十三話 誰かヤツを止めて
十時四十六分。ルネツェン中で行われている戦闘は激化の一途を辿っていた。
戦争チャットでは先程からエリア25の人員が足りていないだとか、城門のダメージが六割を超えただとか、エリア6の橋が落ちたといったプレイヤーたちの危機的状況を伝える文章が続き、それは時間を追うごとに間隔が短く、増えていっている。
それは当然墓地エリアも同じだ。
湧きが止まらない事によるプレイヤー自身の疲れに加え、PCの消耗も激しい。二体同時にボスが出現するという事態がボディブローのように後に引いているというのも理由の一つだ。
あの時湯水の如くアイテムを消耗したPCは少なからず居るし、倒れたPCも居た。【首都防衛戦】ではアイテムや魔法で【気絶】状態から復帰はできない。一人のPCにつき一度だけ気絶した同じエリア内の何処かにランダムで復帰するのだが、一度だけという条件はなかなか厳しいものがあった。ちなみにペナルティは発生しない。
スクルト、キャロル、かるた、人斬り二号、陽炎の五人は、人斬り二号はアイテムでHPを回復する余裕がなく、陽炎は状態異常中に連撃を受け、キャロルは砲撃魔法の硬直時に背後から殴られて一度ずつ気絶済みである。
中堅よりやや上といったレベルのかるたがまだ気絶していないのは、状況を鑑みるにかなり運が良いと言える。
『HPポーション 無くなりそう』
『私も、オワタ』
前衛の二人からぼやきが零れる。十四分を残して回復アイテムなしはもはや絶望に等しい。
『あ、私のあげる。おいで』
『スクルたん愛してる!』
『私も!』
人斬り二号と陽炎がアイテムを受け取りにスクルトの居る後方まで下がった。
アイテムを他者へと受け渡す条件はPC同士がしっかりと隣接する事。これは他者にアイテムを使用するのも同様だ。
唯一の例外がアルケミストで、他人にアイテムを投げて使用するアイテムスローができる。それがアルケミスト最大の強みだというプレイヤーは少なくない。とはいえそのアルケミストも受け渡しは隣接が必須と条件は変わらない。
スクルトのHPポーションが余っているのは、現在の主な役割がかるたと同じ補助という事でいつも程ヘイトを稼いでいない事と、ゴーレムという自身の意思によって動かす事ができる『肉壁』があるからだ。
ステータス面でいえば非常に脆いネクロマンサーではあるが、少なくともスクルトはかなりしぶとい。
スクルトは現在マチュピチュを帰還させ、新たにボーンゴーレムを召喚している。マチュピチュの消耗が激しく回復を待っていられない状況になったからだ。
ネクロマンサーのゴーレムはアイテムでHPを回復する事ができない。不幸中の幸いというか自然回復はとても速く多く、また意外な事にクレリックの回復魔法も効き、ネクロマンサーの【不死】限定の回復魔法も有るのだが、それを許さない状況というものもある。
墜ちかけていたマチュピチュを、多量の消費MPなどのリスクのある【イモータル】で延命するのは諦めた。
ログアウトや気絶といった理由ではなく、正式に帰還させた場合は召喚時の消費MPの半分が戻ってくる。その後直ぐにそれ以上のMPを消費する事になる訳だが、それでも長期戦を戦っている紅葉には有り難かった。
MPタンクのスクルトとはいえ、相方のキャロルが湯水の如く消費している。幾らあっても足りはしない。
『これだけあれば あと10年は戦える』
『圧倒的ではないか』
二人はアイテムの受け取りを終え、テンションが復活した。何やら不穏な台詞を言っている。
その時だった、再び墓地に鐘の音が鳴り響き渡り、激しく発光する大きな鳥が上空に現れたのは。
[墓地上空にサンダーバード出現]
誰かが……、スクルトの見知らぬPCの発言が戦争チャットに流れ、紅葉は少しぼーっとそれを眺めながら、ああ、そういえば未だだったなぁ……、とモニターの前で顔を引きつらせた。
