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十四話 少女たちの遊び場

『ゴメン流れてるわ。半分も逆上れなかった』

『そか』

『まぁ仕方ないよね』

『おつかれ~』

 五分ほど陽炎は過去ログを漁っていたが、結局【ひつじすーつ(ミニ)】を入手した時のログは見当たらなかった。


『今 魔法少女おんらいんの秘密見てきたんだけど 多分未発見だわ その私服』

 一人黙ったままだった人斬り二号が口を開いた。ファンサイトで私服の一覧を見ていたらしい。


『おぉ、すごいね』

『ちょっと質問いい? こういう私服の、多分かなりレアっぽい物って、アレな話になっちゃうけど幾らくらいの額が付くのかな?』

 かるたが四人に尋ねる。


『んー……私服ってホント人気次第でバラけるからなんともいえないけど――珍しい+この可愛さだから1億は固いんじゃない?』

『うん、それくらいは付くと思う。私も1億ならちょっと無理して買っちゃうかも』

『私も買うかなー というわけでここの反応を見る限り 1億5千マソでも買い手は居る と予想 ひょっとしたらそれ以上かもね』

『うわー、想像以上だった。てか上位のプレイヤーすげー』

 三人の答えにかるたは素直に驚いた。額にもだが億を私服に出すというその資金力にもだ。

 かるたは漸く中堅を抜けるかというところまで来てはいるが、四人とはまだ差が有る。それだけでなく、かるたにはソロ狩りができるPCではない為、なかなかお金が貯まらないので、私服に回せるお金は店売りの服以外にそう多くはない。


『私もソロできるセカンド欲しいんだけどなぁ……そうなるとかるたの成長が……むむむ』

『つ ログイン時間を増やす』

『ワーオ、解決ダネ!』

『うーんうーん』

 自称『ハマり掛け』のいろは。完成にハマるまではそう遠くないのかも知れない。



 他の四人のドロップだが、それほど悪くない――、むしろ割と良いプレイヤーも居たのだが、ひつじすーつ並は勿論、その四分の一に届くものもなかった。

 そうやって話している内に時間は零時前を迎え、人斬り二号と陽炎は拠点へと戻っていき、スクルトとキャロルとかるたの三人は解散こそしなかったが今日はもう狩りに行く予定はないのか、ダラダラと話を続けていた。


「こんばんは!」

 そこにルウが訪れた。


「こんばんはー」

「こんー」

「こんばんはー」

『ルウちゃん珍しいね。12時前にプレイしてるって』

 そう、普通ならもうログアウトしている時間帯だ。


『明日は休みなのでもう少しだけインしてようかと』

 直ぐにパーティに拾い、チャットモードを切り替える。


『ん? ていうかよく場所分かったね。自分たちで言うのもアレだけど、場所てきとーだよ』

『あ、リトルさんから聞いたんです! 今日一緒に防衛イベントに参加したからそれで。戦争チャットで偶々発言を見て、なんだか話したくなってきちゃって……それでひょっとしたら居るかなーと思って見に来たんです』

『おぉ……、なかなか心の琴線に触れおる……』

 リトルさんとはリトルフラワーの愛称で、キャロルやルウと同じ同盟に参加していて仲も良い。首都防衛戦前にたむろしていた場所を聞いて来たのだろう。


『さぁルウちゃん、お姉さんの隣りにお座りなさいな』

『はい! 失礼しまーす』

 ルウはスクルトとかるたの間のスペースに座った。先程までキャロル、スクルト、人斬り二号、かるた、陽炎という順に座っていた為、現在はキャロル、スクルト、ルウ、かるたという並びだ。


 ところでルウと話したい。そう首都防衛戦中に思った紅葉だったが、思わぬタイミングでの本人の登場に少々動揺しているようで、挨拶を返して以来沈黙している。


『ボスは何が出ましたか? カースナイトだったと思うんですけど、ログをゆっくり読んでいる余裕があまりなくって』

『ファイアジャイアントとカースナイトとサンダーバードだったよ』

『サンダーバード本っ当に強かった』

『ファイアジャイアントは他の人たちが処理したけどね』

『えっ、3匹も出たんですか!? 激戦区だったんですねー……』

 同じエリアに三体のボスモンスターはなかなか珍しい。25あるエリアの内そのイベント中一度もボスの出ないエリアもあり、三体出現するエリアはその内一つか二つ、無い週もある。


