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十六話 紅葉、その一歩

 校舎脇には大きなテーブルと、それに見合うサイズの、優に三人が座れるベンチが二つで一セットになったものが十五セット程あった。それとは別にテーブルとセットになっていないベンチが十個くらいある。

 紅葉と巴の二人はその中から空いているベンチを選ぶと、横に並んで座った。

 二人の距離は一人分ない程度。飲み物はお互い相手とは反対側の手に持っている。


(さっきは不意打ちだったわ……)

 紅葉は漸くコーヒー牛乳に口を付け落ち着き、そしてふと思う。


(あれ、改めてこうして何を話せばいいのかな……?)

 少し落ち着きを取り戻したのも束の間、再び慌てだし、とにかく沈黙をどうにかしようと話し掛けた。


「今日も過し易い天気ね」

 困ったら天気。紅葉は基本に忠実だった。


「そう、ね……。日差しは強くないし……、少し風があって気持ちが良い……」

 そう言って巴は空を見上げ目を細める。

 紅葉はその様子を見てさすがは天気、と天気の話題万能説を自分の中で確かなものとした。


「ゴールデンウィーク中もずっと良いのかしら?」

「ん……、どうかな……。私天気予報あまり見ないし。――平島さんはその……、ゴールデンウィークに出掛ける予定があるの?」

 巴は見上げていた空から視線を紅葉に向け、躊躇いがちに問う。


「残念ながら特には。少なくとも遠出はしないわね。兄は部活動がどうなるか聞いていないし、ひょっとしたら姉と出掛けるかも。それくらいかしら」

 紅葉は苦笑いする。紅葉にとってゴールデンウィークはただの纏まった休み。いつもの休日と同じようにゲームのログイン時間は増えるだろうが、連休を利用して何か特別な事を、という考えは初めからなかった。

 髪くらい切りに行こうかなと緩い三つ編みを弄りながらぼんやり考え、巴の質問をそのまま返してみる。


「ゴールデンウィークの予定は? 何かあるの?」

「私はあまり出歩くの好きじゃないから……」

「そうなの」

 紅葉は短く返事をしながら確かにアウトドア派には見えないなぁと思った。ダウナーな様子だけでなく、特にあまりに白いその肌がその印象を強めていた。


「私もあまり出歩かないわ」

 言うまでもなく紅葉はインドア派だ。美容院などの個人的な用事以外は、家族に誘われでもしない限り休日は家から出ない事が多い。


「平島さんの私生活……、正直全然想像がつかない……」

 巴が目を細め考えながら呟いた。


「そう、かしら? 普通だと思うのだけれど……」

 敢えて違いをあげるとすればネットゲームにハマっている事くらいかな、とは思うも口にはしない。


「ん……、やっぱり想像つかないや……」

「そう、ね……、学園に居る時との違い……、普段出掛ける時は三つ編みも眼鏡もしない事が多いかしら」

 益々考え込む巴に、紅葉は無難なところで出掛ける時の違いを話した。

 さすがに、家と学園だと全然違うわよ、主にテンション。とは言わない。否、言えない。


「そう……」

 巴は短く呟くと、膝の上で両手で紙コップを抱えながら目線を地面に向け固まってしまう。紅葉は不思議に思うも暫く待ったが、それが三十秒も続くと焦りが生じた。背中に冷や汗が伝った気がした。

 そして一分が経つ頃、自分から何か話した方が良いのかも思い、先程思い付いたゴールデンウィークの過し方について口にする。


「その……、ゴールデンウィークの予定だけれど、髪は切りに行くかも知れないわ。さっき予定を考えていて思い付いたのだけれどね」

 そう話す紅葉に巴が目線を合わせ、二人は数秒間見詰め合う。


(ど、どうしちゃったのかしら?ゴールデンウィークの予定考えているとか、かな?)

 巴の反応に益々焦りの募る紅葉。周囲で楽しそうに話している少女たちの声がやけに遠くに聞こえる。


「そう……」

 そんな紅葉の焦りに巴は気付いた様子はなく――尤も、紅葉の表情に変化が現れないのでそれも仕方のない事と言えるのだが、先程と同様短く吐くとまた地面を見詰め考え込む。


(あ、うー、どうしよう……。これって邪魔しない方がいい、よね?)

