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二十四話 休暇明けの少女たち

 巴と別れた紅葉が姉たちを探すと、楓と千鶴は未だゲームコーナーの、コントローラーの場所に居た。


「千鶴さん、買うの?」

「話聞く限り、専用コントローラーがあるのと無いのじゃだいぶ違うみたいだからな」

 そう言って千鶴は手に取って居たコントローラーを棚に戻す。

【魔法少女おんらいん】は汎用のゲームコントローラーでもプレイヤーは可能だが、飛行の概念のあるヴァルキュリエやウィッチ、ウォーロックは必須とプレイヤーの間では言われている。

 それ以外のクラスでも、片手に慣れるとできる事が大きく違ってくるから、できる事なら専用コントローラーを使いたいところなのだ。


「でも、私のお古でよければ貸すよ?」

「ん?」

「あ、そうか。紅葉ちゃんコントローラー買い換えたんだっけ」

「うん」

 初めは三タイプ発売されているコントローラーの、真ん中の価格のものを使用していたのたが、登録できるショートカットが多い、より多機能な物に替えたので以前のものがひとつ余っている。


「いいのか?」

「うん、いいよ」

「そうか。ありがとな」

「良かった良かった。割と高額だからねぇ……」

 楓がしみじみと言った。専用コントローラーは一番安い物でも三千円、真ん中の物で六千円、最も高価な物になると一万円以上もする。学生には躊躇する値段だろう。


 その後店内をうろつきながら時間を潰していた三人に、予定を立てたいろはが合流した後、駅ビル内の本屋に寄ってから午後六時頃解散した。

 本屋では楓といろはが千鶴に、自分たちの所有している魔法少女モノのコミックを幾つか紹介し、結果十年以上前にアニメ化もされた魔法少女モノの少女マンガを貸す事になったようだ。

 紅葉はというと、一人料理本を熱心に読んでいた。メニューは言わずもがな揚げだし豆腐である。こういった事も真面目な紅葉であった。



 帰宅後紅葉は夕食を食べると入浴を済ませ、明日から再開される学園へ向けて予習をした。学業面では模範となる紅葉らしい。ちなみにパジャマとネグリジェだが、一度洗濯をしてから袖を通すので今夜はいつも通りジャージだ。

 入浴と予習によって高く維持されていたテンションも漸く落ち着く。


「ふぅ……」

 紅葉は椅子の背もたれにもたれ掛かりながら溜め息を吐くと時計を見詰めた。現在午後八時半といったところ、あと四時間足らずでゴールデンウィークは終わりを告げる事となる。


(最初はへこんだりしたけど、久し振りにリリオさんとも遊べたし、二号さんとも遊んだし、リアルも充実してたし……、多分明日にはルウさんもインすると思うし、終わってみると良い休暇だった、なぁ……)

 ゴールデンウィーク中の事を思い出し、紅葉の表情が緩む。思い返すと一人テンションが上がり過ぎていた自分にへこむ間もないほど様々な人たちに接した数日だった。紅葉には上々といえるだろう。


(あ、魔法少女おんらいんと言えばリトルさん。今日貰う予定だからインしなきゃ)

 ゴールデンウィークを振り返っているうちに、リトルフラワーとの約束を思い出した紅葉は上体を起こすと、パソコンの電源を入れて魔法少女おんらいんにログインした。


 ログインした紅葉は早速フレンドリストを開いてリトルフラワーのログイン状態を確認する。いつも通りと言っていいだろう、リトルフラワーのIDはログインしている事を示す白色で表示されていた。


《こんばんはー》

《はい、こんばんは》

 wisを送ると返事は直ぐに返って来た。


《すみません遅くなりました》

《ううん、大丈夫よ。色々錬金してたし》

《今大丈夫ですか?》

《ええ、勿論》

 二人は取り引き場所などを決めると一旦wisを終了させ、スクルトは転移スクロールを使い首都ルネツェンへと転移した。



《お待たせしましたー》

《今来たところよ》

 リトルフラワーが待ち合わせの定番の台詞を言ってスクルトを迎える。

 二人が落ち合ったのはいつかルウがスクルトに相談をした中央広場の噴水前だ。

 リトルフラワーの方がやや早く到着した理由はリトルフラワーの拠点がルネツェンにあるという事もあるが、スクルトが銀行に寄って来たからでもある。狩り後、アイテム売却してから毎日銀行に入金しているわけではないので多少は持ち歩いているが、取り引きできるほどは持っていない。


