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二十五話 たまに行くならこんな砂漠

 ある日曜日の午後、午前中を父親とヨーロッパ産の二人用のボードゲームをしてまったりと過ごした紅葉は、昼食を取り自室に戻ると椅子に座り、窓の外を見た。

 紅葉の暮らす地域も先週梅雨入りを果たし、現在も空は厚い雲に覆われ小雨が降り、昼間にしては暗い。

 梅雨入りしてからまだ大雨こそないが、連日小雨が降り、河川は今のところ氾濫の危険はないものの増水し、少々勢いを増している。

 その様な状況なので外で遊ぶ子どももそうは居ない。仮に本人たちが外で遊ぼうとしても家族に止められる事だろう。


(つまりネットゲーム日和というわけですね、わかります)

 最近は少し暑くなってきたが雨の日は肌寒い。用意したまだ温かいホットミルクに口をつけると、紅葉はパソコンの電源を入れる。次いでコンポのボリュームをひとつだけ上げ、流れてくるライヴ音源を小さく口ずさみながら、手早く【魔法少女おんらいん】を立ち上げた。

 慣れたもので、毎日のように繰り返しているその動作は無駄無く、ある意味洗練されている。つまりはいつも通り。土砂降りだろうと快晴だろうと停電にでもならない限り関係ない。


(ん? あれ?)

 機嫌よくログイン作業をしていた紅葉だったが、鼻歌を止めるとモニターをじっと見詰め、小首を傾げた。

 モニター上では『ろぐいん中…』という文字が表示され、…(三点リーダー)が上下にゆったり揺れているだけで、そこから先に進まない。

 紅葉は多数のネットゲームの経験がある訳ではないので詳しくはないが、魔法少女おんらいんはサーバーは強いという話は聞いた事があった。他のサーバーが弱いネットゲームのログイン作業を繰り返す、『ログインオンライン』などと揶揄されるものも、話に聞いた事があるくらいで経験はない。

 緩いパーマの掛かった髪を弄りながら小さく首を傾げ不思議そうに見詰めている。


(あっ)

 暫くすると『ろぐいん中…』と表示されていたものがタイムアウトになり、『ログインに失敗しました』という表示に変わった。


(メンテナンスじゃないよね……?)

 違うだろうとは思いつつも、他に思い当たらない紅葉は一旦ログイン作業を止めると、ブラウザを立ち上げてブックマークから魔法少女おんらいんの公式ホームページへと飛んだ。


(んー……)

 メンテナンス中ならいつもその旨が書かれているトップには特にメンテナンスについては触れておらず、過去のメンテナンスの履歴を見てみても当然の事ながら書かれてはいない。


(ああ、掲示板を見てからにすれば良かったかも)

 紅葉は再び魔法少女おんらいんのログイン画面に戻り、IDとPASSを入力していたが、その前に公式ホームページの掲示板か外部の巨大掲示板を見てからにすれば良かったかも、と少しだけ後悔したが、とりあえずはこのまま、もう一度試してみる事にした。


(あれれ?)

 すると今度はいつもより僅かに時間は掛かったがログインする事ができた。拠点の木造の部屋で立つスクルトを歩かせてみても特にラグや動作がカクつくといった事もない。


(……ま、いっか)

 暫くの間室内を、まるでハムスターが滑車を駆るかの如くぐるぐると走らせていたが、やはり違和感はない。

 紅葉は気にしない事にして、転移スクロールを使おうとインベントリ(アイテムウインド)を開くが、あっと小さく声を漏らした。


(そっか買い物行かなきゃ)

 昨夜アイテムを買い足す前にログアウトした事を、消耗されたインベントリを見て思い出したのだ。

 何をするにしても先ずは物資。スクルトは部屋を跳び出し買い物へ向かったのだった。



 買い物を終えたスクルトが転移した先は、NINJAの初期拠点である自由都市グリス。首都ルネツェンの西南西に位置する、周囲を砂漠や荒野などの荒れた大地に囲まれた街だ。

