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十九話 ただ単純に好きなだけ

 あれから二人は途中休暇を挟みながら午後六時頃まで狩りをして解散した。

 紅葉は目当ての【ヒルジャイアントの左腕LL(R)】は入手できなかったが、ソロ狩りよりも効率よく狩れ、収得した経験値には満足していた。ストレルカに至ってはパーティ内のレベル差により収得経験値は減少しているにもかかわらずレベルが一つ上昇した上に、次のレベルになってからも十パーセント近く稼げたと大満足の結果だった。


 解散場所は【流星の丘 南部】来たときと同じ様に、ストレルカの【ディメンジョン・ゲート】で一緒に戻る事はせずに、まだアイテムにゆとりがあるからと断った。

 それも事実なのだが、ルウがログインしないならゴールデンウィーク中は流星の丘に通い続けようと考えたからである。今日の夜にでも入手する可能性はあるのだが、その考えは頭にないらしい。



 夕食を済ませた平島家三兄妹は、葉月の部屋でまったりと過ごしていた。

 始めは夕食後リビングでダラダラと雑談をしていたのだけれど、葉月が部屋に戻る時に一緒に階段を上り、会話が途切れなかったのでそのまま葉月の部屋に入り今に至るというわけだ。


「ちょっと気になってたんだけど、葉月ってギター弾けるの?」

「いや、素人にうっすらと産毛が生えた程度」

 楓は無造作に壁に立て掛けられたギターに目をやりながら聞くと、葉月は読んでいた雑誌から顔をちらりと上げた。


「え、じゃあなんで?」

「興味あるって言ったら先輩がくれたんだけど、まだ全然ってわけ」

「ふーん」

 楓がギターの弦を指で弾く。


「葉月がギターねぇ。紅葉ちゃんならわかるんだけど」

「そう?」

 クッションの上に正座の足を崩し腰を下ろす、所謂女の子座りをしてTVゲームをしていた紅葉は、自分の名前に反応して振り返るが、また直ぐに画面へと視線を戻した。

 今紅葉がプレイしているのはハード的には一世代前の、某国民的RPGシリーズの一つだ。

ただ、戦闘システム等受けが悪くシリーズの中では評価はそれほど高くない。しかし紅葉はそのシステムを割と気に入っていて、クリア後もこうして時々プレイしている。

 ソフトの所有者は葉月だが合わなかったらしくクリアしていない。それでもシリーズファンとしては内容が気になるからと、紅葉のプレイを横で見てストーリーは把握している。当時葉月が居る時にしかストーリーを進めていなかった紅葉に、葉月は随分と律義だなぁと思っていた。

 ちなみに現在紅葉は裏ボスのタイムアタック中だ。


 紅葉は【魔法少女おんらいん】を始めてからはプレイする頻度は少なくなったものの、未だTVゲームは好きではある。でも部屋にはTVもゲーム機本体もないので、する時はリビングか葉月もしくは楓の部屋に行っている。

 自分だけ所持していない事には特に不満は感じていない。


「好きでしょ? 音楽」

「うん」

「好きでしょ? ロック」

「うん」

 紅葉は画面から目を離さないまま澱みなく答えていく。

 別に膨大な知識があるわけでも超絶な技術があるわけでもないが、好きかと訊かれたならイエスだ。誰某より劣るから悪いなどといった話ではないので迷いはない。


「部屋じゃ音楽掛けっ放しだし、時々お父さんのギター触ってるみたいだし……、その日はお父さんやけに機嫌が良いのよ」

 興味持ってくれるの嬉しいんだろうね、と楓は笑いながら続ける。


「葉月も人並みに好きなのは知ってるけど、紅葉ちゃんほどの印象はないや」

 そう言う楓に葉月は肩を竦める。


「まあね。でも男って一度はギターやらベースに興味を持つものなんだよ」

「なんで?」

 楓に先んじて紅葉が尋ねた。


「モテたいから」

「ふーん」

 キッパリと言い切った葉月に楓は気のない返事をする。少々特殊な環境で過ごしている楓にはピンとは来ない様で、紅葉も画面に目を向けたまま首を傾げている。


「そーなのかー」

 わからないんだろうなとは思うものの、葉月も男の子であり、楓と紅葉が男の子の気持ちがわからない様に、葉月もまた女の子の気持ちが理解できるわけではないのでそれ以上は口にしなかった。


