助魔法を掛けた。


 起点指定型補助魔法、マジックアップ。


 杖をバトントワリングみたいに片手でくるりと回しzhivagoに魔法を掛ける。MDAMを大きく上昇させた。

 直後銃口から放たれる一発の魔弾。真直ぐに近い方のアックスウルフに向かい、顔面に見事命中する。補助を受けて与ダメージは目に見えて上がっている。

 かるたは続け様に怯んだアックスウルフにも杖を振るう。


 起点指定型補助魔法、ウィークネス。


 対象のステータス全般を下げるこの魔法、マジックアップもだが通常このレベル帯で使われるものではないので効果はかなりのものだ。

 多大なサポートを受け楽になったが、まだ他にもう一匹居るから気は抜けない。はずなのだが……。


 zhivagoが相手しているアックスウルフの隣りに配置される魔法陣。

 すぐに攻撃で怯んだアックスウルフを追い越そうとしたもう一匹が踏み、発動した。


 設置型状態異常魔法、呪いのイバラ。


 魔法陣から召喚された茨が襲いかかり拘束、【バインドα】を与え攻撃を封じる。

 二匹目も、ある意味一匹目以上に力を削り取られた。楓の言った通りに一対一の状況が作られていく。


 そこそこ操作に慣れてきた千鶴は補助魔法でゆとりが生まれ、これまでとは逆に自ら手前のアックスウルフに接近すると、懐に飛込み銃身で二度叩き付け、大した狙いを付けず至近距離で引金を引く。

 吹き飛びダウンするアックスウルフ。残りのHPも極僅かだ。

 もうこの時点で殆ど勝負は決したと言っていい。しかし更に追討ちが掛かる。予想外にだが。


『おおっ、意外と…………あれ?』

 紅葉がやや大きな声を上げた。

 理由は茨で拘束したアックスウルフのHP。HPバーを見るとかなり減っていた。

 これは呪いのイバラによるダメージなのだが、元々状態異常のオマケ程度のダメージに加え、威力はINTに大きく依存するのでMEN型のスクルトが使うとかなり弱い。

 だが相手のステータスの低さと装備品の補正もあって予想以上のダメージを与えた。呪いのイバラで見た事のない数字にちょっと驚いたのだ。

 それでも一撃では沈まない程度のダメージなのだが。


 予想外の事態は終わらない。バインドαで攻撃を封じられたアックスウルフがこちらに背中を向けたと思ったら、一目散に逃亡したのだ。

 紅葉の記憶ではアックスウルフはバインドだけで逃げ出したりはしない。HPが減っているからだろうかと首を捻る。


『おぉ』

『お? っ千鶴ー』

 逃げ出すアックスウルフを見ていろはと楓も声を上げた。それに反応して逃亡する背中に銃口を構える。

 しかしタイミングが悪い事にzhivagoの背後に三匹目のアックスウルフが湧いた。


 現れたアックスウルフは直ぐさまzhivagoをターゲットに定めると牙を剥く。額の斧のような角を構え背中に襲いかかろうする。

 しかし後数歩というところでかるたに防がれる事となった。かるたが杖をアックスウルフに突き出すと先に環状魔法陣が描かれ鎖が射出される。


 射撃型状態異常魔法、エナジー・チェーン。


 魔力で編まれて鎖がアックスウルフを捕らえると雁字搦めにしてバインドαを与えた。この魔法はそれだけでは終わらない。


『はいはい邪魔する悪い子は仕舞っちゃおうねー』

 呟きながら鎖を引き寄せzhivagoの下から引き離す。

 行動だけでなく疑似的に移動も封じてしまう強力な拘束魔法、に見えるが、術者を中心にリードに繋がれた犬のように動く事はでき、バインドαは解けないが移動を制限する両者に繋がったチェーンを消さないと術者もその場から動けない為、多数を相手してる時は使い辛い。

 あと相手のサイズと能力次第では引き寄せられないので評判は微妙なところ。けれど一部のプレイヤーからは人気の魔法でもある。


 背面に迫っていた脅威の消えたzhivagoは逃げて行くアックスウルフを射撃する。だが小さくなっていく的を捉えきれず外してしまい、次弾を撃とうとするが射程外に逃げられてしまった。

 千鶴は諦めて既に起き上がっていた最初の一匹を狙う。


 他の三人なら追い掛けトドメを刺す事は容易い。けれどレベル差があり過ぎzhivagoが入手できる経験値が極端に減るのでパーティを組んでいないし、zhivago以外はメリットのない相手だ。黙って見送った。


