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三十九話 さんにん

 お弁当を食べ終えた紅葉は食後の歯磨きを済せ、教室に戻るべく廊下を歩いていた。


(今日は暖かくて良い天気ね……)

 紅葉は教室の前で立ち止まると、廊下の窓を見上げる。

 梅雨明けはもう少し先の話ではあるが、今日の空には雲が殆どなく非常に良い天気だ。今朝確認した天気予報によれば今日は一日雨の心配はない。

 衣替えをしたばかりの頃は、生地が少々薄く、半袖になったこの夏用の制服は肌寒かったが、今日は程よく感じられる。

 暫くの間紅葉は足を止め、空を見上げていた。


(……戻りましょうか)

 再び歩きだし、開けっ放しになっている三年四組の前の扉を通過して自分の席へと戻った。


 教室に居る生徒の数は、最近の昼休みの状況と比べると若干少なめだろうか。

 お昼ご飯を食べ終えた少女たちは紅葉と同様食後の歯磨きに行ったり、自販機へ飲み物を買いに行った者も多く、また、今日は久し振りにからっと晴れた事もあり、外へボール遊びやベンチでお喋りをしに出掛けているものたちも多いからだ。


(何してよう、かな)

 緩い三つ編みを弄りながら紅葉は窓の外の風景を眺め、これからどうやって昼休みの残り時間を過ごそうか考える。こういう時に便利なのは本なのだが、生憎昨日は急いで家に帰る必要があったので新たに借りていない。


(んー……、次はプールだけど移動には流石に早過ぎる)

 移動や着替えなど、なにかと手間の掛かる水泳の授業は早めの行動が基本だ。しかし昼休みはまだ半分近く残っているから、仮に気紛れにもう移動してみたとしても、プールは閉められている可能性が高い。


「平島さん」

 ぼうっと外を眺めながら、ああ、このまま時間が経つかも、と緩く考えていた紅葉は、名前を呼ばれ内心ビクリとした。驚きすぎて面に出た変化は、ぼんやりとしていて細まった目が一瞬見開いたくらいなもの。

 紅葉は自身が落ち着く為にゆっくりと、他人の目から見れば優雅に振り返った。

 声で大凡の予想は出来ていたが声を掛けたのは優子であった。その隣りには真希も居る。


「なにかご用かしら」

 三つ編み弄りを継続させながら首を小さく傾げた。


「うん。昨日の今日で悪いんだけど、英語、教えてもらっても良いかな?」

 この時、陽気の所為か話しかけられてもまだどこかぼんやりとしていた紅葉は、漸く頭が働き出した気がした。


(そうよ、安部さんと長谷部さんじゃないの。やだしっかりしないと)