「でも葉月、今もモテない事はないでしょ。頭も悪くないし運動できるし、顔もまあ悪くない、と思う」

 楓は葉月をできるだけ客観的に評価していったが、顔に関しては紅葉ほどではないにしろ自身に似た部分もあり、また弟に言うのも少々気恥ずかしかったのでそこはぼやかした。


「いやいやそんな事ないって。顔はまぁよくわかんないけど、頭がどうとか運動がどうとかよりも、面白いやつに人は集まるしウケは良いんだよ」

 葉月は否定する。唐突に姉に褒められた照れ隠しもあるが、面白いやつがウケるというのは葉月の本音だ。楓もそういうものなのか、と一応は納得する。

 実際は運動や勉強、顔の良い者も勿論人気はあるのだけれども、人の集まりという目に見える差がある為に葉月は気付いていなかった。隣りの芝は青い、というものかも知れない。


「あー、運動で思い出した。明日練習試合なんだよ」

「えっ」

 気恥ずかしさの無くならない葉月が話題を変えると、紅葉が驚きの声を上げた。


「えってなんで?」

「だって葉月、そこまで厳しくないって言ってたし、ゴールデンウィーク中に試合なんてするんだなーって。正直意外」

 葉月の所属しているのはサッカー部。平日こそほぼ毎日部活動があるが、休日はそこそこ休みがある。運動部にしては緩めと言っていっていいかも知れない。

 妹のそんな素直な言葉に葉月は苦笑いしながら答える。


「まぁ間違ってはないな。明日試合ってだけで他全部休みだし。少なくとも三軍やらベンチに入れない部員が百人居るんじゃないかってところとは違うよ」

「なるほど」

 紅葉は納得したように頷くと、少し間を空け口を開いた。


「お姉ちゃんは?」

「へ?」

「お姉ちゃんは明日出掛けるの?」

「友だちとショッピング行く予定だよ」

「そっか」

 友だち――、そう言う時は大抵相手は千鶴やいろはではない、もしくはそれ以外の人が居る場合だ。

 楓は紅葉も一緒に遊びたいのかと思い、少しだけ遠回りに尋ねた。


「紅葉ちゃんは明日どうするの?」

「美容院行こうかなーと思ってるよ」

「そうなの?」

「うん、毛先ちょっと痛んじゃって」

 触り過ぎなのかなと言いながら紅葉は笑った。

 実際は遊びたくて尋ねたのではなく、ゴールデンウィークはやっぱり出掛けるものなのかとふと思っての事である。

 紅葉は遊べるなら遊びたいのは確かだが、四日に二人が泊まりに来る事になっているので、それだけで十分満足していた。


「? どうしたの?」

「……いや」

 暫く紅葉と楓が話を続け、葉月は二人の会話を黙って聞いて居たのだが、美容院の話をしている時から顔を顰め何か考えている風だったので楓が問う。


「なんか、ちょっと引っ掛かった気がしたんだけど気のせい、かな……」

「そう」

 暫くの間そうして考えていた葉月だったが、特に思い付かなかった様で五分もすると諦めた。


 三人はそれから一時間ほど葉月の部屋で話をして楓と紅葉はそれぞれの部屋へ戻って行った。

 その日紅葉は魔法少女おんらいんにはログインせず、まったりと過ごしたのだった。



「おっ」

 翌日の五月三日の憲法記念日。黙々と魔法少女おんらいんをプレイしていた紅葉は、珍しく口を開いた。

 紅葉はモニターを暫く見詰め、大きく息を吐きながら椅子の背もたれに少し体重をかけた。

 モニターに映っているのはちょっと怪しげな魔法少女、紅葉の操るスクルトと、その隣りにはスクルトより遥かに大きいツギハギだらけのフレッシュゴーレムのマチュピチュ。二人が立っているのは所々凸凹とした地肌の見える丘、最近お馴染みの【流星の丘 南部】だ。


 一見、特に珍しいものは映っていない。では何故紅葉が声を上げたかというと、画面下に表示されたメッセージを読んだからだ。そこにはこう表示されている。


 874sを手に入れました。

 8470の経験値を手に入れました。

 ヒルジャイアントの左腕LL(R)を手に入れました。


 そう、漸く目的のものを手に入れたのだ。

 ドロップ率の割になかなか手に入らなかったが、いざその時が来ると呆気ないものだったりする。


「やっ――ッ! いったーい……」

 紅葉がなにか言おうとした時、ゴンッという鈍い音が鳴った。諸手を上げて喜びを表現しようとして右手の甲を机にぶつけた音だ。五秒前に紅葉とは思えない満面の笑みを浮べていたが、今は涙目で手の甲を擦っている。


