十話 橋に座りながら
番組を見終えた紅葉は、自室へ戻り勉強を終えると【魔法少女おんらいん】にログインした。
一昨日とは違い、ドロップ品と消耗品の整理の為に拠点でログアウトしたので、早速狩り場へと向け動き出す。今日も【ヒルジャイアントの左腕LL(R)】狙いだ。
(その前に一応露店見るか……、一応)
紅葉は正直なところないだろうとは思いつつも、先ずはイイーヴの露店広場へと向かうのだった。
◇
「出ないなぁ……」
また一体【ヒルジャイアント】を倒し、紅葉は思わずモニターの前で呟いた。今倒したヒルジャイアントも一応ドロップしたが【すこしふしぎないし】この三日間で三十以上入手している。【ヒルジャイアントの左腕LL(R)】は今日も露店には出ておらず、念の為確認した掲示板にもなかった。
その為今日もひたすらヒルジャイアントを狩る。現在夜の六時を回ったところだ。
(確率的にはそろそろ良いんじゃないですか?)
誰ともなしに心の中で呟く。この三日間で【流星の丘 南部12】で狩りをした時間はおよそ八時間といったところだ。選別はしていないとはいえ、そろそろ欲しいと感じるのも仕方のない事ではないだろうか。
(アイテム補充とショトカと装備変更の事を考えると九時前には移動するとして、ご飯の時間を除くとあと二時間ちょっとかぁ……)
厳しそうだなぁ、と少し弱気になり、もう随分と温くなったアイスコーヒーで唇を濡らす。
(まぁとにかく狩らないと手に入らないし、やりますか)
紅葉はちょっと強引に気持ちを切り替えると、コントローラーを握り直し、遠くの方から走って来るヒルジャイアントとシルバーウルフに向かって魔法を撃つのだった。
それから暫くして夕食の時間になり、紅葉は母親に呼ばれ一階へ下りて夕食を食べた。
家族全員が揃っての夕食で、父親は娘たちとの久しぶりの一緒の食卓を囲み終始ご機嫌。その様子を見て葉月は苦笑いしていた。
食事が終わると楓と紅葉は自室へと戻り魔法少女おんらいんに再度ログインする。
それからおよそ一時間後、時刻は午後九時半前になり、スクルトは【首都防衛戦】の舞台、ルネツェンへと転移した。
結局目当ての【ヒルジャイアントの左腕LL(R)】を入手する事はできなかったのだった。
◇
アイテムの補充と装備の変更を終えた紅葉は楓へwisを飛ばす。
《キャロル今良い?》
《うんいいよー》
楓のファーストPCのIDはキャロル。紅葉と楓が姉妹である事を殆どのプレイヤーは知らないので、紅葉もキャロルの事をゲーム内ではお姉ちゃんと呼ばない様にしている。
なのでうっかりを避ける為こうしてwis中でもお姉ちゃんとは呼ばず、キャロルと呼んでいるのだ。
ただ、意識し過ぎた影響で、普段皆『さん』付けするのに対し、呼び捨てになっているのだが、それでもうっかり他人の前でお姉ちゃんと言ってしまうよりはマシだろう。
《今ルネなんだけど、キャロルももう居る?》
《うん、城を南に行って1エリア移動した先にある橋の上で雑談してるよ》
《そっち行って良いかな?》
紅葉は少し考えてキーを叩いた。キャロルの同盟員には紅葉の知らない人も多数居るし、それ以外の知り合いがそこに居る可能性だって小さくはない。知らない人が居るなら時間までうろついて現地集合でいい。そういう思いもある。
《うんおいで。知ってる人ばかりだから》
その事をよく分かっている楓は、紅葉が来やすいであろう言葉を返すのだった。
◆
「こんばんはー」
キャロルが居たのは長さ二十メートル程の短い橋の上。スクルトが合流して四人になったが幅も五メートルくらいあって、三人は横に並んで話しているので道を塞いでしまい移動の邪魔になったりはしていない。
「こんー」
「おースクルトちゃんお久しぶりー」
「こんばんは」
スクルトの挨拶に三人がそれぞれ反応を返した。IDは上からキャロル、かるた、そしてリトルフラワーだ。
「かるたさん防衛戦参加するの?」
紅葉は気になったPCに話し掛けながら手前に並ぶ。並びはスクルト、リトルフラワー、キャロル、かるたの順。
「うんそだよー」
「おー珍しいね」
「久しぶりだから即落ちしなきゃいいけど」
白のビスチェワンピースに、首元には同じく白のチョーカー。黒のニーソックスを穿いた脚には紺色のローファーを履いた黒髪のおかっぱ少女が膝を抱えて――、所謂体操座りをしながらおどけて笑う。
