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二十九話 暗くて重い地底湖

 四人の転移した先は霧の町ゼラズニイ。

 鬱蒼とした緑が茂る、森に囲まれたこの町はその名の通り霧に覆われていた。

 ここは巫女のクラスの初期拠点であり、巫女が追加された際一緒に追加された町だ。規模は小さくまだ実装されているクエストの数も他と比べ少ないからか、それとも雰囲気作りか――、空気は違えどイイーヴと同様、特に屋外に配置されているNPCの少ない、こちらは正真正銘静かな町である。


『ありがとうございます!』

『ゼラまでやけどね』

 町を東西に二分する川に架かっている橋の上に到着した四人。ルウがストレルカに礼を言うが、ストレルカは転移石に登録しておらず現地まで連れて行けなかったので、苦笑いさせ応える。


『いや、クナイフェルは転移石なかったような? 自信ないけど』

 言葉の通り自信はないのだろう、チャットとPCの頭上にクエスチョンマークを付けてスクルト。過去に数回行った事はあるが、サモナーの転移先を登録できる転移石は見た覚えはない。


『ま 気にしなーい 今日見掛けたら登録するという事で』

『異議なし』

『異議なしでーす』

『うん。そいじゃ行こっか』

 ストレルカに三人は返事を返し川に沿って北上すると、直ぐに小さな町の北端に到着した。四人はそのままスピードを緩める事なくポータルに飛び込み町を出たのだった。



 目の前に広がるのは巨大な湖、ライン湖。

 エリア中がゼラズニイ以上の濃い霧に覆われている。


『入らんよね』

『うん』

『左回りで』

『おk』

 町を出た四人は直ぐに変身するとストレルカがコースを確認し、目の前に広がる巨大な湖には入らず沿岸に沿って左回りに進んで行く。若干遠回りになるが低下する移動速度を考慮するとそれほど差はない。

 そしてレベルは大した事ないがライン湖内には多くの水棲モンスターが居り、無視して進もうとしてもとにかく邪魔になる。急がば回れだ。

 四人は十分ほど雑談しながらモンスターを躱し、ライン湖を難なく走り抜けたのだった。



『そいじゃどこ入る?』

 ライン湖を抜けた四人は足を止め話し合いを始めた。


 クナイフェルは正確には【クナイフェル洞窟群】という名称でこのエリア一帯に複数の入口のあるダンジョンだ。どこも水場という共通点があり、それぞれ中堅どころのPCが潜れるところもあれば、高レベル帯のPCがパーティを組んでも難しいところもある。


『mob 単体のレベルはイイとして 目茶苦茶湧くところは回避したい』

 そう意見する人斬り二号に皆賛同し、水掻きを取りに行っている間にファンサイトでクナイフェル洞窟群の狩り場を、幾つかピックアップしていたストレルカが条件に合う洞窟を指定して、四人は遂に洞窟のひとつに突入した。


 洞窟内に突入すると、ルウとストレルカは暗い洞窟内を照らすランタンを手に持った。これでよほど離れない限り暗所ペナルティは発生しない。

 続いてスクルトがアシンメトリーのフレッシュゴーレムを、ストレルカは体長五十センチほどの召喚魔、黄金ペングーを召喚した。

 黄金ペングーはイワトビペンギンに良く似ているが、黄金ペングーは眉のような黄色い羽飾りはイワトビペンギン以上に長い。


『可愛いです!』

『おh この召喚魔はイイものだ』

『うん、可愛らしいね』

 たまたまモンスターが居ない事をいい事に、少女たちは黄金ペングーを見て大いに騒ぐ。確かにその場で跳びはね手や足をバタバタと振るったり首を傾げる姿は非常に愛くるしい。その隣りに並び、微動だにせず立っているツギハギの巨人と比べると余計にだ。


『ガストラ挨拶』

「きゅいーきゅいー」

 ストレルカの言葉に合わせ頭を下げ挨拶をする黄金ペングーのガストラに、三人は益々可愛い可愛いと大合唱。

 召喚魔は特定の言葉に反応して言葉や動作を返すよう設定ができる。育成のついでか色々仕込んだらしい。

 ネクロマンサーのゴーレムも可能なのだが、紅葉はそれはフレッシュゴーレムらしくないと考え一切設定していない。紅葉なりに色々と拘りがあった。


『おっと、そろそろ進もうか』

『うん』

 少しの間そうしてはしゃいでいたが、モンスターが湧いたのを契機に皆忘れていた水掻きを装備して奥へと進み出した。



『うひー遅い なんか笑える』

 水掻きはメリットだけでなく、地上の移動速度が一段階低下するというデメリットもある。しかしそこら中にある幅が広めの水溜まりサイズの浅瀬に入れば、水掻きの効果で本来二段階低下するものが一段階低下に軽減されるので、地上と浅瀬の移動速度は均一に保たれる。なのでこれは完全なデメリットとも言えない。