「神様は私に甘くない……」

 紅葉は思春期らしい、十四五歳の少年少女らしい事を呟く。その声は涙声。かなり痛かったらしい。


 その時画面奥から石が飛んで来た。【ヒルジャイアント】の投石攻撃である。

 紅葉はすっかり放置していたゲームに慌てて戻ろうとして、今度は左手で握ろうとしていた操縦桿のようなゲームコントローラーを掴み損ねた。左手にぶつけたコントローラーは机から落ちてしまう。


「あぁ、もう……」

 あまりのグダグダな状況に思わず愚痴が零れるが、そうしている間も投石攻撃は止まらない。

 紅葉はキーボードに予め登録してあったショートカットを叩き、マチュピチュをスクルトとヒルジャイアントの間に立たせると、防御に専任させた。ガードすれば正面からの攻撃限定とはいえダメージは減少し、ダウンもし辛い。

 次いでマウスを操作するとインベントリ(アイテムウインド)を開き、目に付いた転移スクロールを使用してその場から去った。


 こうしてドロップから始まった紅葉残念劇場は幕を下ろしたのだった。



(お、イイーヴだった。ラッキー、お部屋に戻ろ)

 転移先は運良く拠点のあるイイーヴの町。紅葉は机から落ち宙吊りになっているコントローラーを拾うとスクルトを酒場の二階へと移動させる。

 拠点に戻ったスクルトは魔法少女の姿に変身した。これから改造予定のフレッシュゴーレム、マチュピチュも召喚する。


 基本的に町中では変身も召喚もできないのだが、特定のクエストやイベント等の例外もあり、【首都防衛戦】もその一つだ。

 そもそも町中で変身ができない、正確にはしてはいけない理由は、一般人として配置されているNPCに正体を知られない為なので、NPCの配置されていない屋内や、一般人でないNPC、つまり魔法に関係のあるNPCの前では変身可能である。

 現在居る場所はスクルトの拠点である為、当然NPCは居ない。変身も召喚も可能という訳だ。


 スクルトは部屋の角にあるアイテムBOXを開くと、改造の為のアイテムを探す。


(――あれ? 接合アイテムが……、しまったストックがない)

 紅葉が探していたものはゴーレムの、例えば右腕と胴体を繋ぐ時に使うアイテムだ。


(そっかこの前の防衛戦で消耗したから念の為交換したんだった……)

 接合アイテムは消耗品であり、頻繁にではないが交換の必要がある。これがネクロマンサーはお金が掛かるクラスと言われる理由の一つだ。

 首や腕などのパーツが腐って使えなくなったり消耗して壊れたりしないだけマシと言えるかも知れない。


(シルバーとスチールはあるけど、折角ならサーメットが良いわね……)

 接合アイテムには装備品もそうであるようにものによってランクがある。スクルトが使おうとしているサーメットより劣る性能のシルバー等のストックはあるのだが、紅葉は折角なので現バージョンで最高ランクのもので繋げたかった。


(良かった、今日はインしてる)

 紅葉はフレンドリストを開きログイン状態を確認するとwisを送った。


《こんにちはー》

《はい、こんにちは》

《今大丈夫でした?》

《ええ、大丈夫よ》

 相手はリトルフラワーだ。


《あの、接合アイテムなんですけど、サーメットプレートのストックありますか?》

 基本的にプレートと名の付く接合アイテムは、POW(力)やVIT(生命力)、AC(防御力)にDAMといった直接攻撃に必要なステータスが上昇するものが多く、糸はINTにMEN、MCやMDAMといった魔法攻撃に必要なステータスが上昇させるものが多い。

 今回は肉弾戦特化のマチュピチュなのでプレートというわけである。というより、ソロ狩り主体でゴーレムを囮役として使う事の多いスクルトは、打たれ弱い後衛タイプのゴーレムは持っていない。


