十五話 巴、その一歩
『お疲れ様ー』
『乙ー』
『お疲れ様です!』
『おつー』
狩りを終えたスクルトと人斬り二号とルウと野風は、いつも通り首都ルネツェンへと戻って来たところ。
野風とはNINJAの陽炎のセカンドPCで種族は人間、クラスは追加されてから半年と少し経った巫女だ。
『回復役2人居ると 安定感ダンチだのー』
『うん、ゴーレムも無茶させやすいから助かる』
『回復しか出来ませんけど』
ルウのクラスはクレリック。単体のみならず範囲回復魔法も使いこなす回復魔法のスペシャリスト。様々な状態異常に対応でき、単体の、主に守りに関する補助魔法に、数はそう多くはないが白属性の攻撃魔法も使用できる多才なクラスだ。
しかし攻撃魔法はINT(知力)に大きく依存し、ルウのステ振りは一度の回復量を確保するために少しINTに振っているとはいえMEN型。その所為で攻撃能力はヘイトを稼ぎ危険に身をさらすリスクを背負う程高くない。その分MPの量と自然回復には優れているが。
逆に、INT型は一度の回復量と攻撃魔法の威力は優れるがMPの量に不安があるので、どちらにしても一長一短、プレイヤーの好み次第といえる。
出来る限り特化させるプレイヤーの多いウィッチやネクロマンサーに比べ、バランス寄りのステ振りをするプレイヤーの多いクラスだ。
『右に同じと言わざるを得ない』
野風のクラスである巫女は、回復魔法は単体、術者を中心とした範囲魔法共にクレリックに劣るが、範囲補助魔法や能力依存とはいえ一度に複数の状態異常に対応できる魔法もある。更にクレリックのようにペナルティで失った経験値の復旧はできないが【気絶】も治療可能だ。
攻撃面では白属性の攻撃魔法や、専用武器である薙刀も高性能で技もヴァルキュリエやパンツァーといった本職には劣るが充実している。追加クラスらしい優遇と言える。
とはいえNINJA同様、やはり全てを十全に使いこなすのは困難。野風のステ振りはルウ、そしてスクルトとも同じMEN型。攻撃能力は非常に乏しい。薙刀に至っては、後衛向きのステータス補正の掛かる大麻を装備しているため持ってすらいない。
『足りない部分は補い合うという事で』
『それそれ スクルたんが良いこと言った』
『えへへ、まあ私も火力はない方なんだけどさ』
最高の火力を誇るウィッチ及びウォーロックに並ぶネクロマンサーだが、それはINT特化型で成長させた場合の話だ。
他のクラスに比べ威力がMENに大きく依存する攻撃魔法の多いネクロマンサーだが、砲撃魔法と射撃魔法や円型範囲攻撃魔法では火力が違う。スクルトの場合一撃のダメージ量は同ランクのINT特化型の四分の三程度かそれ以下。この差は大きい。装備の整ったPCと比べると差は更に広がる。
それだけINT特化のネクロマンサーの火力が魅力的という事でもある。なので現在ネクロマンサーの主流のステ振りはINT型であり、召喚コストがかなり多く手間と金の掛かる【実体】タイプのゴーレムは使用せずに、コストが安く手間も金もそれほど掛からない【非実体】タイプのゴースト等を使用するか、もしくは召喚自体を切り捨てるプレイヤーも多く居るのだ。
『そんな事ないですよ! スクルトさんはすごく頼りになります。自信持って下さい!』
『ルウさんありがとう』
いつもながらストレートなルウに、紅葉は照れるもスクルトを微笑ませ素直に礼を言う。
『先生、最近スクルトちゃんとルウちゃんの2人の仲が良い気がするんですけど!』
『確かに 実は先生も気になっちゃったりなんかしちゃったり』
野風と人斬り二号が冗談半分に二人と問う。元々仲の良いスクルトとルウだが、ここ最近特に仲が良い気がした。二人とよく遊ぶ野風と人斬り二号だからこそ気付き、そして気になるところだ。
『私たちお友だちになったんです! ね?』
『うん』
ルウのストレートな答えに紅葉は少しドキリとし、短く返事を返す事しかできなかった。
スクルトとルウの友だち宣告という名の紅葉の暴走からおよそ一週間。あれからスクルトとルウは今まで以上に一緒に狩りをするようになった。
二人で狩りもしたし、こうして野風と人斬り二号を誘ったのも今日で二度目だ。その際いつもなら誘う側の野風と人斬り二号――特に人斬り二号は内心驚いていた。聞く機会を伺っていたところに野風の追求、それに乗った形だ。
『いつの間に…… 2人が遠いぜ……』
『エー、なにそれうらやまけしからん。べっ、別に仲間に入れてくれたって良いんだからねっ』
『もちろんですよー』
