二十三話 街
翌朝、紅葉たち四人は遅めの朝食を取り現在の時刻は午前十一時前。そろそろ出掛けようという事になり、紅葉は自室で服を選んでいた。
(そんなに悩まなくていいか)
深く考えず、先日も穿いたベージュのパンツに、トップスは黒色のキャミソールにライトグレーのVネックのTシャツを重ね着して、いつも通り無難に纏める。
「紅葉ちゃん入ってもいーい?」
紅葉がベッドに腰掛けボーダーのソックスを穿いていると、いろはがドアをノックしながら声を掛けた。
「どーぞー」
返事を待っていろはがドアを開け紅葉の部屋に入ると、紅葉の格好を見てやっぱりと呟き、溜め息を吐いた。
「紅葉ちゃーん、もう少し女の子らしい格好しようよ~」
昨夜のパジャマの一件もだが、いろはは紅葉にもっと女の子らしい格好をさせたいのだ。
「うーん、これダメ、かな?」
紅葉がTシャツの裾を摘みながら首を傾げる。
「いや、可愛いんだけど、可愛いんだけども。紅葉ちゃんって足細いんだし是非脚を出して欲しいんですよっ」
握り拳を作りいろはが力説するが、紅葉としては丈の長い制服ならまだしも私服でスカートは恥ずかしい。どうしようかと悩んでいると、いろはの後ろから楓と千鶴が姿を現したのを見て言い訳を始めた。
「でもほら、千鶴さんもパンツだし……」
千鶴は自分の名前が話に出て来て、ん? と小さく口に出し小首を傾げる。
千鶴の格好は女性用の濃紺のワイシャツに、スリムな黒のレザーパンツ、左手の人差し指と中指に填めたシルバーのリングと、昨夜と違いセットされた髪がクールさを引き立てていた。
千鶴は普段からこういったマニッシュなスタイル――、男性らしい格好を好んでいて、高い身長とスリムな体型もあり中性的に見える。
「千鶴にも偶には脚出して欲しいんだけどね……、一番細いし。て、ていうかですね、一番脚のふ、太い私だけ脚を出しているって何なんでしょうか」
そう言っていろはが肩を落とすと、紅葉はオロオロしだし、楓と千鶴は苦笑いをした。いろはのコンプレックスはいつも一緒の二人は慣れっこなのだ。
でもいろはの脚も細い。やはり比べる対象が悪いとしか言い様がない。
そんないろはの格好は、白色の丸襟の付いた黒いカーディガンにライトブルーのギンガムチェックのキュロット、というレトロなスタイルで白い脚が多く露出している。
一方楓は、トップスは緩いクリーム色のローゲージニットに、下はスカートなのだが制服以上に丈の長い、脛まである黒色のロングスカートと露出はかなり少ない。
「紅葉ちゃん、前にあげたミニ、ある?」
「う、うん。あるけど短いから恥ずかしいよ……」
楓の言葉にもじもじとしながらも素直に返事をする。楓はその様子を見ながら苦笑いした。
「大丈夫大丈夫。出してもらってもいいかな?」
「う、うん……」
(あれすごく短い……、というかお姉ちゃんも穿いているところ見た事ないんだけど、大丈夫なのかな)
紅葉は不安になりながらも、クローゼットから取り出した紺色のミニフレアスカートを楓に渡した。楓はそのミニスカートを紅葉の腰に当てながら言う。
「ほら、重ねると色も合ってて可愛い。これでいいんじゃないかな?」
「うん、これなら別に……」
露出がある訳じゃないから気にならないが、いろははこれで良いのか、紅葉は少しだけ不安げに見詰めた。
「あはは、別に無理矢理生脚出せーって訳じゃないから。折角だから出して欲しいなーっとは思うけど、目的はもっと女の子らしい格好っていうのが第一だからね」
そう言いながら笑ういろはに、紅葉に釣られて微笑んだ。
そうして無事コーディネートの決まった四人はバスに乗り駅前へと向かうのだった。
◇
駅のバスターミナルに到着した四人は近隣を巡回するバスを乗り換え、予定通り大型複合商業施設のメイズタウンへと向かった。
メイズタウンは縦にもだが、それ以上に都会とは思えないほど敷地面積が広く、様々なジャンルのショップが出店している。メインターゲットは紅葉たちのような中高生から二十代の若い層だが、二十以上のスクリーンがある映画館や広い劇場に大型の駐車場や、一階には吹き抜けの広場もあって特に休日は家族連れも多い。
本日は五月五日こどもの日。ゴールデンウィーク最終日だけあって家族連れは多く、若者もいつも以上に多い。
