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十八話 彼女の天気は曇のち――

 翌日紅葉は七時半頃目を覚ますと、TVでヒーローやヒロインたちを見ながら楓と一緒に朝食を取り、十時過ぎまでリビングでダラダラして過ごした。

 その後自室に戻るとパソコンを立ち上げたが【魔法少女おんらいん】にはログインせずにブラウザを開き、ブックマークからファンサイトの【魔法少女おんらいんの秘密】を選択する。紅葉はメニューバーの中からリンク集を選択すると、その中から【魔法少女おんらいんの秘密の中の人】という名前のサイトをクリックした。


 魔法少女おんらいんの秘密の中の人とは、その名の通り魔法少女おんらいんの秘密の管理人のブログだ。

 内容は魔法少女おんらいんのプレイ日記が殆どで、偶に管理人のPCのステータスや装備品を晒したりするため、アクセス数もかなり多い。紅葉もこうして定期的に見にやって来るうちの一人で、晒されている装備や本人の使用してみての感想などを参考にしていた。


(最新の記事は……、前回の【首都防衛戦】か)

 開いた記事は首都防衛戦のレポートで、多数のスクリーンショットを交え状況が伝わり易い。


(あー、城門前で参加していたのね。という事は【ヒュドラ】と交戦したのかな?)

 そういえばまだ動画を見ていなかったなぁと紅葉は思いながら、マウスホイールを回し読み飛ばしていく。


(これか。んー、また随分と手強そうな外見……)

 紅葉の目に止まったスクリーンショットに写っているのは、この一枚だけでは正確な数は分からないが、首が恐らく十本近くある緑色の鱗のドラゴン。頭は蛇のような形をしている。一緒に写っている建物との比較するとサイズもかなり大きいようだ。


(攻撃は基本ブレスで全部の首からは吹かない、か。まあ全部の首からブレス吹かれたら無理ゲーっていうやつよね……。それほど遠くには届かないけど、横に拡がるタイプかー)

 面倒臭そうなモンスターだなぁと思いながらも記事を読み進めていく。


(あれ二回目。途中退場だったんだ)

 ヒュドラのHPバーが二割を切った頃、PCが二度目の【気絶】で管理人は退場していた。どちらもブレス攻撃によるもので、補助魔法の切れたPCでは耐え切れなかったらしい。


(これは私も同じ目に遭うなぁ、動画探そ……)

 紅葉は記事の後半を読み飛ばして動画投稿サイトを開き、ヒュドラの動画を探しだした。

 この管理人、メインで使用しているPCのクラスはスクルトと同じネクロマンサーで、ステ振りや装備はネクロマンサーの主流であるINT(知力)特化型だ。INT型の最大の強みはなんといっても魔法の火力だが、MC(魔法防御力)も高くなる。

 ブレスは恐らく魔法攻撃扱い。スクルトとHPのそれほど変わらないINT型が落ちて、MEN型のスクルトが落ちないとは考え辛いのだ。なので元々予定してはいたが、行動パターンなどを調べるために動画を見る事にした。


 スクルトは幾つか投稿されている前回の首都防衛戦の動画の中から、ヒュドラ戦に限定されたのもので視聴者のコメントの多い動画を再生した。

 動画の中でヒュドラは、殆ど切れ目なくいずれかの首からブレスを吹いており、PCたちを蹂躙している。プレイヤーたちは基本戦術となっている砲撃魔法による集中攻撃で撃退したが、魔法少女おんらいんの秘密の管理人と同様に退場したPCは多く、【サンダーバード】と違い素早く動き回るわけでもないのに時間も掛かっている。


(んー、ブレスは見た感じ三色かぁ。属性の対策取り辛いなぁ……)

 紅葉は三度動画を再生し、視聴者の寄せたコメントを参考にしながら対策を考え、ある程度満足した様子で動画を閉じた。その後も【キマイラライダー】等ボスモンスターの動画を見て午前中を潰した。

 最後に見た【カースナイト】戦の動画に一言、スクルトだと思われるネクロマンサーの動きを褒めるコメントがあり、それを見た紅葉は機嫌良く昼食を食べに階段を下りたのだった。