 また、洞窟内は水溜まりだらけで非常に動き辛いだけでなく、どのエリアも大体三分の一から半分ほどが水深の深い地底湖が占めているので、水掻きを装備しない理由はないだろう。


 四人は深いエリアを避けながら奥の、比較的戦い易そうな地形のエリアを見付けると動きを止めると、ルウとストレルカは手に持ったランタンを少し距離を取りそれぞれの足元に置いた。これで光の届く範囲内であれば――、少なくともこの広さのエリアであれば、地上部分全域で暗所ペナルティは発生せず邪魔にならない。

 次いで各自補助魔法を掛け準備を整えた。


『来ました!』

 準備を終えたルウがなにかを発見、叫んで仲間に知らせるのとほぼ同時に地底湖から三つ又の槍を持った半漁人【ギルマン突撃兵】跳び上がってきた。

 直ぐさま人斬り二号がランスで突きタゲを取ると、スクルトも後方のルウに上空から襲い掛かろうとしている、広げた翼が五十センチ近いコウモリ、【スピット・バット】に射撃魔法をばら蒔きタゲを取る。

 こうして地底湖での狩りが始まった。


(私がスピットバットかな……、だね)

 このまま自分が処理をするか射撃魔法で牽制しながら、モニターに映る様々な情報を見て考えていると、画面左上のレーダーに敵性キャラを意味する赤色の光点が三つ追加された。水中に居たモンスターたちが四人に気付き水面に浮かび上がって来たのだ。

 一瞬一対四になった人斬り二号だったが、直ぐさまスクルトとストレルカがマチュピチュとガストラを向かわせ、水際で押し止どめている。


(あぁ、こっちも……)

 スピット・バットがもう一匹湧き、スクルトは直ぐに射撃魔法でタゲを取った。初めに湧いたスピット・バットのHPバーはまだ三分の二ほど残っている。

 決して強くはなくHPも少なめのモンスターなのだが、ピクシー程の大きさしかないその体は射撃魔法の的としては小さく、空中で大きく左右にぶれながら飛び回るので待機させた五発の射撃魔法を撃っても全弾命中とはいかない。そのせいでHPの割に時間が掛かっているのだ。

 紅葉はできるだけ多く当てるために引き付けると、飛び掛かってきたスピット・バットをバックステップで躱し射撃魔法を撃ち込む。


(あっぶない!)

 端から見ると紙一重で華麗に回避してみせたスクルトだが、紅葉に魅せる気など更々ない。


(もっと早く、か)

 ペナルティによる移動速度の低下は言ってしまえばたった一段階、しかしその影響が紅葉の想定以上でギリギリになってしまったのだ。


(あっれー)

 あまり良いとは言えない状況に追い討ちを掛ける様に、更にもう一匹のスピット・バットが湧いた。


『思った以上の歓迎』

 人斬り二号の側に目を向けると既に一二体は倒したようだが、入れ替わりでそれ以上に新しいモンスターが出現している。


『ぷち湧いたねー』

『そうですねー』

 意外と呑気な会話をしているストレルカとルウであるが、ストレルカはガストラの命令を細かく変更して、数体のタゲを取らせてから回避に専念させる事で、最前線の人斬り二号とマチュピチュが同時に相手をする数を減らし、自身も補助魔法を掛け直し状態異常魔法でサポートしているし、ルウも慣れない地形の所為でいつもより被弾率の高いメンバーのHPを管理しながら、切れた補助魔法を直ぐさま掛け直す安定したプレイをしている。


(これは自分で片付けるしかないなぁ)

 牽制しながら周囲の状況を確認して思う。

 先程から射撃魔法ばかり使用しているスクルトだが、それは今の状況で空中に範囲魔法を撃つ事の難しさにあった。

 スクルトのよく使用するINT(知力)よりMEN(精神)に強く依存のサークル型範囲魔法が発生するデフォルトの位置は地面か水面、もしくは湖底を中心にドーム状の範囲なのだが、空中もしくは水中で球状の範囲魔法としても使用できる。