紅葉たちは到着すると、人の流れに逆らう事なくエスカレーターで上の階へと移動した。
今日はこれといった目的――、しいて言うなら紅葉のパジャマくらいなものだが、他には特にないので気になったもの、目に付いたものを見て回る。いろはのパソコンに関しては、駅北口から出て直ぐの場所にある大型の家電量販店で購入予定なので、メイズタウンでの予定には入らない。
四人はぶらぶらと気侭に様々なショップを巡り、三時頃天ぷら屋で遅めの昼食を取って、食事のデザートに一階の屋台なども並ぶ軽食メインのフードコーナーでクレープを食べた。
それから本日は天気が大変良かったので、帰りはバスを使わずにゆっくりとお喋りをしながら駅へと歩いて向かったのだった。
四人がメイズタウンで購入したものは、楓はアロマオイル、紅葉は同じショップでライトグリーンとドット柄のパジャマの二着を購入した。
いろははと言うと、平島姉妹と同じショップで薄紅色のネグリジェを購入し、紅葉へプレゼントしていた。よほど紅葉を着飾らせたいらしい。
いろはがネグリジェを選んでいる時紅葉に「これとこれ、どっちが良いと思う?」「どっちが好き?」と意見を求め、紅葉はいろはに似合う可愛らしいものを選んだのだが、昼食を食べている時に袋を渡された時は口をパクパクをさせながら、随分とうろたえていた。
また千鶴は、レコード屋で何枚か試聴していたが、紅葉がどう? と尋ねても小さく首を振り今一つと言い購入せず、シルバーアクセサリーとチョーカーは熱心に見ていたが、琴線に触れるものはなかったようで、銀磨きだけ購入して店を出た。
途中、ピアスには興味惹かれる物があったようだったが、ミノア女学園では校則違反。購入したところであと二年近く付けられないので諦めていた。
ゆっくりと、三十分近い時間を掛けて駅に到着した四人は、駅の南口に入るとそのまま通り抜け北口へと出た。そして直ぐ目の前にある全国展開している大型の家電量販店に向かう。四人は二重の自動ドアを抜けエスカレーターでパソコンのあるエリアへと向かった。
ここではメーカーの完成品だけでなく、自作する客向けのコーナーもあるが、予算内で目的にそった内容のパソコンの組み立ててもらう事も可能だ。
一般の女子中高生に比べ、パソコンにはどちらかというと明るい方だとは思われる四人。しかしパソコンを自作した経験はない。いろはも店で組み立ててもらう予定で、今は店員に話を聞いており、楓と千鶴はパソコンゲームのコーナーで何やら会話をして暇を潰している。そして紅葉だが――。
(長いわね……。こんなのどこで使うのかしら……?)
いろはの買い物に対する不満ではない。目の前の壁にかけられたLANケーブルを見ての事だ。何故だか真剣に見詰めている。
特に必要としていないのだが、何やら気になるらしい。通り掛かった店員がLANケーブルを真剣に見詰め悩んでいる……ように見える美少女という画を不思議そうに見て、声を掛けるべきか考えている事にも気付きはしない。
暫く見詰めていた紅葉だったが、満足いったのか、何事もなかったように別コーナーへ歩き出した。それは店員が声を掛ける直前の事。もし声を掛けられていたらテンパっていたのは間違いなく、知らぬ内に回避出来たあたり割と運は良いのかも知れない。本人に自覚はないが。
(それにしても昨日から続けて最高……、最高に近いなにかだわ。千鶴さんもゲーム始めるかも知れないし、ちょっと恥ずかしいけどプレゼント貰っちゃったし、チョコバナナ&アイスクリーム美味しかったし……)
昨日からの出来事を振り返りながら、思わず頬の緩む紅葉。キーボードやタブレットといった入力機器のコーナーを機嫌良く通過し、また違うコーナーへ移動して行く。
「……平島さん……?」
名前を呼ばれて驚き、現実に返って来た紅葉。声のした方を振り返るとそこには岡崎巴が居た。
黒とクリーム色のスタジアムジャンパーにブルージーンズ。ニット帽という出立ちだ。
「こんなところで偶然ね」
紅葉の声、そして表情もいつもに比べ自然と少し明るくなる。テンションがかなり高く、また、相手が紅葉にとって親族と千鶴といろはを除くと、もっとも話しやすい巴だからこそだ。