 敷地面積はそれほどでもないが施設は一通り揃っており、地下には地上の街と規模の変わらない地下街があって、実際はかなり広い街である。

 その地下街には闇市があり、通常のショップの他に珍しいアイテムを販売するNPCが居り、ここはイイーヴ同様赤ネーム(PK)も利用可能だ。

また地下街の独特な雰囲気を気に入ったプレイヤーの中には、ロールプレイとまではいわないが敢えてここで露店を出す、といった楽しみ方をしている者たちも居る。

 地下街からは地下水路や地下道などのダンジョンへ続く道や関連クエストも多くあるので、ここを拠点に置いている、もしくはよく訪れるというプレイヤーは多い。


 そんなグリスの地上部のとある建物の前に転移したスクルト。直ぐ横に在った地下街への入口には入らず西へと向かう。目的地は地下ではない。

 スクルトが現在走っている地上部分には背の高い建物が多く立ち並び、夜の街を照らす街灯はピンクやオレンジだったり、何故かミラーボールが設定されていたりと、ある意味都会的且つ個性的な造りになっている。

 また、プレイヤー達から募金箱と揶揄される、つまりは全然稼げない、結果人のあまり居ないカジノもあったりする。

 尤も、台はあるがブラックジャック等のトランプゲームは実装されておらず、スロットマシンとランダムナンバーゲームが中心になっているので、それらが実装されれば今より人は集まるかも知れない。稼げるかどうかはまた別の話だが。

 スクルトもそんな人の出入りの少ないカジノの前を、他の多くのプレイヤーたちがそうするように見向きもせず呆気なくスルー。走り抜けた。憐れ。


 紅葉はログイン前から今日の狩場を決めていた。目的地はここから遥か西、【ジェラ島】にある迷宮【ハイン遺跡】だ。

 強力なボスの徘徊する割と難度の高いダンジョンだが、浮遊タイプは居るものの相性の悪い飛行タイプのモンスターが居らず、経験値とドロップどちらも良いので紅葉は偶に利用している。

 スクルトの現在の経験値は九十九%。ハイン遺跡ならおそらく一時間足らずの狩りでレベルアップするだろう。そしてレベルアップ後も物資が尽きるまで潜る予定だ。


(ボスが出たら即階移動すれば問題ない、うん)

 レベルアップ目前でダンジョンにソロで潜るのは少々リスクのある行為だが、短時間なら墜ちないだろうという自信が窺える。

 この街に訪れるPCが主に活動する場所は地下関連なのですれ違うPCはそれほど居らず、またゲーム内も昼間なので街灯もミラーボールも付いていない少々寂しく見える街の石畳を進み、そのまま西門を走り抜けると街の外へと出たのだった。



 街から出たスクルトはいつも通り直ぐに変身し、黒いフード付きの外套にビキニのような黒のレザーのボンテージという姿になると、マチュピチュ(ゴーレム)を召喚して更に西へ走る。


 リジャ平原。

 そこは土地の多くが地肌の見える荒れた土地で、所々水気をあまり含んだ様子のないブッシュが点在し、常に吹いている風により砂埃が舞い、偶に西部劇でお馴染みの枯れ草の塊が風に吹かれ転がっている乾いた大地が広がっている。

 スクルトはその荒野を、向かってくるバイソンやオオカミ、更には上空を飛び執拗にスクルトを追い回すコンドルのようなモンスター等を全て無視しながら走り抜けた。


(んー、ただ走るのもなぁ……。マチュピチュに乗って行ければ良いのに)

 サイズがL以上のモンスターやゴーレム、召喚魔の上には乗る事が出来る。当然マチュピチュの上にも乗れるのだが文字通り乗るだけで、首にしがみつくモーションがあるわけではない。コントローラーを少し倒せば上に乗っただけのPCなぞ簡単に墜ちてしまう。ゴーレムも『迫り来るモンスターを回避しながら目的地に向かう』といった複雑な命令も出来ない。そんなに都合の良いAIは組めないのだ。


(ん、他のPCが居る状況ならひょっとしたら……)

 紅葉は楽な移動手段を考えながら、襲って来る低レベルのモンスターを躱し前へと進む。何か閃いたようだが、何にせよ現状(ソロ)での打開策ではない。

 ちなみにゴーレムに乗る本来の機能は言わば踏み台。それも飛行できるクラスの存在する魔法少女おんらいんではあまり意味がなかったりするのだが。


 紅葉があーでもないこーでもないと頭を悩ませている内に荒野を抜けた。次のMAPは砂漠。種類で言うと岩砂漠と呼ばれるもので、その名の通り砂だけでなく赤茶けた色の岩が点在している、【東ザルツ砂漠】だ。