 しかし基本的に地上より広い範囲を複雑且つ大きく動き回るモンスターの多い空中、及び水中では、撃ってから実際に発動までのラグと動きを予測して使用する必要がある為当て辛い。なので紅葉は普段からデフォルトのドーム状で使用する事が殆どだ。

 なにより外すと砲撃魔法ほどではないが発動後硬直があるので、サポートが得られない現状ではリスクが大きい。考えようによっては、外しても射角を操作できる砲撃魔法の方がマシかも知れない。撃つ余裕があるかは別としてだが……。


(ふー、漸く一匹……、あ)

 射撃魔法を集中させ一匹を墜したスクルトだが、スピット・バットがリポップ――、モンスターがその場に再び湧き、更に青い鱗に紅色の斑点のある大きなトカゲのようなモンスター【ポイズニュート】も湧いた。


(飛行モンスターが複数に地上には背の低いモンスター。範囲は使い辛い。マチュピチュのサポートもなし)

 スクルトの視界はスピット・バットに合わせ斜め上を向いているので背の低いモンスターを同時に相手にするのは地味に難しい。ほぼレーダー頼みだ。が構わず、ストレルカを襲おうと這って行くポイズニュートに射撃魔法を撃ちタゲを取る。


(いやー、なかなか大変)

 しかしモニターの前の表情は厳しくないどころか楽しそうに見えなくもない。やはりというか、ピンチだったり制限が掛かると口では文句を言っても楽しむ、ネットゲーム向けの気質なのだろう。


 スクルトはやや重たいステップでスピット・バットの噛み付き攻撃を回避しながら、射撃魔法のチャージをするのだった。



 あれからおよそ三十分が経った。最初の湧きを乗り切った後も思っていた以上に小さな湧きが頻発するものの、人斬り二号が主なダメージディーラーとなり、あぶれた飛行タイプのモンスターはスクルトが地道に削るという、派手さはないがそれなりに安定した狩りが続いている。

 現在は人斬り二号とマチュピチュとガストラで囲んでいるギルマン突撃兵の下位互換である【ギルマン剣撃兵】と、一メートルほどの体長の緑色に紫色と黒色のラインの入った毒々しい大蛙【ポイズン・トード】の二体のみで余裕があった。


『あー、スクルトちゃん。ここのボスって何か知ってる?』

 スクルトが前衛二人のサポートしていると、後ろ脚で立ち水溜まりから頭だけを出したクー・シー(犬妖精)、ストレルカが尋ねてきた。ちなみにストレルカはグラフィック的には浅瀬でもほぼ沈んでいるが、他の種族以上のペナルティが発生したりという事はない。


『え、うーん、ギルマン系の上位?』

 クナイフェル洞窟群に来た事のある紅葉であるが、この洞窟には入った覚えはないので予想で返事をする。


『あ!』

『あー』

 その時ルウと人斬り二号が声を上げ、二人に釣られた紅葉も地底湖を見て同様に声を上げた。


『あー、スキュラか……』

 皆が注目している地底湖には、裸身の女性が湖から上半身を出しこちらに背を向けている。モニター上のミニレーダーが彼女を示しているのはパーティ外の敵対していないPCやNPC等を意味する白色の光点。しかし二体のモンスターを片付けた四人は地底湖から距離を取ると、補助魔法など準備を整え警戒を緩めない。


『対スキュラ 有効なのって何かある?』

『んー、あまり近付くと絡めとられるから、二号ちゃんはジャベリンかチャージの一撃離脱が良いかも』

『ふむむ thx.』

 モンスターに詳しい人斬り二号がスキュラに有効な戦術をストレルカに尋ねるという少々珍しい光景だが、おそらく実際に戦うのは初めてなのだろう。


『あっ』

 そんな人斬り二号と同様、動画で見た事があるだけの紅葉も行動パターンを確認しようとした時、ルウの上げた声に咄嗟に反応しスクルトに杖を構えさせた。

 果たして意味があるのかどうかは分からないが、友好的なNPCに擬態していた、と思われるスキュラが振り向きこちらに近付いて来るのと同時に、レーダーの光点も白色から赤色に変わり、地底湖の中心付近で停止すると水面から下半身を浮上させた。