(すごいわ。岡崎さんとこんなところで会うなんて。一緒に出掛けた訳じゃないけど、学園外よ、学園外なのよここ。神様ありがとう、最高に近いなにかは今最高に限りなく近いなにかに進化を遂げました)
紅葉のテンションは今日一番を迎え、警戒心から表情の固い普段の外の紅葉とは違い笑顔だ。テンションが上がり過ぎて巴がその笑顔に少々たじろいでいる事にまるで気付いていない。
「そうね……、こんなコーナーだし……」
現在二人が居るのは外付けHDDのコーナー。特別マニアックだったりするわけではないが、だからといって女子中学生向きとは言い辛いかも知れない。
それに周囲に展示されているのはメモリやグラフィックボードであり、完成品のコーナーではない。普通の女子中学生はなかなか立ち入らないだろう。そして巴の手には外付けHDDの箱が握られていた。
「今日は姉の友人の付き添いなの。パソコンを買い換えるからその下見で。私は自作するほど詳しくないから店内を回っていたの」
「そう……、という事は平島さんもパソコン扱うの……?」
「え、ええ、殆ど毎日触ってるわ」
なにをしているかと問われると答えて辛いので少し言葉に詰まる。
「意外……」
巴はそんな紅葉の動揺には気付かず、パソコンに向かう紅葉の姿を想像しようとして上手くできずに首をひねる。昨今、女子中学生がパソコンを日常的に使用する事は決して珍しくないのだが、紅葉が殆ど毎日というは巴には意外だった。
紅葉はというと、考え込みだした巴を見ている内に興味が巴の服装に移っていっていた。
(千鶴さんといい、クール系な人ってやっぱりマニッシュな格好が似合うなー、ニット帽が可愛らしくてアクセントになって良いわね)
そんな事を紅葉は考えているのだが、実際は楽な服装を選んだだけで、髪のセットが面倒だから帽子を被っているだけだったりする。巴に服装の拘りは特にない。
しかし紅葉に見詰められている事に気付くと、珍しく恥かしがりだした。巴自身は興味なくとも、興味を持っている紅葉に見られるのは恥ずかしいらしい。
そんな様子に漸く気付いた紅葉が、恥ずかしがる巴を可愛いなぁと思いつつも少し慌てて謝罪する。
「不躾にごめんなさい。服装がよく纏まっていて似合っていたものだからつい……」
「う、ううん……、別にいいの。ただ、あんまり自信がなくて……」
「そ、そう? ジーンズなんてよく合っていると思うのだけれど。……でもそうね、女の子らしい格好も似合いそう」
紅葉は微笑みながら言ったが、自分が今朝いろはに言われた事殆どそのままだったりする。
紅葉の中で巴は、千鶴と同じような方向性も合うが、ギャップの可愛い女の子というイメージも強い為、自分よりもよっぽどガーリー系――、いろはの好む女の子らしい服装が似合いそうなイメージがあった。
「い、いえ、その……、そう、平島さんって本当に普段眼鏡じゃないのね。それに三つ編みも……」
クラスメイトが見たらさぞ驚くであろう動揺を見せ、巴は強引に話を変えた。
本日の紅葉はミノア女学園ではトレードマークといえる赤いフレームの眼鏡はしておらず、もう一つのトレードマークである緩い三つ編みもしていない。とはいっても美容院に行った日とは異なり楓がセットしてくれた為、三つ編みにはしていないが左右ふたつに結び、緩いパーマが掛かったおさげが柔らかく揺れている。
「……この前……、学校でその話聞いていなかったら他人の空似と思っていた、かも……」
「そう?」
「うん……、やっぱり雰囲気違うから……」
「そう、なのかしら……」
そんなに変わるものなのか。そう思いながら紅葉は首を傾げる。
確かに眼鏡と髪型の違いによって雰囲気は違って見えるし、いつもと違う服装による印象の違いもあるが、実際には紅葉の機嫌によるところも大きい。これほどまでに機嫌の良い外出など、そう滅多にないのだ。学園の紅葉との違いは言わずもがな。
それから二人は十分ほど立ち話してから別れた。
別れ際の巴は少し、いつも以上にダウナーな様子だったが、紅葉がまた明日会いましょうと言って微笑むと巴もまた微笑み帰って行った。
その後ろ姿は連休前に見た姿とは異なり、肩を落としたりはしてはいなかった。