少女のIDはかるた。楓のリアルの友人――、上野いろはのPCで、家によく遊びに来ては紅葉を可愛がっているので紅葉にとってかなり気安い相手だ。
『今回はこの4人で参加?』
キャロルから来たパーティ申請に許可を出し、チャットモードを切り替えてから話を続ける。
『あ、私は違うわ。先に別の人たちに誘われたの。一緒にいるのはさっきまで狩りをしていたからよ』
そう言ったのは、胸元に緑色のリボンを付けた紺色のブレザーを着た、明るい茶髪のツインテールの少女。かるた同様膝を抱え座った状態で話す。
少女のIDはリトルフラワー。カンストはしていないが、アルケミスト特有の生産スキル【錬金】の腕はトップクラスのプレイヤーで、プレイスキルの高さもあってサーバー内でも有名なPCの一人である。
『なるほど』
『あと1人来るから増えない限り人数は変わらず4人かな』
スクルトの呟きに反応したのは、かるたと同じくビスチェワンピース――、但しこちらの色は水色で、かるたのビスチェの丈が膝上なのに対し膝下と長く、白のストッキングを穿いている少女。白髪のボブカットの髪に水色の大きなリボンの付いたヘアバンドをしている。
IDはキャロル――、言うまでもなくプレイヤーは紅葉の姉の楓だ。
『あぁ、回復居ないから辻ヒールに期待しつつガンバロー』
『了解ー』
紅葉も三人に倣いスクルトを座らせた。スクルトの服装は、黒地に複数の色のペンキを零した様なデザインのプリントTシャツに、色落ちしてボロボロのダメージジーンズと、三人とは大きくベクトルが異なっている。
ショートカットの髪は相変わらずくすんだ緑色をしていて、変身前とはいえ、魔法少女というよりも浮浪少女といった姿だ。きっとサンダルはグラフィックの都合で細かなところは見えないが、穴が空いているかそうでなければ底はペラペラであろう。
地べたに座る姿は、三人とは違い違和感がまるでない。
(そっか、ルウさんじゃないのね)
最後の一人は回復役ではないとの事なのでルウではないと知り、紅葉は少し寂しいような、ほんの少しだけほっとするような、そんな気持ちになった。
「あんれま こんなところに皆サンお揃いで どーしたの?」
その時通り掛かった金髪碧眼の少女が声を掛けて来た。人斬り二号だ。
「防衛戦待ちでダラダラ中ー」
「私はもう直ぐ抜けるけどね」
「二号ちゃんこそどうしたの? こんな所で」
「私の拠点この先だから 転移場所次第で結構この道 使っちゃったりなんかしゃったりして」
「そーなのかー」
「そーなのさー」
紅葉はチャットを打ちながら、そういえば二号さんのお家にはお邪魔した事ないなー、とぼんやり思った。
人斬り二号と狩りのあと町へ戻ってダラダラと一緒に過ごすのも少なくはないが、ルウたちに比べるとそれ程でもない。
「二号ちゃんは防衛戦出るの?」
キャロルが問う。
「うん その予定」
「ソロ?」
「イエース」
「じゃあ一緒に守らないかねっ」
「いいの?」
人斬り二号は返事をしながらPCを左右見渡すように動かす。
「うん」
「かんげーい。まぁ回復役居ないけどね」
『おh ありがたや じゃあ2秒で準備してくるっ』
そう言い残しパーティに加わった人斬り二号は、準備をしに拠点へ向かい走り出す。
『それじゃあ私もそろそろ行くわね。お互い頑張りましょう』
リトルフラワーも人斬り二号とは反対方向へ動きだし、スクルトたちは、またね。また今度。と各々見送った。
『そういえばスクルトちゃんってどこでソロしてるの?』
二人が移動を始めた直ぐあと、かるたがスクルトに尋ねた。
『特に決まってはないけど、基本的には狙うドロップ次第かな。ここ3日は流星の丘の南だよ』
『ふむふむ』
『お』
かるただけでなく、リトルフラワーも反応した。
『かるたちゃん横からごめんなさい。スクルトちゃん、ちょっとふしぎないしドロップあった?』
『あ、いえいえ』
『うん、有るよー。確か35個くらいかな』
『え、そんなに有るの?』
『狙いのものが全然出なくて、気付いたらこの数に』
『そうなんだ。もし良かったら売ってくれないかな』
『勿論おkです』
『ありがとうね、助かるよ』
