三十三話 わるいひとたち
Casperがマチュピチュのガードの上から左右の短剣で斬り付け、続け様に叩き込もうとした。しかし複数の魔力球が飛来した為Casperは連撃を中断、バックステップで退避しようとする。
スクルトの放った黒色の魔力球は五つ。うち一つはマチュピチュに当たり、残りの四つのうち二つがCasperに命中した。
「うぜぇ」
幾らかのダメージを受けたCasperはよろけから復帰すると、ステップとステップの途中に小ジャンプを挟む事で着地地点とタイミングをずらす、ステップキャンセルと呼ばれる技術を織り交ぜて移動しながら呟いた。
Casperとスクルト、そしてマチュピチュの戦いは今のところスクルト側のやや優勢で進んでいた。
理由は大きく分けて二つある。一つはこの狭い部屋に設置された二つの、捕まると対人戦では致命的な魔法陣のトラップがあるからCasperが移動を制限されている事だ。さぞレーダーに神経を使っている事だろう。マチュピチュは魔法陣に触れない様に組まれているし、術者は触れても発動しない。
もう一つは、スクルトは主に牽制、マチュピチュは守り優先と決して無理をしていない事が大きい。
CasperはやはりDEX型のステ振りのようで、遠距離からの魔法攻撃は殆どなく接近戦主体な為、近付いてから連撃を入れようとしているがスクルトの前にはアシンメトリーのツギハギの男が立ちはだかって居る。
ならば先ずはゴーレムから、といってもスクルトの命令で堂々たる体躯の割に大振りせず、ガードを多用してくるマチュピチュを崩すのは容易ではなく、強引に攻めても逆に、チャージした五発のダーク・ボルトでマチュピチュごと撃っているので、CasperのHPは少しずつ、だがしかし確実に削られていた。
消耗したHPを回復させようとHPポーションを使いに後方に下がれば、そうはさせないとスクルトから魔法が飛んでくる。HPは自然回復頼みという状況だ。
とはいえ紙装甲のスクルトは一度連撃を貰うと呆気なく危険域に達するので、油断のできないギリギリの戦いが続いている。
一方紅葉は、スクルトを操作して良いポジションを確保しながら魔法で牽制し、マチュピチュに細やかな命令変更で指示を出している。
その胸は緊張で高鳴り、コントローラーを握る左手も、キーボードとマウスのふたつの入力機器の間を忙しなく行ったり来たりしている右手も、手の平にうっすらと汗をかき、その表情は本人も気付いてはいないが微かに笑んでいた。
(この人、より、サンダーバードの方が、カースナイトの方が、スキュラの方が強いけど、強いんだけど……、プレイヤー相手じゃないと、この、緊張感は……、味わえない)
紅葉の胸の鼓動は益々激しさを増していき、渇いた喉を鳴らす。
積極的にイベントに参加している方ではないが、紅葉は別に対人戦が嫌いという訳ではない。ないのだが今回の様な強制参加(PK)は別で、できる事なら遠慮したいとも思っている。しかし、いざその時が来ると、始まる前はどう回避するか考えていた割には楽しんでいた。
意外性のある動き、多種多様な戦術。これらは対モンスターでは味わえない。勿論圧倒的多数で襲われた場合など、楽しむ余地がないのは別ではあるが。
Casperがマチュピチュに対し円を描く様に動くのに対し、スクルトはその反対になるように動く。
これで何度目になるか、目当て(スクルト)の前に立ちはだかる肉壁を迂回しようとするが、これもマチュピチュがCasperの迂回しようとしている側の壁に少し移動して牽制した。
マチュピチュと壁の間に通り抜けるスペースはあるが、マチュピチュが移動したのでその幅は狭くなっている。無理矢理通ろうとすれば守ってばかりのゴーレムも流石に殴り掛かって来るだろう。それも壁を背負って、見るからに重量級のゴーレムと打ち合う事になるのだ。
「チッ」
仕方なくCasperは一旦下がるが、その際にわざわざチャットで舌打ちをする事を忘れない。
距離を取り再び細かなサイドステップを刻むCasper。今度は間を空けず、マチュピチュに対し真正面からの強襲を仕掛けた。
だがそれはNINJAらしからぬあまりに愚直な動き。マチュピチュは余裕を持って守りの姿勢に移り、スクルトはマチュピチュに斬り掛かったところに撃ち込むべく杖を構えた。
ところが紅葉の予想に反しCasperはマチュピチュに斬り掛からなかった。Casperは前方にジャンプすると空中で空気を蹴りもう一度斜め前方へと跳ぶ。そしてなんとガードしているマチュピチュの左肩に乗ったのだ。
(踏み台に!?)