 昼食を食べ終わった紅葉は、今度こそ魔法少女おんらいんにログインする。


(落ちる前にアイテム補充したし【流星の丘】に……、あ、先に銀行に行こう)

 ステータス画面に表示された所持金が紅葉の思っていた以上に多かったので、念の為に預ける事にした。

 スクルトは転移スクロールでルネツェンに飛ぶと銀行へ向かい迷わず全額を預けた。少なくとも狩りが終わるまで使う予定はないからだ。

 身軽になったスクルトがいつものルート通りヴェネーディへ飛ぼうとしたその時wisが届く。


《スクルトちゃーん》

 紅葉は転移を一旦止めwisを返す事にする。


《はーい》

《わたしストレルカ。いまあなたのえーとひだりななめまえにいるの》

《あら》

 最近似たような事言われたなぁ、と思いながら紅葉がモニターを確認すると、そこには褐色の肌に金髪のポニーテールの少女が立っていた。


《最近よく会うね》

《本当》

 少女のIDはストレルカ。スクルトのフレンド、リリオのサードPCだ。


《どこ行くと?》

《流星の丘に行こうかなーと。前に言ったヒルジャイアントの左腕まだなんだよー……》

《ふむふむ。ソロ?》

《うん。だからエリアボスは避けてるよ》

 少しだけ間を空けストレルカが話す。


《よかったら一緒狩りせん? ヒルジャイアント狙いで》

《いいの? 私は嬉しいけど》

 ストレルカのペアの申し出に紅葉は喜んだ。ペア狩りというだけでも十分嬉しいのだが、ついでに目的のものを狙えるというのも有り難い。


《そいじゃちょっと待っとって。キャラ変えて来る》

 ストレルカの言葉に紅葉は疑問を感じ尋ねる。


《? ストレルカで行かないの?》

《いやー、レベル低いけんね。まだ44。足引っ張るしリリオかにーな出すよ》

【流星の丘 南部】の適正レベルはモンスターのレベルから、且つプレイヤーの腕を考慮せずにいうと65といったところ。湧き辛いため実際はそれよりも下がるが、それでも60手前といったところだ。ストレルカの44は確かに足りていないといえる。

 ちなみに、にーなとはリリオのセカンドPCでロマン溢れる近接型ウィッチ。ネタ要素もあるがリリオの高いプレイスキルもあり、紙のような装甲ながらもなかなか面白いPCである。


《でもストレルカで狩り予定だったんだよね? 育てたい子でいいよ?》

《んー、でもなぁ》

《ペアなんだし、ペア相手がいいんだから気にしなくていいのに。それに私ペアできるだけで嬉しいから》

 元々ソロ狩りができている紅葉は特に気にしない事を伝える。ストレルカのプレイスキルならフォローもそれほど必要ない筈だ。最後の方、紅葉の本音がだだ漏れになったが。


《なんか照れるな……うん、そいじゃお言葉に甘えさせてもらうね》

《うん》

 スクルトのストレートな好意にストレルカは照れながら頷いた。紅葉は偶にこういう物言いをするが、本人には自覚はない。リアルでもゲームでも、良くも悪くも天然なのだ。


《スクルトちゃんは準備おっけー?》

《おっけー》

 スクルトのチャットを見て、ストレルカはパーティ申請を送る。


『そいじゃ行くよ?』

『うんお願い』

 ストレルカは返事を確認すると転移魔法を使った。


 パーティ型特殊魔法、ディメンジョン・ゲート。


 転移したその先は【流星の丘 南部】の入口。【ディメンジョン・ゲート】は店売りの転移スクロールとは異なり、転移石という各地にある発光する石に登録する必要はあるが、一度登録すれば転移石の設置されている場所ならたとえ町でなくとも転移可能な便利な魔法だ。