「ええ、勿論」

 緊張は面に出さず可憐に微笑む。

 昨夜、もし明日質問されるとしたら明日授業のある教科の可能性が高いのでは、と重点的に勉強してきた。その予想に違わず本日の午前中にあった英語の質問だ。

 ただ、本日は水泳の授業があるので夜更かしは断念。今テストを受けても満点を取るような絶対の自信はなかった。

 これは紅葉が神経を尖らせ過ぎているというか、満ち溢れたやる気が空回りしているだけの事。優子と真希は紅葉に便利な先生役を求めているのではない。


「そう良かった。ええっと、ここなんだけど……」

 自前のプリントを紅葉の机に置くと、紅葉と同じ方向から見えるよう隣りに並ぶ。真希は遠慮がちに横から覗き込んだ。

 見ればこのプリントは、今日の午前中にあった英語の授業終わりに試験対策にと配られたもの。紅葉はまだ手を付けていない。


「…………、これはまず初めに、この代名詞が例文の何を――」

 優子が指定した問題を紅葉は素早く頭を働かせる。そして自分が説明出来る内容だという事に安堵し、出来るだけ丁寧に説明を始めるのだった。



「――という事になるの」

「なるほど。うん、良く分かったよ。ありがとう」

 説明を終えた紅葉に優子が礼を言うと、紅葉は微笑んで応じ、それから真希にも目を向ける。

 質問者は優子ではあるが、どちらも分からなかったから訊きに来た筈だ。説明中に真希の様子も伺っていたが、頷いていたので大丈夫だろうとは思うも念の為。


「長谷部さんも大丈夫かしら」

「! はい! 大丈夫です!」

 真希にとって不意打ち気味に呼ばれ、一瞬身身体を震わすも元気良く答える。

 そんな真希に紅葉は、きちんと教えられて良かったと小さく息を吐いた。


「あともう一つあるんだけど、良いかな?」

「ええ、勿論構わないわ」

 まだ多少の不安はあるが一度教師役を体験して、二人の反応から割と上手くできたと感じ、少し自信の付いた紅葉は笑顔で応じる。


「ありがと。次はこの子なんだ」

 そう言いながら優子は場所を空け、真希の肩を軽く叩いた。


「よ、よろしくお願いします……」

 ぎこちない動きで紅葉の隣りに移動して屈む。二人の間には肩の触れ合わない、十数センチの距離。

 真希は顔を赤くしながらも優子のプリントを指差した。上手く教える事に集中して指先を見詰める紅葉は、真希のそんな様子に気付かない。


「この、問なんですけど……」

 問題を確認した紅葉は、今度も自分がしっかりと理解出来ている内容である事に安堵し、説明を始める。


「この文章の主語は分かるかしら?」

 余裕の生まれた紅葉は、先程のように殆ど一方的に話して解説するのではなく、真希に問い掛けた。


「あ、えっと、トムです。トム・リドルくん」

 その事に真希は少し不意を突かれるも正しく答えた。


「そう、このトム君だけれど、IとYou以外――、つまり三人称で単数でもあるわよね?」

「はい」

「そしてこの例文は現在形だから……」

「あっ! 三単現!」

 思わず声を上げる真希にニコリと笑い掛けた。真希は至近距離の笑顔に、既に桜色に染まっていた頬だけでなく耳まで赤く染める。


「正解。だからここはlooks likeになるわ。三単現を習ったのは随分と前だけれど、見落とされ易いから――」

 それから紅葉は、何処かに書いてあった注意書きを思い浮かべながら話し、説明を締めたのだった。



「ありがとね。助かったよ」

「ありがとうございました!」

 質問が終わると二人は改めて紅葉に礼を言い、二つ目の質問をした真希は立ち上がって、元気よくお辞儀をした。

 礼を言われ紅葉は頬が緩みそうになるのを自覚。口元に手を当てて誤魔化し、こほんっと小さく咳をしてから返事をする。


「お役に立てて良かったわ。誰かに教えた経験なんて殆どなくって、少し不安もあったのだけれど」

 なんとか分かる問題で助かったわ、と紅葉は苦笑いする。

 本当は少しどころではなく、特に問題を見るまでは心臓が激しく高鳴っていた。昨日この為にしっかり勉強して来た事は言う必要がないので勿論黙っておく。

 そんな紅葉の言葉に驚いたのは優子だ。


「そうなの? 教えるの上手だと思ったんだけど」

「そんな事は……、基本的に、テスト勉強は一人でしかやらないから」

 友だち同士で勉強会という経験は、基本的にどころか皆無に等しいのだけれども、ぼっちアピールなどできる筈もなく、偶に姉の楓に質問をしたり、長期休暇の際に同じ部屋で宿題をする事を拡大解釈した。

 それを聞いて優子は、鼻先を人差し指の腹で擦りながらなにやら思案顔。

 ちらりと真希を窺う。突如黙った優子を紅葉と真希が不思議そうに首を傾げていると、優子が口を開く。


「そっかー。じゃ、じゃあさ、明日って授業午前中まででしょ? だっから、私たち午後残って勉強会しようと思ってるんだけど、偶には一緒にどうかなー? なんて。正直私は力になれないかも知れないけど……」

 優子は紅葉を勉強会に誘うも声が段々と尻すぼみになっていく。誘われた側はというと、一見、表面上は変わらないが心の中は混乱中だった。


(それって、え? つまり一緒に勉強するという事で、それは勉強会で? つまり一緒で――)