『ルウちゃんのところはどうだった?』

『私は北門の辺りに居たんですけど、エティンっていう頭の2つあるジャイアント、でいいのかな? それとキマイラライダーっていうのでした』

『キマイラライダー? 初耳だわ』

 キャロルは首を捻った。


【キマイラ】は【魔法少女おんらいん】では、山羊とドラゴンとライオン首に体もライオン、尻尾は蛇、背中にはドラゴンの翼が生えている合成獣で、現在はクエストのボスとしても現れる強敵だ。

【エティン】はジャイアントとしては小柄な四メートルの身体だが、両手の棍棒で接近戦に滅法強く、外見に反して魔法も使いこなし動きも遅くない、今のところ首都防衛戦でしか見ないモンスターだ。

 キマイラはそんなエティンや、スクルトたちの戦った【カースナイト】や【サンダーバード】に比べれば楽な相手と言える。比べればだが。


 そんなキマイラ、今のところ亜種は聞いた事はない。おそらく【ヒュドラ】と同じく新種だろう。


『キマイラの上に武装したゴブリンが乗って居まして、遠距離攻撃してくるんですけどもう本当に強くって……』

『遠距離っていうと弓?』

『いえ、杖を持っているんですけど、魔法を撃ってきました』

『うへ……』

 ゴブリンアーチャーというモンスターが居るからだろう、かるたが質問するが返事は否。魔法を使うゴブリンはゴブリンアーチャーより軒並み強敵だ。


 魔法少女おんらいんのゴブリンたちは個の能力も低くない。トロール等の指揮を取る者たちも居る、厄介な種族だったりする。


『あの! スクルトさん』

 話を聞きながら、いろはや楓が面倒くさそうな相手だなぁと考えていていると、突然ルウがスクルトへ声を掛けた。


『どうしたの?』

 モニターの前で紅葉はビクリと反応したが、これがチャットである事に今は感謝しつつ、いつも通りを心掛けながら返事をした。


『えっと、あんまり元気がない様な気がして……大丈夫かなぁって……違ったらごめんなさい!』


(――、どうしよう……、返事が思い付かない)

 ルウを変に意識してしまい変にならないよう黙っていた紅葉だが、むしろ態度に出ていたらしい。

 プレイヤーが敢えて出さない限り、PCの表情にも変化は出ないのに気付いたルウに紅葉は驚き、また自分の事ながらルウの心配そうな様子に、申し訳なさと同時に嬉しさがこみ上げて来る。現金な性格だなぁと思うも、今はとにかく早く無難な返事を返す事にした。


『ごめんね、掲示板でアイテム探してたの。そんなに疲れてる訳じゃないから。ありがとう』

『あっ、なら良いんです! 気になさらないで下さい!』


(やっぱりルウさん良い、な……)

 いつも明るく優しいルウ。長谷部真希と同じタイプだ。紅葉は自分はそういうタイプに惹かれやすいのかなぁとぼんやり考える。


(そう、多分惹かれてるんだと思う)

 ここ数日の、ルウの友人への嫉妬、ログインに一喜一憂する心――、単に自分が独占欲が強く、それを自覚していないだけかも知れないが、自分にとってルウが特別な一人である事には違いない。そう紅葉は思うと同時にもっと、もっと近付きたい。という思いが浮んできた。


(でもどうすればいいのかな……)

 元々自分から動けるタイプではない。リアルはご存じの通りだ。

 だがしかし、この時の紅葉はどうにかしたいという気持ちが強かった。いつものヘタレ全開の紅葉だと、少し想像してみとは無理だと諦めるのだが、今だけは違っていた。

 ルウのリアルの友人という、ライバルのような存在と、いつログインしなくなってもおかしな事ではないという姉との会話が紅葉を後押ししていた。もっと単純に焦りで視野が狭くなっているだけかも知れない。


(なにかそう、形に……、言葉……)