《何個できました?》

《丁度20個ね。どうする?》

《おお、是非全て》

 二人は少しだけ額について話し合うとトレードウインドを開き、リトルフラワーはアイテム――【サーメットプレート】を二十個入力し、スクルトは金額を入力した。その額は三百万。サーメットプレート一つあたり十五万という事になる。

 以前スクルトがリトルフラワーに売った【ちょっとふしぎないい】が一つ五万なのでなかなかの高値だ。

 これなら完全な生産職として成立しそうに見えるアルケミストだが、素材を他のPCからの買い取りだけで済ますと利益は当然減り、売れるかどうか分からない在庫が溜まっていく事になる。ちなみにサーメットプレートはそんな、いつ買い手が現れるか分からないものに近い。


 資金繰りが苦しいという理由だけでなく、決定的な理由もある。それは錬金レベルだ。

 錬金をする事で専用の経験値を獲得し、貯まればPCのレベルと同じように上昇していくのだが、上限がPCの現在のレベルまでしか上がらない。錬金レベルが低いと錬金の成功率は下がり、それどころか試みる事すらできない物も多数ある。なのでPCのレベルをないがしろにして町に引き籠もり、ひたすら生産するプレイは実質不可能に近い。


 素材集めと徐々にランクを上げていくという、地味で終わりの見えない作業の繰り越しなので、そういったプレイを好むプレイヤーも居る事は居るが、他のクラスに比べるとやはりアルケミストの数は少なく、錬金レベルは30台の中盤あれば上位であり、40台は非常に少なく50台は全サーバー確認されておらず、そして当分出ないと言われている。

 また、端から錬金レベルを上げる事を放棄しているアルケミストも居る。アルケミストなのに。


 そんな中40台中盤のリトルフラワーはサーバー内で有数のアルケミストだ。外部の巨大掲示板でも偶に名前が挙がるほどで、リトルフラワーだけでなく錬金レベルの高いアルケミストに共通する話だが、よくそこまで地味な作業繰り返していられると少々呆れられる事もある。


 閑話休題。

 取り引きを終えた二人は暫くその場で雑談をして別れた。

 スクルトは改造の為に早速拠点、とはいかず、ルネツェンのアイテムショップに寄り道して、ゴーレム改造に実質必須とも言えるアイテムを購入してから戻った。


 部屋に戻るとスクルトは変身してマチュピチュを召喚し、左腕を取り外す。

 取り外された左腕は使い捨てというわけではないが、接合アイテムのプレートは消耗品扱いなので失われた。


(さて、と。取り付ける前にエンチャントしよう)

 スクルトは【ヒルジャイアントの左腕LL(R)】に先程ショップで購入したエンチャントカードを使用していく。今回は素材に予備がないから壊れる可能性のある四回目以降は行わず三回で止める。それが終わったら【トロールキングの右腕L(R)】にも同じように三回エンチャントをした。


(まぁ、こんなものかな)

 特にプラスにもマイナスにも尖った結果ではないが、及第点といえる結果になった【ヒルジャイアントの左腕LL(R)】と【トロールキングの右腕L(R)】に、リトルフラワーから購入したサーメットプレートを計七個消費して接合した。


「おぉ……」


(これは思った以上に格好良いんじゃないかしら?)

 改造を終えたゴーレムを見て紅葉はモニターの前で思わず唸った。

 マチュピチュの右の肩甲骨あたりから第三の腕が生え、左腕はサイズが合っていない為床に肘の少し先辺りから引き摺っている。


「うぉ……、くぁ……」

 紅葉はマチュピチュを部屋の中で歩かせると、だらりと引き摺る左腕を見て歓声を上げそうになり、手を口に当て小さく声を漏らした。


(このバランスの悪さ! 最ッ高!)