 初のお誘いに脳の処理が追い付いておらず、表情も硬直。そんな黙ったままの紅葉に優子は慌てて続ける。


「勿論一方的に教えてもらおうとかそう言うんじゃなくて、一緒に勉強して、分からないところがあったらお互い協力したり、ってそれがどうも一方的になっちゃいそうなんだけど……、ええっと……」

 紅葉の混乱が移ったかの如く優子も珍しく大慌て。

 初め、優子の提案に目と口を大きく開いて驚いていた真希も、今度は優子の焦りが移ったかのように、視線を二人の間を行ったり来たりさせ落ち着きがない。


「あの……」

 他人の慌てる姿を見て紅葉の心は漸く落ち着きを取り戻していく。


「私が居て、お邪魔にならないかしら?」

 椅子に座ったままの紅葉は、二人から見ても分かる、微かに不安を覗く瞳で、立っている二人を上目遣いに見詰める。


「も、勿論! ね?」

「だ、だだいかんげいです!!」

 喉を鳴らす優子。我に返ると慌てて返事をしてから真希を促すと、真希は今日一番の元気をもって賛同した。


「嬉しい……」

 紅葉は胸の前で手の平をもう片一方の手で包み、小声で囁きながら暖かな笑みを浮かべた。

 珍しい表情の連続に、真希だけでなく優子をもくらりとさせ、それはこっそりと三人の成り行きを見守っていた幾人かの少女たちも同様であった。



 あれから明日のお昼ご飯などの話をしてから三人は解散した。現在紅葉はプールに向かうべく渡り廊下を渡りきったところ。

 先程のお誘いで足元はどこかふわふわ、夢見心地で歩いている。


 紅葉の紛れている少女たちの集団は、昼休み後の水泳の授業という事で移動時間がばらついている為今日は疎らだ。


(今月分、いえ来月分のパワーも使い切った気がするけど、この紅葉一切の悔いはない)

 このパワーが何なのかは謎だが、とにかく上機嫌である。


「あれれ、紅葉ちゃんじゃなーい?」

 そんな紅葉を呼び止める声。自分と同じ名前が呼ばれ、少しだけ現実に帰って来た。

 しかしここはもう高等部の校舎内だ。たぶん自分の事ではなく、同名の高等部の生徒が呼ばれたのだろうとは思うも、念の為歩みを止めて周囲を見渡した。


 先ず目に止まったのは紅葉と同様、次が授業の水泳で高等部の敷地にお邪魔している中等部の少女たち。見える範囲で十名も居ないが、数名、足を止めた紅葉を追い抜く際にちらりと見たり、声の発信源を探してか、さり気なく周囲を窺うも、歩みを止める事なくプールへと向かっている。

 次に目に付いたのはやはりこの校舎の主役たる高等部の生徒。中等部のものと比べ、濃い紺色の生地と僅かに異なるデザインの制服は、学園に連なる者でないと直ぐには気付かない程の些細な違いではあるが、本人たちには一目瞭然。こちらもそれ程多くはなく、今は周りに五名程居る。

 その高等部の先輩方の中に、どこかオーラの違う二人の生徒が居た。自然と紅葉はそちらを向いた。


(あっ)

 見ればその二人は見知った相手だった。

 一人はふわふわの髪の、先輩ながら可愛らしい、優しい雰囲気の少女。

 もう一人はすらりとした、紅葉より背の高い、クールな雰囲気の少女。

 紅葉はプールへ向かう疎らな列から外れると、少し離れた場所に居る二人の元へ向かい、また相手も紅葉へと歩み寄って来る。


「こんにちは、いろは先輩。千鶴先輩」

 その二人の先輩方とはいろはと千鶴である。紅葉は挨拶をしてから頭を下げた。


「当たり前の話だけど、学園で会うなんて珍しいね」

「そうですね。校舎が違いますから、中々……」

 一緒に出掛けると、家と同じどこか抜けた幼さというか、妹っぽさを二人に見せる紅葉だが、今は学園内という事で外仕様。仕方ないかといろはは微苦笑するも、口に出せば紅葉が困るのは目に見えているので指摘はしなかった。


「お二人は次の授業は……、家庭科ですか?」

 紅葉が二人の手荷物を見ながら尋ねる。

 二人とも見慣れない高等部の教科書と手提げ袋を持っていた。教科のタイトルは見えないが、昨夜楓が雪菜に調理実習があるから明日お弁当は要らない旨を伝え、幾つか食材の用意していたのを見ていたから予想は付いた。


「惜しい! これは四限目のだよー。昼休み中向こうでお喋りしてて今戻ってきたところ」

 それをいろはがニコニコと笑いながら訂正、補足する。


(あれ、じゃあお姉ちゃんは?)

