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二十八話 危ない遊び場

 日課を済ませて【魔法少女おんらいん】にログインした紅葉は現在【奇人ラヴェルの館】で指輪狩りをしていた。

 その狩りのペースはいつものソロ狩りと比べるとややローペース。昨夜レベルアップしたので気が抜けたのかも知れない。

 モニター上では二体の生きている剣【リビングソード】がスクルトたちに突撃してはその場で回転という動作を繰り返し、リビングソードと同じく疑似生命を与えられた全身鎧の無機物のモンスター【リビングアーマー】も両刃の剣を振り襲い掛かって来ているのだが、紅葉は慌てるどころか小さく欠伸をすると、一番手前に居るリビングアーマーに射撃魔法を撃ち動きを止め、その隙にマチュピチュは両手を広げその場で回転する、いわゆるダブルラリアット――、両腕の長さが倍近く違うので当たっているのは左腕のみだが、接近してきた三体のモンスター全てを巻き込み、更にノックバック――、後ろに吹き飛ばした。


 ねんがんの【ヒルジャイアントの左腕LL(R)】を付けた事でマチュピチュは単純にリーチも延びたが、新たな攻撃モーションも得た。ダブルラリアットもそのひとつだ。

 与ダメージは通常攻撃並、使用後多少の硬直があるのでタイミングを外すと隙を晒す事になるが、範囲もマチュピチュを中心に中々広く多数を相手にする時に便利なので、紅葉は割と好んで使用している。

 ダブルラリアットで距離を稼いだ時間でスクルトは魔法をチャージし、再び接近してきた三体に纏めて魔法を撃ち込んだ。


 (サークル)型範囲攻撃魔法、シャドウ・サーヴァント。


 魔法陣から巨大な影の使い魔の一部である手が現れるとその鋭い爪でモンスターをまとめて引き裂き、モンスターたちはかなりのダメージを受けダウンした。

 紅葉は起き上がった三体を仕留めるべく、先ずはリビングソード二体のタゲをマチュピチュに取らせると、その間にスクルトはリビングアーマーに射撃魔法を撃ちまくってトドメを刺す。


「ふぁ……」

 再び欠伸をする紅葉。やはり本日の水泳の疲れが多少残っているようだ。しかしそれでも三体を相手に余裕が感じられた。

 これはリビングソードの攻撃パターンが、突撃からその場で回転して停止、もしくは突撃からの連続突きの後停止という二パターンしかないので対応し易いからだ。浮遊タイプなので多用する設置型魔法を当て辛いという点を差し引いてもやり易い。

 リビングアーマーも含め、擬似生命を与えられたモンスターの動きは単純なものが多い。しかしその気楽さ、単調な作業は疲れた身体には堪えるようで、瞼もまるで巴のよう、とまでは言わないが少し重たげでぼんやりとしている。


(んー、今日も早めに落ちそうだなぁ。まぁ、それもいっか)

 昨日は緊急メンテナンス騒動の影響かログインして来ず、本日もまだログインしていないルウ。ちょっとお喋りをしたいと思っていた紅葉であったが、その相手が居ないのは仕方がないし、なにより眠い。このまま無理に起きておく理由はなかった。

 あるとすれば奇人ラヴェルの館に入館した際に消費した【仄かに青白く光る石】が勿体ないといえば勿体ないという事か。だがそれも館から出ずにログアウトして明日続ければ良いだけの話だ。明日なら水泳の授業もないので体力的にも問題ない。

 紅葉はモンスターを片付け終えると机の上に置かれた時計を見て少し考え出した。


(九時半かぁ……、別に早過ぎるってわけでもない、かな。かな?)