《んーストックを確認してみるから待ってもらってもいいかしら》

《はーい》

 wisを中断して約五分後、リトルフラワーから返事が返って来た。


《スクルトちゃんお待たせ》

《いえいえー》

《それでストックなのだけれどなかったわ。ごめんなさい》

《そっかー。作製の依頼してもいいですか?》

 接合アイテムは下位の幾つかを除き、基本的にドロップかアルケミストの錬金によって作製され、どちらかというと後者が一般的だ。


《ええ、それは勿論。ただ、今材料がなくって、取りに行かないといけないのと、他の依頼もあるから明後日になるのだけれど、どうする? 他の人に依頼する?》

《いえ、リトルさんが良ければ作製お願いしたいです》

《そう? じゃあ出来たら連絡するわね》

《お願いしまーす》

 実のところ紅葉にはこうして気軽に話せるアルケミストはリトルフラワーしか居なかったりする。二日間のお預けは少しばかり残念に思う気持ちはあるが、掲示板の苦手な紅葉には待つ方が断然マシなのだ。


《あ、肝心な事を聞き忘れていたわ。数はどれくらい必要かしら》

《あー、えっと最低7つ欲しいけど、ストックゼロだからあればあるだけ買いたいかも》

《分かったわ》

 腕を繋ぐにはプレートをLサイズの場合は三つ、LLサイズで四つ必要とする。右腕に三つ、特殊な素材の左腕には四つ必要という訳だ。

 ちなみにマチュピチュのLサイズの場合、首は二つで下半身は五つ必要だ。


《それじゃあ私はこれで》

《えぇ、それじゃあね》

 そうして二人はwisを終えた。直ぐに新しいフレッシュゴーレムとはいかなかったが、明日は千鶴といろはが泊まりに来る為、元々長時間ログインする事はなかったと思われるので、タイミングはそう悪くない。


(二時か……、丁度拠点だしそろそろ行こうかな)

 紅葉は時計を見て時間を確認すると、魔法少女おんらいんを終了させ、パソコンの電源も落とすとクローゼット中を物色し始めた。


(んー、今日は……あら?)

 閉めっぱなしだったカーテンを開くと外は雨が降っている。カーテンを開け忘れていた事もあるが、音楽を掛けていた事とテンションが上がっていた事で、降り出してた事に今日も気付かなかった。


(いつの間に……)

 昼食を食べた時は確か降ってなかったわよねぇ、と思いながら紅葉はクローゼットの物色に戻るのだった。



「いってきまーす」

「はーい」

 紅葉は玄関で靴を履きながらリビングに居る母親に届くように大きな声で出掛ける事を告げると、右手に黒地のトートバッグとライトグリーンの傘を持って玄関と扉を開く。


(うわー、思ったより本格的)

 雨は昨日とは違い本降りだった。紅葉は風がないだけマシだよねとポジティブに考え、いつものバス停に向かって歩き出す。その足取りは雨にしては軽い。出掛ける前、遂に【ヒルジャイアントの左腕LL(R)】を入手したので機嫌は上向きなのだ。


(白のサンダルと合わせたかったけど、止めて正解だったなー)

 紅葉が今穿いている靴は黒色のくるぶしまで覆うデザインの、所謂ハイカットスニーカー。服装は上は白と黒のボーダーのタンクトップの上に、ドルマンスリーブと呼ばれる袖ぐりが緩く、袖口で細くなっているデザインの黒色の薄手のニットを重ね着していて、下はベージュのスリムパンツだ。

 紅葉の私服はスカートよりパンツ派である。

 スカートも偶には穿くのだが、普段穿いている制服の丈が長いせいか、膝上ほどの長さになると抵抗感があった。それでも楓と出掛ける時は髪型も含めコーディネートしてくれる事が多く、スカートを穿かせたがるので私服でスカートを全然穿かないという事はない。

 そして髪型は、今日は三つ編みにはしておらず、リボンやゴムでも纏めていない為、歩く度に緩いパーマの掛かった髪がふわふわと揺れている。


(あ、ちょうど来た)

 紅葉がバス停に着いたタイミングで乗る予定のバスも到着した。紅葉は四分の一ほど埋まった座席の中から前の方の席を選び座る。


(今日の私ってすごくついてる気がするわ)

 手の甲をぶつけて泣いた事は忘れたのか。午後から降り出してた雨は気にしていないのか。どこかフラグっぽい事を考えながら、紅葉はバスに乗っている間、終始機嫌が良く窓の外を流れる風景を眺めるのだった。

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