驚く紅葉を余所に、Casperはマチュピチュの肩を蹴りつけ加速、スクルトに仕掛ける。
(ぐっ)
スクルトは慌ててバックステップから射撃魔法で迎撃を試みるが、Casperの踏み込みが紅葉の照準を合わせるスピードに一瞬勝った。
(くぁ……)
ライトグリーンの光刃がスクルトを正面から軽快に二度斬り裂き、そこに分身の術の追加攻撃が発動、計三発受けた。軽い……、だがNINJAの強みは軽さを補う連撃にある。Casperは更にダメージを与えるべく短剣を振るおうとする。
しかし猛攻はそこまでだった。Casperは背中に衝撃を受けその場から吹き飛ばされた。
Casperを吹き飛ばしたのはマチュピチュの長い左腕、先程突破されたマチュピチュが振り返り、その剛腕を振るったのだ。
この一撃はCasperを大きくノックバックさせ、そこで連撃を止める事に成功した。
(あ、危なーい)
スクルトはダウンまでもって行かれずよろけるだけで踏み止どまった。
(ちょっと気が抜けてたかも……)
ここまで上手く運べていた事と、マチュピチュに対する真正面からの攻めだった事に油断し、それに予想外の動きが合わさって反応が遅れた。紅葉は気を引き締め直す。
マチュピチュが良い動きをしたから良かったものの、危うく大ダメージを受けるところだった。がしかし、なにも悪い事ばかりではない。狙った事ではないがCasperがノックバック、そしてダウンしたのだ。
紅葉はこれ幸いとショートカットキーを、本来は必要ないが緊張から連打、回復アイテムを使用して全快とまではいかなかったがほぼ回復した。
それに対し三分の一近くまでHPを減したCasper。危ない橋を渡りかけたが、結果だけ見ると依然としてスクルトの優勢は変わらない。
「あークソ今のは逝っとけよ」
転がって起き上がったCasperは歩きながら毒吐く。次もこう上手くカットできるとは限らない。紅葉はスクルトとマチュピチュのポジションを整え直し、Casperも未だ退こうとはせず再び短剣を構えた。その時――。
「あ」
(あっ)
Casperの真隣にストーンゴーレムが湧いた。
Casperはこんな時でも律義にチャットで短くリアクションしてストーンゴーレムから距離を取ったが、既にストーンゴーレムはCasperをターゲットにしたようで、後を追い動き出す。
当然紅葉は好機と見て攻勢に出ようとマチュピチュを突撃させ、スクルトにチャージ時間や生じる隙などからここまで使用しなかった範囲攻撃魔法のチャージを始めさせる。
狙いはマチュピチュがCasperをとらえたタイミング。纏めて撃つ予定だ。
(逃げないのかな……)
それと同時に浮かぶ疑問。Casperの動きを窺うも、通路に退く事もなければ転移で逃げる様子もない。
転移に関してはゆったりとしたモーションの関係上、この状況で間に合う事はまずないが、それこそ距離を取ってしまえば良いだけの話。ネクロマンサーならただの的だが、NINJAの速さなら回避に専念して通路に逃げ込んでそのまま別のエリアまで逃げる事も、十分距離を稼いでからの転移スクロールを使用する事も可能であり、それはCasper自身がよく分かっている筈である。尚、雲隠れに関しては連続使用の制限に掛かるので使用できない。
(拘りなのかなぁ)
仕掛けたからには仮に自身が追い詰められても退かないのか、それともネクロマンサー相手に退くのはプライド許さないのかも知れない。考えてみたところでCasperの心の内は、エスパーでもなく、況してや出会ったばかりの紅葉には分からない。
そうこうしている内にCasperは壁と二体の巨体に追い詰められていた。ストーンゴーレムの振りかぶった一撃を回避したところに突き刺さるマチュピチュの拳。Casperはなんとかガードしたが、そこにスクルトが三人纏めて飲み込むべく範囲攻撃魔法を放った。しかし――。
(――え?)