 紅葉は内心大いに慌てながらも気持ちを落ち着かせようとコーヒー牛乳飲むと、三つ編みを弄りながら巴の目線の先に目をやり待つ事にした。

 そうして再び一分程の時間が流れた頃、巴が顔を上げ紅葉を見詰めた。紅葉もまた釣られて顔を上げ巴と向き合う。そのまま少しの時が流れ、やがて巴が口を開いた。


「あの、平島さん……、もし――」

 巴が紅葉に何か伝えようとしたその時、学園中の少女たちに五限目の授業が迫っている事を告げるチャイムが鳴り響いた。


「なにかしら」

 自分に何か伝えようとするもチャイムに邪魔され、再び口を噤んだ巴に続きを促してみるが何も言わない。

 巴は両手で掴んでいる、まだ半分以上中身の残ったメロンソーダを一気に呷ると立ち上がった。それに釣られ紅葉も立ち上がる。


「いえ、なんでもないです……」

「……そう」

 少し元気のなくなった様子の巴に何を言えばいいのか、聞かせて欲しいと食い下がればいいのか……、紅葉には分からず、巴と同じように呟きを返す事しかできなかった。


「それじゃあ……」

 小さく挨拶をして、心なしか肩を落とし去って行く巴の背中にまたね、と呟く。

 やはり聞くべきだったのではないだろうか、と少し後悔しながらその背中を見送るのだった。


 あの時、メロンソーダと一緒に飲み込んだ言葉はなんだったのか。

 五限目、紅葉は珍しく授業に集中できなかった。



 帰宅後、紅葉は予習復習を済ませると入浴を終えた後は女性三人で食事をした。ここまではいつも通りの平日を過し、現在午後七時半を過ぎたところ。今は自室には戻らずリビングでTVを見ているが、あまり集中しているようには見えない。

 未だ昼休みの巴が言い掛けた言葉が気になっており、一応画面に目は向けているものの、頭の中に思い浮んでいる映像は去って行く巴の後ろ姿だった。

 深く悩んでいるというわけではない。ただ、何もしていないと頭に映像がちらつくのだ。


(んー、部屋に戻ってゲームしようかな……)

 紅葉が気分を変えようと、ソファーから腰を僅かに浮せた時、部屋に戻った筈の楓がリビングへと戻って来た。


「紅葉ちゃん、今からDVD見るんだけど一緒にどう?」

 そう言いながら楓は手に持ったDVDのパッケージを紅葉に見せる。


「? バス――」

「あー、タイトルは気にしないで。これ邦題なんだけどファンの間ではすごく不評らしいし、電車のアレとは全く関係ないらしいから」

 少々訝しげに眉を顰め、DVDのタイトルを読もうとした紅葉の言葉を楓は遮ると、隣りに座りながら今し方見せたパッケージを自身を挟み紅葉とは反対側のソファーの上に置く。

 邦題は楓の言う様に、日本で以前流行した某巨大掲示板発のあるものに似せているが、それは販促目的で付けられたもので、元々のタイトルは似ても似つかない。

 紅葉も別に某電車の――、映画化にドラマ化、マンガ化もされたアレに、特に思うところがあるわけではなく、洋画に何故そのタイトルが? と眉を顰めたのだが、楓はその表情から否定的なものを感じ言葉を遮ったというわけだ。


 楓は夕食の時からどこかぼうっとした紅葉が気にかかり、食後もリビングから動かない紅葉にコメディでも見て気分転換でもと思い、DVDを持って来たのだ。断られたら元も子もないで少々強引に押す。

 楓も内容は知らないのだが、仮にツマらなくともツマらないなりに話のネタにはなるし、このままいつも見ていない筈の連続ドラマを見るよりは良いだろうと考えての事だ。


「どう?」

 じっと見詰める楓に紅葉は頷いた。


「良かった」

 楓は笑顔を浮べ、DVDをプレイヤーにセットする。その時、紅葉はふと思った事を楓に尋ねた。


「――あれ? お姉ちゃんも内容知らないの?」

 てっきり楓のお勧めDVDかと思い込んでいた紅葉だったが、楓が、違うらしいと言っていた事が引っ掛かった。


「うん。いろはに借りたの」

「あぁ、映画も好きなんだよね」

 紅葉は納得いったと頷く。


「千鶴も好きだけど、あの2人ジャンル殆ど被らないのよ」

 そう言いながら楓は紅葉の隣りに座り直した。


「聞いた事ないタイトルねー」

 母親が二人の座るソファーとは違うソファー――、定位置に座るとDVDのパッケージを覗き込んだ。一緒に見るらしい。


「あ、そうだお母さん。4日に千鶴といろは泊まっても良いかな?」

「うん」

 即答。表情はニコニコと笑い顔だ。

 紅葉と楓の母親、正確には両親は千鶴といろはの事を大変気に入っている。ご飯何にしようかしらねーと独り言を呟いているくらいだ。


「紅葉ちゃんも遊ぼうね」

「――うん」

 楓からのお誘いに紅葉は顔が綻ぶのを自覚した。映画はまだ始まってもいないのに、相変わらず自分は現金な性格をしているなぁと思いながら、大きく配給会社のロゴが表示された画面を見詰める。

 楓と母親はそんな紅葉を横目で見て、微笑むのだった。



「あー、笑ったわ」

 映画が終わり、楓がアイスティーで喉を潤しながら言った。


「私、この映画好き」

 楓に紅葉は笑顔で頷く。


「途中からしか見てないけど、面白いなコレ」

 二人に同意したのは楓の弟であり紅葉の兄である平島葉月(ひらしまはづき)