 しかもパーティメンバー全員を一度に運ぶ事ができる。個人個人で飛ぶのとは異なりランダムで転移先の決まる場所でも一ヶ所に集まるようにもなっている。


『おー、流星の丘登録してたんだ。てっきりヴェネかと』

『ストレルカで狩りに来た事はないんやけどね。登録だけしといたんよ』

『なるほど』

 二人は会話を交わしながら変身する。

 スクルトはいつもの黒いフード付きの外套とボンテージ姿に。

 ストレルカは本来の、ハスキー犬のような姿になると二本の後ろ足で立ち、上はジャケット、下はハーフパンツ、手にはどうやって持っているのか杖が握られている。

 ストレルカの種族はクー・シー(犬妖精)。ピクシーのルウと同じく町では人の姿になっており、変身するとこうして本来の姿に戻るのだ。

 尚、人間に化けている時、残念ながら犬耳も尻尾も肉球もない。残念ながら。


 変身した二人は続けて召喚もする。スクルトはいつも通りフレッシュゴーレムのマチュピチュを。ストレルカは白色に近い体毛に覆われ黒色のラインの入った丸々としたイノシシ、【アイボリーボア】を召喚した。


 ストレルカのクラスはサモナー。もう一つの召喚クラス、というか召喚クラスの代表格で、ネクロマンサーがアンデッド限定なのに対し、多くの種類を使役する事ができる。

 また、ネクロマンサーよりも魔法は召喚関係に特化しており、術者が直接ダメージを与える魔法は少なく火力も乏しいが、主に召喚魔に対する補助魔法や【ディメンジョン・ゲート】のような便利な魔法が充実している。


『どこで狩る?』

『念の為エリアボスいないところにする?』

『おっけー』

 軽く意思の疎通をした二人は、違うエリアへと歩き出す。今居る【流星の丘 南部1】にもエリアボスは出ないが、出入り口だけあって人通りはそれなりにある。狩り場を独占できるエリアに移動しない理由はない。

 移動しながら紅葉はふと思った事をストレルカに尋ねた。


『アイボリーボアなんだ。珍しいよね?』

『あんまり使い易くないんやけど偶々手に入ったけ。ステ自体は高いし、繋ぎで使ってるんよ』

『なるほど。繋ぎって、何狙ってるの?』

 サモナーの召喚魔の入手方法は特殊なクエストを除くと、召喚魔にできるモンスターを狩った時にランダムでドロップするソウルを入手必要がある。アイボリーボアの場合は【アイボリーボアのソウル】といったアイテムだ。

 これはサモナーが居ないとドロップせず、また譲渡不可という特殊なアイテムなので自分で、もしくはパーティで狩る必要がある。

 だから偶然サモナーのレベルに見合わないものを手に入れる事もあるのだ。とは言っても基本的にドロップ率は低いので、適正レベルに合わない狩場で背伸びすると入手前に逆に狩られるという事もよくある話だが。

 アイボリーボアはタフだが動きが前に特化されていて扱い辛いと、サモナーから評判は良くないのであまり見ない。


『そうだなー、まだ内緒。ドロップしたら狩りに誘うよ』

『うん、楽しみ』

『そこまでレアってわけじゃないんやけどね、レベル足りてないところで狩ってるからいつになるか分かんないから』

 肩を竦めて笑う。


『そうなんだ。手伝おうか?』

『のんのん、大丈夫。選別してるから』

 そんな会話をしながら、他のパーティが見当たらずエリアボスのいないエリアに到着した。

 早速二人は補助魔法を掛け出した。

 スクルトはいつもの【アウトレイジ】と【リミッターカット】でマチュピチュを強化し、ストレルカも同様に自身の召喚魔を強化する。


 起点指定型補助魔法、ミューテーション・ボディ。

 起点指定型補助魔法、バーサーカー。



 召喚魔のACとMC、DAM(直接攻撃ダメージボーナス)を上昇させた。

 本来はもっと数は多いが、まだレベルが低いためこれくらいだ。しかしどちらも上昇する値は大きい。

 ストレルカは続けて今度は召喚魔限定でない補助魔法を使う。


 術者中心型範囲補助魔法、プレイディクション。


 術者の周囲に居るパーティメンバーのHIT(命中)を上昇させた。これは直接攻撃しないスクルトもストレルカも受ける恩恵は無いに等しいが、マチュピチュとアイボリーボアには大きい。


『そいじゃ行こっか』

『うん』

 準備を終えた二人は、まだこちらに気付いて居ないヒルジャイアントに向けてゴーレムたちを走らせたのだった。



 狩りを始めてからおよそ三十分。予想通り湧きはしないが、常に一二体のモンスターを相手にする状態が続いている。しかしその間術者であるスクルトとストレルカがダメージを貰う事は殆どない。