 考えはまとまらないが、キーボードへふらふらと手がのびていった。


『ルウさん、私とお友だちになって欲しい』

 気付くとスクルトはそう発言していた。


 キャロルとかるた、それとルウの会話が止まる。驚きに、だ。

 しかしスイッチの入った紅葉に周りや状況は見えていない。


『あの、それってどういう……?』

 おそらく、こんな事を言われたのはルウも初めての経験なのだろう。驚きが混じっている。しかもあまりに脈絡のない、突然の発言――、よく対応できたと言えるのではないだろうか。


『私、もっとルウさんと仲良くなりたいんだ。だめかな?』

 少し迷い、一言継ぎ足す。


『ダメだなんてそんな! そんな事ないです。でも私、スクルトさんとはもうお友だちのつもりでした。勝手ですけど』

『勝手だなんて。嬉しいよ、すごく嬉しい』

 紅葉は素直な気持ちを打っていく。

『良かったです……でもあの、もっと仲良くなりたいっていうのは私もです! その、じゃあ改めてお友だちになりましょう』

『ありがとう。本当に嬉しい』

『私もです!』

 その後も二人は楽しそうに会話を続ける。特に紅葉は勢いと獲たものの影響からか、ふわふわとした気持ちのまま、普段の紅葉でもスクルトでもないテンションで話していた。



《この空気どうすれば》

《空気よ。そう、完全に空気になれば良い》

《むしろこういう形の銅像だと思って貰おう》

 そして忘れられた二人。かるたとキャロルはwisをしながら二人の間で展開されるスクルトとルウの世界を、PCをぴくりとも動かさないようにしながら見ていた。

 そうスクルトたちが話していたのはパーティチャット。当然二人にも見えているのだ。


《あなたの妹さんですよ》

《そうです私のかわいい妹ですよ。ここで「いやー上手くいってよかったねー」なんて言ったら固まっちゃうよ》

《あぁそうだよねぇ、紅葉ちゃんだもんなぁ……よく分かっていらっしゃる》

《お姉ちゃんですから》

 リアルのスクルト――、紅葉の事をよく知る二人。紅葉らしからぬ行動に、ひょっとしたら当の本人、ルウ以上に驚かされているかも知れない。それほどの事なのだ。


《まぁでもさ、よかったよ》

《うん、よかった》

 どうなる事かと思ったが上手くいき、喜ぶ二人。

 その日は結局、零時半過ぎまでスクルトとルウはお喋りを続け、ログアウトした。


 キャロルとかるたは別れの挨拶の時まで口を挟む事はなかった。



(キャーー!!!!)

 翌日の日曜日、昨夜気分良くベッドに潜ったからか、いつもの休日より遅い八時過ぎに目を覚した紅葉は、パソコンが目に入った瞬間昨夜の事が次々と頭に蘇ってきて、ベッドの上で悶えていた。


(あれはどうなのよ……、どうなのよ私……)

 一晩経って冷静になったのだ。今さら顔を真っ赤にして乱れた髪ごと頭を抱える。


(友だちになって欲しいって。もうちょっと何かあるでしょ、昨日の私。漫画かアニメみないな台詞じゃないの……。素で言っちゃった私ってどうなのよ……)

 思い出せば出すほど羞恥で身悶え続けた。


(――、でも友だちになれたし……、ルウさんでよかった)

 唯一良かった事を思い浮べ、漸く紅葉は動きを止める。


(……ご飯食べよ)

 少しだけ落ち着いた紅葉は顔を洗うため、部屋を出た。



(まさかご飯を食べに行ってダメージを受ける事になるとは……)

 朝食を食べ部屋に戻った紅葉は、ふらふらとベッドへダイブする。

 リビングへ行くと、ソファーにはテレビでヒーローたちを観ながらくつろいでいる楓が居り、見た瞬間紅葉は昨夜のアレが全て姉と姉の友人の目の前で行われていた事に、漸く気付いたのだ。


 おはよう……。と弱々しく口にしながら、顔を赤くし頭を抱え床に座る紅葉に、家族は皆困惑していた。――無論一人を除いて。


 楓は特に昨夜の事については触れず、紅葉の視線に微笑みを返すだけだった。それはそれできついと紅葉は思ったが、だからといって昨夜の事をからかわれでもしたら、叫んでいたかも知れない。