 いろはと千鶴、二人と同じクラスの楓がこの場に居ない事を不思議に思い、目をさ迷わせる紅葉を見ていろはは首を傾げた。


「……楓は日直。次の授業の準備があるからもう一人と先に戻ってる」

 すると理由を察した千鶴が口を挟み、いろはもなるほどねと頷いた。

 そこでこれまで会話を主導していたいろはから千鶴に向き直った紅葉は、ある事を思い出し伝える。


「ああ、そうでした、千鶴さん」

「ん?」

「お貸しする予定のあれ、どういたしましょうか? 実は一昨日から始まったのですが」

 思い出したのは、千鶴に貸す予定のゲームコントローラーの事。一昨日から始まったのは新クラス、マジックガンナーの実装である。

 ゲームの話なので大っぴらにはせずに、色々とぼかして千鶴に話す。


「ああ……」

 千鶴は相槌を打ち一度切ると、顎に手を当ててしばし思案していたが、一度頷き口を開く。


「そうだな、今度の日曜にお邪魔する予定だから、その時でいいか?」

「はい、ではその時に」

 日曜日はテスト勉強で家から出る予定は一切ないので、断る要素は何一つとしてない。笑顔で同意する。


「あっ」

 話が纏まった丁度その時、いろはが小さく声を上げた。


「ごめん紅葉ちゃん。紅葉ちゃん次プールなんだよね? 引き止めちゃった」

 背中の、中等部の列の方を向くと、紅葉が此所に着いた時と比べ生徒の数は更に少なくなっている。

 しかしまだ予鈴も鳴っていないので、十分に間に合うだろうと紅葉は思った。


「いいえそんな事は……、もう目と鼻の先ですし」

「そっか」

 微笑む紅葉にいろはも笑顔で応じながら、三つ編みの掛かった紅葉の肩にそっと手を置いた。


「三つ編みレアだなー、久し振りに見たよ。プールの後は後ろで括ってるの?」

 紅葉本人からするとほぼ毎日している珍しくともなんともない三つ編み。けれど日頃休日の、括っていない状態の紅葉とばかり会ういろはにとっては、三つ編みの方が珍しいらしい。

 その三つ編みに指先で遠慮がちに触れ、反対側の手で自分の後ろ髪を軽く持ち上げてジェスチャーしながら問う。

 いろはが言っているのはお風呂上がりにしているポニーテールの事だ。

 何故だかいろはは紅葉がお風呂上がりにしているポニーテールを大変気に入っている。触れる指が遠慮がちなのは、この後直ぐにプールに入るとはいえ、ここが学園に限らず外で乱れるのを気にしてだろうか。


「いいえ、今と同じ、二つに結います。ただ、結うだけで三つ編みはある程度乾くまではしませんが」

「そっかー。あっ、本当に遅刻させちゃいそうだからそろそろ。日曜日私も行くから、またその時にでも」

 紅葉の答えに少し残念そうに呟いたいろは。また話が逸れそうになったのをやや強引に締めた。


「はい、楽しみにしてますね」

 建前でなく本音。試験前なので遊んでもらえるわけではないとは分かってはいるが、それでも休日に会えるだけで嬉しかった。

 元々良かった紅葉の機嫌は益々良くなり、自然な笑みが浮かぶ。それを見ていろはも満足げだ。


「それでは、ごきげんよう」

 頭を下げ告げる。


「バイバイ」

「じゃあな」

 いろはは胸の前で手を振り、千鶴は目礼して紅葉を見送った。


(今日ってすごくラッキーディだ)