『うん』
『さっすがルウたんスクルたん話がわかる』
うん。しか言っていない紅葉だが、内心ちょっと焦りがあった。ルウの時とは違い軽いノリなのでこれまで通りの関係が続くだろう。それはちょっと惜しい気もするが別に良い。
ただ、あの日の暴走にまで話が広がるんじゃないかとドキドキしているのだ。翌日のルウに救われた気のした紅葉だが、思い出す度頭を抱えたくなる。
(ああ、この話ここで終わらないかなぁ)
そんな紅葉の願いが届いたのか、本人は意識していないであろうがルウが助け船を出した。
『あ、もうこんな時間……私もう少ししたら落ちないと』
『あれ、もうそんな時間だっけか?』
『ホント 11時前だの』
『そうだね』
(助かった)
あの日に話は回避されほっと息を吐く。
『周り人が多くて気付かんかったナー』
『うむす』
利用するPCの多い首都ルネツェンとはいえ、今は平日の夜十一時。しかし休日並に多くのPCが行き交っている。
『ゴールデンウィークだから、じゃないかな?』
スクルトが呟いた。本日四月二十九日は昭和の日。国民の祝日であり、ゴールデンウィークの初日でもある。
『おぉ、そういえばそんなモノも有ったネ。すっかり忘れてた』
『さっすが野風たんやで』
野風の仙人のような発言に人斬り二号はあっさりと返した。
野風は普段から尋ねられると引き籠もりを自称している。しつこい相手を煙に巻くためかそれとも事実なのか、真相は不明だが仲間内で深く追求する事はない。
『でも、明日明後日は休みじゃないよね』
五月二日は休みだが四月三十日と五月一日は普段通り紅葉は学園に通う事になる。
『間に2日平日があるとにゃー 有難みが減るわー』
『でも1日が日曜日で飛び石連休になるよりマシですよきっと』
『まぁのう』
一部の私立校では間の平日を休みにしたり、土曜日が休みだったりするようだが、三人は一般的なゴールデンウィークの日程のようだ。
『それじゃあそろそろ失礼しますね! おやすみなさーい!』
『おやすみー』
『おつー』
『乙ー』
ルウは手を振ると去って行った。ログアウトの場所を気にしないプレイヤーも多いが、ルウはできるだけ拠点に戻るタイプ。スクルトもどちらかと言えばルウと同じタイプだ。翌日も同じ狩り場で続ける時を除き、基本的に拠点に戻っている。
『そういえばスクルたん ゴレたん まだ改造してなかった様に見えたんだけど まだ入手してない感じ?』
狩り場で見たゴーレムに変化が見られず気になった人斬り二号が思い出したように尋ねた。
『うん、まだー……』
ちなみに、【トロールキングの右腕L(R)】はまだ付けていなかった。理由は単に、同時に改造したらテンション上がりそうと思って事で深い意味なぞない。
『何探してるの?』
野風が首を傾げる。
『ヒルジャイアントの左腕のレアだよ』
『ふむふむ。まぁゴーレム素材はあんまり出回らないから大体は自分で狩るみたいだし、そうなると運絡むよねぇ』
『そうなんだよねー』
ここ一週間、スクルトはパーティ狩りが主体であの日からヒルジャイアント狩は行なっていない。
(そろそろ欲しいけど、最近パーティ狩りが楽しくて止も辛い……、ソロかパーティか悩めるなんてちょっと贅沢が過ぎるんじゃないかしら)
確かに一週間前の紅葉には考えられなかった事だ。そんな事を考えながら三人で話している内に十一時半になり、スクルトもログアウトした。
国民の祝日昭和の日。ゴールデンウィークの初日を紅葉はいつもの休日と同じ様に過ごしたのであった。
◇
翌日の四月三十日の金曜日。平島紅葉はミノア女学園に通うその他の多くの生徒たち同様、いつも通り登校した。
今は食後の歯磨きを終え三年四組の教室に戻ってゆっくりしようとしたが、喉が渇いたので体育館横に設置されている自販機に飲み物を買いに来たところだ。
体育館の中からはバスケットボールかバレーボールか、あるいはその両方か。複数の床を跳ねる音と楽しそうな少女たちの声が聞こえる。また外でもそれなりに雲があり、まだ日差しもそう強くないからか、バレーボールを使って遊ぶ少女たちも見られる。
紅葉はそのバレーボールで遊んでいる少女の一団の横を通り抜け自販機の前に着いた。そこには一人の、最近少しだけ見慣れた少女が居た。
「こんにちは」
「こんにちは……」
少女の名前は岡崎巴。相変わらず言葉に力は無いがそれにはさすがの紅葉もだいぶ慣れつつあった。
「…………」
「…………」
(えーっとこういう事はどうすれば……?)