『ヒューッ』

 人斬り二号が(スキル)の体勢を取りながらも、バックステップで更に距離を取った。

 上半身は金色の長い髪の非常に美しい女性だが、顕になったスキュラの下半身は複数の獣を無理矢理繋ぎ合わせた様な状態になっており、更には十本近い触手が水面から垂直に立ち揺れている。流血描写すらない【魔法少女おんらいん】にしては珍しい、なかなかグロテスクな姿だ。


『先制』

 ストレルカの短い号令に先ずはスクルトが撃つ。


 円型範囲攻撃魔法、シャドウ・サーヴァント。


 魔法陣から召喚された巨大な黒い手がスキュラを握り潰した。それとほぼ同時に人斬り二号も槍を大きく振りかぶり、スキュラに投げ放つ。


 投てき型攻撃技、フェイタル・ジャベリン。


 眩しい光を放つ槍がスキュラに突き刺さる。先程のスクルトにはやや及ばないが結構なダメージだ。

 それなりの威力があり、ヴァルキュリエの現状唯一の遠距離スキルなので使用頻度も高そうなものだが、実のところあまり使用されていない。何故かというと、放つまでのモーションが長くキャンセルされやすい事、そして……。


『あばばば』

 襲い来る触手から人斬り二号はとにかく逃げ回る。普段なら後退する時もランスで牽制を入れるのだが、牽制をしようにもその腕には愛用のランスが握られていない。そう、フェイタル・ジャベリンを使用すると暫くの間素手になってしまうのだ。

 投げたのだから当たり前と言えば当たり前。だがその当たり前がかなり厳しい。

 幸い、十秒も経てば自動で手元に戻って来るが、その間生きた心地がしないだろう。

 プレイヤーたちからは、「フェイタル(致命的な、災いをもたらす)は相手にではなく使用者に対して」や「自爆スキル」等散々な言われようだ。


 なんとかランスが手元に戻って来るまで逃げ切った人斬り二号は、再び投てきのタイミングを窺うが執拗に襲い来る触手と、獣の口から飛ばされる毒液で思うようにいかない。


『少しだけ動き』『止めて』

人斬り二号の要請にストレルカが魔法を放つ。


 射撃型状態異常魔法、チャクラム・バインド。


 ストレルカが杖を振るうと光の輪が放たれ動きの少ないスキュラに難なくヒットするが砕け散った。無情にも『miss』の文字が踊る。

 しかしストレルカは構わずチャージが済み次第次弾を放つ。すると今度は射撃時は三、四十センチほどだった光輪が命中すると大きく拡がりスキュラを拘束、【バインドα】を与え皆を追い回す触手も動きを止めた。


 余裕の生まれた人斬り二号は再度フェイタル・ジャベリンを投げ放つとスキュラを貫き、スクルトも範囲魔法で追随する。だがスクルトの範囲魔法中に光の輪は砕け散り、魔法のエフェクトがおさまるとスキュラは再び攻勢に出る。


『今3秒ってところ?』

『くらいかな? もう少し長いかも。でもそれだけあれば十分』

 バインドの成功を見越し予め魔法をチャージしておけば、三秒でも大きなゆとりをもたらしてくれる。


『でも2発目で成功はちょっとなー』

『ボスだし仕方ないよ』

 スクルトはぼやきながらも触手から逃げるストレルカにフォローを入れ、自身も逃げ惑う。

 ストレルカのステ振りはMEN型だ。MENの値も拘束時間に少しは影響があるがそれ以上にINTに大きく依存するので、自分が扱う魔法の効果時間が短いのは仕方がない、という事はストレルカにもわかっているが、逆に、成功率に関してはMENに大きく依存する。まだレベルがスクルトたちと離れているとはいえ確実に決めたかったのだろう。同じMEN型のスクルトを操作する紅葉はその気持ちがわかる気がした。

 とはいえ、触手は自在に動き回るもののスキュラ自身はあまり動かないので、失敗しても数撃つ事でカバーできるし、一度発動すると暫く掛り難くなる状態異常の性質上、元より二度目以降は数を撃つ必要がある。

 それでも偶にスキュラが拘束される度、人斬り二号とスクルトの二人は遠距離から確実に攻撃を加えていき、不確かなバインド頼りにはならず隙を見付けては各自ダメージを重ねていく。

 自然回復によってやや盛り返されるものの繰り返される攻撃によってHPバーは順調に減って行っている。


 ルウの頭上に何かが降って来たのはそんな時だった。

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