 現在リビングには楓、葉月、紅葉の平島家三人兄妹が揃っていた。母親は先程帰宅した父親の晩酌に付き合っている為、ダイニングに移動している。


「これは最初から見たかったな」

「ん? 又貸しはできないけどまた見たら?」

 葉月の呟きにプレイヤーからDVDを取り出していた楓が反応した。


「え、いいのかな?」

「ここで見るんでしょ? お母さんも見るって言ってたし、気になるなら本人に聞けばいいよ」

「本人?」

「いろは」

「え!」

 楓の言葉に葉月は驚きの声を上げ、楓はその反応を何か含んでいるように見える笑い顔で見る。

 一方紅葉は、葉月の声に驚き身体をビクリと震わせ、葉月の反応に首を傾げて見詰めた。


(いろはさんがどうかしたのかな? 葉月といろはさん……、んー?)

 何かあったっけ? と悩む紅葉を余所に、葉月は先程の反応に少々バツが悪そうにしながら話す。


「あー、まぁ機会があったらね」

「機会ねー……」

 葉月の言葉に楓は意味深に呟いた。紅葉は機会って四日に来るんじゃ? と思いながら楓を横目で窺うと、紅葉の方を見ていた楓と目が合った。楓は軽くウィンクをして一瞬、まるで悪戯っ子のような表情をした。


(黙ってなさい、って事だよね?)

 楓の意図というか、楓と葉月の二人のやり取りを理解できなかった紅葉だが、幸い(?)楓が伝えようとした事は理解できたようで、軽く頷いて了承の合図を伝えたのだった。


「あー、ほらあれじゃん。もうすぐTVで映画始まるよ。もう1本見ない?」

 葉月はそんな二人のやり取りには気付かずに、新聞のテレビ欄を見ながら言う。これが話題を変えようとしての事だという事には、紅葉にもなんとなく理解できた。


「えー、2本連続ー?」

「いやいや今日のは見逃せないって。クリスマスの夜にビルを占拠したテロリストに1人立ち向かう警官のオッサン。名作だって名作」


(なんだか必死だなー)

 何故だかいつになく慌てた様子の葉月を見てそんな事を思うが、紅葉は二人の会話には割って入る事はせずにただ会話を聞いていた。


「いや、確かに名作だけどね。でも見るの何回目よ」

「何回見ても良いものは良いだろう? ラスト間近のテロリストのボスの目の前で、なんか狂ったみたいに笑うシーンとか」

「私どちらかと言うと2派だもん。ラストの、空港で奥さんの名前を呼びながら彷徨うシーンとか好きだな」

「マクレーン、1の方が格好良くないか?」

「それ外見の話? だったら2もあんまり変わりないと思うけどなぁ」

「いやいや姉ちゃん、無印の方が最高だって」

「2の方が好きだけどなー。で、紅葉ちゃんはどっち派?」

 いつの間にやらただの、これから始まる死に難い男の映画話になった――、十中八九楓が乗ってやっただけであろうが、二人の会話をぼうっと聞いていた紅葉は突然楓から話を振られて、ビクリと身体を震わせ胸に手を当てて目を見開いた。

 驚きましたよ、という事がよく分かるリアクションだ。直ぐに落ち着いた紅葉は髪を弄りながら少し考え答える。


「んー、私はどっちも好きだけど……、1ならテロリストの死体をパトカーに投げるシーンとか、2なら飛行機の燃料にタバコで火を点けるシーンが好きかな。どっちもやる時の表情と声が良いよね……。あと外見? なら3の禿げ方が一番格好良いかも」

「禿げ方なー」

「うん。外国人ってある程度年齢いった人の、後退した髪って、むしろ素敵な人が多い気がする」

「あー、わかる気がするな」

 三人が今夜の映画の主役について話している内に映画は始まった。


「で、どうするの?」

 葉月が二人に問う。


「久しぶりに見ようかな。なんだか話してたら見たくなってきちゃったし」

「……私もそうしようかな」

 会話をしている内に楓は乗り気になったらしい。紅葉は時計をちらりと見てから少し考えたが、結局二人と一緒に映画を見る事にした。


「俺もマジで見ようかな。何度も見てるけど。対テロっていうとマクレーンなイメージあるわ」

「……私はケイシー・ライバックと同率首位争ってる」

 世界最強のコックと名高い男の名前を出した紅葉に、あー、わかる。と楓と葉月は異口同音に賛成する。そこは同意見らしい。

 その後三人は過去に何度も見た映画を何だかんだ言いながら最後まで楽しんで見た。



 映画が終わったのは午後十一時半を回った頃。


 紅葉が【魔法少女おんらいん】にログインしなかったのは久しぶりの事だった。

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