 紅葉はスクルトを操作するとモンスターがポップ(出現)しないエリア、館の玄関へと移動した。ここならゆっくりとアイテムの消耗具合などのチェックもでき、ほぼ安全にログアウトする事が可能だ。


(うん、まだアイテム余裕あるし、インベントリにも空きがあるから明日も指輪狩りの続きいけるね。寝るまでいろはさんのマンガ読んでよう)

 そう思い紅葉がEscキーを押してログアウトの手続きをしようとした時ログにメッセージが表示された。wisが届いたようだ。


《こん》

 相手は人斬り二号。紅葉は慌ててEscキーから指を離すと返事を打つ。


《こんばんはー》

《今だいぜうぶ?》

《うん。いいよー》

《んと リリたんのサブのサモナーと話してたんだけど 新しい召喚魔ゲトして育ててたらしくて ある程度育ったって言うから狩りに誘ったら》《じゃあ スクルたん誘おうって話になった今ココ》

《おー是非是非》

 人斬り二号からの誘いに紅葉はテンションが上がった。先程まで半分閉じ掛かっていた瞳も少し輝いて見える。


《ぉぅぃぇ じゃあリリたんは絶賛露店放置中だからメッセ残しとく》

《うん、分かった》

《あ そだスクルたん ルウたんって今日インしてないよね?》

《たぶん》

 定期的に確認していたわけではないが、インした時にフレンドリストを開いた時も確かにルウのIDは灰色で表示されていた、そう思い返しながら答える。


《そかthx. ルウたんも誘おうと思ったんだけど 明日にするじぇ》

《うん》

 そうして二人はwisを終えた。


(そっかー、召喚魔育ったんだ)

 なんとかソロで入手したという話は本人から一週間程前に聞いてはいたが、召喚魔はPCのレベル制とはまた違った育成がある。入手前に一緒に遊んだ時に、ある程度育てたらお披露目すると言っていた機会がやってきたのだろう。

 ソロでコツコツと育てているのは知っているので、それが漸く実を結んだ事と一月以上前の一緒に遊ぼうという約束が果たされる事を紅葉は嬉しく思った。


(あ、でもそうすると館出ないといけないのか)

 明日一緒に狩りをする約束をした以上、当然明日ここで指輪狩りの続きはできない。


(んー……)

 少しの間部屋を見渡したりしながら悩む紅葉だったが、コントローラーを握り直すと館の奥へとUターンした。今日まだ狩る事にしたらしい。 結局紅葉は十時半まで狩りを続け、その後明日の狩りに備えてアイテムの補充と整理をしてからログアウトした。

 ログアウト前にフレンドリストを見た時、昨日に引き続きスクルトよりも先にログアウト済みの人斬り二号を、珍しく思いながらEscキーを押したのだった。



 翌日の午後八時。魔法少女おんらいんにログインしたスクルトは、直後ストレルカのwisを受け待ち合わせの首都ルネツェンの銀行前に向かった。

 紅葉は多数のPCが行き来する人混みの中に目当ての、褐色の肌に金髪のポニーテール、金髪碧眼、黒髪のロングヘアーの三人の少女を見付け駆け寄って行く。


「こんにちはー」

「やほー」

「こんー」

「こんばんは!」

 四人は挨拶を交わすと直後スクルトにパーティ申請が飛んで来たので許可を出した。


『ごめんね、待った?』

『んーん』

『今来たところですよ!』

 パーティ申請を送ったのはストレルカ、あとのメンバーは人斬り二号とルウだ。スクルトがログインする前にルウにも連絡が取れたらしい。


 パーティに加入すると、メンバーのIDと簡易HPバーが表示された小さなウインドウが、モニター上に追加された。IDを見るとストレルカのところにはクレヨンで描かれたような花丸のマークがある。これはパーティのリーダーである事を意味していて、幾つかの権限とリーダーのみ使用可能な魔法があり、今回ストレルカがリーダーなのもサモナーの集団転移魔法の為だろう。

