二十二話 マッドパジャマパーティ
夕食後、紅葉と楓といろはと千鶴の四人は楓の部屋へ戻った。楓の部屋は広めな紅葉の部屋より更に一回り広く、四人がくつろいでもゆとりは十分にある。
紅葉の部屋と壁紙は変わらないがカーテンは異なり、その他小物の差か、紅葉の部屋よりも随分女の子らしく見えるが、コースター代わりの灰皿を置いている紅葉と比べればそれは当たり前の話かも知れない。楓といろはと千鶴の三人が初めて紅葉の部屋の灰皿を見た時は、なんとも言えない表情をしていた。尤も、紅葉は気付かずに笑顔でその有用性を語っていたが。
現在四人はクッションに座って正方形のテーブルを囲い、紅葉が部屋から持って来たトランプをしている。
紅葉の中ではお泊まり会=トランプやウノで遊ぶ。という実にベタな考えがあった。是非やりたいともじもじしながら三人の前に差し出す紅葉に、ベタだなぁと思うも可愛がっている三人が断る訳がなく、雑談をしながら七並べをしているという状況だ。
「――紅葉ちゃんさ、前々から思ってたんだけどパジャマ着ないの? パス一」
いろはがテーブルに並べられたカードと自分の手札を難しい表情で見比べ、パスを選択して次の人に回す。
「え、使わないから持ってないよ? あ、一着だけ持ってた」
それがどうかしたの? そう言いたげに紅葉は首を傾げる。
「えー、持ってるなら着ようよー。ていうかなんでジャージなの?」
紅葉の格好はいつも通りの部屋着――ジャージだ。細かな感性の違いは置いておくとして、特に今着ている深緑色のジャージは一般的には可愛いとも女の子らしいとも言えない。
「んー、動き易いし楽だし……、パジャマ持ってる筈だけど、どこに仕舞ってあるか分からないし……」
それを聞いてガックリと肩を落としたいろはを見て、紅葉は慌てて続けた。
「あっ、でもね。何着も持ってるから汚れてないよっ」
いつも同じジャージじゃないと紅葉は弁明するが、いろはの反応を勘違いしての事。いろはがガックリときたのはパジャマがどこにあるか分からないという事だ。
紅葉の部屋はクローゼットの中も含めよく整理されている。その状況でどこにあるか分からないという事はつまりよほど使われていないのか、と思っての事で、流石に紅葉がいつも同じジャージを着ているとは思っていない。
食い違っている事に気付いている楓と千鶴の二人は小さく肩を震わせ笑いを漏らしている。
「いやあ、そういう意味じゃなくってね。もっと女の子らしく格好をすべきじゃないかなーと思うんですよ私はっ」
いろはも本人の趣味だからとこれまで言わなかったが、いざ話すと意外と溜まっていたのかやや興奮気味だ。
「そ、そお?」
紅葉は小首を傾げ助けを求めるように楓と千鶴を見る。
「まあ、いろはみたいな可愛らしいネグリジェとまでは言わないけど、お風呂上がりくらいはパジャマ着てもいいかもね」
「……確かにな。ところでパスは何回までだ?」
「三回目でアウトで良いんじゃない?」
「了解」
二人からの助けは入らないどころか、どちらかと言うといろは寄りの意見。今はもう、今更ルールの確認を行っている。
いろはは追い風を受けて益々勢い付く。
「ほらほらっ、二人もこう言ってるしどう? 勿体ないと思うんだよねえ。……パス二。ちょ、ちょっとダイヤの11とダイヤの5とハートの9とクローバの8止めてるの誰なの!?」
対紅葉パジャマ交渉では優位に立っているいろはだが、ゲームでは手詰まりらしい。慌てるいろはに楓はニコニコと笑いかけ、クールな千鶴も若干口角を上げている。
「ん、んと。ほら、千鶴さんもパジャマじゃないよ?」
紅葉は苦し紛れに千鶴を話に巻き込んでみた。確かに千鶴の格好はTシャツにトレーニングパンツと、男の子のような格好をしている。
「千鶴はそれで良い、というか容姿に合ってるんだよね。むしろそれが良いというか……。ふふっ、紅葉ちゃん諦めたら? パス一」
「……残念だったな。パス一」
しかし味方に引き込む事も巻き込む事もできない。紅葉もこの事は予想していたのか諦め気味だ。なにせ紅葉自身が千鶴には今の姿が似合うと思っているのだから。
「よし、それじゃあ明日一緒に出掛けようか。パジャマ見よう。元々誘う予定だったんだけどね。あー、ていうかパス三ですよ……」
ぼやきながらいろはは手に持った、まだ半分ほど残っているトランプをテーブルに並べると、カーペットの上に仰向けに倒れた。
