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三十話 抱擁

 ルウの頭上に落ちて来た塊は一.五メートルくらいの青色の不定形、要はスライムだ。外見は所謂国産のものとは異なり可愛らしさの欠片のない、動く青色のヘドロの塊といったところ。

 そしてそれは外見だけの話ではない。スライムはルウの上にのし掛かるとそのまま体内に取り込んでしまったのだ。

 取り込まれたルウの簡易HPバーがじわじわと減っていく。HPに継続ダメージを与えてくるのである。


 紅葉は不定形が現れる前に準備させていた補助魔法を破棄させると、射撃魔法を溜めなしで素早く不定形に撃ち込む。だが不定形には少しのダメージと、ルウにも微弱ダメージを与えるだけに終わった。


(足りないか)

 それでもスクルトは撃ち続ける。すると三発目が命中した時漸くルウが体内から弾き出された。


 救助されたルウのダメージは幸いにも大した事はなく、これなら仮に時間経過で解放されるまで待っても、減るのは四分の一程度といったところか。

 しかし取り込まれている間、継続ダメージだけでなく移動は勿論、魔法や直接攻撃、アイテムの使用も出来なくなるのが問題だ。


『助かりました』

『うん』


 起点指定型回復魔法、ヒーリング。


 淡く優しい光がルウを包む。スライムから距離を取ったルウは回復量はそれなりだが発動も早めの中位の回復魔法で、自身のHPを回復させながらスクルトに礼を言った。


『あぁ、やっぱり』

 青色のスライム、名称はそのまま【ブルー・スライム】の様子を伺っていたストレルカが声を上げた。ブルー・スライムが左右に大きく揺れたと思ったら、なんと二体に分裂してしまった。

 ブルー・スライムは攻撃を加えるとランダムで分裂する性質があるのだ。だからといって放置していても時間経過で勝手に分裂する性質もあるという厄介さ。

 分裂を繰り返す度、HPの上限は下がっていくが下限は初期値の三分の一で止まり、質の悪い事に分裂する度一匹から得られる経験値も減って行く。しかもこちらの下限は1という嫌らしさである。性質を逆手に取ったわざと増殖させてレベル上げといった扱いも出来ず、分裂でステータスが下がったりという事もない、なんとも旨味の無い相手なのである。


 更にそれだけではなく、限定的とはいえレーダーに映らないという性質まで持ち合わせている。攻撃を食らうまでブルー・スライムに誰一人気付かなかったのは、天井に張り付いている間レーダーに映らなかったからだ。

 ちなみにプレイヤーが陸上に居る間限定だが、水中のモンスターもデフォルトで映らない。これでは狩場の人気が無くなるのも仕方のない事かも知れない。

 ブルー・スライムの出現率が通常モンスター扱いの割に低い事が救いか。


『どする?』

 人斬り二号が投てきのポーズのまま、つまり技のチャージ状態でタイミングを窺いながら問い掛ける。


『ガストラ囮で。おk?』

『k』

 ストレルカはこれまで回避に専念させて、スキュラの触手攻撃の分散に一役買っている黄金ペングーの命令を変更、ブルー・スライムを突かせてタゲを取るとこれまで通り回避に専念させる。その際また一匹分裂したがそれは仕方のない事だろう。


 スクルトはマチュピチュを盾にして毒液を防ぐと範囲魔法を撃ち、スキュラが怯んだ隙に人斬り二号も続く。


『だいぶ削ったからこのまま押し切ろう』

『ィェァ 早くしないとスライム祭りになってまう』

 一応、スライムがエリア内に同時に湧く上限は決まっているが、旨味のない狩りになるし触手の的が少なくなったのでリスクも増している。面倒は避けたいところだ。


 人斬り二号はフェイタル・ジャベリン、スクルトはシャドウ・サーヴァントで益々攻勢に出る。だが遂に触手を捌ききれなくなった人斬り二号が捕まってしまった。

 今までも四人は触手に何度か直撃したが、それは単純に鞭の様にしなった触手で殴打されダメージを受けるだけだった。しかし今回は巻き付くと、人斬り二号を自身の近くへ引き寄せ始めた。


『yabaaai』

 意外と余裕の有りそうな人斬り二号のチャットだが、絡み付かれるとブルー・スライムの取り込みと同様、行動不可、移動不可、HP継続ダメージを受ける。つまりは【バインドα】【バインドβ】【毒】を同時に受けているようなもの。エリアボスらしくスキュラの触手の方が頑強な為解放され辛く、継続ダメージも少々大きい。