 楓がそういう事はしないだろうという事は紅葉にも分かっているのだが、昨夜と違う意味で変なテンションの紅葉に理屈は通じないのだ。

 おはよー紅葉ちゃん、といつもと変わらない態度だった楓に、紅葉はちょっと救われた気がした。


(あの子たちが言ったのなら違和感ないのに、ね)

 紅葉は先程テレビで観たプリティーなヒロインたちの事を思い浮かべちょっとへこむが、元気づけられもしていた。中学三年生、複雑なお年頃だ。


(ログインしよっかな……)

 ベッドに俯せになったまま、横目でパソコンのモニターを見る。

 魔法少女おんらいんにログインしたらルウと会うかも知れない。


(でもどんな顔して会えばいいのよ。いや、顔見えないけどさ。ってそういう意味でなくて)

 自分に突っ込み考える。


(でもログインしなかったら、それこそ本末転倒だよね……)

 そう考え、紅葉は立ち上がるとPCの電源を入れログインしたのだった。



 拠点に現れたスクルトは、とりあえずアイテム整理をしようとアイテムBOXへと移動する。

 なんとなくフレンドリストは見ない。ヘタレ振りは健在だ。


 五分ほどアイテムを売るものと取って置くものを吟味し、だいぶ消耗したマチュピチュのメンテナンスを行う。そのついでに【ちょっとふしぎないし】を取り出した。リトルフラワーと取り引き予定のアイテムだ。

 ログインしているならwisを送ってみようかな、と思いリストを開こうとするがそこで手が止まり少し悩む。とその時wisが届いた。


《おはよう。今大丈夫かな?》

 リトルフラワーからだった。ビクリとした紅葉だったが、IDを見て息を吐く。どこからどう見ても意識のし過ぎだ。


《おはよー。大丈夫だよ》

《昨日言ってた取り引きって今いけるかしら?》

《うん。ルネツェンでいいかな?》

《ええ》

《それじゃあ今から、あ今どこに?》

《銀行前よ》

《了解》

 2人はwisを終え、スクルトは転移スクロールを使いルネツェンへ飛んだ。



 ちょっとふしぎないし一つにつき五万で取り引きを終えた二人は、二十分ほど雑談してから別れた。


(なんにせよ狩りの準備するかー)

 スクルトは昨夜消費したアイテムを補充する為ショップへと移動し、所持制限まで購入する。


(早速流星の丘に――、いや一応フリマ見るかな)

 紅葉がスクルトを移動させようとしたその時再びwisが届いた。


《おはようございまーす!》

 今度は間違いなくルウだ。紅葉は自分の体が少し強張るのを感じたが、なんとか返事をする。


《おはよー》

《今大丈夫でしたか?》

《うん、大丈夫だよ。狩りの準備して、その前に露店でも見ようかなって思っていただけだから》

 いつも通り――、いつも通りのルウに漸く紅葉の心は落ち着く。――少しだけ残念に思う気持ちもあったが。


《あ、丁度よかったです! よければ一緒に遊びに行きませんか?》

 否、いつもとは少し違っていた。ルウからの誘いは珍しい。よく一緒には居るが大抵は間に誰かが入る事が殆どだからだ。


《狩り?》

《はいそのつもりです!》

 狩りを遊びというルウの少し独特な言い回しが、今の紅葉には新鮮に、素敵に感じる。


《いいね。どこ行こうか?》

 紅葉は嬉しくなり、ひたすら巨人を狩るという何時でも出来る予定を取り止めた。


《そうですねぇ、うーん……》

 後から考えると、暴走したようなものだった昨夜の紅葉。しかしそれはこうして結果少なからず変化をもたらした。


 紅葉の心から不安が消え去ったという訳ではないが、とりあえず今は友だちと遊ぶ事に集中する。

 先ずは、二人で相談して遊び場を決める事にするのだった。




◇2章おわり

 ここまで読んでくれありがとうございます。

 2章終了です。1章終了時と同様少し間を空けます。

 3章は8月の頭、週末に更新を始めようと考えています。詳しくは活動報告でお知らせする予定です。

 よかったらまたお付き合い下さい。

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