「運がなかったな」
千鶴が並べられたカードを見て呟いた。7の近くのカードは完全に封殺され、他のカードは遠いものばかりだ。これでは勝つのは難しいだろう。
「いーんですよー。紅葉ちゃんにはある意味勝ったしー」
「ふふっ」
わざとふて腐れて見せるいろはに紅葉は思わず笑いを漏らした。
先程まで攻められていたが、遊びに誘われた事で今は滅多にないほど上機嫌、表情も大変柔らかく自然だ。
「……まあ無理に買わせようとは思ってないよ。紅葉ちゃんの気に入ったものがあれば、ね。ここまで言っておいてあれだけれど」
苦笑いしながらいろはが言う。可愛い妹分に似合う格好はさせたいが、紅葉を困らせたいわけではない。ちょっとしかない。
「んー、折角の機会だし考えてみるよ。明日はどこに出掛けるの?」
誘われた事で今からテンションの上がった紅葉は、明日の事を考えながらカードを出していく。いろはがリタイアした事により幾つか空白が埋まったので、他の二人もテンポ良くカードを出していく。
「まぁ適当にメイズタウンでぶらぶらして、あとはいろはのパソコン購入前最後のチェック、っていう感じかな?」
「そっか。――上がり」
紅葉が最後のカードを場に出した。
メイズタウンとは紅葉たちがよく利用する駅前からバスで十分と掛からない距離にある、大型複合商業施設の事。主に若者向けの店舗を中心に、映画館や劇場やフードコーナーも大変充実している。
「防衛戦とか重いからねえ。楽になればいいけど」
「そうだね。……いろはさん、やっぱりハマり掛けというよりハマってると思うんだけど」
「うぐ」
「ぷっ」
素直な感想を言う紅葉にいろはは言葉を詰まらせた。いろはは【魔法少女おんらいん】にハマっているんじゃなく、あくまでハマり掛けだと主張する。確かにログイン時間は紅葉や楓に比べると少ないが、パソコン新調=魔法少女おんらいんになるあたり、強く言い張れないようだ。
紅葉の天然が生んだストレートな言葉に押し込まれ気味のいろはを見て楓は笑いが堪えきれず口から息を漏らし、肩を大きく震わせている。
「ネットゲームか……」
千鶴がぽつりと呟いた。
「お、千鶴も興味あり?」
紅葉の天然に追い詰められていたいろはは素早く起き上がると、話を逸らそうと千鶴の言葉に食い付く。
「……まぁ興味がないわけじゃないんだけどな」
「おお」
「意外だ……」
いろはと楓は若干身を乗り出した。二人の共通の趣味である魔法少女おんらいん親友が参加するかも知れないと思いテンションが上がっている。
(え、千鶴さんも、もしかしたら始めるの? ちょっとそれ、すごく、良い……)
紅葉にとっていろはと千鶴の二人は現実でもっとも友だちに近い存在だ。言葉にはしていないものの、以前の妄想が叶うかも知れないと、下手すると二人以上にテンションが上がっており、表情は紅葉に有り得ないほど輝いていた。
千鶴はそんな紅葉を一瞬横目で見て驚いた表情をし、話を続ける。
「ただ問題があってな。魔法少女、だろ? よく知らないんだよな、アニメも殆ど見た事ないし」
セーラー服の三人組の美少女をちらっと見た事があるくらいだな。あれが魔法少女なのかはわからないが、と千鶴は続けた。
問題がある。言われた時は少し構えたが、続く言葉になんだそんな事かと思う。
「千鶴、魔法少女おんらいんはなんて言うかな……、確かに魔法少女と言えば魔法少女なんだけど、より正確には魔法少女っぽい何かというかなんというか。うーん……、いろはパス」
楓が説明しようとするが上手く言葉に出来ず、いろはが引き継ぐ。
「はいはい。えっと、変身とかコスチュームとかあるからそれっぽいけど、知らなくても全然問題ないよ。確かに知ってればより楽しめるとは思うけど」
「そうなのか?」
「うん、私お姉ちゃんに誘われて始めたんだけど、日曜の朝アニメ観るようになったのそれからだし、観なくても普通に楽しめると思うよ」
「そうか……」
魔法少女おんらいんの魔法少女たちは、魔法少女っぽい何か、とプレイヤーたちにもよく言われている。但しそれはプレイヤーが拘れば話が違ってくる。
例えばモンクのクラスで肉弾派の魔法少女の再現を頑張る事は出来るし、ウィッチのクラスで魔砲少女と呼ばれる少女や、前衛のステ振りをする事で空を舞いながら魔法を撃ち、魔力刃を纏った杖で切り込む魔法少女の再現も頑張る事はできる。