 これはマチュピチュという優秀な生き……てはいないが、動く肉壁がいるという事が大きい。

 ストレルカのアイボリーボアも悪くはないのだが、いかんせんレベル差があり、自然回復もアンデッドのマチュピチュの方が優れている。

 また、自然回復が追いつかなくなったとき、スクルトにはアンデッド専用の回復魔法がある。これは回復量が特別優れているわけではないが、アイテムの消耗を抑えられるのは大きいし、いざという時は【イモータル】という切札もある。なのでここまでのところストレルカがアイテムを多少消費しているものの、狩りは順調だった。


『夜か』

 ストレルカが呟く。現在はまだお昼過ぎ。ストレルカが言っているのはリアルでの話ではなくゲームの話だ。


『うん。でもここ流星の丘だからね』

『楽だねぇ』

 魔法少女おんらいんではリアルの時間でおよそ四時間で、一日が経過する仕様になっており、内一時間半ほど夜として扱われる。

 屋外では明かりを用意しないとPCのHITとAVD(回避)にマイナスの補正が掛かり、これは明かりのない屋内ダンジョンも同様である。

 スクルトの言う『流星の丘だから』とは、ここが夜、満天の星空が輝いているため暗所ペナルティが発生しないという特殊な仕様だからで、松明やカンテラを用意する必要がないのだ。


『雨降ったらどうなるんちゃろ?』

『んー、やっぱり星が見えないからペナルティ付くんじゃないかな』

 ストレルカが補助魔法を掛け直しながら疑問を口にすると、スクルトが射撃魔法で【シルバーウルフ】をいなし考えを口にした。

 ちなみに雨の降るエリアは決まっており、流星の丘は一切降らない仕様になっているためこの会話は完全にただの雑談なのだが、ストレルカは狩り中の雑談を好み、スクルトも嫌いではない。否、歓迎だ。


 雨か。なんとなく紅葉が窓に目をやると、かなり小降りだが現実でも雨が降っていた。


(あれ、いつの間に……)

 ゲームに集中していた事と音楽を掛けているせいで、ただでさえ小降りなため静かで気がつかなかったようだ。紅葉はその事をストレルカに伝える。


『音楽掛けているから気がつかなかったんだけど、こっちいつの間にか雨が降り出してた』

『そっかー、こっちはまだ降っとらんけど、快晴ってわけでもないよねぇ。明日から出掛けるけゴールデンウィーク中は勘弁して欲しいんやけど』

『そなの?』

『うん。ちょっとズレとうけど長めの休み取れた旦那が戻って来るの。明日から旅行行くんよ』

『なるほどー。それは雨はご勘弁願いたいね』

『うんうん』

 ストレルカの旦那は現在単身赴任中だが、夫婦仲は大変良く、ゴールデンウィークといった長期休暇に限らず、連休が取れればできる限り戻っている。

 実際、ストレルカが長時間ログインしていない場合、メンテナンス等を除くと理由の殆どは旦那が戻って来ていたから、と紅葉もよく後で話を聞く。


(やっぱり、ゴールデンウィークは私みたいにイン時間が増える人間ばかりじゃないんだよなぁ)

 紅葉は始まったストレルカの惚気ばなしを聞きながら改めて思う。


(当たり前なんだけど)

 ストレルカ以外の近しい人間から、旅行に出掛けるという話は聞いていなかった所為で、そんな当たり前の事を失念していた。

 尚クラスメイトたちの旅行の話は聞こえていたが、紅葉もミノア女学園が少しばかり特殊な環境だという認識はあるからか、抜け落ちている。


(そうだよね――)

 紅葉はヒルジャイアントと【ナイトハウンド】に範囲魔法を撃ちながら素早くフレンドリストを開いた。


(――ルウさんも出掛けてるのかな)

 昨日と変わらず灰色で表示されているルウを見る。


(次に会えるのってゴールデンウィーク明けなのかな……)

 少しだけ暗くなった紅葉だったが、ストレルカと話している内に段々と元気を取り戻していった。


 ペアで良かった。ストレルカと一緒で良かった。そう思う紅葉だったが、ルウの件といい依存癖があるのかも、と少し悩むのだった。

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