 加えて四人とも忘れている、もしくは知らない事だが、触手で絡め取ったPCを引き寄せてベアハッグ(抱き締め)で大ダメージを与えてくる。色々な意味で長引くと危険だ。


『二号さんまとめていくね』

『一思いに よロリ』

 触手で絡め取っている間僅かながらそれ以外への攻撃が弱まっているスキュラに、魔法のチャージを終えたスクルトが杖を振るう。

 呼び出した影の使い魔の五本の指が人斬り二号ごとスキュラを貫いた。スキュラと人斬り二号が近過ぎる事もあるが、射撃魔法を数発当てた程度では解放されず埒が明かないからだ。

 ただ、基本的にパーティメンバーや敵対していないPCへのダメージは軽減される。今回は意図的に狙ったが、パーティではどうしても誤射があるからだ。なので人斬り二号が範囲魔法で受けたダメージもそれ程ではない。というか軽減されないのであればとても仲間ごと撃つようなまねはできない。


 拘束されていた触手から人斬り二号は解放され、ダウン判定を受けてるとそのまま水面に投げ出され沈んでいった。

 スクルトとストレルカは人斬り二号が脱出できるよう射撃魔法で援護する。

 その時、地底湖から光の柱が生れた。


 直線型攻撃技、ハイパー・チャージ。


 沈んだ人斬り二号は、ダウンから復帰後も水中に潜んで技の体勢を取るとチャージ完了次第魔力を爆発させ加速、スキュラを真下から貫き飲み込んだ。

 あと一歩まで追い詰められていたスキュラはその一撃がトドメになり消えてゆく。


『おh 美味しいところ頂いた ご馳走さまです』

 水飛沫を上げ現れた人斬り二号はスキュラの消滅を見届けると、陸地にゆったりと着地しながら呟いた。


『お疲れー』

『お疲れ様ー、決まっとったよ』

『お疲れ様です! 最後良かったです!』

 そんな人斬り二号を三人は陸地で迎え入れ、ルウは回復魔法を掛ける事も忘れない。


『水中で垂直なチャージ面白かった ちょっとこの興奮を語りたいところだけど 先ずはアレからデスネ』

『そだね』

 十匹近くに増殖したブルー・スライムの山を、他のモンスターが湧く前に一気に片を付けるべく、スクルトはシャドウ・サーヴァントの、人斬り二号はスキル再使用の制限に掛かるのでハイパー・チャージは使用できないが、一段階下のそれでもスライムの群れを始末するには威力、範囲共に申し分のないスキルの準備に入るのだった。



『ぐぇ』

 人斬り二号が水竜巻に巻き上げられながら呻いた。

 後方に居る半漁人の魔法使い【ギルマン魔導兵】の放った範囲攻撃魔法だ。足元に発生した魔法陣に人斬り二号は気付くも、連撃をいれている最中で急には止まれなかった。

 同じく範囲内に居たガストラの退避は間に合ったがマチュピチュも巻き込まれ、それだけでなく仲間のギルマン突撃兵も二体巻き上げられている。モンスターはプレイヤー以上に躊躇しない。


 現在四人は先程までとは別のエリアに移動していた。

 スキュラとブルー・スライムを片付けた後、あえてリスクを負う事もないので、これまで通り地底湖には入らずに遊んでいたのだが、それから暫くして場所を変えてみようかという話になり、予想以上の動き辛さと思った以上の湧きに、変なテンションになった人斬り二号が地底湖に潜って移動する事を提案。三人も快諾して潜った。

 どうやら変なテンションになっていたのは全員だったらしい。


 地底湖は場所によっては違うエリアに繋がっており、中には異なる洞窟に繋がっているものもある。考えなしに移動すると気が付くとそこは高レベル帯の洞窟、なんて事も有り得るが構わず潜った。

 一応移動中は慎重にモンスターを片付けながら進んでいたが、慣れない操作に、意外なしぶとさに定評のあるスクルトも何度か危ない場面があった。


 これまで浮遊の効果で移動速度低下のペナルティを受けていなかったルウにいたっては、急な移動速度の変化と不慣れな水中の操作に墜ちかける一幕もあったが、接近戦でハンデを負いながらも普段の飛行で水中の操作に慣れがあって比較的動きの良い人斬り二号と、むしろ動きの良くなったガストラの活躍に助けられエリア移動は完了したのだが、水中のガストラの泳ぎが速過ぎて面白い、と何故かそのまま陸地に上がる事なくはしゃいでいた。