それにクラスごとの制限はあれど、コスチュームの外見のカスタマイズはかなり自由度が高いのはゲームの売りの一つ。既存のキャラクターに外見を似せる事も頑張る事は出来る。
それなりの下地は用意されているので、あとはプレイヤーのやり込み次第といったところなのだ。
「私はどっかんどっかん撃つ空中要塞を作りたかったから、それに合ったクラスを選んだんだけど、いろははサポート系やりたいからって普通のネットゲームと同じようにクラスを選んだし、紅葉ちゃんも確かインスピレーションで選んだんじゃなかったっけ?」
「うん。始める前に公式ホームページ見に行ったらイメージイラストが可愛かったからネクロマンサーにしたの。実際ゲーム始めてみたら言う事聞かないゴーレムの育成が楽しくてハマっていったから良かったけどね」
事前に調べるタイプの紅葉が当時公式ホームページのクラス一覧を覗いたところ、掲載されていたネクロマンサーのイメージイラストに一目惚れしたのだ。
「じゃあちょっと公式見てみる?」
楓が机の上のパソコンを指差す。
「……そうしてみるか」
「よーし」
千鶴も割と乗り気だ。決して期待に輝く瞳で見詰める紅葉に押されたのではない。違うったら違うのだ。
四人はパソコンの置かれている机に近寄ると、代表して操作するパソコンの持ち主である楓が椅子に座り、その隣りに部屋に置いてあった折り畳み式の椅子に千鶴を座らせた。いろはは千鶴とは反対側に立ち机に手をついてモニターを覗き込み、紅葉は膝立ちで机に寄り掛かりながら下からモニターを覗いている。
パソコンの電源をつけると楓は早速ブラウザを立ち上げお気に入りから魔法少女おんらいんの公式ホームページへと飛んだ。
デスクトップもお気に入りも、趣味の数の違いからか紅葉よりも数は多いものの、やはりフォルダ分けがされよく整理されている。性格は似ていないようで、細かなところで似たところのある二人だった。
閑話休題。
「先ずはどうしよう? 種族とか?」
公式ホームページを開いた楓がメニューバーを見ながら尋ねる。
「その辺りは任せる」
「りょーかい」
楓はポップな字体で書かれた【しゅぞく一覧】という項目を軽快にクリックした。
開かれたページに、現バージョンで選択可能な八つの種族がイラスト付きで表示される。
「ふぅん、妖精なんかも居るんだな」
「うん、クセはあるけどサポートの特化型とか回復の特化型なんかと相性が良いかな」
「攻めには向かないのか?」
「サイズが小さいんだけど、補正が掛かって同じステータスでも火力が劣るんだけどね。あと受けるダメージも大きいの。その分動きは速いし当たりづらいんだけど、まあ一長一短かな」
「なるほどな」
千鶴の質問に楓が淀みなく答えていく。
「あとは魔法少女モノによくある、主人公をサポートする小動物っていうか……分かるかな?」
「まあなんとなくは。喋る黒猫とかだろ?」
「そうそう。沢山のプレイヤーが居るわけだからね。主役じゃなくったって、色々な楽しみ方があるよ」
「それもなんとなく分かる」
頷く千鶴に、そもそもネットゲームに主役は居ない気がするけど、あくまでアニメやマンガでのポジションの話と楓は続けた。
「妖精がわかり易いけど、クラスごとに相性が良い種族と悪い種族があって、うーん、好きなものを選んで良いと思うけど一度決めたら変更はできないから、あんまり妙な組み合わせは止めた方が無難、かな」
少しだけ言い淀みながら楓は説明をする。
千鶴の事を思ってのアドバイスだが、あまりああしろこうしろとは言いたくはなかった。だからといって何も知らずにちぐはぐな組み合わせにすると後々苦労するのは千鶴だ。どの辺りまで言っていいものか楓も悩んでいるのだ。
「それで皆はどれ?」
「私は半精霊でいろはが人間、紅葉ちゃんはホムンクルスね」
「いろははなんで人間にしたんだ? 平均的って書いてあるけど」
千鶴がページの一番上に表示されている人間の紹介文を読みながらいろはに尋ねる。そこに書かれている文書には他の種族とは異なり、ここが強みです、という書かれ方がされていない。
「あー、私は始めた時ね、まだどういう成長させようか悩んでいたのもあるかな。人間って好きに成長させやすいの」
「ふうん。それが人間の強み? になるのか?」