 残念少女平島紅葉、ダメな感じにテンションが上がる。


(完成したら今日は早めにログアウトしようかと思ってたけれど、これは今直ぐ一心不乱に試運転が必要じゃないかしら)

 明日からまた学園だ。連休で多少乱れたリズムを調える為に早めに休もうと考えていたのだが、完成品を見て動かしたい衝動に駆られていた。そうやって悩んでいる紅葉の元にwisが飛んで来た。


《こんばんは!》

 ルウだ。紅葉は先程までとは別の意味で胸を高鳴らせる。


《こんばんはー》

《今大丈夫でした?》

《うん、拠点にいるから》

《良かったですー》

 数日振りのルウはいつもと変わらず、そんなルウに紅葉は癒されていた。


《あ、そうでした。お久し振りです!》

《うん、久しぶりね》

《旅行に行ってたんです。1日の午後から出掛けたんですけど、スクルトさんにその事を伝えられなくって》

《ああ、30日は私インせずに映画観ていたから……》

 想像していた通り、ルウは旅行に行っていた。三十日にログインしなかった事で二人にすれ違いが発生していた。


《あ、そうだ。おかえりなさい》

《えへへ。ただいまです! 実はさっき帰って来たところなのであまりインできないんですけど、スクルトさんに帰宅を伝えたくって》

 その言葉(チャット)が紅葉はよく意味が分からず、暫く硬直していたが、徐々に理解すると少しだけ喜びに体を震わせ、満面の笑みで返事をした。


《嬉しい。すごく嬉しいよ》

 暴走状態だったあの夜ばりにストレートな言葉にして伝える。コミュニケーション能力が低く、こういったものに飢えているせいか、紅葉はルウのようなストレートに好意が伝わる物言いに弱く、一時的に羞恥心が麻痺して紅葉の言葉もストレートになっている。


 その後二人はほんの十分ほどの短い時間だが話をして、最後に明日一緒に遊ぶ約束をするとルウはログアウトした。

 紅葉はといえばルウとの会話に心が満たされ、新生マチュピチュの試運転は取り止めてログアウトすると、早めに就寝するのだった。

 明日からまた学校だ。



 長期休暇明けの学生には多少の気怠さが見えるものだが、三年四組の自分の席に座り窓の外の景色を眺めている紅葉はいつも通り、むしろ調子は良かった。

 それは昨夜早く、そして気分良く就寝したからである。また昨夜のルウとの会話を思い返して羞恥に悶える事は、以前とは異なり観客が居なかった所為か、はたまた慣れだろうか、今のところはない。

 がしかし、紅葉には一つ気になっている事もある。


(なんだか視線を感じるような……、あれ、なんだろう。最近似たような事があったような……、デジャビュ?)

 視線は窓の外に向けたまま考える。振り返り確認すればいい事だが、もし仮に多くのクラスメイトと目が合ってしまったら……、そう考えるだけで背中に冷たいものが伝った気がした。そんなヘタレ少女紅葉には不可能ミッションだ。


(う、うー……、なにかしたかしら……。思えば教室に入った時もちょっと変だった気がしなくもないし、長谷部さんも調子悪そうだったし……)

 紅葉が教室の扉を開けた時、少女たちのお喋りが止まり視線が集まったのである。どちらも一瞬の事で、少々たじろいだが、直ぐにいつも通り朝の挨拶を交わし席に着いたので、開いた扉に反応したのかなと一人納得していたのだが、それ以降も視線を感じているというわけだ。

 何があったのか、何かしてしまったのか。三つ編みを弄りながら物思いにふける紅葉。結論は出ずに朝のHRを迎える事となった。


 一限目の数学の授業が終わり、現在は二限目開始までの十分休み。紅葉は黒板消しを持ち、黒板の脇に立って教室をぼうっと眺めていた。 本日紅葉は日直なので、黒板を次の授業のために綺麗にする役目があるのだが、まだノートに書き写している生徒がいるから待っていた。