『ごめんなさい。逃げると思わなくって』

 援護するつもりが逃がしてしまい申し訳なさそうに謝る紅葉。


『いや気にするな。たかが一匹……、っと』

 返事をしながらバックステップで体当たりを躱して射撃。残り極僅かのHPを削り切り、最後の一匹に向き合う。

 エナジー・チェーンで繋がれたアックスウルフは、攻撃できないなら代わりにと言わんばかりにうろうろと動き回っているが、明後日の方向に逃げようとはしていない。

 千鶴は少々乱射気味にトリガーを引き、素早く片付けるのだった。



『お疲れー。援護やり過ぎちゃったね。あっ、紅葉ちゃんのバインドの事じゃないよ? 補助掛け過ぎると千鶴が作業になっちゃうって事ね』

『普通まだ補助なんか殆ど貰わない段階だからねえ』

 射撃の威力が増してモンスターの攻撃力も低下し随分と楽に狩れるようになったが、ゲームの盛り上がりに欠ける。いろははサポートしてみて感じた事を口にしたが、話していて紅葉のバインドの件を言っているように聞こえるかも知れないと思い、慌てて言葉を足し、楓も同意した。


『ああ、楽だけどこの難度は微妙だな。まあ補助の力を知る良い機会だったよ』

『フレ登録に出しただけだしね、ここじゃあ流石に過剰なんだよね』

 ウィッチにもエンチャンターには劣るとはいえ補助魔法も幾つかある。だが必要ないだろうと思い楓は手は出さなかった。


『……ところで』

 アックスウルフ襲撃前に居た場所に戻り、千鶴は気になっていた事に触れる。耳を傾ける三人。


『このゴーレム、モンスター来ても全く動いてない気がするんだが……』

 マチュピチュを見上げる。確かに召喚されてから動いておらず、今も虚空を見詰めている。

 目の前で戦闘があったのになんら変わらない様子は割と不気味かも知れない。


『命令出してないからね』

『命令がないと全く動かないのか?』

『うん。攻撃されてもガードもしないよ』

『そうなのか……』

 例え目の前で召喚主が攻撃されていてもフレッシュゴーレムは命令がなければ動かない。

 紅葉はマチュピチュがうっかり殴って経験値を奪ってしまわないように動かさなかった。結果的に別の要因で経験値を逃してしまったが。


 お利口さんだよ。と明るく話す紅葉に千鶴は曖昧に頷くのであった。


 それからゴーレムの話題になり、他クラスの簡単な特徴に移っていく。

 頻繁に襲って来るモンスターは、経験者の三人は今度は控え目に援護しながらzhivagoが狩っていった。

 四人の雑談はしばらくの間続く。



『あ、私たちはそろそろ落ちなきゃ』

『……え?』

『残念だけど、そろそろご飯よ』

 三人の話をニコニコ笑って聞いていた紅葉は姉の言葉に呆けた返事を返した。

 慌てて時計を確認してみると短針は六を回っている。確かにいつ雪菜から呼ばれてもおかしくない時間だ。

 まだ夏至は過ぎたばかり。窓の外はこの時間でも明るく青空が広がっており、時間の経過にまるで気付かなかった。


『本当だ……』

 千鶴と初めて、それもお喋りしながらするゲームは非常に楽しく、とても短く感じられた。そして、この時間が終わるのがとても寂しかった。

 意図せず零れた言葉は、小さく悲しげ。


『紅葉』

『え、うん』

 少し考え話し掛ける千鶴。気分の沈んでいた紅葉は慌てて返事をする。


『直ぐに追い付く、とは言わないけどログインするから。……夏休みだしな』

『……うん』

『それまではいろはで我慢してくれ』

『ちょ』

『まあ冗談だが。まだ弱いけど、よかったら偶には誘ってくれ』

『……ふふっ。うん!』

 冗談混じりに、ゲームを続けると言う千鶴。また近いうち、次があるんだと思うと落ち込んだ心がすっと軽くなった。


 元気良くさよならの挨拶をしてスクルトを拠点に帰還させ、そしてログアウトした。


『二人はどうするの?』

 まだ繋いだままのボイスチャットを通じ、楓が尋ねる。


『うちは夕飯遅いから。もうしばらく続ける』

『同じくー。千鶴が独りだと寂しいだろうから、優しいいろはちゃんがパンツァーの方の歌留多に戻って付き合ってあげるようん』

『誰が』

『照れるなってちーたん』

 仲良くじゃれ合う千鶴といろはに最後にまた笑顔にさせれ、紅葉はもう一度さよならを言ってボイスチャットのソフトを終了させた。

 二人の、またな。またね。が嬉しかった。

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