 今は漸く高くなり過ぎていたテンションが落ち着き、地底湖から上がって狩りをしているという訳である。


『とりあえず、魔落とそっか』

『うん。ゴーレムたちで隊長。残りが私でおk?』

 魔とは魔法使いの略称、つまりこの場合ギルマン魔導兵の事を指す。

 先ずは厄介な遠距離攻撃持ちからと提案するストレルカに、スクルトはギルマン魔導兵から飛んで来る二つの水球を避けながらアイディアを出した。


『おk』

 起き上がり、ルウから回復して貰いながら人斬り二号も同意する。その直後、返事を確認した紅葉はマチュピチュに命令して【ギルマン突撃隊長】を殴ってその場から釣り出すと、既にチャージを始めていたシャドウ・サーヴァントを撃った。

 放った範囲魔法は上手くボス格であるギルマン突撃隊長以外の前衛を巻き込み、同時にマチュピチュとガストラは釣り出したギルマン突撃隊長を囲む。そして人斬り二号は後方の魔導兵二体の内一体に突撃、ランスで素早く三度突くと後方へダウンしようとするギルマン魔導兵を追い前方へステップ――、間合いを詰めると追い討ちの一撃を入れてHPを大きく削った。ギルマン魔導兵は後衛型だけあってかなり脆い。


(こ、これは危ない)

 一方ギルマン突撃兵二体とギルマン剣撃兵を受け持ったスクルトはというと、三体の猛攻を必死に回避していた。

 スクルトとは異なり陸上でも移動速度の低下しないギルマンたちのスピードがスクルトを上回り、回避が追い付かずに時折シールド――、前方に環状魔法陣を描きダメージを軽減しているが効果があるのは前方のみ。しかも殴られ過ぎると割れる。横に回り込まれる前に解除すると再び回避に専念する。

 いつものように偶に射撃魔法を撃ち牽制しているが余裕がないので頻度は少ない。

 ちらりとレーダーを見て戦況を確認してみるがギルマン魔導兵はまだ一体残っている。


(あんまりこういうのは好きじゃないけど……やろう)

 ジリジリと追い詰められているスクルトに、紅葉はチャージ中の射撃魔法を破棄させると別の魔法をチャージして、ギルマン突撃兵の攻撃を回避したタイミングで放った。


 術者中心型状態異常魔法、テラー・ボイス。


 スクルトを中心に灰色の衝撃波の様なエフェクトが発生すると同時に周囲に絶叫が響き渡る。するとスクルトを包囲しようとしていたギルマンたちは少しノックバックしてから一瞬ふらつき、【恐怖】状態になった。


(ふー……)

 その状況を確認する事なく魔法発動直後スクルトを退避させた紅葉は、少しだけ距離の開いたギルマンたちを見てほっと息を吐いた。

 この【テラー・ボイス】という魔法は範囲内の対象を敵・味方問わず恐怖状態にする魔法なのだが、術者中心で範囲が狭く恐怖状態にならなかったらノックバックもよろけも発生しないので、失敗するとかなり危険が伴うのだ。距離を稼ぐために使用した紅葉だが、使わないで済むなら使いたくはなかった魔法である。要はそれほど迄に追い詰められていたという事だ。

【恐怖】の効果はステータスの低下。一応こちらの効果がメインなのだが、紅葉にとってはノックバックとよろけがメインで恐怖はオマケ程度に考えている。しかし攻撃力や命中の低下も、いざ捉えられた時の事を考えれば少しは助けになるだろう。


 決死の思いで距離を稼ぐも、レースでドライバーの腕で性能差のあるマシンをコーナーで抑えてもストレートで抜かれる様に、またも簡単に差を詰められた。

 スクルトが再び射撃魔法で牽制を入れようとした先頭のギルマン突撃兵にジャンプしたガストラが頭から突撃した。

 紅葉が視界を操作して戦況を確認するとギルマン魔導兵は始末され、今はギルマン突撃隊長をマチュピチュと人斬り二号が前後から囲み勢い良くHPを削っている。


(セーフ)

 紅葉は息を吐くと、ヒットアンドアウェイで一体ずつタゲを剥して行くガストラを援護する為、うち一体に射撃魔法を撃つのだった。



『乙狩りー』

『お疲れ様ー』

『おつかれー』

『お疲れ様です!』

 ギルマンの残党を片付け四人は互いを労い合った。


『スクルたん ヤバかったね』

『うん。思ってた以上にいっぱいいっぱいで危なかった。先に魔法陣設置するなりすれば良かったよ。ルウさんありがとう』

『いえいえー』

 話をしている間回復してくれているルウに礼を言いながら、動き回ればどうにかなると油断があった、と紅葉は先程の戦いを振り返り反省していた。この間モンスターはぱたりと途絶えている。