「あのぅ、平島さん。ちょっといいかな?」

 紅葉が教室から窓の外に視線を移し景色を見詰めていたら、もう一人の日直である林成美(はやしなるみ)が声を掛けた。


「ええ、何かしら?」

 成美は去年も同じクラスで日直のペアだったので少しだけ話した事があり、他のクラスメイトに比べ――、優子と同じくらいには話し易い相手だ。


「そのぅ、不躾な質問なんだけど、平島さんって誰かと付き合ってたりする……?」

 紅葉に話し掛ける時いつもどこか緊張気味の成美だが、今日はいつも以上に緊張している様子で目を泳がせながら小声で問う。そんな彼女に紅葉は小首を傾げながらもキッパリと答えた。


「ないわ。興味もないし……、考えた事もないわね」


(まだ中学生だし、女子校だから出会いもないから大抵の生徒がそうなんじゃ?)

 紅葉は何故そんな事を訊かれるのか分からない様子だ。


「林さん?」

 何故か目を見開き固まってしまった成美に紅葉は呼び掛ける。


「あっ、いやなんでもないの、うん。ちょっと気になっただけで……、あっ、黒板もう良さそうだね」

 わたわたと慌てながら早口に言うと、成美は黒板消しを持って歩いて行ってしまう。紅葉は少しの間そんな成美を不思議そうに見詰めていたが、やがて隣りに並ぶと同じ様に黒板に書かれた数式を丁寧に消していくのだった。


 この会話が成美に、現在広まっている噂と融合して新たな疑問が生まれた事を、紅葉は当然知るよしもなかった。



 昼休み、いつも通り教室で弁当を食べ、歯を磨いた紅葉がゆっくりとした足取りで教室に戻っていると、廊下の壁に背を預け一人佇んでいる優子が紅葉に声を掛けた。


「平島さん」

「なにかしら?」

 優子の隣りに立つと首を傾げた。


「えっとね。三日の月曜日なんだけどさ。あー……男の人と一緒に居なかった?」


(三日? 月曜日――、というか男の人って、一択ね)


「ええ、部活動帰りの兄と偶然会って、一緒に帰ったわ。他は覚えはないわね」

「あーっ、お兄さん! そうかお兄さんか! いや、そういう事なんじゃないかとは薄々……」

 大きな声で一人納得したように呟く優子に、側を偶々歩いて居た少女たちも反応し、紅葉もその声量に驚いて目を見開いた。そんな紅葉を見て優子が説明をする。


「いや実はね。平島さんとお兄さんを見掛けたっていう子が居て、彼氏なんじゃないかっていう噂が流れてるのよ」

「まぁ! ふふっ」

 予想外の内容に驚き、口元に手を当て紅葉は笑った。紅葉が学園で声に出して笑うのは非常に珍しい。珍しいというか、少なくとも優子の記憶にはなく聞いた事もない。それだけ紅葉にとっておかしな内容だったという事だ。

 初めて見る紅葉の笑い顔と声に、優子のみならず周囲の少女たちまでも驚き少しの間固まったが、優子が再び話し出した。


「そ、そっか。誤解だったんだね」

「ええ、その男性は間違いなく兄よ。ふふっ、そもそも私、兄以外に歳の近い異性の知り合いは居ないもの」

 まだ笑いの治まらない紅葉は無理矢理治めようとして苦笑いになりながらも伝えた。


「よーし、それじゃあお兄さんだって言っておくよ」

「ええ、ありがとう」

 教室に戻って優子は真相を広めに行き、漸く笑いの治まった紅葉は席に戻った。


(そっか、そんな噂が流れていたのね。納得だわ)

 安部さんが誤解を解いてくれるしもう大丈夫、と安堵した紅葉は鞄から本を取り出すと、残りの昼休みを読書をして過ごすべくページを開き、栞を外したのだった。



 放課後、日直の仕事と担任の頼み事を済ませたので、いつもより少し遅い時間に駅前のバスターミナルでバスを待つ紅葉だったが、機嫌はむしろ良かった。

 それは帰りに、いつの間にか調子を取り戻した真希が元気良く挨拶してくれた事が理由の一つだ。真希らしい真希の姿に安堵した。まさか自分の彼氏騒動が原因などと考える紅葉ではない。