 ちなみに決定の仕方は、最初にパーティ申請を送ったPCがリーダーとなり、仮に途中でリーダーがパーティから抜けた場合はパーティ内からランダムで選出される。


『そいじゃどこ行こっか?』

『んー ストレルカたんの召喚魔お披露目だし にゃらその召喚魔が生きるところでdo→dai?』

『うん』

『いいですね!』

『えっ』

 人斬り二号の提案に同意するスクルトとルウだが、何故か当の本人から驚きの声が上がった。


『え?』

『え?』

『え?』

『いや、んーと……』

 疑問を呈す三人に、ストレルカの歯切れは悪い。そんなストレルカに人斬り二号が尋ねた。


『どったの?』

『言っとらんかったけど、新しい召喚魔って黄金ペングーなんよね』

『あー』

『なるほど』

『? すみません。何があーなんですか?』

 微妙な、しかし納得といった反応をする人斬り二号とスクルトであったが、よく分からなかったルウは理由が分かったらしい人斬り二号訊いた。


『ルウたん 黄金ペングーってどんなmob?』

『えーっと、白と黒の可愛い、ハッキリ言うとペンギンですよね?』

 名前からも想像し易いかも知れないが、黄金ペングーは実在の生き物であるペンギンがモデルになっている。黄金はおそらくイワトビペンギンのような長い眉のような黄色の飾り羽からだろう。その愛らしい姿と仕草で使役するサモナーも少なくなく、サモナークラスでなくとも有名なmobなので特徴を知るプレイヤーも多い。


『うんむ』

『正解。そいじゃ得意なエリアは?』

『あ、あー分かりました! そう言う事ですか』

 ルウは人斬り二号の話を引き継いだストレルカの問いから理由を察し、納得の声を上げた。


 黄金ペングーの得意とするエリアは基本的には大きく分けると雪国と水場の二つである。そして、実は水場は魔法少女おんらいんではかなり難易度の高い狩場なのだ。


 その理由は、人間サイズのPCの膝までの水深のところでも移動速度が二段階低下する事で、様々なモンスターの出現する【首都防衛戦】のようなイベントは例外として、水場のエリアに出現するモンスターの殆どがそういった悪影響を受けないからだ。

 その浅瀬以上に困難なのが水深の深いエリアで、移動速度の低下は同じく二段階だが、水中では飛行タイプのPCと同様に操作が複雑になり、思う通りの姿勢をとる事すら慣れない内は難しい。特に接近してからの直接攻撃主体のPCは、飛行慣れしたヴァルキュリエ以外は向きと距離感が合わずにミスを頻発といった事もよくある話だ。


 また、水中でPCがダウンするとゆっくりと落下して水底に着かなくとも時間で復帰する仕様なのだが、その間いつもより追撃を受ける危険性がある。落下中はまだダウン扱いではないので、ダメージ量は多少減少するもののその幅は小さく、無防備を晒す時間が長いため思わぬ『事故』もよく発生するのだ。

 あとは環境にもよるが、綺麗だと評判の水中のグラフィックは処理が重くラグが発生し易いという面があったり、場所によっては流れがありPCが流されるところもある。


 このようにデメリットだらけなので水場のエリアはプレイヤーたちから鬼門とされ、あまり人気はなかった。狩り場自体は空いていて、特定のドロップ狙いで来るPCも居る事は居るが、単に経験値狙いならどうしても避けられ易いのだ。


 それならもう一つの得意なエリアである雪国はどうかというと、こちらは雪国のモンスターに多い青属性の攻撃に耐性を持っているというだけの話で、氷上のダウン率の上昇の無効化などはなく、そして青属性を得意とするのは水場も変わらない。

 また、耐性といっても無効や吸収は勿論、半減といった事はなく精々一割減というところ。但し、魔法少女おんらいんでは元々PCや召喚魔の弱点や耐性は大きくても二割~三割の増減といったところなので、黄金ペングーの耐性が悪いというわけではない。

 そしてモンスターも耐性は持っていても、少なくとも赤、青、緑、黄に関しては無効や半減などの大きな減少はない。これがウィッチやウォーロックが使用属性を絞る後押しとなっている。