あれ程警戒していたサンダーバードであったが、防衛戦の激しさに一時忘却していたのだ。
『うわー、正直な話忘れてました』
紅葉はかるたに、私もだよとチャットを打とうとしたが、一段と激しく発光しだしたサンダーバードを見て、今打つのはそれじゃないと視線をサンダーバードに向けたままコントローラーを操作して、スクルトを後退させながらチャットをオープンに切り替え短く叫ぶ。
「範囲」
範囲魔法に警戒を促す発言をしたのはスクルトだけでなく、他にも数人のPCが似た事を叫んでいた。
その声が届いたのではないかとすら思えるタイミングで、これまでのサンダーバードにしてはゆっくりとしたスピードの飛行を急停止させ、次の瞬間大量の雷を降らせる。
『あばばばばば』
周囲に降り注ぐ雷の雨。他のPCに紛れ陽炎も逃げるが、初めて戦う相手ではない分チャットを挟む余裕があるらしい。
早速数人のPCが巻き込まれる被害を出した範囲魔法――正確には投下型の範囲魔法――だが、それでも範囲魔法を撃っている間が動きを停止している分ある意味隙が有ると言えるサンダーバード。上手く距離を取った砲撃手たちが一斉に雷の中心へと砲撃魔法を撃つが、カースナイトの時と違い数が少ない。どうしても回避に追われるPCが多いからだ。
漸く範囲魔法が終わったと思ったら今度は急加速。上空を飛び回りながら、地上に向かって口からスクルトの射撃魔法より一回り大きい雷球を連続で吐き爆撃して回る。
こうなったら砲撃を当てる事は難しい。射撃魔法によるけん制が精々だが、多数のPCで撃てば弾幕となり、それなりの成果が見える。しかしその時――。
「危ない」
サンダーバードが一瞬上下に身体をうねらせたのを見て、スクルトはそう呟くと、掛けようと思っていた補助魔法を一旦放棄し、回避に集中した。
次の瞬間隼のように急降下して来た。
サンダーバードは地面スレスレを維持しながら高速の体当たりでPCたちを撥ね跳ばしていく。その姿はまるでヴァルキュリエのチャージ系の技のようだが、こちらは曲がる分余計に手が負えない。
体当たりで複数のPCを蹂躙した後、再び上空に戻ったサンダーバードは間を置かず、先程の雷球を口から、今度は数十発地面に向かって吐き出した。
先程の範囲魔法のような範囲内に隙間のない絨毯爆撃という訳ではないが、見て避けるに数が多過ぎる。運悪く、だけでなくポジショニングの悪かったPCたちが爆撃を受け散っていく。
この時も動きが止まり隙があるといえなくもないのだが、急降下による攻撃の直後で魔法をチャージできる余裕のあるPCはそう多くはなく、最初の砲撃時より、数は減少していた。
「たまげたなあ」
誰かの発言が流れていく。
(分かるわその気持ち、私も初めはそうだったし……、まあ二回目だけど)
紅葉は内心先輩面しつつ、未だ八割以上のHPを残したサンダーバードに溜め息を吐きながら補助魔法を掛けるのだった。
◆
それから十分近い激闘。サンダーバードのHPバーも漸く一割を切ったといったところだ。
『正直、半分切った時に残りは赤レンガ前の人たちにパスしたい気分になったんだけど、ここまで来ると倒したいね』
『うん』
『同意せざるを得ない まぁ戦術的に本人相手にする事ないんだけども』
キャロルの呟きに同意するスクルトと人斬り二号。相変わらず猛威を振るうサンダーバードだが、終わりが見えているというのは気持ちに余裕が生まれる。
人斬り二号が本人を相手にする事がないというのは、範囲魔法を撃ってくる時は砲撃、上空を飛び回っている時は射撃魔法の弾幕と、飛行で近付くのは巻き込まれに行くようなもの。急降下の時はカウンターどころの話ではない。
実はMC(魔法防御力)がかなり高く、それに比べACの低いサンダーバードには直接攻撃が有効なのだが、首都防衛戦では基本的にボスモンスター相手にはPCの数で押す戦術が取られやすい。