 そしてもう一つはルウとの遊ぶ約束だ。


(どこで遊ぶかは一緒に考えて――、二号さんとか陽炎さんを誘うのも良いかも)

 ログイン後の事を考えると緩みそうになる頬をおさえる。


(あ、そうだ二号さんといえば)

 紅葉はバスターミナルを離れ駅に隣接したコンビニに入店すると、一直線にスイーツのコーナーへ向かう。


(ああ、これね)

 紅葉は新商品と書かれたラベルの付いたコーヒーゼリーを手に取る。それは数日前に人斬り二号と遊んだ時に薦められたものだった。

 これだけで良いかと思い紅葉が陳列棚から顔を上げると見知った顔が入店して来る。まだ相手は紅葉に気付いていない様子で、商品を見ながら紅葉の方へ向かって来ていた。紅葉は小さく咳をして声を調えてから声を掛けた。


「こんばんは」

「! こんばんは……」

 声を掛けられた瞬間、少し体を震わせ返事をしたのは岡崎巴。まさか紅葉が居るとは思わなかったようで、変化は大きくはないが表情からは驚きが窺える。


「それ……」

 紅葉の手を見て巴が呟いた。


「コーヒーゼリー好きなの」

 それに薦めてもらったものだし。と心の中で呟いた。新商品にあまり手を出すタイプではないが、薦められたのなら話は別だ。


「そう……、それ私も好き……」

 そう言って巴も紅葉と同じものを手に取る。巴はこれと決めていたわけでなく、何か新商品があれば、無ければ何か適当な物をと思って寄ったのだが、思わぬ偶然に少し浮れていた。


「――それにしても、最近よく会うわね」

「……そうかも……」

 昨日も偶然、それも家電量販店のパソコンのコーナーで出会った二人。こうして二日続けて学園外で会うのはかなり珍しいかも知れない。


「でも昨日の、また明日、が嘘にならなくて良かったわ」

 紅葉は昨日の別れ際の挨拶を思いだしながら小さく笑い、嘘とはまた違うのかしら? と呟いた。


「……嘘……、とは違うと思う……」

 二人は今日学園で会う事はなかったが約束というわけではないのだから、たとえここで会わなかったとしても嘘だとは思わない。ただ、会えなかったのは少し残念に感じていたのでこうして偶然会えた事に喜びを感じていた。


 その後すぐスイーツコーナーに他の客が来たので会話はそこで終わり、レジへ向かいお金を払うと二人はコンビニを出た。


「……それじゃあ、また明日……」

 巴の別れ際の言葉に紅葉は驚いたが、また明日、と言って微笑み二人は別れたのだった。



「あれ、紅葉ちゃんじゃない」

 再びバスターミナルでバスを待っていると楓に声を掛けられた。


「珍しいね。少し遅いんじゃない?」

 言いながら左手首の腕時計に目をやる。楓の言う通り珍しく楓と帰宅時間が重なる程度には遅くなったらしい。


「うん。今日日直だから。あとコンビニにも寄ったからバス一二本逃してるかも」

 そう言って紅葉はコンビニのレジ袋を持ち上げて見せる。


「なるほど」

 その時バスが到着した。二人は乗り込むと、二人がけの席に座り小声で会話を続けた。


「ふふっ」

「ど、どうしたの?」

 話の途中で突然笑いを漏らした紅葉を不思議そうに楓は見る。


「お姉ちゃん見てたら今日クラスで流れてたらしい噂思い出しちゃって」

「へー、どんな?」

 平然を装い話を促す楓だったが、クラスの噂という事に驚いていた。以前少し話を聞いたダウナー系の少女といい、最近少し紅葉の交友関係に変化があったのかも、と嬉しく思う。



「あのね、私と葉月がね――」


 予想外の内容が楓のツボにハマったようで、バスの中で口に手をやり肩を震わせながら笑いを必死に耐える事となった。


 ちなみに、後に葉月の高校で同じような噂が流れている事を知り楓の笑いを誘うのだが、それはまた別のお話。




◇3章おわり

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