(えーっと……)

 紅葉がインベントリを開き【ミネラルウォーター】を選択するとスクルトが両手で瓶のようなものを持ち、一気に呷った。

 状態異常扱いではないが、砂漠エリアでは偶に水分を摂らないとHPに継続ダメージがあるのだ。短い時間なら大した値にはならないが、MAPの名称からも推測できる通りこの先には【西ザルツ砂漠】もある。抜けるには合計でおよそ十五分といったところ。割と時間が掛かるのでそのダメージはバカにできない。

 ここ東ザルツ砂漠は西ザルツ砂漠に比べモンスターのレベルは低く、リジャ平原でのレベル上げではペースの落ちたNINJAの次の狩場に、モンスターの能力や経験値的には丁度良いのだが、長時間滞在するにはどうしても定期的に水分を摂る必要があり、煩わしく感じるプレイヤーも多い。また毒を持ったヘビやサソリ、クモなどのモンスターが多いので狩場としての人気はない。スクルトもここを通らずに目的地へ着くのならあまり利用したくない。今も向かってるクモを躱しながら、できるだけ最短コースで進んでいる。


(でもひょっとしたらハイン遺跡までの距離短くなるかも知れないんだっけ。ちょっと複雑だけど、どちらかと言えば嬉しい……、かな?)

 何故ハイン遺跡までの距離が短くなるかも知れないかというと、遂に今月の末に実装される事となった新クラスマジックガンナーの影響によるもので、前回巫女が追加された時同時に新しい町が追加されたからだ。

 マジックガンナーという名称からプレイヤーたちは西部劇や荒野を連想し、自由都市グリスよりも更に西に町が追加されるのではという憶測が流れており、もしそうなると広い割に転移で行ける町から遠いのであまり利用されていないエリアが使い易くなるんじゃないかという期待感があり、それは紅葉も少しあった。

 では何故少しかというと、憶測の域を出ないからなどという話ではなく、その使い辛さ故に他のPCの少ない狩場にPCがなだれ込んで来る可能性があるからだ。

 そうなると現在よりもモチベーションが下がる気がするので複雑なのである。


(――ん? う、うっひゃあ熱そう)

 そんな、少し先に訪れるかも知れない狩り場事情の変化について考えていた紅葉だったが、あるものが目に入り興味が持っていかれた。

 それはマチュピチュの左腕だ。サイズのあっていない左腕を熱せられた砂の上を引き摺る姿は確かに熱そうではある。ではあるが、もうすぐ抜けようという砂漠に止どまってマチュピチュを走らせ、左腕が巻き上げる砂埃をまじまじと見詰める紅葉の姿はなんだかとても残念だった。



 そうして東ザルツ砂漠を抜けると次のエリアは水分のない乾いた渓谷。

 左右を鋭く大きな岩というか壁に囲まれているその場所は谷の底。途中北へ抜ける道と洞窟の入口がある以外は一本道なのだが、これまでのだだっ広い平原や砂漠とは異なりモンスターを避け辛いエリアだ。

 ここは【バルバロイ渓谷】。「よく分からない言葉を話す人」という意味があり、ゴブリンといった人と敵対する人、と呼ばれる者たちを表し、当然その名の付いたバルバロイ渓谷には亜人が居る。

 その亜人はエスコル族と呼ばれる大きな仮面を被った赤褐色の肌の種族で、ゴブリン等とは違い人と変わらぬ姿をしているのに、人だけでなくゴブリン族やトロール族等他の亜人種とも敵対していて非常に好戦的だ。ただ強敵ではあるが、この渓谷での主な活動エリアは洞窟内であり、通り抜けるだけならそれほど多く襲って来る事はない。


(あー、これは倒した方が良さそうかも)

 比較的サイズの小さいサソリ等が相手の時は、二段ジャンプを使うなどしてできるだけ避けながら、混戦になりそうな時は多少のダメージをもらいながらも強引に抜けていったスクルトだったが、道がより狭くなったエリアの前方にエスコル族が姿を見付けると、杖を構えた。