通常のボスとして出現し出したら活躍の機会も増えるだろう。
『私的には援軍くらいは欲しかったかも』
『確かに。あっちも一杯一杯なんだろーケドさ』
それに対し、かるたと陽炎は疲れた様に愚痴る。先程サンダーバードの体当たりで吹き飛ばされ、見事気絶させられたかるたは余計にだろう。
『サンダーバードが拠点破壊に行かないでここでずっと暴れたのが予想外。先制もあっちからだったしちょっと驚いたかも』
『うん。驚いたよねー』
『やってくれたな運営! って感じ?』
『放置したら赤レンガに 突っ込むと思ってたんだけどにゃー……』
スクルトの呟きに、キャロル、陽炎、人斬り二号も同調し盛り上がっていく。
『いやいやいやいや……終わってないから』
かるたはそんな四人にツッコミながら逃げ回る。どうもサンダーバードの体当たりに撥ねとばされて以来苦手意識が強くなったようだ。
『サンダーバード相手に私ができる事ってあんまりなくって。雑魚は受け持つけど』
スクルトがサンダーバードに有効な砲撃魔法を撃ったところで、威力はINT型の育成をしたネクロマンサーの精々半分程度、普段よく使用しているMEN>INT依存の範囲魔法にも及ばない。サンダーバードにする事といえば主に補助魔法の掛け直しくらいなものだ。
一人にターゲットを絞らないサンダーバード相手では、【カースナイト】相手に活躍したイモータルで囮役を作る事もできない。なので今はある程度距離を取り、雑魚の相手という別の仕事をしている。
サンダーバードは脅威だが、だからといって他も放置できない。スクルトの能力はサンダーバードのような飛行可能且つ強敵の相手にするより、地上の雑魚を相手にする方が向いている。適材適所、スクルトがあたるのは自然な流れと言えるだろう。
『おっ』
その瞬間が漸く訪れた。射撃魔法の弾幕が上空を飛び回るサンダーバードの残り僅かだったHPを削りきり、落下し消滅した。
[墓地サンダーバード撃破]
戦争チャットにキャロルたちと一緒にサンダーバードを相手していたとあるPCが書き込み、周囲のPCたちは皆オープンチャットでお疲れ様と労いあっている。
時刻は十時五十八分。終わりは直ぐ目の前だ。
◇
『いやー本当、改めてお疲れ様ー!』
『お疲れ様ー』
『おつかれ~』
『おつー』
『乙ー』
首都防衛戦を終え元のルネツェンに戻って来た五人は、イベント参加前に集まった橋へと移動した。
今回の首都防衛戦はルネツェン側の勝利、防衛に成功した。
しかし終了後に表示された各地の拠点ダメージ等を見る限りかなり際どかったようで、イベント後に自主的に集まり行われている、参加自由の反省会の会話をスクルトが横目に見た内容によると、城のエリアに現れた【ヒュドラ】にPCがかなり減らされ人数がたりていなかったらしく、あと三分長かったら保たなかったというプレイヤーも居た。
城門のHPはまだ二割近く残っているが、数字以上に危なかったようだ。
『しかしヒュドラねー、初でしょ?』
『このMMOじゃ見た事も聞いた事もナイね』
『うむす その内動画上がるだろうから チェック入れないと』
今回猛威を振るったらしいヒュドラだが、単純に強いという理由だけでなく、何よりも初戦という事が大きい。行動パターンが分からないのは勿論、弱点属性に有効戦術も何もかもが手探りとなる。
首都防衛戦の動画は毎週複数のプレイヤーが動画サイトに投稿しているし、ボスモンスターだけの動画も投稿される。
初御目見得のヒュドラはほぼ間違いなく投稿される筈なので、様々なプレイヤーが攻略法を探り、掲示板でも活発に意見が交わされる。
ヒュドラが強敵であろう事は間違いないだろうが、次はもう少し被害は軽減される事となるだろう。