 閑話休題。

 要は浅瀬のデメリットなし、水中の移動速度が陸地より一段階上昇という圧倒的なメリットを持つ水場と比べるとオマケに近いのだ。


『水場でなくっていいよ。砂の上を駆けるペングーも善きかな』

 水場のエリアについて悩み出してしまった三人にそう提案するストレルカだったが、人斬り二号が口を挟んだ。


『いや 偶にはイイんじゃない? ドロップ狙いと思えば夢も広がるし』

『うん。別に適正レベルギリギリを攻める事もないし。ルウさんも良いかな?』

『はい。私は浮遊で元々影響は少ないので、皆さんが良ければ問題ないです!』

 人斬り二号にスクルトとルウは改めて賛同した。

 浮遊状態だとデフォルトで地面から少し浮いており、水場のデメリットや設置魔法に自分から、もしくは墜とされない限り影響はない。

 高度はそれほど取れないが、飛行と異なり時間制限がないので単純に飛行の下位互換というわけでもなく、種族がピクシーのルウはデフォルトで備わっているのだ。


『んー、でもいいの? 私としちゃちょっと面白そうやけ、いいんやけど』

 少し申し訳なさそうにストレルカが確認を取った。


『男に二言はない 女だけど』

『右に同じ。私も女だけど』

『じゃあ私も。女ですけど!』

『よーしそいじゃ場所決めよっか』

 主な賛成理由にその場のノリや勢いが多く含まれているが、別にそれはいつもの事。いつもよりそういった成分は多少割増されているが、本人たちは気にしていない。そして本人たちが気にしなければ問題はない。


『私水場の事はよく知らないです。行った事殆どないので……』

 ルウが呟く。全く知らないという事はないようだが、現在の自分たちのレベルに適した狩り場となると思い当たらないのだろう。


(何処があるっけ……?)

 紅葉は三つ編みを弄り、視線を空中に彷徨わせて少し考えながらキーボードを叩いた。


『クナイフェルはどうかな?』

『クナイフェル ってどこだっけ?』

『えーっと、ゼラから北に出て湖越えた先やね』

 フォローするストレルカの言葉に、あー、と異口同音に反応する人斬り二号とルウ。


『良いと思う』

『ですね』

『そいじゃ飛んで良い?』

『あ ちょい待ち』

 直ぐに賛同を得られ集団転移魔法を使用しようとしたストレルカに人斬り二号がストップを掛けた。


『う?』

『水掻き用意したい』

 あっ、と今度異口同音に反応をしたのはスクルトとルウ、それにストレルカもだ。

 水掻きとはその他枠に装備するアクセサリーで、水場での移動速度低下が二段階から一段階に軽減されるという効果がある。これは潜っている間だけでなく浅瀬でも効果があるのだ。変な話だがユーザーフレンドリーな内容なので、プレイヤーたちは有り難く利用している。

 大した事がないようでバカにはできない効果があり、水場の必須装備と言えなくもないが、水場での狩りがメジャーでないので常に持ち歩いているというPCはあまり居ないだろう。


『ちょっと取ってくりゃー』

『私も!』

 人斬り二号とルウはそれぞれルネツェン内にある拠点に向け走って行った。その二人を横目にスクルトは拠点のイイーヴには飛ばず、二人とは違う道を走りながらチャットを打った。


『戻るの手間だから買ってくるね』

『了解ー』

 水掻きはルネツェン内のショップに売っておりしかも安価なので、三人も特に大きな反応を返したりはしない。


 それから五分後、再び四人は銀行前に集まった。


『今度こそ行くよー?』

 はーい、とそれぞれ返事をする三人のチャットを見たストレルカが転移魔法を使う。


 パーティ型特殊魔法、ディメンジョン・ゲート。


 四人の少女たちは同時に首都ルネツェンから姿を消したのだった。

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