ちょっとふしぎないしはアルケミストの錬金の材料として使える。スクルトにとってはただの石ころでしかないのだが、買い手もそれなりに居るのでまとめて露店に出す予定の紅葉であったが、欲しいという相手が知り合いに居るのならそれにこした事はない。
『いつにしましょう?』
『それじゃあ防衛戦の後か、明日で良いかしら? 防衛戦の後直ぐ落ちるかも知れないから、一応』
『りょうかいです』
丁度パーティ抜けようとしていたところだったから助かったわ、と言って会話は終わり、リトルフラワーはパーティから抜けた。
『それでスクルちゃん、目当ての物は手に入ったの?』
楓はスクルトの事をスクルちゃんと呼ぶ。人斬り二号もスクルたんと呼ぶがそれは語感からで、楓の場合はスクルトの中身――、紅葉を普段呼んでいる紅葉ちゃんと語感が似ているからだ。
『まだだよ~……』
『流星の丘って何狙いなの? スターダスト?』
パーティを組んでいる中で唯一狙いを知らないかるたが尋ねる。
『んーん、ヒルジャイアントの左腕のレアだよ』
『あー、よく知らないんだけどゴーレムの素材かぁ』
『うん。という訳で明日も狩るよー』
『あはは……、頑張ってね』
『他にめぼしいドロップ何かあった?』
二人の会話にキャロルも参加する。
『んー……、めぼしいと言って良いのか分からないけど、ウサミミ手に入れた』
『ほほー』
『ウサミミ? ていう事はスターダスト落とすウサギのドロップ?』
『うん。それとはレアの度合がすごーく違うけど一応レア』
『なるほど~私服かぁ』
『そそ』
『スクルちゃん、ここは是非バニースーツに合わせないとっ! 白バニー白バニー!』
『持ってませーん』
白のバニースーツ、そんなものもあるのか。紅葉はバニースーツにまでバリエーションが有るらしいという事に驚いたが、魔法少女おんらいんらしいと言えばらしいのかな。と少し納得したのだった。
そうやって雑談している内に時刻は午後九時半まで後僅かになった。首都防衛戦の開始時刻は十時だが、九時半から待機できる。色々と準備も必要な為、参加申し込みをするルネツェン中央エリアの城には既に多数のPCが集まっていた。
現在は人斬り二号も準備を終え、四人も最後の一人が到着次第そのPCたちに混じる事になる。
「お・待・た・せ」
一人の少女のPCが四人の前に立つ。
IDは陽炎。涼しげな白と青のサマードレスを着て、茶髪をそれほど長くないポニーテールにしている。
「こんばんはー」
「こんー」
「こんばんはー」
「こん」
四人もそれぞれ挨拶をした。
『ゴメンね。ギリギリまで狩り粘っちゃって』
『時間前だし イイんじゃないかにゃ』
『うん』
口々に言いながら少女たちは立ち上がった。
『とりあえず移動しよっか』
『おー』
五人は城へ――、北へと向かって走る。この日この時間はルネツェン中で人の流れが中央へと集まっていて、五人もそれの流れを形成する一部だ。
城門前に到着した時、時刻は既に九時半を回っており、城門前の人斬り二号の魔法少女のコスチュームに似た鎧を着たNPCへ、話し掛けたPCたちが次々に転移して行っている。
五人の少女たちもその流れに乗り、舞台へと向かう。
NPCの話は要するにモンスターの大群が押し寄せて来ているから、首都を守るのに力を貸してくれないかという事だ。三回メッセージを送ると話が終わり、選択肢が表示される。
【首都防衛戦に参加する】【避難する】
当然五人は――、というより、今ここにいるPCたちは皆【首都防衛戦に参加する】を選択するのだった。
◆
転移した先はルネツェンと瓜二つの都市。
ルネツェンを守るイベントだが、イベントに参加しないプレイヤーを巻込まないよう、専用の舞台へと移動したのだ。
違いは、当たり前の事だが参加しないPCたちが居ないという事。それとNPCの数と配置場所及び会話の内容、殆どの建物の中に入れないという事だ。
今チャットウインドウでは、イベント参加者全員に見えるチャットでプレイヤーたちが、各地のNPCから集めた、毎回発生するランダム要素についての情報や、その情報を元にどの同盟がどのエリアの防衛にまわるか、どこの守りを厚くするかなどといった情報をやり取りしている。
『それじゃあ、とりあえず私たちもバラけて情報集めようか』
おk。皆キャロルに返事をすると他のPCたち同様都市に散らばって行くのだった。