 相手は大きな石斧と丸い盾を持った【エスコル・ソルジャー】スクルトを見付けると石斧を振り回しながら、何か意味の分からない言葉を喚き散らし突撃して来る。

 紅葉はいつも通り間にマチュピチュを立たせガードの体勢を取らせると、その隙にマチュピチュの前方に魔法陣を設置した。両腕を交差させガードの体勢をとっているマチュピチュに飛び掛かったエスコル・ソルジャーの石斧の一撃が入るもダメージは殆どなく、逆に着地し、触れた魔法陣から光が溢れる。


 設置型状態異常魔法、ダーク・ウォーター。


 魔法陣から黒い沼が現れ、エスコル・ソルジャーの足に絡み付き拘束。その場から移動できなくなる状態異常【バインドβ】を与えた。

 スクルトは少し左に寄り、マチュピチュを右斜め後ろに下げると、スクルトは射撃魔法を連発、マチュピチュはその引き摺るほど大きな左腕を振るい、エスコル・ソルジャーの範囲外からダメージを与え一気に倒したのだった。



(おー、間に合った)

【ダーク・ウォーター】によって発生したバインドβは、移動不可とかなり強力な分効果時間は短い。スクルトでよくて十秒、相手によっては三秒程度かそれ以下な事も有り得るのだ。

 先月のマチュピチュの改造がなければ大きな石斧を持ったエスコル・ソルジャーの範囲外から一方的に殴る事は難しかったので、安全策を取るとスクルトの魔法でのみで対応せねばならず、そうなると火力不足で倒す前にバインドが解け、この狭い渓谷で正面から戦う事となり石斧による強打を食らう危険性があった。

 状態異常を得意とするスクルトと改造されリーチの長くなったマチュピチュの相性は悪くない。

 その後もマチュピチュを盾に使いながら渓谷を走る。


(転移スクロール売ってたらなぁ)

 渓谷の丁度半分を過ぎた辺り、PCから見て右手、つまり北側に細い道が続いている。その道を横目に見て紅葉は小さく溜め息を吐いた。

 この横道を進むと山道に続き、その先には町があるのだが、どのクラスの初期拠点でもないからか未だ転移スクロールが売っておらず、またサモナーの転移魔法に必須である転移石もない。

 もしあればおそらく十分以上ショートカットされるので単純に考えるとだいぶ楽になる。ただ、リジャ平原と東ザルツ砂漠の代わりに抜ける事になる山道はモンスターのレベルが高い為、一概に楽とは言えないのだがそれでも時間短縮は大きいだろう。

 そうなったらそうなったで西にPCが増え、紅葉は微妙な気持ちになるに違いないのだが、その辺りは複雑なのだ。


 そうこうしている内に難所であるバルバロイ渓谷を抜けようとそこは、やはり砂。漸く西ザルツ砂漠である。


 東ザルツ砂漠とはまた異なり、いわゆる砂砂漠と呼ばれるものでとにかく砂。東ザルツ砂漠のような岩はなく見渡す限り砂丘が広がっている。日本人が砂漠と聞いてイメージし易いであろう風景だ。但しそこらに走り回っているやけに大きなアリやネズミにトカゲにヘビ、そして数種のエスコル族が居るのだが。

 とはいえモンスターのレベルはバルバロイ渓谷より上がったもののとにかく広いので通り抜けるには快適だ。


「あばよとっつぁ――!」

 漸く終わりの見えて来た砂漠地帯に変にテンションが上がり、槍を投てきしながら追って来るエスコル族に、珍しくモニターの前で小さく声を出しICPOに追われる某怪盗のモノマネをした紅葉だったが、途中で声が詰まった。


(え、あう……)

 心の中でモノマネした事はあっても口に出した事などなかった紅葉は、今日、今の今まで内心謎の、ちょっと自信があったのだが、声に出してみると想像していたものとまるで違っていた。

 紅葉はこれまた珍しく顔を真っ赤にすると、後ろをちらりと振り返りドアを確認する。ドアは固く閉ざされており誰かに聞かれたといった事はない。仮に開いていたとしても声は小さかったし、音楽も掛かっているので届いていなかったと思われるが、そんな事に気付く余裕はない。


 紅葉はモニターに視線を戻しほっと息を吐くと右手で暑くなった顔を扇ぎながら、今後モノマネは一切しない事を心に誓うと、降り続ける槍を躱しながら南西に進み西ザルツ砂漠を通過したのだった。

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