ただし現れる場所が変われば地形次第今回並みの大暴れも有り得るのだが。
『私も動画チェックする事にする。今回ホント危なかったもん』
他の四人に比べ持っている情報の少なかったかるたはその面でも苦労したからであろう。首都防衛戦に参加しないのであれば、サンダーバードやヒュドラ等は『今のところ』不要なモンスター情報だが、いずれ通常の狩り場に出現し出す可能性は高い。
過去、これ通常のパーティじゃ人数足りないよね? と言われていた多数のモンスターが、首都防衛戦のボスモンスターの時にあった、HPボーナスやダウンし辛い等といった補正が消えるものも居るとはいえ、バージョンアップにより出現するようになっているのだから。
『お、かるたが防衛戦に今後も意欲的っぽい発言』
友人のいろはの発言に喜ぶ楓。
『かるたさんと今後も一緒に出れるなら私嬉しい』
『スクルトちゃんのそういうストレートなのは照れる……まぁ大変だったけど楽しかったからね。前向きではあるよ』
『キマシタワー』
紅葉にとって、かるたは仲の良いPCの一人という事だけでなく、中身を知っている分、いろはとも遊べるという気持ちもある。
リアルでも仲は良く、一緒に遊ぶ事もあるが、やはり少し遠慮する気持ちもあるので、こうして一緒に遊べる事が嬉しいのだ。
(これで千鶴さんが魔法少女おんらいん始めれば勘弁じゃなかろうか。いや、あと出来れば長谷部さんとか……、ないなー、それはないかなー。『真性の』お嬢様って噂だもんなぁ)
紅葉は千鶴や真希とも一緒に遊べたら――、そう考えるが後者は即諦めた。
前者については以前から思っているのだが、あまりゲームをしている姿が想像つかなかった。それは楓たちにもいえるのだが今はいいだろう。
『そういえばドロップどうだった?』
キャロルが皆に問い掛けた。
首都防衛戦の間は常に湧き状態のようなものだから、メッセージは見逃す可能性は非常に高い。
ただでさえ周囲にPCは多く運営からの情報や戦争チャットもあり、ログの流れはかなり早い。PCの頭上にエフェクトの出るレベルアップすら見逃すプレイヤーも偶にいるのだから。
『あれ、私レベル上がってた』
『えっ』
『えっ』
『えっ』
『えっ』
かるたもその一人だったらしい。
『幾つになったの?』
『58~、やっと60が見えて来たよ……』
『60前でサンダーバードって 気絶1回で済むって なかなかな希ガス』
『そだね』
レベル70台、もしくはカンストしている他の四人とのレベル差はおよそ20。これだけでも苦しいのだが、基本的に杖(武器)とコスチューム(鎧)の性能はレベル10区切りで上昇する。つまり装備品にも割と差があるのだ。レベルがイベント開始前の段階であと二つ高ければ、少しは楽だったと思われる。
実際、これだけの差が有るのに、よく頑張ったと言えるだろう。
『んぉ!』
その時陽炎が奇声を上げた。
『どした?』
キャロルが尋ねるが返事は返ってこない。が次の瞬間陽炎の姿が変わった。
先程までサマードレスを着ていた陽炎。そして現在は、もこもこの毛皮――、着ぐるみを着た姿へと変化したのだ。その頭にはくるりと丸まったアモン角と呼ばれる二本の角が有り、顔の部分は陽炎の顔が覗いている。
下はスカート状とかなり可愛らしい服で、名称は【ひつじすーつ(ミニ)】
『メェ~』
ポーズを取る陽炎。その姿にキャロルやかるたは勿論、スクルトや人斬り二号、陽炎本人もかわいいかわいいと大騒ぎだ。
『ていうかそのミニスカートがヤバいね。すごく合ってるわ』
『本当に可愛い。私初めて見た』
『スクルトちゃんも? 私だけじゃなかったか~』
『私もお初 何からのドロップだろう…… 陽炎たんログ残ってる?』
ちょっと漁ってみるねー。と言って陽炎は黙ってログを見始めたが、四人の興奮はおさまらず、後ろに回ったりしながらかわいいの大合唱は続くのだった。