手に持った杖を天に掲げる様に構えCasperたちの足元に魔法陣を描き、今まさに魔法を発動しようとしていたスクルトの背中に光刃が走った。
それはCasperとは違う、もう一人のPCによる背後からの奇襲。両手に持った短剣の輝く刃がスクルトの背中に続け様に五度入る。まるで舞う様な連撃の全てがクリティカルヒットだ。
だがそれでも一撃一撃は比較的軽い。柔らかいスクルトでも直前にHP回復の機会があった事が幸いし、なんとか【気絶】を免れ踏み止どまった。
それでも未だ首の皮一枚繋がった状態に過ぎないスクルトが、前方に吹き飛ばされていたところに追い討ちが掛かる。
斬撃型攻撃技、霞斬り。
身を低く屈めたPCが高速で前進すると、空中に投げ出されて為す術のないスクルトをすれ違い様に斬り捨てた。
そのスキルもクリティカルヒット。これでスクルトのHPは今度こそ0になり、それに伴いマチュピチュは強制的に帰還されてしまった。
「どんなもんじゃーい!」
Casperは勝鬨を上げると、スクルトを斬ったもう一人の少女のPCと共にストーンゴーレムを手早く片付け、気絶状態になり仰向けに横たわったスクルトに近付いてくる。
(最初から二対一じゃなくて、二対二だったんだ……)
パーティ外のPCの攻撃がモンスターに通常通りに通る【首都防衛戦】のような特殊なイベントやレイド――複数のパーティが集まり攻略するクエストやボス――でもないのに、Casperと戦っていたストーンゴーレムにもう一人の少女の与ダメージが減少せずに通っているという事は即ち、Casperとパーティを組んでいるという事を示している。スクルトを仕留めた少女のPCが偶然通り掛かり、気紛れで参加したという線はない。
Casperは逃げなかったのではなく、逃げる必要がなかったのだという事を紅葉は悟った。
「いつから二対一だと錯覚していた?」
スクルトにCasperが楽しげに告げる。
もう一人のPCは無言でスクルトからアイテムを漁り、スクルトも何も言わない。
「何だった?」
「MPポーション。店売りの」
「ゴミか」
Casperが少女にスクルトから手に入れたアイテムを尋ね、その結果を一言で切り捨てた。
PKが成功するとランダム性はあるが幾らかの経験値、所持金の二十%、それとランダムでアイテムを一つ奪えるのだが、装備品など貴重な物はある例外を除き奪う事はできない。その上、短時間で同一PCをPKすると入手経験値は激減し、何度か繰返せば0になる。
元々得られる経験値はリスクに見合った値ではないし、所持金に関しては銀行に預けているプレイヤーが殆どなのでメリットは少ない。
「つーかお前なんで先制取れてんだよ」「あーそれネコミミしてんのか。そのグラわかり辛ぇー」「まぁお前もネクロにしてはまぁまぁだったけどな。読みが甘いと言わざるを得ない」
Casperが独り喋り続ける中、紅葉はというと自身を倒したPCを眺めながら考え事をしていた。
向かって右側だけ髪を結んだサイドテールの黒髪の少女は、Casperとは違いスミレ色の忍装束の、如何にもNINJAといったコスチュームを着て口元はCasper同様口当てをしている。
(背面からだったけど六発全部クリティカルだった。NINJAだし、ネクロマンサーの私が相手だから有り得る話だけど、必要な場面できっちり決めれるっていう事はDEXもHITも技レベルもかなり高そう。攻撃力はたぶん同レベル帯のNINJAと変わらないけど、それを維持してあのクリティカル率は……、タイミングも絶妙だったし強そう……)
ゲーマーの性か、かなり高そうなスペックに興味津津。ネットという事もあり初対面の二人を前に、さほど緊張もせずじっと見詰めている。これまたネット故に目と目が合わない事が大きい。
即ちCasper完全に無視である。もう一人の少女に視点を向けているので視界にCasperが映っておらず、その所為で発言の度にPCの頭上にポップアップで表示されるチャットが見えていないのだ。そして少女のスペックや動きに気を取られて、画面下に表示される会話のログにも気付かない。これでも悪気はなかったりするのだが、そんな事知る由もないCasperが声を掛ける。
「なんか喋れよオイ。忍者汚いなとか、さすが忍者とかなんかあんだろ。黙ってたらツマンネェ」
(う? んーそう言われてもなぁ……、あっ、あらら)
そこで漸くCasperが喋っている事に気付いたが、ログを読むと短い間に随分と喋っている。CasperのPKの目的の一つはこれなのかも知れない。
(うーん、何かと言われても……、うーん)
無視して帰還すれば良いものを、何を喋ろうかと紅葉は真面目に悩みだした。襲って来た相手に対し律義というか。尤も、単に天然なだけかも知れないが。
(ネカマの人ですか? とか訊いちゃ失礼かな……? あれ、そもそも中の性別隠してないならネカマとは言わないって聞いた事あるような……、いろはさんが言ってたんだっ、けな? 陽炎さん?)