 紅葉がプールへの道に復帰する。予鈴の時刻が迫り中等部の少女は殆ど居らず、もはや列を成してはいない。

 紅葉は頬が緩まないよう強く意識しながら、ほんの少し早足で歩くのだった。



(よっし、セーフ……、だね)

 更衣室の一つ目の扉に辿り着いたところで予鈴が鳴ったが、紅葉は必要以上に慌てた様子はない。

 いつものゆったりとしたペースで着替えればギリギリになりかねないが、ここから急げば問題はないし、何よりプールに着いた時、自分以外にも外にまだ中等部の生徒が二、三見えて居たので安心できた。


(あ、でも隅っこは空いてないかも……)

 気になる事といえばいつも着替えている端っこが空いているか、それくらいである。

 それくらいとは言っても紅葉にとっては微妙に重要な案件だったりするのだが、身体をしっかりと覆い隠せるボタンタオルがあるので焦るまでは至っていない。

 更衣室の一つ目の扉を開け、大きく迂回する通路を早足で通過し、二つ目の扉を開ける。


(……う?)

 その瞬間紅葉に集まる幾つかの視線。意外な反応に一瞬だが立ち止まってしまう。


(なんだろ?)

 扉の近くで着替えていた数名と、あとは離れたところで二、三人――。それ程多くの視線というわけではないので余裕はある。

 ただ少しだけ不思議に思い、扉を開けたところで小さく首を傾げた。

 扉の近くの少女たちは直ぐに、あとの少女たちもあまり間を空けず、いつもの様に友人同士でお喋りをしながらの着替えに戻った。


(あれ、気の所為……?)

 直ぐに視線が逸れたので、紅葉はなるべく端且つ周りに人の少ない場所を求め動き出す。更衣室はもう着替えを済ませプールに向かった生徒も居るようで、スペースは割とあり歩き易い。


(あ、ここが良いかも)

 紅葉お気に入りの、いつもの隅には人は居なかったものの、荷物が有ったので他のあまり周りに人の居ないところを見つけ、棚に袋を置くと水着などの用意を始める。


(うーん、前にもこんな事があった様な……、デジャビュ? あ、でもこれって自意識過剰かも……)

 ほんの些細な違和感だ。それに扉が開けば目が行くのは自然な事かも知れない、と自分を納得させた。実際、扉の近くの少女に関してはそれが真相である。

 しかし残りの数名は、先程の廊下の一件で紅葉に注目していたのだ。


 中等部でも注目されている紅葉が高等部の、それも遠目から見てもかなり目立つ二人と話していたのだから、偶然居合わせた少女が気になってしまうのも仕方がない。

 紅葉にとって幸いなのは、名前を呼ばれたところを目撃した人が少なく、その後通り掛かった少女たちも、列から数メートル離れた位置で背を向けた少女が紅葉だと気付いた者が殆ど居なかったので、以前の様な大きな噂になっていない事だろう。

 当の本人も背を向けていたので気付いておらず、中等部の列が視界に入っていたいろはと千鶴に関しては、高等部の先輩方なのであからさまに見られる事はなかったから、それ程注目されていると感じてはいなかった。


 ただそれでも、名前にちゃん付で呼んでいた事や、肩に手を乗せていたという事を、耳をダンボにしたり様子を窺いながら歩くペースをかなり落していたとしても、偶然、偶然耳や目にした生徒も居る。

 これだけの材料だが、弱冠十四歳から十五歳の少女なら、妄想に翼が生えて飛んで行ってしまっても仕方がない、のかも知れない。

 とはいえまだ小さな噂話の段階である。家にお邪魔するという話を聞いた生徒が居たら、こんなものではなかっただろう。


(まあ、いいか)

 直ぐに解消された本当に些細な違和感だ。


(そんな事より土曜日曜とイベントが目白押しだぁ)

 明日の放課後の勉強会に、明後日の二人の訪問と、テンションの上がる事が目先にあるので、ちょっとの違和感など、どんどん頭の隅へと追いやられて行き、準備体操を始める頃にはさっぱり気にならなくなっていた。


 しかし授業後、やはりいつもより視線を感じる様な気がして、内心首を傾げる紅葉なのであった。

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