しかし無言にはまだ慣れない。ピタリと止まった会話に紅葉は内心慌てだす。
緩い三つ編みを弄りながら何かないかと周囲をさり気なく見渡すと、目に付いた自販機を目に止め、話を切り出した。
「あなたも飲み物を?」
普通、自販機の前に一人で立って居ればそれはそうだろう。けれど紅葉の会話力に柔軟性を期待してはいけない。平島紅葉という少女は会話に困ったらとりあえず天気の話題という少女なのだ。飲み物を買いに来たの? という問いは進化と言って過言では――、あるかも知れないが、とにかく変化と言えるだろう。
「えぇ……、ちょっと決めかねていたのだけれど……、これでいいわ……」
自販機に視線を戻し、緑色のランプの付いたボタンを押した。取り出し口に紙コップが置かれると、氷や緑色のジュースの原液と思われるものなどが淹れられ、十秒足らずでジュースが完成した。取り出し口を開けコップを掴む。
「? どうかしたの……?」
その様子を少しぼーっと眺めていた紅葉は巴に問われ、表情に変化こそないが少し慌てながら答える。
「あ、ごめんなさい。ただ、メロンソーダというイメージではなかったから意外だと思って」
「そう……?」
巴は唇を湿らす様にカップに口を付けると首をほんの僅かに傾げた。
「その……、平島さんがどういうイメージだったのかは分からないけど……、私は色々試してみるタイプ……、新商品とか……」
「そうなの……。勝手なイメージだけれど、コーヒーを愛飲していそうだわ」
「そう……、平島さんも飲み物を?」
「ええ」
そう言って紅葉は手の平より一回り小さい、小さな小銭入れから硬貨を取り出すと自販機に投入した。ほんの少しだけ考え、ミルクたっぷりを謳ったコーヒー牛乳を選んだ。
「……、私としては平島さんの方が意外だわ……」
「そ、そう?」
取り出し口からコーヒー牛乳を取り出した紅葉は首を傾げた。紅葉は自分が周りの少女たちからどう思われているか当然のようにわかっていない。知れば間違いなくフリーズするだろう。それも過去最大のだ。
「無糖……、とまでは言わないけど甘いものはあんまりイメージじゃないわね……。ジュースも飲まなさそう……、かな……」
巴は紅葉から自販機に視線を移し、ディスプレイを見ながらイメージを語った。
「甘いものは好きよ。飲み物も、ケーキなんかも好き。どちらかと言えば微糖はあんまり好きじゃないかしら……。無糖はアイスコーヒー限定で飲むわね。ああ、ジュースを飲まなさそうというのは正解。シェイクくらいかしらね……」
紅葉は先程の巴と同様、巴から視線を自販機に移すと、ジュースを持っていない左手で三つ編みを弄りながら、一つ一つ考えながら答えていく。
その心に何の話を振ろうか考えていた時の焦りはなく、落ち着いている。
紅葉にとって巴は、最初こそ苦手意識というかどう対応していいか分からずにオロオロしてしまったが、話してみると良い子で時々恥ずかしそうにする様子はギャップが有り可愛らしい。何より活発そうでない巴が、最初クラスに訪ねて来たのは礼を言いに来たのだとしても、それ以降も廊下であえば巴から話し掛けるという事が二三度有り、割と友好な関係を築けている、気がしているという状態だ。
今日のように会話中に焦る事はあるが、正直なところそれは他の人を相手にしていても変わらないので、それだけで特別苦手という事はない。
内心知り合い以上友だち未満という、他人が聞けば首を傾げる事間違いなしだが、紅葉にとってはクラスメイト以上にある種安心感のある相手になっており、そういった面で言えば紅葉『にも』気に掛けてくれていると思っている真希以上だったりする。
これはペアやグループ作りで毎回迷惑を掛けているという負い目や遠慮もあるのだが、真希が知れば落ち込む事は間違いないだろう。
飲み物を買い終えたあとも自販機の前で二人が話していると、四人の少女、おそらく下級生が来たため二人は脇に避けた。
それじゃあまたね――、そういう流れかしら。そう紅葉がぼんやりと考えていると、巴は右手の手首にはめている腕時計に目をやった。悩んだ素振りを見せ、やがて遠慮がちに口を開く。
「あの……、良かったらだけど……、移動しない……、かな?」
右手の人差し指で五十メートル程離れた場所にあるベンチを指した。
紅葉は巴の言っている事がよく理解出来ず、指がどこを指しているのか目で追い、そこにベンチがある事を確認し驚く。
(これってもう少しお話しましょうっていう事……、で良いんだよね? お昼休みを一緒に過ごしましょう、そういう事で良いんだよね?)
昼休みを共に過ごすという、まるで友人同士の様なイベントだという事に気付くと紅葉は胸を高鳴らせ、慌てて巴に振り返る。
そこには普段通り表情に変化は乏しいものの、やや不安に揺れる瞳で上目遣いに見詰めてくる巴。心臓の鼓動が加速する。
(落ち着くのよ紅葉……、あなたはその、あんまりできる子じゃないけど返事くらいはできる筈よ)
紅葉は静かに息を吐き、気持ちを落ち着かせようとした。対人関係に関して、紅葉は自分に出来る事はそれなりに把握しているようだ。
「ええ、もちろん。私でよければ」
そう言って微笑みを浮べる。
噛まずに、いつも通りの声量で。大成功といえるだろう。
それを聞いて笑顔を浮べた巴に紅葉は胸をドキリとさせ、誤魔化す様に先にベンチへと、いつもよりちょっとだけ早足で歩き出すのだった。