段々と思考が逸れていく。『性別:おんなのこ』に有利な面の多い【魔法少女おんらいん】では、おんなのこでプレイしている男性プレイヤーも多いが、口調は中身の男のままというプレイヤーも多く、特におんなのこ専用クラスであるヴァルキュリエや巫女でプレイする男性に多い。
またネットの世界という事もあり、女性プレイヤーの中にはリアル絡みの余計なトラブルが起きないように性別を隠し、男性のような喋りをする者も居る。無論Casperもその可能性は0ではない。が、Casperはそんな事を言わせたい訳ではない。
(まぁいいか)
少し考えてみたが、そこまで気になっているわけでもないのであっさりと考えを放棄し、別の事を考え出した。
(というか、最初に姿を見せた事がソロだと思わせる罠だったんだよねぇ)
完全にしてやられた事も相俟って、元々性格的にも出てこない悪口はぱっと出て来ない。「忍者に対人でネクロが勝てると思ってんの?」これには一言言い返したい気持ちはあったが、結果的にやられたのは事実なので何も言わない。言えない。となると紅葉はいよいよ何も思い付かず頭を悩ませる。
(う、うーん……、あぁ、これにしよう)
紅葉はチャットのログを逆上りながら悩んでいたが、マウスである部分をコピーするとチャット欄に貼り付けてEnterキーを叩いた。
「冰」
「は?」
「え?」
紅葉が貼ったのはもう一人の少女のID。これまで無言だった少女の口から出た言葉に二人は驚いたような反応を返す。「え?」が冰だ。
「なんて読むの?」
少し、なんとも言えない微妙な間が空いたが、やがて冰が口を開く。
「ひょう。氷の事だよ」
(へぇ、そうなんだ。冫に水でひょう。格好良い! もみじおぼえた)
どうやら紅葉の思春期特有の感覚にクリティカルヒットだったらしい。
「そう、覚えた」
冰に感謝を告げるとスクルトは帰還ボタンを押し町へ転移した。
「つーか俺を無視してんなよ! だったらせめて俺の読みを訊けよ!」
転移直前、ギリギリ間に合ったらしいCasperの叫びがスクルトのログに表示されている。
(あっ、本当だ。でも読み知ってるし)
ここで漸く紅葉は、Casperとは一言も言葉を交わしていない事に気付いた。
Casperは以前観た映画で知っていたので、気にもならなかったのが本音だ。気にもならなかった、本人が聞けば烈火の如くまくし立てそうだが。
何はともあれ最後までかみ合わない二人だった。
(wisで謝るのも変……だよね)
そもそもPKされた相手にわざわざwisで恨み言なら兎も角謝るものおかしな話だ。
(……仕方ないか)
もしかしかたらCasperからwisが来るかも知れないからと、暫くの間帰還先であるイイーヴの病院で待つ紅葉であったが、結局来なかったので切り替えると病院を出てアイテム整理する為ショップを目指して歩きだした。
ちなみに、相手の名前を訊いて帰還という、時に宣戦布告に取られてもおかしくはない行動をした事には全く気付いていない。
(はぁ、でもまだそんなに狩ってないのに帰還は痛い……)
明日も続けて籠る予定だったハイン遺跡からの強制帰還に少々ヘコむ紅葉。時刻も十時半を回っていたため、整理を終えると重い足取りで拠点へと戻った。
「ハァ……」
アイテムを整理を終えた紅葉はモニターを見詰めながら、勝った気になった事や伏兵に全く気付かなかった事を思い返して溜め息を漏らす。
(やっぱりほんのちょっとだけ悔しい、かも……)
肩を落しもう一度溜め息を付くと、Escキーを押しログアウトの手続きをしたのだった。