『しかし 妙に疲れた』

『私も』

『うん』

『私も』

 慣れない狩場の影響か、それとも変なテンションで遊んでいたからか、狩りが落ち着くと紅葉もいつもより疲れを感じていた。


『そろそろ帰る?』

 時刻は十時半前。狩りも丁度区切りが付き良いタイミングかも知れない。

 スクルト、人斬り二号、ルウの三人はストレルカの提案に頷き、ルネツェンへ転移したのだった。



 転移した先は首都ルネツェンの西門前。他のプレイヤーたちの移動の邪魔にならないよう道を空けると、先程の狩りの内容を中心に雑談をしてまったりと過ごしている。

 紅葉も椅子の背もたれに体重を預けキーボードも手前に寄せて楽な姿勢を取ると、すっかり冷めた元ホットミルクで喉を潤し、自分のペースで会話に加わっている。本日も雨で少々気温が低い為ホットミルクなのだが、毎回殆ど冷めてから口にするのだからあまり意味はない。


 雑談を始めて十五分が経った頃には狩りの話は一段落して、今はストレルカがリアルの、ここ最近の雨が憂鬱だという話題を振ったところだ。


『私は梅雨入り前に新しい傘を買ったので早く使いたくって、早く雨降らないかなーって思ってました! でもいざ降ると、その日の朝はなんだか勿体なく感じちゃいましたけど』

『はぁ、ルウちゃんは可愛いなぁ』


(うん、可愛い)

 ストレルカに紅葉も内心同意する。モニターの前の顔は少々ニヤけていた。


『あー 憂鬱といえば水泳 スクルたんには言ったけど 水泳の授業が始まったのが憂鬱 人斬り二号の憂鬱』

 そう言うと人斬り二号は肩を大きく落とすアクションをした。


『ああ、始まったんだ? 私も始まったけど、確かにその日は疲れたなぁ』

 欠伸が止まらなかった月曜日の夜を思い出しながらチャットを打つ。


『お2人は水泳お嫌いですか?』

『そもそも私は運動があんまり その中でも水泳は疲れるじぇ』

『嫌いじゃないけど得意じゃないの。あと内容にもよるけどその後疲れるね』

 ルウの問いに人斬り二号とスクルトは素直に答える。


『なるほどー。確かに疲れますね。私は水泳好きなんですけど、その日は動き過ぎてすぐ眠っちゃいます』

『水泳かー、学生時代始まるの結構楽しみにしてたけど、午後の授業が辛かった覚えがあるわ』

 わかる! 特に国語が、私は数学がと盛り上がる四人。十一時前になってルウがログアウトするまで水泳やプールの話は続いたのだった。


 ルウがログアウトした時に拠点へ帰った人斬り二号もグループチャットで会話を続けていたが、それから十分程してログアウトした。残った二人はというとゴーレムと召喚魔についてという、実にネクロマンサーとサモナーらしい会話をしている。


『やっぱりやるからにはコンプしたいんよね』

『うんうん』

 ストレルカに同意する紅葉。召喚魔は所持数に限りのあるゴーレムと異なり、使いこなせるかは別にしてシステム上コンプリート可能だ。しかし数は多いどころか時々増え、ドロップ率も低いし水場に代表される不人気な狩場に行く必要もある。夢はあるが所詮は夢なのが現実だ。


『手伝うよ。召喚魔楽しみだし、集めるのって好きなんだ』

『うわっ嬉しい。ありがとね』

 喜ぶストレルカに笑顔で応じるスクルト。ペア狩り出来るのも嬉しい、というのは恥かしいので黙っておく。

 二人は偶にソウル狙いの狩りをする事にして、早速近い内に一度行く約束をするとこの日は解散した。


 パーティ解散後、ルネツェンの露店広場を冷やかして拠点でログアウトした紅葉は、歯を磨くと再び椅子に座ろうとして思い止どまる。


(そう言えば更新は後日するって言ってたっけ)

 ルウのブログを見てからパソコンの電源を切ろうと思っていたのだが、水泳の授業に備えて早めに寝ますと言っていた事を思い出したのだ。


(win……U、Uっと)

 紅葉は立ったままキーボードを操作するとパソコンの終了の手続きをする。


(私も明日水泳あるし、ルウさんに倣おう、かな)

 紅葉は明かりを消すとベッドに横たわり、瞼を閉じたのだった。

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