「あとは種族によってなれないクラスがあるんだけど、人間にはなくって好きに選べるのも強みかな。なにより魔法少女だからねー、やっぱり人間がなるっていうのがイイ」
特に妖精族には制限が多く、クラス別に見ると特に巫女とネクロマンサーは選択できない種族が多くなっている。その為、特に種族に拘りのないプレイヤーは人間を選ぶものが多い。あとは人間が魔法少女になるという事に拘るいろはのようなプレイヤーも少なからず居る。
「そうか。クラスを決めてから選択すれば良さそうだな」
「そうだね。それじゃあクラスにいこうか」
そう言って楓はメニューバーから【くらす一覧】を選択し、別のタブで開いた。
開かれたページには先程と同様イメージイラスト付きでクラスの紹介がされているが、例えばクレリック一つとってみても、人間のクレリックのイラストやピクシーのイラストなど、一つのクラスに大体三枚ほど付いている為種族一覧よりも華やかだ。
千鶴はモニターを覗き込んで三人に尋ねた。
「楓はどれ?」
「私はウィッチ。一番上のやつ」
「これか」
「うん。基本的には威力の高い魔法をばかすか撃つクラス。半精霊と相性が良くって、私のはかなりベターな組み合わせだよ」
「一番上って事は代表的なクラスか」
「魔法使いらしい魔法使いだからね。使ってる人多いよ」
ふうんと頷くと暫くの間紹介文を読み、次はいろはの方を向いた。
「いろはは?」
「エンチャンターっていうの。補助魔法特化型だよ。主に味方のね」
「一人で遊ぶ時はどうするんだこれ」
千鶴はあまり一人では戦えそうにないエンチャンターの紹介文を読んで疑問を口にする。
「あー、あんまりっていうか殆どできないね。特に私は全然。いつも楓たちとパーティ組ませてもらってる」
エンチャンターはINT特化型で育てればソロも不可能ではないが、あくまで不可能ではないというだけ。狩場のレベルを下げる必要がある。そもそも攻撃は本来エンチャンターの本分ではない事もありいろははすっぱり諦めている。
その分セカンドPCを持たない彼女は資金繰りには苦労しているようだが。
「それで紅葉は……、ネクロマンサーだったか?」
「うん、下の方に載ってる……、そうそれ。ゾンビとか操ったり、あとは敵に使う魔法に特化したクラス、かな」
「ふぅん。……なあ紅葉。可愛いイラストってどれ?」
「真ん中のやつだよ。それ私と同じホムンクルスのネクロマンサーなんだ」
「……そうか」
ネクロマンサーの項目はやけにリアルタッチのフレッシュゴーレムやボーンゴーレムやゴーストとは別に、三枚のイラストが掲載されている。
紅葉の言う真ん中のイラストの少女は、深く被った濃紺のフードからぼんやりと覗く瞳は充血し、その目元には大きな隈が刻まれ唇は紫色で肌は青白い――、陰影の影響もありどちらかと言うと青寄りの青白さだ。年の頃は少女ではあるが魔法少女というより魔女といった風体である。
なんとも言えない気分で見詰める千鶴、だけでなく楓といろはだったが、なんというか、真希や巴を可愛く思うまともな感性を持っている反面、少々ずれた感性の持ち主でもある平島紅葉は、膝立ちで机に寄り添いながら上目遣いで「ね、この子可愛いでしょ?」と言わんばかりの瞳で見詰めている。
その童女のような仕草は大変可愛らしく、三人はまあいいか、という気分になるのだった。
「ああそうだ、あとこれ」
「……ん?」
なんて言うべきか悩む千鶴に、マウスを操作していた楓がネクロマンサーの下に表示されている巫女の下に、シルエットだけのイラストが表示されているのを示した。
「これマジックガンナーっていう新クラス。次かその次のアップデートで追加される予定。あくまで予定だけど」
「ふぅんガンナーか。面白そうだな」
紹介文もまだ少なく、魔力弾を放つ銃を扱うクラス、と名前から十分に想像できる範囲のものしか書かれていないが、千鶴には惹かれるものがあったようだ。
「そっか。でも他のプレイヤーも育てるの最初からになるんだし、新規で始めるなら丁度良いのかもね」
「かな」
千鶴も短く同意する。実際には別のPCを持つプレイヤーは装備の譲渡やゲームのノウハウ等がある為、横一直線のスタートとはならないがそれは言っても仕方のない事だろう。
千鶴が特定のクラスに興味を持った事で、益々魔法少女おんらいんを始める可能性が高くなり、その後、少し動画を見たりトランプに戻っても紅葉は、眠気に襲われるまで上機嫌で過ごしたのだった。




